308、モモ、目移りする~全力で楽しんだ時ほど、いい思い出になるよね~後編
「ごめん、モモちゃん。さすがにクエンさんが相手じゃ値切れなかった!」
「全然気にしてないよー。ジャック師匠の技は他のお店で見せてねー?」
三人で来た道を戻っていると、ジャックさんが両手を合わせて謝ってきた。桃子は胸に抱えたお菓子袋にほくほくしながらそう答えた。美味しそうな匂いに包まれて幸せだねぇ。おまけまでしてもらっちゃったし、今度ケーキを買いに行こう! そう思っていると、バル様にじいっと見つめられた。あの、なんでそんなに見てるの? とりあえずじいっと見つめ返してみる。
「さきほどから言葉がうつっている」
「えっ、そうだったー? ……あれ? ほんとだねぇ。特徴的な話し方だったからかな」
桃子は照れながら言葉を戻す。無意識に影響を受けちゃったみたい。クエンさんは明るくて面白いお姉さんだったなぁ。お菓子袋から漂ういい匂いに包まれて幸せな気分ににこにこしていると、通りかかった武器屋さんの前で驚くべき姿を発見した。
「もふもふ……っ」
「ああ、モモは初めて見るのだったな。彼等はアガン獣人国の獣人と呼ばれる種族だ」
「人間よりも治癒能力が高く、力も強いんだよ。この人ごみの中で人型になって紛れている者もいるんじゃないかな? ジュノール大国とは同盟関係にあるから、春祭りの為に訪れたんだろうね」
「豹と狼の獣人さん……! お話には聞いてたけどすごいファンタジー!」
桃子は感動して二人の獣人を見つめる。二足歩行の動物が服を着ているみたい。どちらも男性なのかな? 格好は普通の人とそう変わらないようだけど、腰に剣は見えない。
バル様の腕に抱っこされたまま人ごみの波に乗ってゆっくりと距離が近づいてくると、ズボンに穴が空いててふさふさの尻尾が緩く揺れているのが見えた。すごいっ、ちゃんと生えてる! お顔は動物の豹や狼で口もおっきくて獰猛そうに見えるのに、揺れる尻尾が可愛いねぇ。春祭りを楽しみにしてるのかな? ついつい目でその動きを追いかけていると、興奮が収まらない桃子の視線に気づいたのか、二人の獣人が振り返った。桃子はにこーっと笑いかけてみる。どんな反応が返ってくるんだろうねぇ?
狼の獣人さん、長いから狼さんにしよう。狼さんが大きな口から牙を剥き出す。威嚇されちゃった!? ショックを受けていると、豹さんがそんな狼さんの頭を叩いて何かを言って、陽気な様子で手をひらひら振ってくれた。おおっ、友好的ですね! もしや、さっきの威嚇は笑顔だったりしたのかも?
楽しくなって通り過ぎた店から視線を正面に戻したら、カイがびっくりするような状態になっていた。
「カイ!?」
「あ、あはは……お帰り」
「先程から懐かれてしまったようでして」
「カイにしがみついて離れないのよ」
キルマとリジーが困り顔で空笑いをするカイの足元を視線で示す。顔は似てなくてもその仕草はそっくりだ。その太腿に小さな動物? が二匹、くっついていたのだ。その傍には、服を着た熊が二匹立っている。これは、もしかして……!? 素敵な予感に桃子のがわくわくし始める。バル様は一目で全てを察したようだった。
「カイの匂いは獣人が好むもののようだ。それに子供が引き寄せられたのだろう」
そう言えば、前にカイが獣人さんにモテモテだったって聞いたことがあったね! 子供にも影響あるなんて、びっくり。
小さい熊が服を着ているのが、すんごく可愛い。ハーフパンツの子は私と同じくらいの大きさで、もう一人はスカートだから、男の子と女の子なのかな? カイの足にしがみついたまま、くりくりした目で熱心に誘いかけている。
「なぁなぁ、オレ達と一緒に回ろうぜ!」
「一緒に行こうー?」
「ごめんね、オレはこの人達と約束してるから行けないんだよ」
「申し訳ない! ほら二人共、お連れの方が来たようだからその人から離れなさい」
「やだーっ」
「この人いい匂いなんだもん」
「聞きわけのない子達で本当にごめんなさいね。──あんた達、いい加減にしなさい!」
「いでぇっ」
「いたぁいっ」
ゴンッゴンッてすごい勢いで二匹の頭にゲンコツが落ちた。ひゃあ、痛そう! 桃子は自分の頭を思わず右手で擦っていると、小熊さん達と目が合った。見るからに毛がふかふかしてるねぇ。本物のディディベアみたい。握手してくださいってお願いしたら、してくれるかなぁ。ふと、その目がキラキラと輝き出した。
「なにそのちっちゃい子! すげぇ美味しそうな匂いがする」
「美味しそう!」
捕食対象としてロックオンされてる!? レリーナさんとジャックさんが即座に前に出てくれた。それを見て、桃子は大慌てでバル様にしがみつく。私なんて食べても美味しくないよぅ! バル様の足に両手を広げて駆け寄ろうとした獣人の子供達を専属護衛の二人が制する前に、お父さんと思しき熊さんが両腕で捕まえた。
「ダメだろう? ほらよく見なさい、お前達が美味しそうなんて言うから、震えているぞ」
「ぴっ」
捕食しようとしてくる相手が三人に増えた! もはや言葉にならずぷるぷる震えていると、バル様が庇うように自分の胸元に桃子を寄せてくれながら、護衛騎士の二人に右手を軽く上げて合図した。すると、二人が警戒を解く。合図を決めてたんだねぇ。
桃子はバル様の腕にすぽっとフィットした感じに安心して、表情を緩めた。ここだけが唯一の安全地帯なの。桃子は大型獣から追われて木の上に逃げた動物みたいな気分でじっとする。今地面に降りたら、食べられちゃうかもしれない! そんな危機感がひしひしと湧きあがってくる。
「あらあら、ごめんなさいね。大丈夫よ。私達獣人は人を食べる種族ではないからね。この子達も始めて人の子に会ったから、好ましい匂いを食欲と勘違いしちゃっているのよ」
お母さん熊がくりくりした目で桃子を見つめてそう謝ってくれる。温かな茶色の目にははっきりと理性の色が宿っていた。叱られて短い尻尾が下がったままの子供達は、お父さん熊の腕に抱かれたまま、少しだけ桃子の傍に近づけられる。
「私の子のせいで獣人を嫌いになられては同盟国たる我々も悲しい。小さなお嬢さんの誤解を解いておきたいので、少しお付き合いくださいませんか?」
「……この子次第だ。──モモ、どうする?」
バル様からそう聞かれて、桃子は怯えながらもバル様の腕という安全地帯から、熊の獣人の親子に視線を向ける。怖いけど、好奇心が抑えられなかったのだ。
「私のことかじらない?」
「かじらせないよ。私がしっかり掴んでいるからね。──さぁ、その子の匂いをよく嗅いでごらん。腹が減る匂いではないだろう?」
二人が小さな鼻を蠢かせる。熊さんに抱かれた小熊さん。怖かったけど、可愛い光景にちょっぴり和んでくる。
「お日様みたいな匂い!」
「ぽかぽかする匂い!」
「そうだろう。じゃあ、怖がらせてしまったことを謝らないといけないな」
「ごめんな!」
「ごめんなさーい」
「うん。もう美味しいって言うのはやめてね?」
怖さに心臓が跳ねるから! 二人の目が捕食者でないことに安心して、どきどきしながら手を伸ばして見る。そうしたら、もふもふした手に握られた。友好の握手を達成!




