第七十四話 ナガレとエルマールの企み
ナガレ登場です。
「はぁ~~~~! やっぱり我が家は落ち着くのじゃ~~~~!」
エルフの里に戻ってくるなり、エルマールはそんな事を言いながら、広間の床をゴロゴロした。 このエルマール、見た目幼女になってからというものどうにもしまらない。
やってる事も仕草も喋り方も、日に日に本当に胎児にでも逆行しようとしてるんじゃないかと思えるような有様だ。
「はぁ~~~~! なんて可愛いんや! エルマール様! ハグしてえぇ?」
「て、もうしとるじゃろうがーーーー!」
そして、同じくすっかり残念エルフ女子となってしまったエルシャスをジト目で見てるピーチである。
「みてみてエルマール様とエルシャス様がまた……」
「幼女と側近の禁断の恋!」
「あ~あんなに抱きしめ合って――」
「はぁはぁ、な、何かしらこれ、何か、何か心の奥から湧き上がる感情、それを言葉にしたい! これに最適な言葉は……」
「もえ……」
「え?」
「そうよ! 燃えよ! この燃え上がるな感情は、正にモエだわ!」
「モエ! なんていい響きなの!」
「モエ~~~~!」
「エルミールとエルシャス様モエ~~~~!」
「…………」
そしてどういうわけか、エルシャスの一連の行動のせいなのか、エルフの里でもエルマールとエルシャスに対して萌えブームが訪れ始めていた。
まさかこんなところで萌えという言葉が聞けるとは、さらに腐女子エルフが現れるとは、流石のナガレもこれには驚きなのであった。
「てか、なんなのよコレ~~~~!」
そしてピーチの突っ込みが里中に響き渡った――
「全くエルシャスにも困ったものなのじゃ」
エルシャスの暴走も一旦収まり、エルマールはハンマの街で購入したお菓子をぱくつきながら愚痴を零す。
「……なんか小動物みたいね」
「やろ~~? かわえぇやろぉ? ピーチもエルマール様のこのなんともいえない愛らしさに目覚めたんやね!」
「……いや、貴方みたいに変態的なあれじゃないわよ」
用意された焼き菓子を口に運びながらピーチが返した。
ナガレも一緒になって頂くが、中々に良い味である。
使っている材料はナガレのいた世界に比べれば少ないが、限られた材料で心地良い甘さと風味、それに硬すぎず柔らかすぎずの絶妙な歯ごたえを作り上げている。
そして、それをはむはむと食べるエルマールは確かにピーチの言うように小動物、どちらかといえばリス系のそれであった。
「それにしてものう、どうにも里の者の気が緩んでいるように思えるのじゃ。全くこれでは戦闘民族失格じゃと思うのじゃ。一体何が原因なのかのう?」
「いや、どうみても原因は貴方でしょ。後エルシャス」
「さて、それはそうとじゃが」
「無視するの!?」
エルマールは自分の非を認めない女である。
「ナガレよ、何故お主突然この里でしばらく、まぁ秘薬が出来るまでじゃが、滞在させてほしいなどと言ったのじゃ?」
「迷惑でしたかね」
「お主はこの里を救ってくれたようなものなのじゃ。迷惑なんて思うわけがなかろう。じゃがこの里はお主達に連れて行ってもらったハンマの街ほど大きくはないのじゃ。特に見るようなものもない人族からしてみれば退屈な村じゃぞ? それなのにわざわざそんな事を言うという事は、何か意図があっての事なのじゃろ?」
エルマールがそこまで言うと、ナガレはニコリと微笑み。
「流石ですね。確かに貴方の言うとおり、私にもひとつさせておきたい事がありましてね」
ナガレが敢えて、しておきたいではなく、させておきたいと言った事に、エルフの耳がピコピコと蠢く。
「ふむ、なるほどのう。やはりそういう事なのじゃな」
そして、得心がいったように幼女の頭が揺れ動いた。
隣ではエルシャスが萌え死にそうな勢いで騒いでいるが。
「ではナガレよ、早速いくとするかのう」
「えぇ、話が早くて助かります」
言外で通じ合うふたりに、当然疑問顔のピーチである。
「何をいうとるのか判らへんけど、エルマール様のいくところならどこでもついていくで!」
そしてエルマールが立ち上がると、エルシャスが真剣にそう訴える。
だが――
「当たり前じゃろう。お前がこないと話が始まらないのじゃ」
「……へ? うちが?」
「こちらもですよピーチ。さぁ一緒に来て下さい」
「え? 私?」
エルマールとナガレの発言に、怪訝そうにそう応えるふたりであった。
◇◆◇
ピーチとエルシャスは、ナガレとエルマールのふたりに連れられ森の中に開かれた空間にやってきた。
ここは以前ナガレとエルマールが戦いあった場所でもある。
そのことにピーチは戸惑いっぱなしであった。
何故自分がここに、しかもナガレの話ではピーチに何か関係のある事だというのだ。
それに不可解な思いのピーチなのだが、するとナガレとエルマールが中央に立ち、ふたりに身体を向け、そして。
「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらうのじゃ」
「え~~~~~~!」
エルマールの突然の発言に驚嘆するピーチ。殺し合いって何を言ってるんだこいつ、という目を彼女に向けるが。
「エルマール、殺し合いはいいすぎです」
「うむ、ちょっと悪乗りしたのじゃ。戦闘民族の性なのじゃ」
「どんな性よ……」
げんなりとした様相で呟くピーチ。
すると、なるほど、そういうことやな、とエルシャスが口にした。
エルシャスはピーチより一歩早く、ふたりが何をさせようとしているのか察したようだ。
「何? どういう事?」
「つまりピーチ。ここで貴方にはエルシャスと試合をしてもらいたいのですよ」
「え? わ、私がエルシャスと!?」
ピーチが驚嘆する。どうしてそんな話になってるのか疑問に思っているようでもあった。
「ピーチ、ここでエルシャスと闘っておくのはきっといい経験になりますよ」
だが、ナガレは確信してるようにピーチに告げた。
どうやらナガレなりの考えがあってのことのようだが。
「う、う~ん経験って、もしかして精霊魔法の勉強のためとか?」
「それは無理やろ。人族は精霊魔法は使えんで。エルフだけの特権や」
ピーチの疑問にはエルシャスが答える。
だが、既に彼女は柔軟を始めていた。
どうやらこちらは十分やる気なようだ。
「でもなぁ、実はうちも気になってたんよ。ちょっと見ただけやけど、うちと似たような戦い方をしとるなとおもうたし」
え? とピーチが目を瞬かせた。
エルシャスの言っている意味が理解できていない様子。
「戦い方ってどういう事?」
「それは彼女の使う武器に関係してますよ」
「え? でもナガレ、武器ってエルシャスが腰に下げてるの剣よね?」
そう、確かに今エルシャスが携えているのは腰の小剣だけであり、それを見る分にはピーチとの接点がないように思える。
「それはエルシャスが本当に得意としている武器とは違うのじゃ」
しかし、そんなピーチの疑問を解消するように、エルマールが声を上げ。
「エルシャス、お前の本当の武器を見せてやると良いのじゃ」
悪戯を思い浮かべた幼女のような笑みを浮かべ、そう告げる。
「エルマール様の頼み言うならしゃあないな。さぁ、風の精霊よ――」
そして、彼女が精霊に願うように呟くと横風が吹き抜け、キャッ! と髪を押さえたピーチの視線にくるくると回転しながら飛んでくる何か。
それをエルシャスはパシッとキャッチし言葉を続けた。
「さぁ、うちの精霊式棒術、みせたるで!」
エルフの間に妙な文化が……




