第七十八話 その頃のフレム達~番人の間~
「フンッ!」
壁から射出された矢弾を前を行くフレムが叩き落とす。
もうこれで何発目かも判らない罠に、フレムは少々辟易していた。
「全く、同じような罠ばっか何個もよ。うざったくて仕方ないぜ」
「ははっ、この狭い通路で飛んできた矢を落とせるフレムっちは中々凄いけどね」
ローザを挟むような形で後ろから付いてきていたカイルがそんな事を言った。
確かにここに来るまでに放たれた壁矢の罠は、その全てをフレムが見事叩き折ってきている。
「おう、先生に色々教えてもらったおかげでな。なんか空気の流れっつうか、気配みたいのがより感じられるようになってな。流石先生だぜ! おかげで俺も何か新しいスキルでも覚えられそうな、そんな気がして仕方ねぇ」
フレムが得意気に鼻を擦る。アビリティやスキルというものが一体どうすれば覚えられるかについて、実は今だはっきりとした答えは出ていない。
ステータスやレベルがある程度までいくと覚えられると言うものがいたり、特定の行動を繰り返すと覚えられるというものもいたりと、その解釈はかなりバラバラだ。
ただ、全く同じレベルでほぼ近いステータスの持ち主であっても覚えているアビリティやスキルが同じことは稀で、大抵その構成というものは変わってくる。
共通しているのは新たなアビリティやスキルが覚えられそうな時は、何かしら感覚的に訴えるものがあるという事。
それは剣術を修行し続けたものが、なんとなくそろそろ達人級になりそうだなと感じる事や、何を覚えるかは判らないが、漠然と何かが掴めそうと身体が訴えかけてくるなど、そういった形で予感があり、そこから真摯に鍛錬したり、自分なりに色々行動に移してみたりすることで、アビリティやスキルは増えていく。
つまり、今まさにフレムは何か新たな能力が手に入る一歩手前にいるわけである。
しかも先生、つまりナガレの影響が強いとフレムは感じている。
そんな事があってか、フレムは歩きながらでも、あ~でもないこ~でもない、とブツブツ言いながら、腕を振ったり構えを取ってみたりと割りと落ち着かない。
「そういえば、私も何か感じるものがあるかも」
「ローザもかい? もしかして新たな門が開けるようになるとかかな」
「魔術師は結構わかりやすいよな」
確かに魔術師系の場合、アビリティやスキルでこれまで確認されたのはそれほど多くなく予測はつきやすい。
魔法行使の○○門まで使用可能というのが基本でもある。
そして魔法に関してはアビリティやスキルと違って自ら学習し術式などを覚えることで使用可能になるので比較的判りやすい。
尤もこれとて学習すれば必ず覚えられるというわけでもはないが、どうすれば覚えられるか? がはっきりしてるだけまだマシだろう。
「あ、フレムっち、ちょっとストップ」
「うん? 何だよ?」
カイルの指示に、フレムが怪訝そうに振り返り問うが、ほぼ同時にフレムの横を矢がすり抜け、地面にあたりそして小さな爆発が起きた。
「爆発系のトラップだね。流石にこれはフレムでも避けようがないだろうし」
「あ、あぁ悪いな。……て! お前もしかして罠感知覚えてたのかよ!」
「あ、判った? この迷宮に来てからちょっと感じる物があってねぇ。罠のありそうなところを探そうとしてる内に覚えちゃったよ」
「……それだったら壁矢のトラップも気がついていたって事じゃねぇか」
「あはっ! バレちゃった? でもフレムっちわざわざ教えなくても対処しちゃうからさ~」
てめっ! とカイルを追いかけ回すフレム。それをみながら呆れたように腕を組むローザだが、どこか微笑ましげでもある。
「ほら、ふたりとも早くいこ。フレムもナガレ様に会いたいんでしょ」
「ん? あぁそうだな」
「もう五層だしね。もう少し進めば番人がいるかな」
三人は更に脚を進める。途中、罠を設置して面倒だったコボルトも倒し終え、そして更に奥へと向かった先に――大きな鉄の扉があった。
「やっとか。それにしても相変わらず番人の部屋ってのは判りやすいな」
「いかにもここに何かいますって感じだもんね~」
「でも、入ったらもう後戻りは出来ないんだよね。気を引き締めないと」
迷宮の最下層に存在する番人は大抵は専用の空間を作り、その中で侵入者を待ち構えている。
その際、いかにも番人がいますよと知らせんばかりの物々しい扉があることに疑問を持つものがいるが、番人からすれば扉があることで、侵入者がやってきたことをわかりやすくしているのだろう、というのが迷宮を研究している学者たちの見解である。
更に扉に鍵も掛けないのも、迷宮核からすれば最下層まで辿り着くような冒険者は核が成長するための特別な客人であり、わざわざ侵入を阻む必要が無い、というのが有力説とされている。
「取り敢えずみんなのレベル確認しておこっか」
「おう、俺はレベル28だな」
「私は24ね」
「そしておいらは27と……みんな順調にレベルは上がってるねぇ」
「だな、それにしても……結局ここまでこれたのは俺達だけかよ」
フレムは目を眇め腕を組み、呆れ気味に吐き捨てる。
迷宮討伐の依頼というものは、別にひとパーティーずつ請けなければいけないという規則があるわけではない。
請ける事自体は何組被っても問題ないわけであり通常は核迷宮にしろ古代迷宮にしろ、何組か冒険者が探索してるものである。
「第二層までは他にも何組かいたけど、途中『やってられないから俺たちは先に抜けるぜ』といって引き返していたのもいたしね」
「でも、それはコボルトの能力が上がっていたから仕方無いかもしれないかな」
「まぁたしかにね。迷宮の記憶でいくらコボルトが強力になっても、討伐報酬や魔核の価値は変わらないから、それだと割に合わないって思って途中放棄しちゃう人がいても責める事はできないね」
冒険者には効率を重視する者も数多くいる。コボルトは元の討伐金額も魔核の価値も決して高いとはいえない。
おまけに迷宮の記憶から具現化された装備品は魔物の死後霧散して消えてしまう。
その為、下手に迷宮の力で強化されたコボルトなどを相手するのは、骨折り損のくたびれ儲けでしかないと殆どの冒険者が考えてしまったのだろう。
迷宮核を破壊し、その欠片を持ち帰れば攻略とみなされ報酬は支払われるが、それなりに時間の掛かる迷宮攻略であり、それならもっと割のいい仕事に切り替えた方がいいと天秤に掛けたのである。迷宮攻略に関しては別に途中離脱しても失敗とは見なされないというのも大きいのだろう。
「たくっ、そんな無難な考えしてるから成長しないんだよ。強いコボルト結構じゃねぇか。そのおかげで俺たちもレベルがあがったんだしな」
確かに普通のコボルトを相手にしたところで、元のレベルが20を超えていた三人がここまで上がる事はなく、1レベル上げることすら難しかった事だろう。
迷宮によるコボルトの強化があったからこそ、最深部に到達するまでに彼らはここまでレベルがあがったのである。
そして冒険者の力の差というものは、こういった細かいことの積み重ねでも開いていくものだ。
「よっしゃ! こうなったら俺達でこの迷宮攻略して、おめおめ逃げ帰った連中を後悔させてやろうぜ」
フレムはそう言うと、意気揚々と両開きの鉄の扉を押し開け広々とした空洞へと脚を踏み入れた。
後にカイルとローザも続く。
その空間は円に近い構造になっており、高さは二階まである建物がすっぽり収まるぐらいは確保されている。
半径はフレムの歩幅で二十歩分程だろう。中央より少し離れた位置には迷宮核が変化した番人が佇んでおり、その周囲に八体ほどのコボルトが長を護衛するように集まっていた。
とはいっても一箇所に集まるような真似はせず、それなりに統率の取れた配置を心がけている。
この迷宮は土壁に囲まれた横穴を進む洞窟然とした造りなのだが、迷宮核による効果である程度の明かりは確保されている。
集団の中で特に異彩を放っているのは、全身を鋼鉄の鎧で固め、頭に猛々しい角をあしらった兜を冠ったコボルトであろう。兜と言っても視界は防がないよう前はオープン式だが、フレムの背より頭半個分ほど低い他のコボルトと違って、上背も二メートル近くあり筋肉量も相当なものだ。
明らかに脳筋タイプのコボルトである。
装備しているのは湾曲した鋼剣ファルカタに、左手にはスクトゥムと呼ばれる長方形の盾。
盾は内側に向かって反りがあるタイプだ。
更に腕や指には腕力を上げたり、防御力を向上させたりすることが可能な魔道具も身に付けられていた。
これらは全て餌として取り込んだ冒険者を元に具現化されたものだろう。
そして、この明らかに他のコボルトと毛色が違うこの異形こそが番人であることは間違いがない。
だが、気をつけるべきはこの番人たるコボルトだけではない。
その脇を固めるコボルト達もそれ相応の装備で侵入者を迎え撃つべく身構えているのだ。
メインは四体の戦士タイプ、そこに後衛を務める弓持ちと杖持ちのコボルトが二体ずつ続く。
ざっと目の前のコボルト達に目を走らせる三人。既に背後の扉は閉まっている。
入るのに特に苦労はしない空間だが、相手も冒険者を喰らうのが目的である以上、当然簡単には出してはくれない。
はっきりといえばどちらかが死ぬまでは絶対に扉は開かない。
「仲間を率いるタイプだね。多分コボルトジェネラルだと思うけど」
「装備がかなり充実してるし、気をつけないと……」
「ハッ! それぐらいの方がやり甲斐があるってもんだな。さぁ相手も動き出したぞ!」
不退転の決意で挑まなければいけないであろうこの状況。
しかし、果敢に挑むフレムの顔はどこか楽しそうですらあった――
ちょっとフレム達のが長くなってますが……




