第六十二話 その中身は?
エルフによる豚男への制裁が終わった後、ナガレの合気によって穴に逃げ込んでいたオピスも引き出された。
そしてあの男の手下共をナガレの合気で一旦洞窟の外へ放り投げ、それに合わせて一行もその場を離れ外に出た。
すると、エルマールが樹の精霊の力を借り、草をロープに代え、その力で全員を身動き取れないよう縛り上げる。
ナガレの合気によって暫くは幼女の状態で過ごさなければいけないエルフの長。
その影響でステータス的にもかなり落ちてしまっているのだが、それでもこのぐらいの精霊魔法はお手のものなようだ。
「くそっ、体中がいてぇ――」
それから少しして、気を失っていたオピスが目を覚ました。
体が痛いのはナガレの合気によって狭い穴の中で体が元に戻った影響だ。
おかげで体の関節も大分外れてしまっていたのだが、それはナガレの合気で嵌め直されている。
「チッ、捕まっちまうなんて焼きが回った、て! 誰だこいつ!」
ふと、横を見たオピスが驚きの声を上げた。自分の隣で同じように縛られている男は、オピスを雇った男なのだが、エルフ達にボコボコにされ既に誰の顔か判別がつかないぐらいだったのである。
ある意味オークよりもずっとオークらしくなったとも言えるが。
「も、もしかしてこいつポークか?」
「てか、ポークって名前だったのそいつ?」
ここにきてようやく男の名前が判明したが、ポークとはある意味ぴったりである。
「ぐ、ぐぞぅ、お前が、もうぢょっと、ゆうじゅうだったら……」
ポークがどこか憎々しげにそんな事を言う。彼も一応意識は残ってる状態だ。
ただ、顔面が特に酷いことになっているので喋りにくそうではある。
「はぁ? 私のせいだっていうのかい? ざけんじゃないよ! あんたの計画が杜撰なせいじゃないかい!」
「どっちもどっちやねん。見苦しいから喧嘩すんなや」
呆れたようにエルシャスが言う。彼女もすっかり似非関西弁な喋りが定着してしまった。
そしてそれを聞いたふたりが互いにそっぽを向き――そしてオピスがふと自分を拘束してる縄に目を向けるが。
「もし骨格操作で縄抜けを考えているなら無駄ですよ。先ほど関節を嵌め直した際にちょっと細工させてもらったので、暫くそのスキルは使用できません」
「さ、細工? はぁ? 何言って……て! マジか! 骨が、骨が操作できねぇ!」
オピスが縄抜けを試みようと藻掻くが、ナガレの言うようにスキルが使用できない様子。
といってもナガレはただ関節を嵌める際に合気で骨が自由に外せないようにしただけだが。
「馬鹿ね、だから今ナガレがそう言ったじゃない」
「……一体あんた何者なんだ」
「ふん! ナガレは妾も認めた程の男なのじゃ! お前程度に図れるような安い男じゃないのじゃ!」
得体のしれない物を見るような目をナガレへ向けるオピス。
すると、エルマールがすっかり萎んでしまった胸を張り、得意気に言い返した。
「何者と言えばあんた達こそ何者なのよ? エルフやオークを狙っていたという事は盗賊?」
「ふん、教える義理はないね」
そっぽを向き、オピスが小憎たらしい態度で応えた。
全く反省の色がないわね、とピーチ。
「反省するぐらいならこんな事してるかよ」
吐き捨てるようにオピスが言う。
「まぁ確かにそうかもしれませんね。ですが貴方も普段は盗み専門の盗賊だったのでしょうに、ちょっと無理をしすぎたのではないですか?」
「……本当になんなんだいあんた」
顔をナガレに向け直し、オピスが怪訝そうに呟いた。
考えを見透かされたような、そんな気分に陥っている様子。
「ナガレはなんかそういうの判っちゃうのよねぇ」
「やけど、ちゅうことはこのオピスちゅうのは、元々の仲間ちゃうって事やの?」
「そうですね。恐らく元々の予定ではエルミールの情報を掴み、本当に拐う事を考えていたのかもしれませんが、流石に街なかでそれは厳しいと思い予定を変更したのでしょう。彼女はその過程で雇われたのだと、そんなところでしょうね」
「ふ~ん、でも泥棒は泥棒なんだ?」
「えぇ、彼女のスキルはソレに特化してますしね。蛇を上手く使えば事前にターゲットの屋敷の構造も知れますし、彼女はどんな狭いところでも潜り込める。更に変装まで可能なのですからこれほど盗みに向いたスキルはありません。まぁ褒められたことではありませんし、罪人であることに変わりはありませんが」
「そうね。それだけの能力があるなら確かに盗みに入るのに便利だったのかもしれないけど、もっとまっとうな道もあったでしょうに」
「余計なお世話だよ」
ピーチの言葉に苦虫を噛み潰したような顔で返すオピスである。
「それじゃあ小奴らはなんなのじゃ?」
「そっちは見たままですね。ピーチは一度裏で非合法の奴隷として盗賊に捕まりそうになったことがありますが、この男はその奴隷を取り扱う方。つまり闇の奴隷商人です」
「…………」
突如口を噤むポークだが、それが暗に奴隷商人だと認めている事を示していた。
「て事はこいつらが、あの時の盗賊みたいのから拐われた人々を買い取って奴隷として他の国に運んでいたってこと?」
「あの森の盗賊の取引相手がこの男というわけでもないでしょうが、そういった組織に属した一人である事は確かでしょう」
「組織? 此奴だけがやっておるわけじゃないという事かのう?」
エルマールが眉を顰めナガレに尋ねた。
人権を踏み躙るような奴隷制度はこの王国では禁止されている。
だからこそエルフもこの王国では安穏と過ごしていられるのだが、その平和を脅かすような組織の存在に忌避感を抱いたようである。
「そうですね。単独でやるには事が大きすぎますし、他国に運ぶとなるとある程度組織化してないと厳しいでしょうしね。それなりのコネも必要になるでしょうから組織を牛耳っているのは結構な大物かもしれません」
「おい! 組織のボスいうんは誰やねん!」
「ふ、ふん! じっででもいうがよ……」
「なんやと!」
ナガレの発言を聞いた途端詰めより、ポークの襟首を掴み問い詰めるエルシャスだが、その態度の悪さについつい切れてしまう。
「エルシャス、訊いても無駄だと思いますよ。その男は何も知りません。こういった組織が末端に与える情報は限られてますからね」
「え? てことはこいつは組織でも下っ端って事?」
「下っ端とも思われていないでしょうね。ただ利用されているだけでしょうし」
「…………」
ナガレの発言にすっかり黙りこくるポークである。
「なんやねん! 使えんわ。何も知らんくせに意味ありげな事言うなやこんボケェ!」
「……ねぇ? 貴方ちょっと性格変わりすぎてない?」
確かに、最初のクールビューティーぶりはすっかり消え去ってしまっている。
「くぞぅ! おでだってあのオーグとエロフの取りひぎがうまぐいってたら……」
「誰がエロフやねん!」
エルシャスの拳が飛び、ブヒェ! とポークが豚の如き鳴き声を上げる。
「でも、エルフはなんとなくわかるんだけど、なんでこいつそこまでオークに拘ってたのかしら?」
「あぁ、確かにそれがありましたね」
ナガレはピーチに応えるようにそう述べると、あの布を纏ったオークに首を巡らせた。
「貴方もそろそろ正体を明かしてもいいのではないですか? この通り貴方を狙っていた者たちも捕らえましたし、我々の事を信用して頂けるならですが」
ナガレの発言に考えるような仕草を見せるが――それから一拍の間をおき。
「……そう、ですね。皆様は僕や彼らの為にここまでしてくれました。ならば――」
その声にピーチもエルフも一様に驚く。
ナガレだけは判っていたように優しく微笑み頷いてみせるが、すると声の主は身に纏われた布に手をかけ一気に捲り上げる。
その中身に――ナガレとオーク以外の全員が二度驚く事となった。
何故なら、その身姿を晒した彼は、豚の耳を生やし豚の鼻を有した獣人だったからである――




