第五〇話 女エルフの里
依頼をしてきた女エルフの暮らしている里は、ハンマの街より徒歩で二時間程先にある森のなかに存在する。
エルフは基本人嫌いで有名である。その理由はかつて人間がエルフを迫害してきたという歴史的背景にもあり、また今でも他国ではエルフを積極的に奴隷にしようとする商人などが多い事も理由にあげられるだろう。
エルフという種族は女性の方が多く産まれる傾向にあり、そして森の麗人と称される程の美しさを誇り、それが下衆な者の情欲を掻き立てる。
故に奴隷として扱われた場合のエルフは人気が高い。
勿論ただ美しいだけが理由ではなく、エルフは精霊魔法という唯一無二の力を行使出来るというのも理由として上げられるが。
精霊魔法はこの世に存在する精霊に直接語りかけ、その力を借り魔法を発動する事が出来るのが特徴だ。
人の使う魔法とは違い、詠唱や術式を必要としないため、精霊魔法は行使するまでの時間も短くて済む。
勿論長所ばかりではなく、精霊魔法を使用する為には当然、その場に存在する精霊に依存する必要があるなどの制約もあるが、それでもその力を欲しようとするものはやはり多い。
そんな事もあり、基本人嫌いのエルフであるが――ここバール王国においてはそれでもまだ友好的な方であったりする。
それはこの王国においては人種による差別を徹底して禁止しており、あまりに酷い場合は刑に処され、貴族などがそのような行為に及べば下手すれば爵位も奪われる。
その徹底さ故か、エルフにとっても過ごしやすい環境が構築されており、故にエルフもそれなりに人との交流を築きあげていたりもする。
中にはハンマの街で薬師として店を営むエルミールのようなものもいたりする程である。
勿論だからこそ、今から向かうエルフの里の例のように冒険者ギルドに依頼を持ち込んだりしているのだろうが。
「う~ん、ナガレぇ。なんか私も体力がついてきたと思わない?」
森に入り、ギルドで教わったエルフの里に向かう道すがら、ピーチがそんな事を問いかけてきた。
確かに、以前依頼でベアールにお弁当を届けた際はすぐに息が上がり、杖に頼って歩いていた程だったが、今はそれもなくわりと余裕の表情である。
「ここのところ迷宮攻略も多かったですし、それに杖術の鍛錬も続けてましたからね。その成果が現れ始めてるのでしょう」
ピーチと並進しながらナガレが応える。
彼女は意外と真面目なところがあり、ナガレに教わった杖の型なども、合間を見て繰り返したりしていた程だ。
「う~んそれは、まぁ、嬉しいんだけどね。でも、最近私のステータスの称号が【魔闘杖術士】になってたりしたんだけどね――」
どこか納得いかないといった感じに目を細めるピーチである。
「ははっ、中々強そうではないですか」
「うぅ、元々普通の魔術師だったのに……」
己の称号を嘆くピーチであるが、単純に魔術としてみれば未だ第一〇門までしか開けられないのである。これも致し方無いといえるであろう。
そしてふたりそんな話をしている内にエルフの里らしき場所が見えてきた。
「おい止まれ! ここから先は我々エルフの暮らす里!」
「お前たち人族だな! 一体ここに何用だ!」
更にふたり歩みを続け、目的の女エルフの里近くまで赴いたが、そこでエルフふたりに道を塞がれた。
どうやらやはりここが里の入り口らしい。人の暮らす村で見られるような柵などの仕切りは存在しないが、その代わり里の周囲はやけに木々の間隔が狭く、入り口と思われる箇所だけが広く空いている形だ。
行く手を塞ぐエルフはどうやら門番のようで、当然だがふたりとも女性である。
噂通りどちらもかなりの美人だ。
そして見るにふたりは長い柄のそれを互いに重ね、クロスさせる事で道を塞いでいるわけだが――
「私たちはハンマの街で活動する冒険者です。この里からの依頼を請け負い、やってまいりました」
ナガレがふたりにそう説明すると、エルフの彼女たちは互いに顔を見合わせ。
「なるほどそうであったか」
「では長に確認せねばならぬな。お前たち名をなんという?」
一応は納得したようで今度はふたりに誰何してくる。
「はい、私はナガレ・カミナギと申します」
「私はピーチ・ザ・ファンタスキーよ」
「えぇ!」
「嘘!」
ふたりがエルフの門番に自己紹介すると、エルフ達がほぼ同時に驚きの声を上げた。
そしてどこか恍惚とした表情でナガレをみやり。
「も、もしかしてナガレというと、このナガレ式グレイヴを考案したというあのナガレ様ですか?」
態度が急変、エルフの一人がナガレに己の武器を見せながら尋ねてくる。
確かにエルフの持つソレはナガレが教えスチールが作成した武器の一つだ。
ハルバードの件があった後、今度は、槍に関して何かよいアイディアはないか? と問われ、突くだけではなく切る性能も持たせたらどうかと伝えたのが始まりだ。
そしてナガレの提案を元にスチールは、槍の分野においても鈎を付けてみたりと様々なものを作成した。
そして出来上がった品々を嬉しそうに眺めながら、口下手にも関わらずスチールはナガレを随分と褒め称えたものだ。
しかし正直ナガレからすれば、少し話を聞いただけで新しい武器を作成できてしまうスチールも十分に凄いと思えたりもするが。
ちなみに今エルフの持つグレイヴは、見た目にはどちらかというとナガレのいた国の薙刀に近い作りである。
だが、まさかナガレ式がエルフの里にまで浸透しているとは、とナガレにとっても驚きの事実だ。
エルフの中には森を伐採するのに利用する道具が鉄製である事から、鉄を極端に嫌うものも多いのである。
その為鉄を弄るのが好きなドワーフとも仲が悪いようだ。
だが彼女達の様子を見る限り、この里に暮らすエルフ達は、その辺に関しては柔軟な考えを持っているようである。
「このグレイヴ! 凄く使いやすいです! 今まで使ってた槍は突くことしか出来なかったんですが、これだと剣みたいに振り回して使用できますし!」
「ナガレ様は他にも色々な武器を考案しているのですよね? 憧れちゃいます!」
「あ、いえ、考案と言っても少し知識から伝えただけで、実際に凄いのはこれを作り上げたドワーフの職人ですよ」
ナガレがそう伝えると、え~、とふたりが何故か不満そうに口を尖らせ。
「ドワーフなんて別に凄くないですよ~ナガレ様の方が凄いです。ねぇ?」
「そうですよ。ドワーフなんて偏屈ですしナガレ様に比べれば全然です!」
何か初対面から凄い持ち上げようである。そして隣で聞いているピーチは終始面白くなさそうな顔をしている。
だが、どうやらドワーフと折り合いが悪いのはやはりうわさ通りのようである。
尤もハンマの街のエルミールのように、相手が人間でもドワーフでも分け隔てなく接する事のできる者も中にはいるのだろうが。
「ねぇ、私達依頼を請けてここにきたのだけど、さっきからナガレと話してばかりじゃない。その長って人に知らせに行くなら早く行ったら?」
目を細め、文句を言うように問うピーチ。
その様子にエルフ達も、何この女? とどこかムッとした様子だったが。
「判りましたよ。じゃあ私ちょっと言ってくるわね」
仕方ないわね、といった雰囲気を醸し出しつつ、門番の一人が奥へと引っ込んでいった。
だが、もう一人残ったエルフからは改めて質問攻めを浴びてしまうナガレであり、それをどこか白けた様子で眺めつつ、中に入る許可を待つピーチなのであった。
そしてそれから少しして、報告に向かったエルフが別のエルフを一人連れて戻ってきた。
「お待たせ致しました。長がお待ちですのでどうぞこちらへ」
そして門番と共に戻ってきた彼女はどこか恭しい態度でふたりに告げ、ナガレとピーチを連れ立ち、長の下へと案内を始める。
何はともあれ――エルフの里の長と謁見する事となったふたりなのであった。
ナガレの噂がこんなところにまで!




