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282、モモ、その願いを知る~優しい未来はひとりじゃなくてみんなで手に入れよう~中編

 真新しい花壇の中で、芽吹いた小さな芽に乗った雫が太陽の光できらきら光っている。小さなジョウロを足元に置いて、しゃがんで眺めていた桃子は気持ちよさそうだなぁとほのぼのと顔を緩ませた。ジュノール大国は穏やかな春の気候なので、花にとっては育ちやすい環境なのだろう。


 そういえば、バル様が冬もあるって言ってたけど、いつから冬なんだろうね? そもそも一年って何日あるのかな? ふと疑問に思った桃子が傍に控えてくれている専属護衛の二人を振り返る。すると、ロンさんが玄関側から庭にやってくるのが見えた。その後ろには、普通の恰好のルイスさんが続いて現れる。レリーナさんやジャックさんと同じように、腰から剣を下げているのは、今日は神官として来たわけではないからだろう。ルイスさんは桃子を見て親しげに目を細めた。


「準備は出来てるかい、モモちゃん?」


「いつでもどうぞ!」


「よしよし、それじゃあ、おいちゃんと出かけようか。馬で移動だから、オレの前に乗せてやろうな」


 桃子は素直に両手を伸ばす。抱っこを求めるポーズに、ルイスさんは笑って軽々と片腕で抱き上げてくれる。請負人兼神官っていうなんとも異色の立場をしてるだけあって、その安定感は抜群だ。


「あれ? おいちゃんお髭の形を変えた?」


 歩き出したルイスさんの腕の中で震動を感じながら、桃子は近くにある尖った顎にそうっと指を伸ばす。爆発するようにもわっと増えていたお髭が顎周りだけを残して綺麗になっていたのだ。指先にじょりっとした感触が当たる。恋愛ドラマの主人公が言ってたのを見たことがあるけど、男の人のお髭って本当にじょりっとするんだねぇ! 


 バル様はお肌がつるつるで、髭を剃っている姿は見たことがないから、好奇心で心がムズムズする。桃子の指がくすぐったかったのか、ルイスさんが口端から歯を覗かせた。


「モモちゃんに会うのにむさ苦しい姿でいるのもどうかと思ってな。余分なとこは剃ったんだよ」


「格好いいお髭!」


「ありがとよ。護衛は今日もお嬢さんとジャックか? そいつの働きぶりはどうだい?」


 ルイスさんが視線でジャックさんを差しながら、待たせていた馬に桃子を乗せてくれた。そして、その後ろにひらりと騎乗する。この世界の移動手段として使われているから、慣れているんだろうけど、みんな華麗な騎乗だねぇ。桃子は身体をひねってルイスさんを見上げる。


「すんごく働き者だよ。力持ちだから、重い物でもひょいっと持てちゃうし、メイドさん達のお仕事も手伝ってくれるの。それに昨日、正式に護衛として私についてくれることになったんだよ」


「そうか! ──よかったなぁ、ジャック。お前さんは団長さんの信頼を得たんだ。これからも、モモちゃんのことをちゃんと守ってやるんだぞ」


「わかってるって。バルクライの旦那には雇ってもらった恩があるし、モモちゃんがいい子なのは、この一月でよくわかったからな。護衛として、必ず役に立ってみせるさ。──それにせっかく専属護衛にさせてもらったんだから、レリーナさんの助けにもなれるように頑張るんで!」


「私のことは気にしなくていいわ。自分の身は自分で守れるから」


「オレが勝手に守ります! レリーナさんは、その、オレの大事な人なんで……っ!!」


「ははっ、そっちは相変わらずか。そのお嬢さんはなかなか手ごわそうだ。ジャック、お前に一つ助言をしてやろう。女性を口説く時は気を長く持つことが肝心だ。本命の女性ならなおさらだ。焦って無理やり迫ったりするなよ?」


 ルイスさんが無精ひげをさすりながら、したり顔でからかう。ジャックさんは首まで赤くなってお口をパクパク開けたり閉めたりしてる。身体は大きくても、純情なクマさんだからねぇ。


「ばっ、だ、オ、オレはそんなことしませんからね!?」


「ええ。わかっているわ」


 ジャックさんの動揺をレリーナさんが受け流しながら、馬番のお兄さんが連れて来てくれた馬に騎乗を果たす。つとめてクールな表情には、あなたがそんなことをするとは思っていないわ、と書かれている気がした。私もそう思う! だって、ジャックさんがレリーナさんに向けてる好意は見ている方が照れちゃうくらい輝いちゃってるもん。

 

 専属護衛である二人の準備が整うと、ルイスさんが手綱を握った。玄関前でロンさんがにこやかに微笑む。今度は桃子達がお見送りをされる側となるのだ。


「本日もお気をつけて、いってらっしゃいませ」


「はぁい。ロンさん、いってきまーす」


 丁寧に頭を下げるロンさんに桃子が元気よく返事を返すと、ルイスさんが手綱を操った。馬が門の外に向かって走り出す。ポックポックと軽快な足音が響き、その音に二つの足音が重なっていく。馬の足音がまるで一つの楽器のようで、桃子は心の中でリズムを取りながら、流れて行く景色を見た。しかし、次第になぜか、心がそわそわしてくる。


 見覚えのある通りを通り過ぎると、ある建物が見えてきた。そこで、桃子は思わずルイスさんを振り返っていた。どうして……? 心臓が嫌な音を立てる。苦しかった記憶がじわじわとよみがえって来て、身体が竦んでしまう。近づいてくるのは──神殿であった。


 ルイスさんは門を抜けると脇で馬を止めた。傍で待機していた神官服を着た男の人達に馬の手綱を渡している。その後に続けてやってきたレリーナさんとジャックさんも同じように馬の手綱を渡す。桃子は馬の上で俯く。なんでここに来たの? どうして最初に言ってくれなかったの? そんな気持ちばかりが浮かんできてしまう。プチパニックの桃子を見て、ルイスさんが申し訳なさそうな顔で説明する。


「ごめんな、モモちゃんにとっては嫌な場所だよな? だけど、どうしてもここじゃないといけなかったんだ。安全はおいちゃんが保証する。どうか、信じて一緒に来てくれないか?」


 真剣な表情で手を差し出すルイスさんに、桃子は大きく深呼吸した。そうして、不安な気持ちを抑え込むと、勇気を出して乾いた手を握り返す。






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