第七十二話 魔物使い
「魔物を引き連れている人間って……それ、魔物使いじゃないのか?」
グリーンの話を聞いたボークが、自分の意見を返した。
確かに普通に考えればそうよねぇ、とゲイも同意する。
魔物使いは文字通り、捕らえた魔物を従えて行動することが出来る職である。
そしてある程度熟練の魔物使いであれば、魔物を多数引き連れて移動するなんてことも可能であり、ボークはその可能性を考えたのであろう。
この世界で、しかも冒険者稼業に身を置くものであれば、この可能性に行き着くのは寧ろ当然とも言える。
「あぁ、確かに俺もこれは魔物使いではないかとは思っている、しかし――」
そしてグリーンもふたりの意見を肯定する返事を見せた。
だが、それでも表情は優れず。
「迫る存在に対して森が怯えている」
「――!?」
「チッ――」
続くグリーンの言葉を聞いた瞬間、ゲイはハンマーを構え、ボークもマントに手を忍ばせた。
三人は当然一時的とはいえパーティーを組んでいる以上、互いに互いの能力を把握している。
そして、グリーンのフォレストサーチに於いて森が怯えているという事は、相手に明らかな敵意があるという事に繋がる。
魔物使いが引き連れている魔物でも、植物は反応するが、それでもただ連れ歩いているだけでは怯えるまでのことはないからだ。
「しかし、なんで敵意なんてよお、面倒事はゴメンだぜ」
「馬鹿ね、この任務そのものが既に面倒事じゃないのよん。で、相手の引き連れてる魔物は?」
「……それなんだが――」
「へぇ、流石に僕の下僕を倒したというだけあって、それなりに強そうだなぁ」
声が先ず各々の耳に届き、グリーンが話し終えるより早く、草木が揺れ、彼らの陣取る空間へ、異端者が脚を踏み入れた。
冒険者の三人は、来訪した集団へ瞬時に視線を走らせた。
「おいでなすったわねん」
「……お、おいおいマジでコイツかよ?」
魔物を三十匹ほど引き連れ現れたソレに、ゲイは目を光らせ、ボークは驚きの声を上げた。
だが、ボークが驚いたのは危機感からくるものでは決してなく。
何故なら、姿を見せたそれは見た目にはただの子供のようにしか思えなかったからだ。
彼はそれぐらい背が低い。だが、あくまで印象の話だ。
発せられた声の低さから、男性である事はわかる。
だが、彼はフード付きの外套に身を包まれており、更にそのフードも目深に被ってしまっているので、表情は鼻より下部分以外は判別がつかない。
ただ、全身を纏うそれはあまりに毒々しい染色がなされており、更に辺りに悍ましい程の陰湿な気を撒き散らしていて、ゲイとグリーンに関しては警戒を解いていない。
「全く、ビビって損したぜ。コイツ、背も随分と低いし、まだガキじゃねぇの?」
「ボーク、油断するな。こいつ、何かおかしい」
「同意見ねん――あたしの脳内にも警笛が鳴り響いているわん」
ふたりが注意を呼びかけるが、ボークは肩を竦め。
「心配し過ぎだぜ。第一こいつ、引き連れているのもゴブリンばかりじゃねぇか」
相手を見下すような発言。
だが、確かにそのとおりだった。目の前にいる男は三〇体の魔物を引き連れてきたのだが、その魔物は全て下級魔物の代表格とも言えるゴブリンだったのだ。
「こんだけ数がいれば、Cランク程度ならビビるのもいるかもだが、俺達の敵じゃないだろ?」
「……確かにゴブリンだが――」
ボークの発言に呟くように返すグリーン。
ゴブリンであれば確かに彼らにとって大した脅威ではない。
だが、それでも不安が拭いきれていない様子であり。
「くくっ! あはははっ!」
すると、突如フードを被った男が笑い出した。
何が面白いのか? とボークが眉を顰める。
「なんだテメェ? 頭おかしいのか?」
「はい、お前アウトーーーー!」
外套の中から伸びた指がボークを示し、は? と目を丸くさせる。
「アウトって、何言ってんだテメェ?」
「そのまんまの意味だよ。全くわかりやすい雑魚キャラだよなあんたは」
ボークは、はぁ? とカチンと来た様子で声を発する。
「雑魚って俺に言ってんのか?」
「お前以外誰がいると? そうやって相手を舐めてかかる奴は、先に死ぬって決まってんだよ」
肩を揺すり、くくっ、とフードの中から忍び笑いをみせ、男はそんな発言を行った。
「……おもしれぇなぁ。だったらやれるもんならやってみろよ」
ボークの額に青筋。
男の言葉は彼の神経を逆なでるには十分な効果があったようだ。
「おい! 挑発に乗るな!」
「そうよん、頭に血が上ってるといい仕事は出来ないわん」
今にも飛びかかりそうなボークに、ふたりは注意を呼び掛ける。
だが――
「そうかい? じゃあやらせてもらうよ。さぁお前たち、いけっ!」
謎の男の号令でゴブリン達が数体、三人に向けて動き出した。
それを認め迎え撃つ形でボークが前に出る。
「ふんっ! 全くお前らビビり過ぎだぜ! 【八腕投げ】!」
ボークがスキルを使用。目にも留まらぬ早業で、瞬く間に動き出していたゴブリンの身体を針鼠のようにしてしまった。
そしてゴブリンはその一撃で、一様に地面に崩れ落ち、そのまま動かなくなる。
「ほら見ろ! 所詮ゴブリンなんてこんなもんだ。こいつもどういうつもりで俺たちを襲ってきたか知らねぇが、たかがゴブリンを大量に従えさせたからって調子に乗りすぎだぜ」
両手を広げ、してやったりといった顔でボークがいい放つ。
「……お前ら冒険者はいつもそうだな。そうやって小馬鹿にし、真の実力に気がつかない。ゴブリン程度? だったらよくその眼で見るんだな、そのゴブリン程度がお前たちをこれから蹂躙するのだから!」
魔物使いの男の言葉に、あん? 何言ってるんだお前? と怪訝に眉をひそめるボークだが。
「――!? ちょっと、どういうことよこれ……」
「死んだはずのゴブリンが、立ち上がった――」
「は? 嘘だろ? 馬鹿な! いくら魔核が残ってるといってもそう簡単に復活するわけがねぇ!」
三人の表情が驚愕に迫る。
目の前で、今ボークが殺したはずのゴブリンが立ち上がったのだ。
これは当然普通ならばあり得ない。実はまだ生きていて治療魔法で回復したという可能性も彼らの頭をよぎるが、男からはその兆しも全く感じられなかった。
「まさか、こいつ死霊使いか?」
「……いや、違う! こいつら!」
グリーンが警戒の声を発した。
立ち上がったゴブリンの異様な変化に気がついたからだろう。
何せゴブリンは一様に呻き声を上げ、そして身体を膨張させその姿がみるみるうちに別な何かに変化していったのである。
「これはまさか――」
「そのまさかよグリーン、このゴブリン、ただ再生しただけじゃなく――」
『グ、グオォオォオォオオォオオオ!』
立ち上がり、変化したゴブリン達が一斉に咆哮を上げた。
森が震え、共鳴した叫びに乗って衝撃が周囲に広がる。
突風を浴び、逆だった髪を押さえ、そしてボークが、嘘だろ――と、狼狽した声でつぶやき。
「まさかこいつら全員、グレイトゴブリンに変異したのかよ――」
先程までの余裕は既に表情からは消えていた。 その姿に、魔物使いの男は楽しそうにゲラゲラ笑う。
「いいねぇ! その絶望した表情! それが見たかったのさ! この僕の凄さに恐怖するその顔がねーーーー!」
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