第四十一話 修行と新たな伝説
「先生! 俺は今猛烈に感動している!」
「……ちょっとそれは大げさですけどね」
夕食も終わり、夜の帳も下り、辺りが完全に闇に支配され始めた頃、ナガレはフレム、ピーチと共に野宿をしている森の外れまでやってきていた。
ハンマの街にはこのまま進めば次の日の昼頃には辿り着く。
ローザと約束したように一応はフレムにある程度稽古をつける必要がある。
ナガレは約束は守る男である。そして次の日はほとんど馬車で過ごすことになるであろう事を考えるなら、その機会はこの夜しかないのである。
「先生! 俺! 強くなるためならどんな厳しい特訓にも耐えてみせますので! さぁバンバン来て下さい!」
しかし、フレムは相当に暑苦しい。今も唾をバンバン飛ばしながらナガレに教えを乞うている。
「てかあんたって本当極端よね。昼間はあれだけナガレに酷いこと言ってたのに」
「あ、あれは俺もちょっと早とちりだったというか、未熟だったというか、で、でも今は違うぞ! 俺は先生の素晴らしさに気がついたんだ! 俺は先生に添い遂げるつもりで一生ついていくぜ!」
その横でナガレが溜め息をついているのだがフレムには気がついている様子はない。
「いや、ナガレは街までは付き合うと言ってるだけなんだけどね……」
「てか、てめぇはさっきから偉そうになんなんだ? 今から俺が先生に色々教わるんだからてめぇはどっかいけよ」
フレムが、シッシ、と野良犬でも追い払うかのような仕草を見せる。
それにあからさまに不機嫌な顔を見せピーチが口を開いた。
「あんたねぇ! 言っておくけど私の方がナガレと先にパーティーを組んでるんだからね! 偉そうって当たり前でしょ! あんたがナガレの弟子だっていいはるならあたしはいわばあんたの先輩みたいなもんなんだからね!」
フレムの鼻っ柱に指を突きつけピーチが怒鳴ると、むぐぅ! とフレムが喉を詰まらせた。
「て、テメェが俺の先輩だと?」
「そうよ」
クルリを身を翻しフレムにその細い背中を見せつつ腕を組むピーチ。
そして首だけ巡らせフレムを半眼でみやり。
「だからテメェとかいうのも止めてよね。私の事はピーチ先輩と呼ぶように。これは命令よ!」
「な!? せ、先生!」
ナガレに助けを乞うような目を向けるフレム。
「ねぇナガレ~私の言い分間違ってないわよね~」
そしてナガレに腕を絡ませるようにして甘えた声で訴えるピーチ。
それにフレムが、あ! と声を上げ。
「テメッ! 先生に馴れ馴れしいんだゴラァ!」
「だからテメェじゃないって言ってるでしょ! せ・ん・ぱ・い」
「うぐぐぐぐぐっ!」
悔しそうにフレムが歯噛みし、ふふんっ、とピーチが得意がある。
その横では悩ましげに額を押さえるナガレの姿があった。
「……とにかく、このまま本題に入って宜しいですか?」
啀み合うふたりに付き合っていたらいつまでたっても話が進まないと、ナガレは自分から本題を切り出した。
するとフレムが、はい! 先生! と良い返事を発し少年のように目をキラキラとさせる。
「ピーチはとりあえずおとなしく見ていて下さい」
「むぅ、ナガレがそういうなら仕方ないわね」
不満そうに口をへの字にしながらも一旦は納得を示すピーチであった。
「それではフレム。とりあえず貴方にとって大事なのは一にもニにも精神力の強化です」
「せ、精神力ですか?」
「そうです。前にも少し話しましたが貴方はかなり精神的に拙い部分が目立ちます。今のピーチとのやりとりもそうです。ムキになると周りが見えない。この私との事もそうです。よく言えば真っ直ぐですが少々融通が効かないところが目立ちます。考え方が極端すぎるのです」
「な、なるほど。そう言われてみると確かにそんなような気もしないでもない……」
「いや、自分で気がついてなかったのあんた?」
思わずピーチがジト目で突っ込んだ。
「ですので、これからフレムには心の鍛錬を行うために瞑想を行ってもらいます」
「え? でもフレム、瞑想のスキルとか持ってるのかしら?」
「いや、俺はそんなのは持ってないな……」
ピーチの疑問にフレムが残念そうに呟くが。
「ピーチ、別に瞑想というものはスキルとして持っていなければ出来ないというものではないのですよ。確かに魔力回復などの効果は得られないかもしれませんが、精神の統一に瞑想は非常に有効なのです」
ナガレがそう説明するとピーチが、なるほど流石ナガレ! と感心したように頷いた。
「本当に流石先生です! 魔術師でもないのに瞑想を修行に取り入れるなんて先生でなければ思いつきませんよ!」
とにかくナガレを褒めちぎるフレムであるが、彼からしたらこの程度でここまで言われるのは微妙なところである。
「とにかく先ずやってもらいましょう。今回は地面も座りやすいですからね。先ずは座禅を組んでもらいます」
ナガレがそう告げると、フレムもピーチも座禅? と聞き慣れない言葉に小首を傾げた。
なのでとりあえずナガレはフレムに座禅の仕方を教える。
「ぬぐぉ! こ、これは脚が、脚がキツイ……流石先生! これはかなり効きそうです!」
「……いや座禅だけでは特に何があるわけではないのですが――」
「ね、ねぇナガレ、こ、こうかな?」
「そうです。ピーチは身体が柔らかいですね。座禅もしっかり出来てますよ」
へへ~、とフレムに対しドヤ顔のピーチであり、それを見たフレムは意地になってなんとか座禅を組むことに成功させる。
「はい、それでは次に呼吸法を――」
「あ! ラマーズ法ね! それなら私が教えてあげられるわよ!」
「うるせぇ! 俺は先生に教えてもらってるんだよ!」
ピーチの発言に噛みつくように声を張り上げるフレムであるが。
「今回はそれではありませんね。魔力回復にあれは有効ですが、精神を更に統一する上で考えるならもっと別な方法がありますので」
そういってナガレはフレムにピーチに教えた方法とは別な呼吸法を教えた。
静かな呼吸法であり精神を落ち着けるのに有効なものである。
「そうです。そのまま精神を統一させ暫く自分自身と向き合って下さい。そうですねとりあえず朝まで」
「は、はぁ!? 朝までですか!」
ナガレの教えに対しフレムは早速呼吸を乱し声を張り上げた。
その姿にナガレは大きく息を吐き出す。
「言った側から心が乱れすぎです。先にも言いましたが貴方は技術より先ず心の在り方から見つめなおした方がいい」
「で、でも朝までというのは……それよりも先生が俺を倒した技とかそういうのは」
「……そうですか、それなら仕方ないですね。この話は無かったことに――」
ナガレがクルリと身を翻すと慌てたようにフレムが立ち上がり声を上げた。
「わ、判りました! やりますやります! 朝まで瞑想! やってみせますよ!」
ヤレヤレと見やるナガレの前で、改めて呼吸を落ち着けフレムが瞑想を始めた。
「ねぇナガレ~フレムの方が済んだら私の杖術も見てよ~」
「そうですね。フレムは暫くそのままですし」
ナガレが応じると、やたっ! とピーチが無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
その様子を――密かに片目をこじ開けてフレムがみていた。
どうにも精神の集中がしきれてないようであり。
「そうですね、型も中々スムーズになってきてますよ。杖への魔力ののりも良さそうです。プレートキラーホーネットとの戦いがいい経験になったようですね」
「へへ~ん。見なおした? ねぇナガレ見なおした~?」
「……ただ、少し調子に乗ってしまうところがピーチの欠点ですかね」
そんな会話のやり取りに聞き耳を立てるフレム。その眉がピクピクと波打ち、更に杖の使い方を伝授するナガレの姿に――
「だーーーー! 先生あんまりです! 俺にはこんな地味な事させて放置し、その女には!」
「私は先輩!」
「くっ! ピ、ピーチ先輩にはそんな技っぽいことを教えて! どうしてですか先生!」
ちなみにフレムが瞑想を始めてから三〇分と経っていない。
この堪え性のなさは正に精神の未熟さを表しているのだが。
「フレム、貴方は先ずは精神から鍛える必要があると言ったはずですが」
「お言葉ですが先生! 俺はなんというか、自分でいうのも何ですが身体で覚えるタイプなんですよ! こんな地味で退屈なやり方じゃ身に入らないんです! ですからもっと先生俺に実践的な特訓を、先生?」
「……瞑想が地味で退屈ですか。そうですか、いやはや大した自信ですね。精神の鍛錬は何事においても基本となる事だというのに――」
ナガレ、その表情こそいつもどおり穏やかなものであるが、後ろに漂うオーラは激しく燃え上がる炎の如く――フレムもその変化に気がついたのか額から多量の汗がだらだらと滲み出ていた。
「いいでしょう。そこまで言うのでしたら少し実践的なやり方にかえさえて頂きますか」
しかしナガレのその発言で表情が一変。
ありがとうございます先生! と喜びを露わにする。
だが、その瞬間、ナガレの足下が弾け目の前の地面が大きくくり抜かれた。
かと思えば圧縮され黒鉄色に変化した土塊が彼の手に乗る。
大きさ的にはグレイトゴブリンの頭ぐらいは優にあるだろう。
そしてその強度はもはや土のソレではなくナガレの合気によって鋼鉄並と化している。
「いまからこれを貴方に向けて投げつけます。それを避けるのではなくその双剣で全て真っ二つに斬って対処してください。それではいきますよ」
「え? あ、ちょっと待って下さい先生、今準備――」
言いながらも焦った様子で双剣を抜こうとするフレムだが、その瞬間にはナガレの手を離れたソレがフレムの横を通り過ぎ地面に着弾。
まるで地震でも起きたがごとく大地が揺れ動き、フレムの真後ろに見事なクレーターが出来上がった。
「……へ?」
「フレム、実践では誰も待ってなどくれませんよ。さぁ、どんどん行きますよ!」
「え? ちょ、待っ! それ流石にあたったら死――」
狼狽するフレムだが、そんな事はお構い無く、次から次へと放たれたナガレの砲弾は正面からのみならず横から下からと迫り来る。
しかもその速度は音速を越える勢いだ。当然フレムに対処など出来るわけもない。
「どうしたのですか? 実践のようにと願ったのはフレム、貴方ですよ! さぁしっかり対処しなさい」
そういいつつ、いつの間にか鋼鉄の槍と化したソレが雨あられの如き降り注ぎ、遂には槍は隕石と化し流星群の如くフレムの頭上から大量に降り注ぎ――
「ひっ! ちょ! 死ぬ! 先生本当に死にますこれぇええええぇええええ!」
「フレム、避けてばかりでは仕方ないですよ! 貴方の武器はその双剣なのですから、しっかり目を見切って対処しなさい」
「目? 目ぇ!? 目ってなんですか先生!」
「それぐらい自分で考えなさい」
「えぇええぇえぇええぇえ!」
周囲に鳴り響く轟音。増えるクレーター、視界を覆う土煙。
その場はさながら戦場のようですらあった。
しかしナガレの凄いところはこれだけの事をしておきながら、森の生態系には一切の影響を与えていない事である。
出来たクレーターも密かにナガレが合気で次々と修正していっていた。
「……てかナガレ、やっぱりフレムの事結構ムカついてたのかしらね――」
苦笑しながらナガレの特訓の様子に目を向けるピーチ。
そしてこの他にもフレムに対するナガレの容赦のない責めは続き――
「せ、先生、俺、俺もう、駄目、あ、ア"ーーーーーーーーーー!」
そんなフレムの絶叫が朝まで鳴り響き続けたという。
「……フレムに容赦のない彼も、す・て・き――」
そしてそんなふたりの様子を影から覗き、もとい見守り続けるビッチェであった。
そして明朝――
「おい、昨日聞いたかフレムの?」
「あぁ、すげぇ声だったよな。死ぬー! とかもう駄目ェとかア"ーーーーーー! とか一晩中聞こえ続けてたぜ」
「なんでもナガレとしけこんで森のなかでって話だろ?」
「いやはや、俺は流石にそれはないとは思ったけどなぁ、それにしても……」
「まさかフレムが、受けだったとはなぁ」
「ナガレ……あんな可愛らしい顔して恐ろしい奴――」
こうしてまた一つ、ナガレの知らないところで彼の新たな伝説が生まれてしまっていたのであった――
ナガレは基本穏やかな性格ではありますが修行で舐めた態度とる相手には容赦がないのです。




