第六〇話 人質の正体
なんとか間に合いました
「どうやら約束は守ってくれたようだな」
下卑た笑みを浮かべ、丸顔の男はエルマールに向けてそう述べた。
その隣には、縄で縛られ猿轡を口に噛ませられた美しいエルフの姿。
改めて見てみると、確かに幼女化する前のエルマールにどことなく似ている。
「この通りオークを連れてきたのじゃ。これで妾の娘は解放してくれるのじゃな?」
エルマールは縄で縛られたオーク達を指差しながら男に問う。
他には側近のエルシャスと護衛エルフふたりの姿があった。
エルフ達は男との取り引きのため、指定された洞窟へとやってきたのである。
そして、取引材料はエルフ達が捕まえてきたオークと、そして男に捕らわれているエルマールの娘である。
「……あぁ。しかし、本当にあのエルマールか? そんな姿になってしまうなんてなぁ」
「う、うるさいのじゃ! 放っておくのじゃ!」
ニヤニヤと愉快そうに述べる男にエルマールは怒気を含めた声で言い返す。
「とにかくさっさと約束を守るのじゃ!」
「判ってるさ。ただこっちもしっかり確認する必要があるからなぁ。特にその布を纏ったオークは重要だ。だからそんな離れたところにいないでもう少し近くに来い。私の前までな」
「……判ったのじゃ。しかし確認したなら」
「判ってる。しっかり娘は解放してやるよ」
男のその言葉を聞き、エルマールと側近のエルシャスにエルフの護衛戦士、そしてオーク達が前に進む。
男と人質に取られているエルミールまであと数歩といういう距離まで一行は近づき――
その時、男の顔が歪み、底意地の悪そうな笑みをその顔に宿した。
「馬鹿め! 魔道具! 作動!」
男がそう言って、その太い指に嵌められたリングに念を込めると、エルミール達の足元が青白く輝きだし、かと思えば床に全員が収まるぐらいの魔法陣が刻まれた。
「な!? これ、は、ぐぅうぅう!」
すると、魔法陣の中に閉じ込められたエルマールとエルシャス、そしてエルフの戦士にオークもその場に崩れ落ち膝をついた。
苦悶の表情を浮かべ、エルマールは片目だけこじ開けた状態で男を睨んだ。
「貴様! どういうつもりじゃ!」
「どういうつもり? カハッ、カハハッ! 馬鹿だ! 本当に馬鹿だな貴様は! 奴隷として高く売れそうなエルフを、しかも戦闘民族などという希少なエルフを、放っておくわけがないだろうが! そこのオークも含めて、お前たちを全員捕まえるのが最初から狙いだったんだよ! この、ば~~~~~~~~かッ!」
自らの頭を人差し指で小馬鹿にする用に突っつき、ベロを出して男はエルマールをコケにする。
その姿にエルフの長は、ギリッ、と奥歯を噛み締めた。
「……くっ! つまり貴様らは最初からこれが目的で、娘も解放する気はなかったということなのじゃな!」
憎々しげに怒鳴りつけるエルマール。すると男は更にニヤ~っと醜悪な笑みを浮かべ。
「娘ねぇ、カカッ! げじゃらーーーー! おんもしれぇ! くくっ、これはとんだお笑い種だ」
「な、なんじゃと?」
男の態度にエルマールの顔が歪んだ。
「いや本当、笑いが止まらないとはこの事だ。おい、もういいぞオピス、変装を解いても」
怪訝そうに問いかけたエルマールにそう告げ、男が隣のエルミールに声を掛けると、その口元がニヤリと吊り上がり。
「全く。こんな臭いエルフの真似事なんて冗談じゃないよっての――」
縄を解き、猿轡を外し人質の女が辟易と言った具合に言い放った。
かと思えば、ガキゴキボキッと骨の外れるような音と共に体型が変わっていき、そして顔を手で拭うとその見姿が一変、エルミールとは似ても似つかない白い髪と白い肌の女が姿を現した。
いや、むしろ正体を現したと言ったほうが適切か。
そして爬虫類のような目をしたオピスは髪を掻き揚げ、ふんッ! と鼻を鳴らし、跪くエルマールを見下ろした。
「全く、気持ち悪い亞人のエルフにはその姿がお似合いだねぇ」
腕を組み、侮蔑の表情でオピスが言い放った。
ちなみに亞人とは、この世界の人間が獣人やエルフなどといった種族を一纏めにし蔑視する為に使用される呼び名である。
そして、勿論ここバール王国では差別に繋がる亞人という呼び方は固く禁止されている。
しかし、違法に奴隷を扱うふたりみたいな連中には関係のない話なのだろう。
「どうだ? ビビったか? こいつはなぁ、自分の骨格を操作するスキルに、変装のスキル持ちなのよ。だから体型も顔も完璧に真似ることが出来る!」
そこまで言った後、再び大声で笑い上げる。
すると、パートナーの女が爬虫類の如き薄気味悪い笑みを浮かべ。
「それにしてもエルフ唯一の戦闘民族といっても大したことないねぇ。本当大間抜けすぎじゃない? 脳筋過ぎて頭を使うっていうのを忘れちゃったのかな~?」
「まぁまぁその辺にしておけ。何せ見た目だけはいいのがエルフのいいところだしな。あぁ後、いくらやっても処女膜が再生されるんだったか? それも一部の貴族なんかには好評だそうだ。ははっ! それにしても、あの奇形オークだけでも結構な稼ぎになりそうだってのにエルフも纏めてでボロ儲けだぜ!」
「でもねぇ、こんなん抱くなんて私からすれば理解出来ないけどね。汚らわしい亞人なんて吐き気がするわよ。ん? 何その顔? 悔しいの? ねぇ悔しいの? もしかしてあれ? 奴隷なんかになるぐらいなら死にたいとか? くっ殺せ! とでも言っちゃう? 言っちゃうのかな~?」
侮辱の言葉を重ね、オピスは、ケヒヒッ、と気色悪く笑う。
「けっ、まぁ殺してくれといってもやらねぇけどな。てめぇらは男に腰振ってるのがお似合いなんだよ! このエロフがぁ!」
すると、散々好き勝手な事を述べるふたりに、エルマールがその小さな肩を震わせた。
だが――
「くっ、くくっ、あはっ、あははっ、馬鹿なのじゃ、お前達本当に、愚かすぎて笑えるのじゃ~~!」
突如エルマールから発せられた嘲笑に、ふたりは目を丸くさせ顔を突き合わせる。
かと思えば、エルマールに再度顔を向け怪訝そうに眉を顰めた。
「なんだ? もしかしてあまりのショックにいかれちまったのか?」
「ふ、ふん、妾は正常よ。しかしまさかここまでとはのう、本当に大したもんなのじゃ。のう、ナガレよ?」
「はぁ? ナガレ? 誰だいそれ――」
「それほどでもありませんよ。これは正直わかりやすすぎましたからね」
問い詰めようと口を開いたオピスであったが、その声は若い男性の声によって遮られる。
すると男が目を見開き、そして布に包まれたソレに向けて怒鳴りあげた。
「な! 誰だテメェは! その声に口調――あのオークじゃないな!」
男に誰何され、彼を覆っていた布が宙を舞った。
そして中から姿を見せたのは、袴姿で女性と見紛いそうな黒髪を有す、一人の少年だった。
「……残念ながらお察しの通り、私はナガレ。貴方と違って見ての通り人間ですよ」
そしてナガレは目の前の男に向けて自分の正体を明かす。
その様子に男は狼狽し。
「お、俺だって人間だ! てか、なんで貴様は立っていられるんだ!」
「そうよ! どうなってるんだい! 魔道具の力であんたらは自由が効かないはずだよ!」
「人間? これは失礼致しました。どうみても見苦しく肥えたのと性悪な爬虫類のような魔物のコンビにしか見えなかったもので」
「み、見苦しく肥えた?」
「は、爬虫類?」
ふたりは目をパチクリさせてナガレの言葉を繰り返したが、それに構わず更にナガレは続け。
「あぁそれとこの魔道具、どうやら指輪から魔力を送り遠隔操作で魔法陣を描き、強い倦怠感を引き起こす魔法と相手の動きを封じる魔法とが発動するタイプのようですね」
「そ、そうだよくわかったな! だから貴様が動けるはずがない! のに! なんで動けるのだ!」
「それは、私への状態異常は全て受け流したからですね。そして――」
ナガレは理由をあっさりと答えるが、ふたりは全く理解できていない様子。
しかし気にすることなく、その場で裂帛の気合と共に合気を発動。
かと思えば魔法陣の描かれた床が弾け、小さな箱型の魔道具が五つ舞い上がり粉々に砕け散った。
同時に男の指に嵌められた指輪も破壊される。
どうやらこの魔道具は予め魔法陣を描く魔道具を仕掛け、その中に相手を誘い込むトラップタイプの仕組みなようだ。
だからこそ、一行にもっと近づくよう指示したのだろう。
相手に気づかれないよう床の下に設置したりと小細工も施していたようだが、しかしナガレの前では全く意味を成さない。彼ならばこの程度、見た瞬間にはあっさりと看破出来てしまうからだ。
「な!?」
「――ッ!」
驚愕するふたり。
先程から一体何が起きてるのかさっぱり判っていないようだが。
「うむ、流石はナガレなのじゃ。妾が認めた男じゃ!」
「ほんまごっついねん。やけど助かったわ」
「話には聞いていたけどここまでとは……」
「確かにこれならエルマール様に勝てたという話も頷ける。幼女にしたというのはよくわかんないけど」
魔道具による束縛が解けた事で、エルフ達も起き上がり始め、一様にナガレを称賛した。
予め罠の可能性があることはナガレの口から聞いていたので、ある程度信用はしていたが、やはり間近でみるとその凄さがよく判るようだ。
「くっ! つまり替え玉か! お前ら最初から俺たちを謀る気だったな!」
「何言うとうねん。最初に騙したのはあんたらやろが」
「全くなのじゃ。寄りによって妾の娘を語り、こんな事を企てるとは、それに気がつけなかった妾も情けないのじゃ」
「ですが、これでもう恐れるものはない!」
「我らエルフ族を騙し利用した事、後悔させてくれよう!」
「ふむ、皆様はそうとうお怒りのようですよ? さてどう致しますか? といっても謝ったところで許してくれるとは思いませんが」
ナガレの言うようにエルフの怒りは相当なものであろう。
オークに関しては今も戸惑いが感じられるが。
「……かっ! 何を調子に乗ってやがる! まさか俺たちが何も考えてないとでも思ったか? おい! 野郎ども出てこい! こうなったら力ずくで――」
「野郎どもってこの裏で寝てる連中の事? 何よこいつら。弱すぎて1レベルも上がらなかったんだけど? 疲れただけじゃない全く」
だが、洞窟の奥から姿を見せたのは、あっさり手下どもをのし、密かに様子を窺っていたピーチと布で全身を覆った件のオークである。
「な!? ば、馬鹿な! 三〇人はいた筈なのに、あんな、あんな可愛らしいだけのチビに!」
「ちょっと、褒めるのか貶すのかどっちかにしてよ」
思わず眉を顰め言い返すピーチである。
「動くな! あんたら天井を見な!」
すると突如オピスが叫びあげ、全員に向け上を見るよう命じる。
それを聞き、一様に顎を上げるが。
「……なるほど、貴方は蛇使いというわけですか」
ナガレが呟くように口にすると、女の口角が吊り上がった。
そして、皆が顔を上げた先では、天井を覆い尽くすほどの大量の蛇がウネウネと蠢いていた――
天井を覆う蛇とか想像したくないですけどね。




