第六十四話 オーク盗賊団?
ちょっと遅れてしまいました。
「全く本当、なんか貴方達に依頼するといつも別な何かがついてくるわよね」
すっかりナガレの専属受付の立場が板についてきたマリーンが、盛大に溜め息をつく。
彼女とカウンターを挟んだ対面には、ナガレとピーチ、そして例の如く布でその身を覆ったイベリッコが居並んでいた。
ナガレとピーチはポーク一味を見事打ち倒し、エルフ達も含めてオークの真実をナガレが聞かせた後、一味を罪人として引き渡すため街に戻り、その足でギルドに赴いた形である。
そして種の本来の姿であるイベリッコは、マリーンにだけ見えるように顔を晒している。
彼女にだけそうしているのは、今はまだ他の冒険者に知られるような事は控えた方がいいと考えたからである。
ただ、オーク達の今後を考えればこの事実を隠し続ける意味は無く、ギルドに相談の上対応を考えてもらった方がいいとナガレは判断したわけだが。
「取り敢えず……エルフからの依頼は実は娘を人質に取られたと思っていたエルマールが、交換条件としてオークを捕まえて引き渡す事を要求されたから、ギルドに依頼したと……なんだか複雑な話ね。そもそもそのポークとかいうのも、罪人にこういうこと言うのもなんだけどなんで自分で探さなかったのかしらね?」
「自信がなかったのでしょう。イベリッコだけなら自分たちでなんとしてでも探しだすでしょうが、純粋なオークに保護されたとあっては下手に手は出せないと……草食系オークだという事を知らなければ、やはり多くの人にオークは忌避されているようですからね」
「あ~確かにオークは腕力も強いし中には冒険者のBランクでも苦戦するようなのもいると言うしね」
「それにイベリッコも、この姿ですからオークより腕力こそ劣りますが、父親から教わった技術で罠を仕掛けたりちょっとした小道具を作成するのに長けてるようですからね。その彼が森のオークと一緒になったという事で自分たちの手に負えないと思ったのでしょう」
ピーチとナガレの話に耳を傾けた後、なるほどね、と得心が言ったようにマリーンは顎を引き。
「でも、あそこのエルフまで捕まえるのに苦労するなんてね……」
「彼、イベリッコの罠のおかげかエルフ達もかなり苦戦したようですからね」
「でも、だからってピーチを囮にしたというのはちょっとね……」
「それに関しては事件が解決してから改めて謝罪してきましたけどね。彼女たちも見捨てる気はなかったようですし」
「だから、私達の後を付いてきてたみたいだしね。それに……その事はナガレがしっかりお仕置きしたから、私も気にしてないわよ」
「……まぁピーチがそう言うならその事は報告書には挙げないでおくわ。でも、ナガレのお仕置きってなんか凄そうね……」
確かに、と微苦笑を浮かべながら頷くピーチ。何せお尻一万叩きの上に一〇年間の幼女化である。
尤も最終的にはエルマールも幼女化はまんざらでもない感じであったが。
「それにしても彼が本当のオークの姿というのは実際驚きね……」
「あ、はい。僕もちょっと驚いてます」
マジマジと彼の顔を見るマリーンに頭を下げつつ、そう返すイベリッコ。彼はオークにしてはかなり腰が低い。
「でもなんでオークは揃ってデ……いえ、太ってしまったのかしらね」
明らかにデブと言いかけたマリーンだったが、失礼に思ったのかすぐに改め、問うように口にするが。
「恐らくですが、過去にオークの間で深刻な飢餓が蔓延したのではないかと。その教訓からか一部のオークが、まるで冬眠する前の熊のように過食し脂肪を蓄積することで、例えまた飢餓が発生したとしても乗り越えられるようにしたのではと。そしてそれが種族間に広がり今に至るのではないかと思いますね」
「……凄いわねナガレ。よくそこまで判るわね本当」
「まぁあくまで予想ですけどね」
そうは言ってるが、実際はナガレは自分の考えが正しい事を確信しているわけだが。
「全く、おかげで報告書に書く内容は増えちゃうけどね。あ~でもこれ実際凄いわね。ナガレ式オーク理論として提出されてもおかしくないわ」
「それはやめてください」
「凄いわねナガレ! もしかしてオークもナガレ式オークと改名されるかも!」
「……流石にそれはどうかと思いますよ」
困った顔でナガレがそう言うと、オークを含めた三人がクスクスと笑い声を上げた。
「でも、ナガレさんのおかげで本当に助かりましたありがとうございます」
言って改めてイベリッコが頭を下げた。
「本当、彼の姿を見てるとオークが忌避されてるというのが信じられなくなるわね」
「そうですね。実際オークは人に危害を加えることなく目立たないよう暮らしているのも多いようですし」
「よ、良くわかってるわね。本当どこでそんな情報手に入れてるのかしら……」
マリーンが怪訝そうに言う。
するとピーチが目を丸くさせ。
「え、そうなの?」
意外そうに聞く。
「えぇ。実際密かにオークを保護する目的で生活に適した土地を探すような仕事もあるわ。一応オークは獣人であり、全員が人に危害を加えるわけではないと伝え広めようとする動きもあるんだけど、イメージがどうしても悪いみたいで誤解される事が多いのよ」
「それってやっぱり見た目から?」
「う~ん、それもあるかもだけど……やっぱり罪を犯すオークの存在が大きいわね。特にオーク盗賊団というのが派手に暴れまわってた事が大きいかしら」
「オーク盗賊団……随分とストレートな名前ね。でもそんなに有名なの?」
「ここハンマの辺りではそれほど被害が出てなかったからピーチが知らなかったのも無理ないけど、かなりの組織よ。何せオークだけで五〇〇〇の勢力を誇っていた盗賊団だし、噂になってた盗賊化したオークというのもほぼその盗賊団所属とみて間違いないわ」
「ご、五千!? 何それ! 多すぎじゃない」
「恐らくそれだと、オークのかなりの数が盗賊団に流れているという事になりますね」
ナガレの声にマリーンは頷き。
「ただ、それでも最初からそんなに多かったわけじゃないみたいで……その、派手に動きまわって、その、村を襲っては村の女性を拐って手当たり次第そういう行為に及んだからそれで数を増やしていったというのもあるのよ」
マリーンは口にするのも憚られるといった様子で言い、聞いていたピーチは不快そうに眉を顰めた。
「酷いわね……そんな事があったならオークのイメージが悪くなっても仕方ないわね」
「……」
嫌悪を露わにするふたりに、一緒に話を聞いていたイベリッコは表情を暗くさせて俯いてしまう。
「あ、ごめんなさい! 少し配慮が足りなかったわね……」
「いえ、いいんです。それに僕も何で仲間がそこまで嫌われているか、知っておきたかったですし」
「てか! それならもうそのオーク盗賊団ってのさっさとやっつけちゃえばいいじゃない! それぐらいナガレに掛かれば!」
「どうどう、そんな興奮しないで。オーク盗賊団の件はまだ続きがあってね。確かにその盗賊団の被害は大きかったんだけど、ギルドも手をこまねいていたわけじゃなくてね。あるSランク冒険者がその討伐に名乗りを上げて、殲滅させちゃったのよ。半年ほど前の話ではあるけどね」
え? とピーチが目を丸くさせ。
「倒されちゃったの?」
「そう、倒されたの。だから今はもう問題はないわ。でもやっぱり悪いイメージは中々払拭されないからね」
微苦笑を浮かべるマリーン。
そしてホッと胸を撫で下ろすイベリッコだが。
「それにしても五千もの盗賊団を殲滅とは凄いですね」
「う、う~ん貴方がそれ言う? て感じではあるけど、確かに凄いは凄いわね。レベルも高くてスキル持ちのオークも結構いたって話なのに、たった一人で殲滅しちゃんだから」
「……は? え? たった一人?」
ピーチが思わず驚きに目を見開いた。
「す、凄いですね。僕でもそれがとんでもないという事が判ります」
「とんでもないなんてもんじゃないわよ。もしかしてナガレの知り合い?」
「いえ、こっちには特にそういった知り合いはいませんね」
どうやらピーチの中では、人外とくればナガレの知り合いという図式ができあがってしまっているようだ。
「まぁそう思いたくなるのも驚くのもわかるけどね」
(そう思うのは判るのですね……)
「でもね、納得できるといえば判らなくもないのよね。なんでもその冒険者、転生者だって話みたいだし」
そのマリーンの発言に、転生者ですか――と思わず反応してしまうナガレであった……。




