34、モモ、緊急事態に慌てる~ピンチは忘れなくてもやってきた~後編
「モモ様、顔色が悪いです。大丈夫ですよ、あの方達は優秀な騎士なのですから」
「うん……」
まさかそんなことが起こるなんて思ってもみなかった。毒殺なんていう、恐ろしいことが起こる世界なんだと改めて異世界の認識を強く持つ。桃子は震える手をぎゅっと強く握りしめた。バル様達が見えない敵に向けて戦いに向かったんだから、桃子だって怖がって負けたくない。
強い気持ちで廊下を進むと、レリーナさんがドアを開けてくれた。
「落ち着くためにお茶の用意をいたしますね。少々お待ちください」
「レリーナさんも一緒に飲んでくれる?」
「……えぇ。今回だけご相伴に与らせて頂きますね。バルクライ様にはご内密にお願いします」
「約束するよ!」
悪戯な目でレリーナさんが微笑んでくれたので、桃子は逃げ出した元気を再び捕まえる。ベッドに腰掛けて、大人しく待っていると、コンコンと扉をノックされた。なんだろう?
「どーぞー」
桃子が返事をすると、しずしずとメイドさんが入って来た。でも、なにか違和感がある。五日でだいたいの人は覚えたのに、この美人さんは見たことがないような……? そう思った時には、メイドさんに口を押えられて無理やり抱き上げられていた。固い胸板が背中に当たる。この人、男だ!
「むーっ、うむーっ!」
「静かにしろ。お前が騒げばこの屋敷の者を殺さねばならなくなる」
「む……」
冷酷な声が囁く。それは駄目だ。桃子に優しくしてくれた人達に怪我をさせたくはない。けれど、かといってこのまま黙って攫われるわけにもいかなかった。バル様に、この部屋で待つと約束したのだから。
桃子は思い切って男の手を噛んだ。口の中にじわりと血の味が滲む。うえぇっ、気持ち悪い。でも、ガジガジ噛みます。このっ、このっ。
「無駄だ。たとえ指を食いちぎられようと離さない」
予定では痛みで手を離してもらうはずだったんだけど、上手くいかなかった。男は痛みを感じていないのか平然としている。冷えた水色の目が、桃子を無感動に見下ろしていた。もしかして、人攫いを専門にしてる人? 指も鍛えてる?
「うむぐぐぐっ」
「反抗的な態度はお前のためにならない。大人しくしていろ」
男は桃子を抱えたまま、軽やかな身のこなしで窓から外に出ると一気に走り出した。
庭にいたメイドさんと目が合い、叫び声が上がる。
「モモ様!? ロンさん、外に曲者が!」
「──待ちなさいっ!!」
「モモ様を離しなさい!」
ロンさんとレリーナさんの大声が足音と一緒に後ろから聞こえる。けれど、男の方が上手だった。門の外の通りに出ると、手綱を握っていた子供を突き飛ばして、桃子を抱えたまま馬に乗り上げる。そして、手綱を手慣れた様子でさばく。
馬は大きな嘶きを上げて、街中を走り出す。
「ロンさーん、レリーナさーん!!」
男の身体が邪魔で、二人の姿が見えない。必死に声を上げるものの、男に布で口元を押さえられてくらりと視界が揺れた。なにこれ!? 変な匂いで、意識、が……。
駄目だとわかっているのに、意識が遠くなっていく。桃子は必死に呼吸を止めた。けれど、いつまでも止められなくて、少し吸った瞬間に、目の前が真っ暗になった。




