第七十七話 その頃のフレム達
更新再開です。
「あ~早く先生に会いたいぜ!」
フレムのその嘆きと言うべきか願いと言うべきか、そんな思いの丈を聞きカイルは、ははっ、と苦笑した。
「本当、フレムっちはナガレっちが好きなんだねぇ」
「おうよ! 何せ先生は俺の憧れ! 先生のおかげで俺も色々と自分の未熟さに気づいた部分もあるしな。今の俺があるのも先生のおかげといって間違いないぜ!」
フレムの心酔ぶりに同じく話を聞いていたローザも若干引いていた。
尤もナガレを先生と敬う気持ち自体はローザにもわかるので、その事自体に何か思うわけないのだが、好きの意味が別にあるのでは? などと思わず頭を過ぎってしまったのだ。
「それにしてもカイル、先生程の御方にその、っち、というのはいい加減失礼だと思うぞ?」
「う~ん、でもナガレっちがいいって言ってくれたしねぇ」
そりゃそうかもしんねぇけどよ、とブツブツ愚痴を零すフレムである。
ただ、フレムは以前に比べると自分勝手な言動は大分減っている。
ことナガレの件になると少々見境がなくなる事があり、突然詩を創りだしたりなど、一体どこに向かおうとしているのか不安に思えたりもするが、それ以外では仲間の事もよく気遣うようになったし、以前のように誰でも彼でも喧嘩を売ることはなくなった。
それどころか最近はギルド内でも同じくナガレを慕うものを集めて【ナガレ先生の凄さを広める会】なんてものまで結成し始めたぐらいだ。
そしてこれはナガレにはまだ言っていない。フレム曰く、先生へのサプライズ、だそうだ。今から先生の喜ぶ顔がみれるのが楽しみ、と上機嫌なのだが、何故か渋い顔のナガレの姿しか思い浮かばないカイルでもある。
「さて、じゃあ休憩はこの辺で、そろそろいかない?」
「おう! そうだな。さっさとこんな迷宮の核壊しちまって先生に報告しないと!」
別にナガレにその都度報告する必要はないのだが、フレムはそれを口実にナガレに会いに行ったりしているからなんともいえない。
「今は地下三層だから、この感じだと後二層ぐらいかな?」
「そうだねぇ、この規模だとそれぐらいじゃないかな?」
ローザが誰にともなく口にした疑問にカイルが答える。
今彼らはギルドの依頼を請け、とある核迷宮にやってきている。
核迷宮は放っておくとどんどん迷宮核が成長し、それにともない迷宮も広がっていき手がつけられなくなる可能性が高いため、見つけたら迅速に迷宮核を破壊するのが望ましい。
ギルドではこの迷宮核を破壊する行為を攻略と呼んでいるわけだが――
ただ、迷宮内で死者が出た場合、放っておくと死体は迷宮に喰われてしまいそれが迷宮核の栄養となり迷宮の成長が促進されてしまう。
なので迷宮を早く攻略して欲しいのは山々だが、かといって実力の伴わない冒険者に下手に出張らせ、死なれて取り込まれたらそれはそれで厄介という問題点もある。
故に迷宮攻略の依頼に関してはギルドとしてもしっかり手順を踏むため、受注依頼としている。
ただ、これは半ば形骸化しているようなところもあるわけだが――
「しっかし妙に入り組んでやがるなこの迷宮」
「そうだね~道も細いしちょっと厄介かもね」
「し、慎重に行きましょう――」
ローザはこういうがフレムは出来るだけ早く攻略したいと思っている。
フレムとしては本当は先生と慕うナガレも誘って取り掛かりたい依頼だったようなのだが、残念ながらナガレはエルフの里の依頼に出てしまっている。
その為、フレムも仕方ないとこの依頼を請け三人で赴いた形だ。
迷宮は馬車で一日の距離にあり、更に三層までの攻略が意外と掛かり、迷宮内で一日過ごしてしまっている。
尤も迷宮攻略に泊まりこみで挑むなど本来は当たり前の話で、もっと広い迷宮ともなれば七日や場合によっては一ヶ月程を迷宮内で過ごすこともあるほどだ。
しかし、以前ナガレに話を持って行き付き合ってもらった迷宮攻略が、あり得ないほどの速さで達成されてしまったこともあり、その辺の感覚が若干麻痺してしまっているのかもしれない。
「全く、この程度の迷宮でこんなに時間を費やすなんて先生に聞かれたら笑われちまうぜ」
「そんな、ナガレ様はそのような事で笑ったりしませんよ。フレムは判ってるようでナガレ様の事判ってないわね」
「いや、馬鹿ローザ! 俺だってそれぐらい判ってるよ! それはあれだ、俺の気持ちの問題なんだよ!」
「そんなのフレムのただの怠慢じゃないの? 別に自信を持つなとは言わないけど、それで油断してやられたりしたらどうしようもないじゃない」
むぐぅ、と渋い顔を見せるフレム。やはりローザにはナガレと別な意味では頭が上がらない。
そんなふたりの様子を楽しそうに眺めていたカイルであったが。
「……おっと、何か来たみたいだねフレムっち」
「ふん! 丁度いいぜ。このままじゃ腕がなまって仕方ないからな」
「ローザはおいら達から離れないでね」
う、うん、と緊張した面持ちを見せながらふたりの影に隠れるローザ。
何せ彼女は攻撃手段を持っていない。いざというときのために煙玉だけは渡しているが、戦闘の際は出来るだけふたりも彼女に注意を払っておく必要がある。
「ガルゥ――」
そして三人の前方、丁度弓なりになっていた横道の先から姿を見せたのは犬の頭を有し人間のように二足歩行する魔物、コボルトである。
「……ここでまたこのタイプのコボルトか、厄介だね」
「ふん、コボルトぐらいあっさりと! といいたいとこだけどな」
「つ、杖持ちもいます。気をつけないと」
ローザの言うように、姿を見せた五体のコボルトの内一体は杖を持っている。
もともとコボルトはゴブリンと同程度だと思っている冒険者も多いがそれは誤りで、実際はコボルトの方がかなり手強い。
レベルで言えばゴブリンが3~5で生まれるのに対し、コボルトは7~9である。
このレベル差を大した事ないと思っている冒険者も多いのだが、実際はゴブリンよりも頭が良く武器に関しても人間に近い扱い方をするという意味で単純なレベル差以上にやっかいとされているのである。
更にコボルトは集団の中にリーダーを生み出す性質があり、リーダーが生まれると統率力が高まり、更に厄介になったりする。
だが、それでも地上で出会うコボルトは人間のように武器が扱えると言っても、手にするのは冒険者の死体などから拾った物が基本であり、ぼろぼろであったりする事も多く、手慣れた冒険者ならCランクであっても恐れる相手でもない。
だが、それが迷宮内となると話は変わってくる。これは核迷宮の性質に関わってくる問題であり、迷宮で死んだ冒険者などは放っておくと迷宮に喰われてしまうのは周知の事実であるのだが、更に迷宮核は喰らった冒険者のアビリティやスキル、それに加えて装備品なども記憶する。
そして記憶したそれらを迷宮内に生まれた魔物へ付与するのである。
尤も記憶した物が強力であればあるほど、付与するのに必要なエネルギーは増加するので、無尽蔵に記憶した物が付与されるというわけでもないのだが――それでも迷宮内で出会う魔物、特に冒険者の力や装備が反映しやすい人型の魔物は地上で出会うよりも厄介な事が多いというわけだ。
「αβΓ――」
「チッ! コボルトは詠唱からして判りにくいぜ!」
フレムが愚痴るように叫ぶが、問答無用で詠唱を紡ぎ、コボルトが杖を掲げた。
外では中々お目にかかれない、ローブを纏った魔術師タイプのコボルトである。
そして水球が天井に向け浮かび上がり、かと思えばパンッ! と弾けバリスタから射出される矢の如き、水の狂気が降り注いだ。
「ローザ伏せてろ!」
叫びあげ、飛び上がったフレムが双剣を器用に操り、迫る水の矢を次々と叩き落とす。
更にカイルも手早く矢を射続け、相殺していった。
「へっ、水属性で良かったぜ」
着地し強気な笑みをこぼすフレムである。
確かに水属性であれば、物理的に魔法を防げる場合もある。
だが――
「ちょ! 何言ってるのよ怪我してるじゃない!」
顔を上げたローザが心配そうな表情で声を上げる。
確かにフレムも全てを対処するのは厳しかったようで、脇腹や肩口には水の矢が貫通した痕が残っていた。
致命傷とまではいかないがそれなりに大きな傷である。
「は、早く魔法で」
「後でいい! カイル来るぞ!」
「判ってるよフレムっち」
カイルが弓を番え、フレムが前に出た先には、二体の戦士タイプのコボルト。
その装備品は一体がチェインメイルに槍。
もう一体がプレートメイルに大剣。
「槍? アホか! ナガレ先生式以外の時代遅れの槍なんか――」
コボルトがスキル【三連突】でフレムの命を狙う。
しかし最小限の動きでそれを避け。
「俺に通じるかよこの犬野郎が!」
双剣による疾風の二連攻撃【双連撃】によってチェインメイルごとその命を刈り取った。
「グルゥウウゥウ! ウ?」
すると、仲間の死に怒りを覚えたのか唸り声を上げ、もう一体のコボルトが大剣を振り上げる。
が、その頭を一本の矢弾が貫いた。
「おいらの前で動きを止めるなんて自殺行為だよ」
コボルトが頭を向けた先には、弓を構え佇むカイルの姿。
狙い撃ちによる正確な射撃が、急所である脳を射抜いたのである。
ぐらりとバランスを崩し、そのまま地面に傾倒するコボルト。
もう立ち上がってくることはない。
「βαπ……」
「おっと、もうさせないよっと」
更にカイルの放った矢が詠唱途中の杖持ちコボルトの身を貫く。
結果、二発目の魔法は発動されることなく、その場に三体のコボルトの遺体が転がった。
「ちっ、やっぱ斥候タイプは逃げやがったか」
「本当。あれが面倒なんだよね。様子見して不味いと思ったら逃げ出して、途中で罠を仕掛けていくんだから」
フレムが忌々しげに口にし、カイルがそれに同意する。
確かにその場に五体いたはずのコボルトは、二体がその場から消えてしまっていた。
この迷宮に次々と罠を仕掛けるコボルトがいることは既に承知している。
彼らは積極的に戦闘に参加せず、勝てないと知ると逃げ出して通路に罠を仕掛ける事を繰り返す為、面倒かつ厄介な相手なのである。
「フレム! 呑気にそんな事言ってる場合じゃないでしょ! ほら魔法かけるから怪我見せて!」
わ、わ~ったよ、と親に叱られた子供のような顔を見せるフレム。
そしてローザはヒーリングの魔法でフレムの傷を癒していった。
「しかしローザも攻撃魔法使えればレベル上がるの早くなるんだろうけどな」
「…………」
ローザはそれには何も答えない。
基本的に聖道門の魔法は回復や味方を援護するようなタイプが多いのだが、中には攻撃に役立つ魔法も存在する。
だが、ローザはそういった攻撃系の魔法を覚えようとはしなかった。
例え魔物であろうと悪人であろうと相手を傷つける事に忌避感を覚えてしまうのである。
「ほら終わったわよ。全くあんまり無茶しないでよね」
そんな事を言われ渋い顔を見せるフレム。
やはり彼はローザには頭が上がらないようだね、と改めて思うカイルであった。
ちょっとフレム達を追ってみてます。




