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269、モモ、小さな主と呼ばれる~一緒にいるだけで笑顔になっちゃう時間は幸せって呼ぶのかなぁ?~前編

 ぽっくりぽっくり進む馬の上に横座りした桃子は、お菓子袋を大事に抱えてバル様の胸に寄りかからせてもらっていた。ルーガ騎士団からバル様のお屋敷に帰っている途中なのだ。


 前方にお屋敷が見えてくる。バル様の帰還を知らされているためだろう。門は開かれており、敷地内に入れば、正面玄関の前でレリーナさんとジャックさん、それから一月ぶりに顔を合わせるロンさんを筆頭に、お屋敷のメイドさんや使用人のお兄さん達が揃って出迎えてくれていた。


 三十人近くいる出迎えの数でちょっとした人垣になっている。バル様が馬から降りて、桃子を抱き下ろしてくれた。地面に足がつくと、温和な表情でロンさんが優雅に頭を下げる。


「お帰りなさいませ、バルクライ様、モモ様」


【お帰りなさいませ!!】


 ロンさんの言葉と同時に頭を下げるレリーナさん達は息がぴったりだけど、ジャックさんだけ一瞬遅れて頭を下げたのを見ちゃった。慣れないとタイミングが合わないよねぇ、わかる!桃子が心の中で大きく頷いていると、ロンさんが一歩前に出て改めてバル様に尋ねる。


「長い遠征任務よりご無事の帰還を心よりお喜び申し上げます。お怪我はございませんか、バルクライ様?」


「ああ。お前のことだからすでに知っていたのだろう?」


「情報として耳にはしていましたが、この目で貴方様のご無事な姿を確認するまでは安堵出来るものではございませんよ。──モモ様も大変な思いをされたとレリーナより聞き及んでおります。気を揉んでおりましたが、笑顔のお帰りでようございました」


「心配してくれてありがとう。ただいま、ロンさん! 久しぶりに会うけど、今日もお髭が格好いいねぇ」


「これはこれは、モモ様にそのようにおっしゃられると年がいもなく照れてしまいそうですな。お城でのご生活はどうでしたか?」 


「レリーナさん達がいてくれたから困ることはなかったの。バル様と帰って来れてよかったよ。ここはバル様のお屋敷だけど、私もお家みたいに思っちゃってるから、みんなにお帰りって言ってもらえて本当に嬉しい。今日からまたお世話になります!」


 この世界には桃子の家は存在しないし、元の世界でももうお帰りと言ってくれる人はいない。長く離れていたためか、帰ってきたという思いが鮮明で、お帰りの言葉がすごく心を温めてくれたのだ。はにかむ桃子をバル様がじっと見つめてくる。周囲に視線を向けると、ロンさんやレリーナさんが顔を見合せている。あれ? なんか変な空気になっちゃってる? もしかして、勝手にそう思っちゃってたけど図々しかったかな? 慌てて謝ろうとしたら、バル様が静かな口調で不思議なことを言った。


「この屋敷は、もうモモの家だろう?」


「……うん?」


「使用人は客人が来た時に、お帰りとは言わないぞ」


 端的な指摘に桃子は首を傾げた。バル様の言葉を頭の中でくるくる回す。……ロンさん達がお客さんに対して言う言葉は、普通はいらっしゃいませ、だよね? だけど、私はバル様のお客さんになってるはずだから……うわーんっ、こんがらがってきちゃったよぅ! いまいち意味が伝わっていないこと見てとったのか、バル様が言葉を重ねてくれる。


「客人としてモモを扱っていたのは、オレが後見人になる前までだ。今のモモはもうこの屋敷の主の一人となっている」


「ええっ!?」


 思わずすっとんきょうな声が出てしまう。そりゃあ出ちゃうよ! びっくりしたもん! てっきり桃子はまたバル様のお屋敷に居候させてもらうんだとばかり思っていたのだ。周囲を見回すと、レリーナさんが頷いてくれる。えっ、皆は知ってたの? 私だけ知らないで勘違いしてたの? 桃子の混乱ぶりにバル様が自分の顎を指で擦る。


「理解しているものと思っていたが……」


「理解してない! ほんのちょっぴりも理解してないよ!?」


「そうか、すまない。オレの説明不足だったようだ。この屋敷はオレとモモの家となった。モモは屋敷の主の一人であり、ロン達は使用人として主に仕える。心配せずとも、モモに対する態度が変わるわけではない。──そうだな、ロン、レリーナ?」


「ええ。我々はあくまで主を陰ながらお支えする立場でございます。モモ様におかれましては些細なことでもどうぞご遠慮なさらずにお申し付けください。大きなご主人様と小さなご主人様のお役に立つことが我々の本望でございますので」


「これまで通りに、いえ、これまでよりもさらに誠心誠意お仕えする所存でございます!」


「は、はいっ! これからもよろしくお願いしますです!」


 思わず敬語に敬語を重ねるテンパり具合を披露して、周囲から和やかな笑い声をもらう。桃子は恥ずかしさに赤くなる。うぐぅっ、慌てるといつも失敗しちゃうの。あの、こんな幼女が主の一人で大丈夫? バル様の美形なお顔をちらっと見上げると、口端がほんのり上がっていた。すぐに笑みを消すとバル様は使用人に改めて声をかける。


「今日からはオレとモモ、それから城に同行した者達もこの屋敷へと戻ることとなる。皆、よく務めてくれた。お前達の協力でモモを守ることが出来た。主として感謝している。これからもよろしく頼むぞ」


【はいっ!】


 皆の返事に力が入っている。レリーナさん達も頬を少し染めて誇らしそうだ。バル様は立場的に偉い人なんだけど、身分と関係なく人にお礼を伝えているところを見るとすんごく尊敬するし、好きだなぁって思う。じっと見過ぎたのか、桃子の熱視線に気づいたバル様にぽんぽんと頭を撫でられてる。途端にご機嫌になってしまう。




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