第六十一話 蛇、蛇、蛇
天井を蠢く大量の蛇、蛇、蛇、その様子は主に女性陣に対する効果は絶大だったようで、悍ましいものを見るかのように忌避し、護衛にきていたエルフの戦士も肩を震わせた。
彼女たちとて戦闘民族の戦士、数匹程度の蛇であれば物ともしないのであろうが、これだけの数ともなると流石に話は別らしい。
「ちょ! 何よこれ! 気持ち悪い!」
そして最も反応が著しいのはピーチでもある。
顔は歪みかなりの嫌悪感だ。元々蛇は苦手な方なのかもしれない。
「はっは~! どうだい? あんたの言うとおり私の称号は蛇使い。蛇操作のスキル持ちさ」
「くっ、つまり妾を監視する蛇を操っていたのも貴様だったというわけじゃな!」
人質に取られたと思っていた者が、実は己を監視していた張本人と知り、エルマールは怒りと悔しさの織り交ざった顔でオピスを睨めつける。
「その通りさ。全くあんたのマヌケっぷりといったらないね。さぁ、あんたらそこから一歩も動くんじゃないよ。ふふっ、私は見た目が蛇なら魔物だって操ることが出来る。その天井にいる蛇達が小さいからって馬鹿にしちゃいけないよ。ひと噛みで竜だってくたばると言われてるほどの猛毒をその牙に秘めてるんだ。それが私の命令で一斉に襲いかかる! そうなったらあんたらなんてイチコロだよ!」
彼女の宣言で、エルフ達に動揺が走った。ナガレが一応オークにもそのことを説明すると、彼らも大人しく従う姿勢を見せる。
「カハッ! 流石オピスだぜ。やっぱお前と組んで正解だったな」
「私はがっかりだよ。全くこんな連中に引っ掛けられて情けないったらないよ」
「…………」
ナガレは天井の蛇を眺めながら、一旦は沈黙を保つ。
すると、オピスの視線がピーチに走り。
「さて、あんたは確かさっき私の可愛いペットに気持ち悪いなんていっていたね。それは――許しちゃ置けないよ!」
獲物を狙う蛇のごとく様相で、そして地面を這うような動きで、オピスがピーチに向け疾駆した。
それにギョッとなるピーチ。もし反撃でもすれば、一斉に蛇が襲いかかってくるかもしれない。
それでは下手に手を出せない、と、そう思っているのだろうが。
「ピーチ、構いませんよ。おもいっきり杖を振るうとよいです」
ナガレの声が耳に届く。同時にオピスがいつの間にかナイフを手にし、ピーチの命を刈り取ろうと迫る。
「死ねぇ! 糞あ、な!?」
だがナイフがピーチに向けて振り上げられたその瞬間、オピスの脇腹に杖が叩きつけられ、その身が軽々と吹っ飛んだ。
「うぇ、何この感触、ぐにゃぐにゃして気持ち悪――」
ピーチが気持ち悪いものでも見るような目でそう述べる。
しかし、ナガレの発言を耳にしてからの彼女は全く躊躇いがなかった。
ピーチのナガレを信じる気持ちは今や相当なものである。
そして、魔力の込められた杖で反撃を受けたオピスであったが、吹き飛ばされながらも回転し体勢を直し、地面へと着地した。
「この馬鹿が! 私は骨格をいじれるのと元の身体の柔らかさで、打撃はほとんど効かないんだよ! てか、この状況で手を出すとかふざけやがって! だったらお望み通りトドメを刺してやるよ!」
「お、おいちょっと待て! エルフやあのオークは……」
「喰らえ! スネークレイン!」
切れたオピスを止めようとする男だが、時既に遅し、彼女のスキルは発動し天井の蛇が一斉に一行に襲いかかる。
「きゃ~~~~!」
顎を大きく開くその姿に、思わず叫びあげるエルフの女戦士――だが。
『ブヒィイィイイイィイ!』
豚のような雄叫びと同時にエルフ達を覆う影。
なんと、あの草食系オーク達が身を呈して蛇から彼女達を守ろうと飛び出したのだ。
(……男を魅せましたね)
ナガレはそんなオークの姿に、心で感心しながら、両手をその場で大きく一回転――すると、なんと雨の如く降り注いできた蛇がナガレの手の動きに合わせるように回転し、かと思えばギュッと押さえつける所作によって、一塊にされ、巨大な団子のような状態と化した。
「な!? ななななっ! なんなのよそれは!」
「さて? なんでしょう? まぁしかし、毒持ちの魔物となると放っては置けませんね」
言ってナガレは両手をパンッ! と合わせ強く握りしめた。
刹那、ナガレの合気によって一塊にされた蛇達が盛大に弾け飛び、小さな魔核だけを残し粉々に砕け散ってしまう。
「そ、そんな――私の、私の蛇、が、ち、畜生がーーーー!」
相棒でもあった蛇がナガレの手により滅っされたことで、激昂しオピスがナガレに飛びかかる。しかしあまりに短絡的な攻撃であり、終始冷静なナガレは慌てる事なくそれを受け流し、彼女の身が壁に叩きつけられた。
「ガハッ! そ、そんな、打撃は私には効かない筈なのに――」
「残念ですが、私の前では打撃無効などという能力自体が無効なので」
ナガレの発言に思わず目を剥くオピス。
そして、この化物が、と呟き、チラリと壁の下側に見える小さな穴に目を向けた。
「……ふんっ! あんたみたいな奴相手していられるか! おい! 私はもう手を引かせてもらうよ!」
「え? お、おい待てオピス! 何を!」
彼女の発言に慌てふためく男だが、そんな事お構いなしと、彼女は普通の人間ではとても通りぬけられそうもない小穴に身を滑り込ませた。
骨格操作によって身体をぐにゃぐにゃにし、まさに蛇のごとく遁走を図ろうというのだろうが。
「な! あの女逃げおったのじゃ!」
エルマールが、しまった! と叫びあげた。
するとナガレはやれやれと嘆息した後、オピスが逃げ込んだ穴の近くまで近寄り。
「仕方のない人です、ね!」
一喝し、合気を壁に向けて発するナガレ。
すると、ギャァアあぁあああ! という悲鳴が穴の中にこだまする。
その悲鳴は明らかにオピスの物であった。
「……ナガレよ、一体何をしたのじゃ?」
穴に逃げ込んだ筈のオピスがナガレの所為で悲鳴を上げる。
その状況に、エルマールが不可解そうにナガレに尋ねた。
「別に大したことではありません。壁を通して力を流し、彼女の身体を強制的に元へ戻しただけです」
「……それは十分大した事なのじゃ」
呆れ顔で述べるエルマールである。
ちなみに当のオピスは穴のなかで気を失っていた。
本来人の通れない穴を骨格操作で上手いこと移動していたわけだが、それがナガレの合気によって元の姿に戻されたのである。
その圧力たるや相当なものであった事だろう。
恐らく体中の骨という骨が悲鳴を上げたに違いない。
「……さて、おい貴様、どこへ行く気なのじゃ?」
オピスの件もとりあえず片付き、エルマールはソレに向けて言い放つ。
「まさかこの状況で、本気で逃げ出せるとでも思うとるわけじゃないじゃろな?」
エルマールが背中に投げつけた言葉を受け、密かにその場から離れようとしていた男が首を回した。
ギギギっ、と軋み音でもしそうな鈍い動きである。
「全く、この戦闘民族たる妾達を随分とコケにしてくれたものじゃのう――」
「ま、待ってくれ! 判った! 私が全面的に悪かった! 謝る! いや、勿論それだけじゃない! お前たちが最も欲しがってる物をくれてやるぞ? だから頼む!」
「最も欲しいものじゃと?」
エルマールを振り返り、土下座し、そんな詫びの言葉を述べる豚。
だが、欲しいものというフレーズに思わずエルマールも反応するが。
「そ、そうだ、あれだ、オークだ! しかも性欲の強い子作りに最適なオークを一通り揃えて提供しよう! どうだ? お前たちの交尾に役立つぞ? だか、ら?」
しかし、その発言は火に油だったようだ。
エルマールやエルシャス、更に護衛のエルフ戦士の眉間にも血管が浮き出てピクピクと波打ち。
「余計なお世話なのじゃ! そんなものいるか! なのじゃ~~~~!」
「そんなもんで許されるわけないやろがこんボケェ!」
「一〇〇回死ね!」
「このオークにも劣る豚野郎が!」
結局男はエルフ達に囲まれ、気が済むまでボコボコにされ――
結果、洞窟内にはオークよりもオークらしい無様な豚人間が一つ転がる事となったのだった――




