第四十四話 スチールの鍛冶屋にて
「何かお昼をごちそうになってしまってかえって悪かったですね」
「しょ、しょんな! こちらこそ! こんな大金受け取ってこの程度で申し訳ないのです!」
冒険者ギルドを出た後、マリーンオススメの中々小洒落た店でお昼を摂った一行。
ランチでありながらも肉料理から魚料理までちょっとしたコースが楽しめるのが特徴であり、こだわりのソースも相まって最後のデザートまで存分に楽しむ事が出来た。
食後はナガレが支払いを済ませようとしたのだが、そこで立ち上がったのがローザであり、どうしても自分に払わせて欲しいと譲らなかった。
どうやら今回の報酬で得た大金の事もあってどうしても何かお礼がしたいといった心情だったらしい。
それを察したナガレは今回はその好意に甘えることにしたのだった。
「ローザ、なんだか結局私までご馳走になって悪かったわね」
マリーンが少々申し訳無さそうにローザに言うが、彼女はにっこりと気にしないでくださいと返した。
「う~ん、でも私としては今度はナガレに個人的に食事に誘ってもらいたいところね」
ふふっ、と小悪魔的な笑みを滲ませるマリーン。
それに慌てたように、な、何言ってるのよマリーン! とピーチが叫んだ。
「ふふふっ、冗談よピーチ。多分ね」
「た、多分って何よ……」
油断ならない奴! と目を細めるピーチである。
「てか、俺を差し置いて先生とふたりで食事なんて勝手は許さねぇぞ!」
「……てかあんた一体どこに向かってるの?」
マリーンが呆れたような半眼でフレムを見やる。
「あん? 決まってるだろ! 俺は先生のような凄い男になるんだ!」
「凄いって……なんか漠然としてるわね。まぁ……変な趣味に走ってなくてよかったけど」
フレムが、言っている意味が判らないといった感じに目を眇めるが、その後ろではカイルが、くくっ、と笑いを堪えていた。
「フレム、私は別にそこまで凄くはありませんよ。ただ、成長したいのであれば他の皆に対する態度を改めなさい。色々と失礼が過ぎますからね」
ナガレの手厳しい発言に、肩を窄めるフレムである。
しかしナガレからすれば、自分に対する態度だけが変わっても意味が無いのだ。
とにかく無駄に敵を作ってしまう性格はある程度正すようにしなければ、ローザ達が苦労するだけである。
「さてっと、じゃあ私はそろそろ仕事に戻らないと……」
「でしたら途中まで一緒に行きましょう。私もこれからスチールのお店に向かいますので」
「先生! 俺も付き合いますよ!」
というわけで話も落ち着いたところで全員で先ずギルドの前まで向かい。
「ここでいいわ。それにしてもお昼美味しかった、本当にありがとうね」
そこでマリーンは皆にお礼を述べ、ギルドへと戻っていった。
そして一行はその足でスチールが構える店へと向かう。
ギルドからはそう遠くない場所にあるとの事で、徐々に評判を集めていると言われている鍛冶屋ではあるようだが、店の場所は大通りには面しておらず、通りから路地に入り少し奥まった場所に佇んでいた。
石造りの縦に伸びた細長の平屋である。
店舗の奥側からは煙突が伸び、もくもくと煙を上げていた。
フレムが先に扉を開け、全員が店の中に入る。
「おお! 来たかいナガレ!」
すると先客として来ていた中々逞しい体つきの男が声を上げた。
彼はナガレを知っているようだが、それはナガレも、そしてピーチも一緒である。
「あれ? もしかしてベアールさん?」
「おお! よく食べる姉ちゃんも久しぶりだな!」
「いや、よく食べるって……」
ピーチが不満そうに目を細めると、ローザが楽しそうにくすくすと笑った。
「あの森以来ですね。ご無沙汰しておりますベアールさん」
「おお! あんちゃんも相変わらず騙っ苦しいな~」
そう言いつつ、再会が嬉しいのか、ガハハ、と豪快に笑った。
「てかこのむさ苦しいの先生の知り合いですか?」
「フレム――」
ナガレが表情は変えず、しかしちょっとした威圧を込めてフレムに言う。
その気持ちに気がついたのか、フレムはすぐにナガレに謝罪した。
「謝るなら私にではなくベアールさんにですよ」
「いいっていいって。そんな事でいちいち目くじら立てることもないだろう」
「なんか本当にフレムが失礼なことを言ってすみません」
「なんでお嬢ちゃんが謝るんだ? まぁとにかくそういうのは本当にいいからよ」
頭を下げるローザに若干戸惑うベアールである。
「てか、ローザ本当に苦労するわね」
「う~ん、半分フレムっちの保護者みたいなものだしねぇ」
ついつい同情してしまうピーチにカイルが応える。
その説明になんとなく納得してしまうピーチであった。
「ところで私が来ることをもしかして?」
ナガレが改めてそう言を発すると、おう! とベアールが威勢よく応え。
「いや、実はよ、俺とスチールはあいつが店を開く前からの仲でな。まぁ親友って奴だ。それでよぉ、あの森での件を教えたらな、どうしても俺の斧を改良した奴に会いたいっていうもんだからよ~」
つまり、ベアールの口からナガレの事を知ったスチールが、堪らず冒険者ギルドまで探しに来てしまったという事らしい。
「あんちゃんから教えて貰った遠心力、それに偉く感動しててな。柄を長くするのもこれは革命だーーーー! てあいつがあんな興奮して叫んだの初めて見たぜ」
ナガレとベアールがそんな会話をしていると、奥から噂のスチールが姿を見せた。
この店は、今ナガレ達が話している箇所には剣や鎧などが飾られており、会計を行うためのカウンターも一つ設けられている。
そしてその更に奥は鍛冶を行うための作業場となってるらしい。
だからこそ煙突も店舗の奥側で煙を上げていたのだろう。
「……来たか――」
スチールは言うが早いか、店のカウンターの上に柄の長い斧を置いてみせた。
以前ナガレがベアールの為に改良して上げた物に近いが、斧刃はかなりコンパクト化されている。
「……ベアールに聞いたが、これを考えたのがあんたというのは本当か?」
「考えたというわけではなく、知識にあったものを利用したといったところではありますけどね」
「……どちらにしてもこれはすげぇもんだ。俺は人間もドワーフも数多の職人を見てきたものだが、こんな革新的なものは見たことがねぇ」
そう言われても反応に困るナガレでもある。
「でもよぉあんちゃん。このスチールもすげぇと思わないかい? 俺がちょっと説明しただけでよ、だったらあんな扱いにくにただ刃がデカイだけの斧は必要ないって言って、こんなもの作っちまったんだよ。最初は刃小さくしてどうすんだ? って思ったんだけどよ、これが以前のに比べて圧倒的に使いやすくてそれなのに威力は前より遥かに高いんだよ。本当俺も参っちまったぜ。こんなもん作られたら樵の仕事も随分と楽になっちまうからな~」
そういいつつもガハハと嬉しそうに笑う。
その様相に彼の度量の大きさを見たナガレである。
何せ仕事が簡単になるという事は、それだけ一人前になるための敷居も低くなるという事だ。
当然その分間口が広くなり、樵で生計をたてるものも一気に増加する可能性も高くなる。
そうなるとこれまでほぼ独占状態で仕事を続けていたものにとっては面白く無いであろう。
だが、ベアールに限って言えばそんな事は全く気にしている様子はない。
寧ろ喜ばしく思っている節さえあるほどなのである。
「それにしても先生はやはり凄い! 柄を長くする事で破壊力を高めるなんて先生でなければ思いつきませんよ! これは樵だけでなく冒険者にとっても革命的なのは間違いないです!」
「う~ん確かに、斧使いなら喉から手が出るほど欲しがりそうな一品だよねぇ」
フレムが興奮気味に、カイルは感嘆の声を漏らすが、それを耳にしたスチールがギロリとナガレをみやり。
「……それだ、俺がここにあんたを呼んだのはある意味あんたに対する挑戦といえる」
「挑戦……ですか?」
ナガレが疑問げにそう述べると、スチールが大きく頷き。
「こいつらの言ってるようにこれは樵の道具としてだけでなく、武器としてみても相当に有効だ。だが! 鍛冶の腕は我らドワーフの右に出るものはいない! と言われ続けてきたプライドが俺にもある!」
口下手と言われるドワーフだが、こと鍛冶のこととなると饒舌になるようで、更に彼は話を続ける。
「だから! 俺はあんたの考えたこの武器を元に、新たな武器を作り上げた! それをぜひともあんたにみて欲しかったのさ!」
「新たな武器をですか?」
「な、なんか凄そうね……」
「ふん! いくらドワーフと言っても先生以上のものなんか作れるかよ!」
「でも楽しみだよね~」
「それにしてもナガレ様は武器にまで精通してらっしゃるのですね、流石です」
「てか、その新しい武器はまだ俺も見てねぇんだよな。こいつもあんちゃんが来てから見せるって勿体ぶるからよ~」
そんなわけで全員の期待の眼差しを一身に受けるスチールであり、何故かちょっと照れくさそうに頬を紅潮させた。
そして――
「さぁ! これが俺が考えた最強の武器だーーーー!」
そういって自陣満々にスチールが作品をカウンターに置いてみせる。
するとナガレ以外の全員が驚愕した。
「こ、これは! そうか! スチール! お前長い柄に斧と槍をくっつけやがったのか!」
「す! 凄いわこれ! 槍でありながら斧でもあるなんて!」
「な、なんか怖いです。凄い物々しい……でも、強そう」
「くっ! このフレムでもこれは思いつかなかったぜ!」
「う~ん流石ドワーフだね! これは確かに革命かも!」
ナガレ以外の全員が口々に感嘆の声を漏らす。
そしてスチールがニヤリと口角を吊り上げ、どうだ! と言わんばかりにナガレをみやるが。
「ふむ、なるほど。これはハルバードに近いものですね――」
「……え?」
何気なく口にされたナガレの言葉に思わず間の抜けた声を発するスチール。
「ハル、バド?」
「ハルバードですよピーチ」
「てかあんちゃん、これの事知っているのかい?」
ベアールの問いかけに、えぇまぁ、と答えつつ、ナガレはスチールの自信作であるそれを指さし。
「とは言っても私の知っている物は、この斧刃の逆側に突起が付いているタイプですが」
「――ッ!?」
「こ、この反対側に突起だって! なんだそりゃ! 凄そうじゃねぇか!」
「さすが先生だ! いつも俺達の考えてることの一歩先をみてるぜ! 俺は改めて先生を惚れなおしましたよ!」
「う~んドワーフを超えるアイディアを思いつくなんてナガレっちは凄いな~」
「さ、流石すぎますナガレ様!」
「本当ナガレはどんだけって感じよね」
全員の注目がスチールから一転、ナガレに向けられ、得意満面で新武器を披露したスチールはがっくりと項垂れた。
「……なんてこった、確かにここに突起を付ければ、突いて切れて更に相手を引っ掛ける事もできる万能な武器が出来ちまう……俺の考えた武器なんかよりずっと実用的じゃねぇか」
「スチール、仕方ねぇさ。ほら、なんかこのあんちゃんはそもそも規格外なんだよ。聞くところによるとグレイトゴブリンもひとりでやっちまったとか言うしな。ただの噂かと思ったがこれをみて本当なんだろうなって俺は確信したぜ」
(あまりこれとグレイトゴブリンの件は関係ない気もしますけどね)
心のなかで遂、そんな突っ込みを入れてしまうナガレである。
「……お前の言うとおりだ!」
するとスチールが突如決意をその表情に滲ませ叫びあげ。
「……あんた確かこれをハルバードと呼んでたな?」
「え、えぇ確かに。ですが名称は別に――」
「ハルバード……なんていい名だ。俺の心にずしんと響いたぜ。俺の考えたツッツキルよりも断然にいい!」
「おう! 確かにハルバードは良い名称だな!」
「当たり前だろ。何せ先生が考えた名前だ」
「いや、それは別に私が考えたわけでは……」
「そのとおりだ! だが! 俺はこれを商業ギルドに登録するつもりだが、勿論発案者はナガレの名を記したいと思う! だからこそ! 俺はこの武器を更に改良してナガレ式ハルバードとする事に決めた!」
「……それは勘弁願いたいです」
「ナガレ式ハルバード……かっけぇえええぇえ! 先生すげぇよ! 遂に武器に先生の名前が! 俺感動してます!」
「いえ、ですからそれは勘弁――」
「ナガレ式ハルバードか! なんかすげぇしっくり来る名前だな!」
「ねぇ? それってもしかしてアイディア料はナガレにも入るの?」
「当然だ! 売上の一部は発案者に入る!」
「わお! ナガレっち凄いね!」
「ナガレ様の名前が武器に……す、凄すぎてついていけません」
「……皆さん少し私の話を聞いてもらってもいいですか?」
とりあえずその武器の名称だけはやめてほしいと願ったナガレであったが、結局何故か成り行きで長柄斧にまでナガレ式ポールアックスという名称が正式に採用されてしまう事になってしまうのだった。
そして、ここにまた一つナガレの伝説が生まれた――
遂に武器にまでナガレの名が!




