第四六三話 ゼンジンの運命
カメラマンの名前がメクルであることを知ったゼンジン。その値踏みするような瞳から、彼の興味が少女に向けられていることはよく分かる。
すると、近くにいた男が、身元を調べておきますか? と尋ねた。
「う~ん、ま、それは後でも――」
「待って、ねぇちょっと待って。嘘だよねゼンジ?」
「はい? え? 何嘘って?」
ゼンジンの腕を取り、揺さぶるようにして問いかけたのはクロイだ。
その瞳には動揺が浮かんでおり、黒目が小刻みに揺れている。彼女たちを嵌めようとしていたのはクロイなのだが、何故かその顔色は彼女のほうがずっと悪く青ざめていた。
「だ、だから消すってそんな、私、そんなことまで望んでない。ただ、恥ずかしい写真を撮ってそれをネタにヒロインの座を降りてもらえれば良かっただけだし……」
「え? あはは、今更何言ってるの? そもそもここまでやっておいてそんな中途半端なやり方で終わらせられるわけないよね? 警察だって暇じゃないんだから動かすならせめて枕した相手と痴情のもつれで口論になり、どちらかが殺害した後、もう片方が残りの家族を全員殺して自殺ぐらいのインパクトがないと」
そんなことを平然と話してのけるのがゼンジンだ。いつもどおり人たらしの笑顔を振りまき。やたらと親しげに、何事もないように、いつもどおりの他愛のない会話を楽しむように――
人殺しの話をする。
ごめんちょっとしたジョークだったんだ、と今にでも言い出してくれるのではないか? と淡い期待を持った。
もしかしたら、監督もこのミカも仕掛け人で、ドッキリでしたと看板持ったスタッフが現れるのでは? とありえない妄想もした。
だけど――そうではない。そうではないのだ。
そしてここにきてようやくクロイは気がついた。この男は常識の外にいて、自分なんかとは別世界の住人なんだということに。
しかもその世界はとてもどす黒く、血生臭く、死が身近に寄り添っているような――漆黒の闇。
「ご、ごめんなさい」
「――え?」
クロイがボロボロと涙をこぼし始めた。そしてひたすら、ごめんなさい、と謝罪の言葉を繰り返し始める。
「ここまで、するなんて、お、思わなかったの。それ、なのに、私、私――」
今更何を言っているんだ? という気持ちが無かったと言えば嘘になる。だけど、それでもミカは、今のクロイの気持ちがなんとなく理解できてしまった。
勿論許されることじゃない。褒められることじゃない。ただ、恐らく彼女も必死だったのだ。だからどんな手段をとってでも一流になりたかった。
だからこそ常に上にいたミカの姉であるマイが許せなかった。そのマイもいなくなりようやく上が狙えると思っていた矢先に、ミカが来た。しかもすぐにでも追い抜こうとしている。
それがただただ許せず、後先が見えなくなり、裏の力に頼ってしまった。それが自分には過ぎた力であったことにも気づかず――
「ごめんなさい、本当にごめんなさい、ごめんなさい、ごめん――」
「あ~あ、何か白けちゃったなぁ」
「……え?」
クロイが振り返る。いるのは彼女が彼氏だと自慢していたゼンジンの姿。
だが、その表情はこれまでと一変していた。冷え切った平坦な表情で、そしてすっかりクロイから興味をなくした瞳でそこに立っていた。
今まで大事にしていた玩具が、突然どうでも良くなったような、そんな落差を感じさせる。
「もう、いいや。使えなくなった玩具は廃棄しないとね」
「ちょ、ちょっとまってゼンジ! それって、私のこと?」
「あれ? おかしいな~? ゴミが何か喋ってる気がするけど、気の所為かな?」
「それでは、ゴミの処理は私達が行っても?」
「うん、勿論いいよ。もう好きにしちゃってよ。ただし、あのカメラマンはダメだよ。だって、折角僕の新しい玩具が出来たんだからね」
そんな、そんな、と崩れ落ち、ボロボロと涙するクロイには見向きもせず、ゼンジンはメクルと名乗った女カメラマンに近づいていく。
「さて、君は安心してね。僕、君のこと気に入っちゃたから、これからペットとして飼ってあげるよ。勿論ペットと言っても僕が気に入っている間は自由があるからね。あのゴミはちょっと自由を与えすぎて失敗したから、今回はちょっとだけ制限つけるけど、大事に飼ってあげるからさ」
「え? いや流石にマジ無理。本当あんた最強にキモいし」
笑顔を振りまきペット宣言するゼンジンであったが、メクルの返事は辛辣であった。顔を歪め、これでもかと言うぐらいの嫌悪感を全身で示し、本当生理的に無理、という言葉まで付け加えている。
「……はは、面白いね君。でも強がりはそこまでにした方がいいよ。ほら、僕はこんなものも用意しているんだ」
そしてゼンジンが一丁の拳銃を取り出す。
「ほらほら銃だよ~怖いよね~? リアルウェポンだよ~本物だよ。だから僕が優しく言っている間に大人しく」
「えい!」
「……はい?」
ゼンジンは目を白黒させた。なぜなら突きつけていた筈の銃が、メクルによってあっというまにグシャッと握りつぶされてしまっていたからだ。
「話には聞いていたけど、あんた本当に最低なクズ野郎だね。全宇宙の女の敵だよ」
「な! お、おいおまえた、あひょッ!?」
しばし呆けていたゼンジンだが、ようやくメクルが普通でないことに気がついたようだ。すぐにやってきていた始末屋に助けを求めようとするがすぐにメクルに掴まれ、天地落としを食らってしまう。
これは頭上に投げた相手を空中で更に掴み地上に向けて投げるという基礎中の基礎の(メクル的には)柔道技だが、ゼンジンには効果的だったようだ。
地上に落下し、ぐぶぇ、と蛙が潰れたような呻き声を上げ、床をゴロゴロと転がった。
「おい女の敵。言っておくけどこんなのまだまだ序の口。お仕置きはこれからだからね」
「ひ、ひぃ! ば、化物! 化物だ! お前らさっさと始末しろ!」
ゼンジンが喚き散らすと奥からゾロゾロと銃火器を持った集団が現れる。
しかしメクルは落ち着いたもので、あっさりと縛られていた監督とミカを解放した。
「ふたりとも危ないから出来るだけここから離れてね。あと、そっちのクロイも仕方ないからこの場は助けてあげる。だからさっさといきなさい」
「え? わ、たしも?」
「ほら! クロイさん早く!」
戸惑う彼女の手をミカが引き、監督と三人で下がっていく。
「お、お前ら絶対に逃がすな! 絶対だ!」
『へい!!!!!!!!!!』
始末屋の何人かが分かれ、逃げた三人を追いかけようとする。だが、そうは問屋がおろさない。
「わるいけど、あの三人には手を出させないんだからね」
「な!? はや、くそ、撃て撃て撃て!」
バギュンドキュンズッギューン! と男たちが銃を撃つがそれらを全て避ける少女。
「おじさん達、日本じゃ銃なんて駄目なんだからね!」
そして横を駆け抜けながら、ホイホイホイホイホイっ、と片手で全員クルクルさせ、天井へと打ち上げてしまった。
「な、なんだあの女?」
「本当に人間か?」
「ひ、怯むな! 武器を変えろ! AKT470のアサルトライフルを持て!」
全員がAKT470のアサルトライフルを取り出した。明智家から支給された新型である。アサルトライフルと謳っているが、無数の小さな銃口が備わり、銃身が回転して連射するあたり、ほぼ機関銃である。
ちなみにオプションでショットガンやグレネードランチャー、火炎放射器からロケットミサイルまで備わっている明智家らしい欲張り(節操のない)な仕様だ。
「オープンザファイヤーーーー!」
――ズダダダダダダダダダダダダダダダダッ!
激しい銃声が鳴り響いた。とんでもない量の銃弾が雨あられのごとく飛んでくる。しかし――狙いを定めた位置には既にメクルの姿はなく、少女の射程範囲には始末屋達がいた。
この時点であっさりと連中の銃火器は無効化された。メクルが組める位置に入ってしまえば、銃などただの重りに過ぎない。折角のオプションも全くの無駄である。
横から先ず数人が投げ飛ばされた。驚愕の声が響き、残された連中が銃口を向けなおそうとするが、奴らが動くより圧倒的にメクルの掴みの方が速かった。
柔道において同時に千人を相手しても組み手争いで負け知らずな彼女を舐めてはいけない。少女は次々と明智家特製アサルトライフルを握りつぶしていく。
勿論明智家より支給されたこの銃が脆いというわけではない。それどころかTレックスに噛まれても傷一つ付かない程度には頑丈だ。
「はい、ほい、せい、てい!」
あっという間に支給されたばかりのAKT470が破壊されたことに驚く雑兵達は、その後全員片手間のような投げ方で天井にぶつけられ、後は雨のように降ってきた。
勿論死んでこそいないが、全身の骨がとんでもないことになっているのは間違いなく、どういうわけか全員もれなく大事なところは潰されていた。
「さて、残ったのはあんたね」
「ひ、ひいっぃいぃ! 出動だ! い、いますぐネオアケチロイドの出動だ!」
ネオアケチロイド? と首をかしげるメクル。すると天井を突き破って一二体の人型のソレが姿を見せた。
「あはは! みたか明智家が総力をあげて開発した新型アケチロイド! それぞれコードネーム、ラット、バイソン、タイガー、スネーク、ドラゴン――」
「あぁ、はいはい。十二支ねわかったから」
「なに! なぜわかった!」
面倒臭そうに腕を振るメクルにゼンジンが驚愕する。
「明智家を凌ぐその頭脳! やはり只者ではないな!」
「え~……」
残念なものを見るような目を向けるメクルである。こんな奴らが本当にこの国の警察を影から操っているのか? となんとも悲しい気持ちになった。
「ぶぉおおおぉおおぉおおぉおお!」
すると鼻息を荒くして先ずコードネームバイソンが突っ込んできた。
「バイソンは牛の特性を備えたアケチロイド! その突進は富士山程度なら一発で吹き飛ばす!」
「流石に嘘だと思いたいわね」
メクルはそれぐらい可能な格闘家はわりかし知っているが、こんな一家が作ったアケチロイドにそこまでの力があるとは思いたくなかった。
そして――
「ブォォオォオォオオオン!?」
メクルの目の前に迫ったその瞬間、バイソンが明後日の方向に吹っ飛んでいった。メクルが見事な巴投げを決めたからだ。
「ば、馬鹿な! バイソンが!」
「それよりこんなので富士山はいいすぎ。砂で作った山ぐらいしか壊せないでしょこんなのじゃ」
「ば、馬鹿にするな! やれスネーク!」
「フフッ、天国を見せてあげる」
スネークは女性タイプのアケチロイドだ。既にメクルの後ろに立っていた彼女は瞬時に彼女の体に巻き付き全身を締め上げる。
「スネークの特徴は軟体! そして戦車すらも締め潰す破壊力!」
「うふふ、このまま絞め殺して、へ?」
しかし、メクルはあっさりとスネークの拘束から抜け出した。
「軟体と関節技なら私も自信あるんだから!」
「ひゃ!」
そして瞬時にスネークに地獄固めを決めてしまう。その姿は十字架に磔にされた罪人の如くだ。
そしてアケチロイドの機械の関節をあっさりとバキバキにしてしまった。軟体? 何それ美味しいの? 状態だ。
「こうなったらラット! お前だ!」
「わらわら殺す!」
「背おいなげ!」
ラットがやってきた。あっさりメグルに背おい投げされた。
「わらわら殺す!」
だが、なんとラットは二体になってしまった!
「どうだ! それがラットの特性! 増殖だ! ダメージを与えてもねずみ算式に増えていくよ!」
「それどんな技術なの?」
「企業秘密!」
とにかくわらわらやってくるアケチロイドラットを投げ飛ばしていくメクルだが、攻撃すればするほど確かに増えている。
「め、面倒ね……」
「ふふっ、どうかな? これがアケチクリエイティブ!」
自信満々にドヤ顔まで披露するゼンジン。それがウザいなと思うメクルであったが。
その時だった、なにか豪快な排気音が近づいてきているのをメクルは聞き取り。
かと思えば倉庫の壁の一部が爆発し粉々に崩れ去り、その奥からライダースーツの女が倉庫内に突っ込んできた。
なんとも迫力のある大型バイクに跨がり、その状態のまま派手にジャンプしていた。
「な、なんなんだ今度は!」
アケチが慌てる。バイクは見事に着地、車体を傾けながら滑るように移動し、胸元から取り出したサブマシンガンをラットに向けて連射。
すると増え続けていたラットが次々と倒れ、そのまま動かなくなった。
「な、なんだ! 誰だお前、それに何をした!」
「大したことじゃないわ。所詮アケチロイドも機械ってことよ。プログラムさえ狂わせればそれで終わり。ま、このクラッキング弾はミル特製だけどね」
そう言って、ヘルメットを脱ぐ。頭を振ると、美しいロングの髪がファサッと広がり、ストンっと落ちた。
「あ! ココロエお姉ちゃん!」
「ごめんねメクルちゃん遅くなっちゃって~」
メクルが表情を明るくさせると、ココロエも手を振って返した。ナガレに柔道を教えてもらっていたことから、メクルのことを当時からココロエもよく知っていて、メクルも彼女をお姉ちゃんと慕っていた。
その為、今もお互いの呼び方はちゃん付けである。
「さてと、これで役者は揃ったわね。とりあえず、ちゃっちゃとこのポンコツ達を片付けましょうか」
「うん! ふたりでなら楽勝だね!」
ちなみにココロエは神薙流の合気こそ護身用程度にかじっただけだが、それ以外の武術は役作りの必要からほぼ極めており、アクションも全て実戦仕様だ。
銃火器の扱いも軍隊顔負けである。スパイアクションを学ぶためにシツジに教わったこともあり、その努力の賜物か各国から諜報部員として働く気はないか? とスカウトされたほどでもある。
そんな彼女たちにかかれば、ネオアケチロイドであろうと恐れるに足らず。次々と破壊していく。
「そんな、このままじゃ、このままじゃ――」
「ゼンジン様」
「……え?」
◇◆◇
「はぁ、はぁ、ジャーマネ、ほ、本当にお前についていけば逃げられるのかい?」
「モチのロンですよ~超安心してくださ~い。こっちは安全ですから」
ゼンジンはクロイのマネージャーを務めていたジャーマネに連れられ、外の森の中を走っていた。
しかし、実はゼンジンはそこまで体力に自信がない。彼は明智家の中では頭脳担当だと自負しており、運動会系ではまったくないのである。
「あ、あとどれぐらい行けばいいんだい? そもそもなんでたかがマネージャーのお前が逃げられるルートなんて知ってるんだよ」
「あははっ、それはマネージャーだからですよ。ほら、マネージャーたるもの色々としっておかないとね」
「そんなものなの?」
「そんなものですよ。おっと、このあたりかな」
そしてジャーマネが足を止める。ゼェゼェと息を切らしながらゼンジンは周囲を見回すが。
「な、何だよここ。まだ全然森の中だろ?」
キョロキョロと周囲を見やるが、確かに鬱蒼とした森の中であり、あるのは木と草ぐらいだ。
「ちょっと待ってください。ちょっと連絡を取りますから」
「あ、なるほど。ヘリか何かを手配してるんだな。はは、やるじゃないか」
「……えぇ、予定通りですよ。はい、そっちは失敗で。え? はぁ、本当にいいんですか?」
「うん? ちょっとお前、一体誰と話してるんだよ?」
「え? 聞きたいですか?」
「大事なことならそれは僕を通してくれないと」
「そうですか、それじゃあ」
ジャーマネがスマホの画面をゼンジンに向けた。するとゼンジンの表情が緩まる。そこに映っていたのが見知った顔からであろう。
「あ、何だ誠実兄さんじゃないか。びっくりした。でもなんでこいつと?」
『……善人、お前、また失敗したらしいな?』
だが、セイジツはその質問には答えず、質問を質問で返した。
「え? なんだよジャーマネお前余計なこと言っただろ! 全く。でも聞いてよ、あの中には化物みたいな女がいてさ。最初はペットにしようと思ったのに、とんだ食わせ物だったよ」
『……失敗したんだな?』
「ちょ、何怖い顔してるのさ? 確かに結果的に失敗したけど、でも父さんに言えばわかるよ。あ、母さんでも判ってくれるし、ねぇ近くにいる?」
ゼンジンがセイジツに訴える。だが、画面の奥の兄は頭を振り。
『私はね、常々思っていたんだよ。例え兄弟でも明智家に無能はいらないんじゃないか、とね』
「え? 何言ってるの? ちょっと兄さん怖い顔して冗談はやめ――」
『そういうわけだから、頼むよ綺羅 光輝君』
「へ? え、誰そ――」
だが、その言葉が全て紡がれることはなかった。何故なら、既にゼンジンの首はありえない方向に捻じ曲げられていたから。
『……ふふっ、やはりマネージャーよりそっちのほうが本職みたいだね神破流とやらは』
「ははっ、やだなぁ。こういう事も出来るってだけで別に本職ってわけじゃないですよ」
『……その笑顔が怖いね。油断したら私も狩られそうだ』
「大丈夫ですよ。貴方様は大切なお客様ですからね。でも、本当に良かったのかな? 彼、母親からは溺愛されていたのでは?」
『手抜かりはない。逆に利用するだけだ。それより死体の処理をお願いしても?』
「お望みであれば」
『頼んだよ――』
そして通信が途絶えた。傍受される心配はない。なぜならこの機種は神破流の特製だ。
「さて、と。それじゃあ――」
ゼンジンだった物を持ち上げ、ジャーマネー改めコウキが疾駆する。空間が歪み、瞬時に山を三つほど超えた。人の領域では絶対に捉えきれない速度である。
「お疲れ様。しっかり処理したみたいね」
「なんだ聞いていたんだ美徳」
「天草家の者は耳も目も良いのよ」
コウキを待っていた女、天草 美徳が答える。明智家で秘書として務めている彼女も、コウキと同じく神破流の人間であった。
「それにしても全く残ってないわね」
「当然だよ。だって次速で来たんだから、遺体はとっくに向こう側さ」
「ま、その速さじゃそもそも影も形もないでしょうけど、でも貴方、その状態でも出せるのね次速」
「ふふん――」
愉快そうに笑う。そして、あ~あ、と天を仰ぎ見て。
「でも、やっぱりつまらないかな。もっと楽しみたいかも」
「……それなら、多少は解消されるかも知れないわよ」
「へぇ、じゃあいよいよか」
「えぇ、そうね――いよいよ、よ――」
こうして、不敵な言葉を残しふたりの男女は姿を消した。後に残されたのはゼンジンが死んだという事実だけであった――




