333、バルクライ、部下を鍛える 中編
「いい判断だ。──土の精霊よ」
オレンジ色の光が周囲に集まるとバルクライの足元に飛び込み、剣の間に土の壁が出現する。これにはリキットも驚いたようだ。固い土に剣先を埋めて一瞬反応が鈍る。その時、背後から迫る殺気を感じた。バルクライは振り向きざまに剣を振るう。ガチンッと重い金属音が響き、剣を受け止めたディーカルが猛禽類のように目を光らせて楽しくてならないと言わんばかりの表情で笑う。
「寂しいじゃねぇの。オレの相手もしてくれよなぁ!」
ディーカルの剣術は、ルーガ騎士団が教える基本と、ニ、三個、別の剣の型が混じった荒々しいものだ。そして、それがなによりの強みである。読めない剣術だからこそ、基本に則った剣しか知らぬ者には脅威となるのだ。だが、それはバルクライにとって不利となる理由にはならない。
ディーカルの強烈な突きをバルクライは剣の表面で受け止めて払い、構えを変える。左腕を前に出し、腰を落とした低い体勢から剣を右横に。これはルクルク国の荒ぶる剣術の型である。
バルクライに剣を叩きこんだのはジュノール大国王妃ナイルだ。彼女はルクルク国の剣士でもあり我流がいくばくか混じった荒ぶる剣の使い手だった。そのため、バルクライの剣術にもルーガ騎士団となり得た剣と、義母より受け継いだ荒ぶるルクルクの剣が存在している。バルクライはそれを場に合わせて使い分けている。ディーカルのように剣筋の読みにくい相手には、荒ぶる剣が使いやすい。
「お前に合わせてやろう」
「そりゃ光栄! お綺麗な剣よりそっちの方があんたには似合ってるぜぇ」
バルクライはディーカルの懐に飛び込むと、剣で胴を薙ぎ払う。これを辛うじて受け止めたディーカルが強く踏み込んで押し返してくる。それを屈んで避けて、懐に飛び込んだバルクライは左拳で鳩尾を突こうとした。
「させません。──水の精霊よ、助力を乞う!」
「うおぁっ、リキット! こっちまで来てんぞ!?」
「えっ!?」
リキットの魔法が発現する。しかし、焦りからかセージのコントロールが甘い。青い光が纏まりきれずに散っていくのが見えた。勢いよく滝のような水が右側から迫っているが、その水は早々に枝分かれを起こしディーカルまで範囲に入ってしまっているようだ。その向こうでモモと一瞬視線が合う。両手をぐっと握りしめて、今にもこちらに駆け寄ってきそうな表情だ。その小さな肩をレリーナが抑えて止めているようだが……この程度なら危険はないと示してやるべきか。バルクライはそう判断を下すと迫る水に左手を向けた。
「風の精霊よ、助力を乞う」
「み、水が全部こっちに──っ!?」
バルクライの手より大きな風の球体が放たれる。それは水流に触れた途端に爆風となり水を押し返した。リキットは自らが発現した水の魔法に流されて地面に叩きつけられる。ダナンが奔り寄って確認すると、首を横に振る。どうやらそのまま気絶したようだ。バルクライは一つ頷きを返し、介抱をダナンに任せる。
「リキットは脱落か。だが、土壇場の判断力は優れている。お前の副隊長を務めているだけあるな。──次はお前の番だ、ディーカル。先程から一度も魔法を使わないが、初めて使う力に躊躇いがあるのか?」
「いいや。あんたの相手がオレだけになるこの瞬間を待っていた! ──火の精霊よ、来やがれ!」
ディーカルの詠唱に従い、火の粉のようにディーカルの周囲に赤い光が集結した。それは一瞬で逆巻く炎の柱となって発現する。炎を全身に纏って飛び込んでくるディーカルの一撃をバルクライは剣で受けるが勢いをつけられた攻撃に押し負けて、土の上を滑る。その隙を突くようにディーカルの追撃がきた。重い頭突きを剣の握りで叩き反撃すれば、ガツリッと鈍い音が鳴る。
「力技だけでは通じないぞ」
「そんなこと端から期待してねぇよ。けど、オレの魔法はこれっきゃねぇみたいだし? ここはあんたを燃やす気でいかせてもらうぜ。……はっはーっ、いいことを思いついた! せっかくだから試してみるか」
ディーカルは歯を剥き出して獰猛に笑う。……やはり、この程度では大したダメージとはならないか。だが、なにをするつもりだ? バルクライはその動きを注視する。ディーカルの魔法は荒いが威力がある。炎はその闘争心をあらわすように燃え盛っていく。そこで予想外な事態が起きた。
「火と水の精霊よ、来やがれぇぇ──っ!!」
「まずい……団長っ」
「全員伏せろ! ──水の精霊よ、地を駆け敵を穿つ牙となれ【水獣の牙】」
ダナンの切迫した声に、バルクライは一瞬で事態を察し指示を飛ばす。モモがレリーナに覆いかぶされて守られているのを目の端で確認し、そのまま一つの魔法を詠唱する。青い光が集結し閃光が奔ると、狼の顔を模した巨大な水が発現する。それは牙の生えた口を開いてディーカルを丸飲みにした。水の中に閉じ込められたディーカルの表情に焦りが浮かぶ。その直後、凄まじい閃光が水の中で爆発した。
「ひゃあーっ!?」
モモの高い悲鳴が聞こえた。光が消えると爆発を飲み込んだ水が割れるように崩れ、ずぶ濡れのディーカルがドサッと地面に倒れる。後一歩遅ければ大変なことになっていただろう。バルクライは荒い呼吸をするディーカルの頭元に片膝をつく。
「目立つ傷はないようだが、身体に痛みはあるか?」
「ぜぇ……はぁ……ねぇ、けど……すげぇセージを持ってかれた。今のは、なんだ? オレがまた暴発させちまったのか?」
「大暴発だ。その威力は暴発時の数倍に及ぶ。お前が今使った二つの魔法の同時詠唱は禁じ手と言われているものだ。本来なら段階を踏んでそこに至る説明をするつもりでいたが、ディーカルのセンスを甘くみていたこちらの落ち度だな、すまない」
「おっ、団長様に謝罪されるとは。リキットが気絶しててよかったぜ」
「茶化すな。立てるか?」
「ああ。……っと」
バルクライが手を差し出すと、ディーカルがその手を掴んで立ち上がる。セージの消耗が激しかったのだろう。少しふらつきが見えた。説明を兼ねて、少し休息を挟んだ方がいいだろう。
模擬戦後の緩んだ空気の中に、突如緩やかな拍手が響く。




