第四〇話 師匠! 先生!
「このフレム! 師匠のおかげで自分がどれほど浅慮で愚かな男であったかを思い知る事が出来ました! これだけの御方を前にしながらあれだけの非礼! どれだけ侘びても侘びたりないほどであり決して許されることではないかと思いますが、しかし! このフレム、師匠のおかげでようやく目が覚めました! 己の未熟さも痛感いたしました! 尽きましてはこれまでの無礼をお詫びする意味も込めて! どうか! どうかこの俺を弟子にしてやってください! 雑用でも何でもこなしてみせますのでーーーー!」
掌返しとは正にこの事か。しかしこのフレムという男、存外考え方が極端でもあり、流石のナガレも困り顔である。
「……フレムさん」
「そんな勿体無い! 俺の事はどうか弟子と!」
「それは無理です。そうですねとりあえずフレム。私は弟子などをとるような器では決してありません。ですので師匠というのもどうかおやめ下さい」
一応ナガレはやんわりと弟子を取るのを拒否しているが、実際は日本にいた頃のナガレの立場は神薙流合気柔術師範である。
つまり弟子などそれこそ数千万人にも上るほどであり、普通に師匠と呼ばれる程の立場でもあったわけだが、ナガレは異世界で暮らす事を決めてからそういったしがらみからは解放されて自由に生きるのを目的としている。
勿論ゲイやピーチのように、才能あるものにある程度手ほどきをして見せる事はあるにはあるが、それもあくまでその場その場の助言程度であり、別に弟子にしてどうこうなどとは一切考えていないのだ。
同時に精神はともかく今のナガレは肉体的には一五歳である。
そんな状態で弟子をとるなど悪目立ちが過ぎるというものだろう。
だからナガレとしてはあまりそういった事は避けたいところなのだが。
「では先生でどうでしょ! ナガレ先生!」
「それも勘弁願いたいです」
「俺は先生の腕に惚れたのです! 一目惚れです! 先生程の御方きっとこれより先見つける事は叶わないでしょう! ですから俺は決めたのです! この俺の身も心も全て先生の為に捧げると!」
周囲が別な意味でざわめきだした。何せこれは聞きようによってはかなり怪しい台詞である。
「ま、まさかあのフレムとかいう奴がナガレに惚れるなんて……これは思いがけない展開ね」
「……男が男に惚れる、面白い」
ピーチとビッチェが何故か興奮気味にそんな事を言い出した。
「ふたりともその言い方はやめて下さい。嫌な誤解を生みます」
「先生! どうか俺を! どうか俺を貰って下さい! 俺は心から先生に惚れたのです!」
ナガレは遂に頭を抱えた。壱を知り満を知るナガレでも女性の気持ちには鈍いのだが、どうやら男から惚れられる事に関しても不得手であったようだ。
「あ、あのナガレ様ちょっと宜しいですか?」
と、ここでローザが口を挟みナガレとフレムには聞こえない位置まで向かおうとするが。
「まてローザ! いくらローザでも俺を差し置いて先生とふたりきりになるなど、そんなこと!」
「ま、まぁまぁフレム。ほら、すぐ済むだろうから……」
とりあえず苦笑しながらもカイルが彼を引き止め、その隙にローザはナガレとその場を離れた。
ちなみにピーチはしっかり付いてきているが、これに関してはローザは特に問題としてないようだ。
「ナガレ様! 本当にフレムがごめんなさい!」
そしてフレムからは見えない位置まで移動したところで、ローザが深々と頭を下げ謝罪の言葉を述べた。
「い、いえ。別に謝られるような事ではないですので」
「そうよ、そもそもローザが謝るような事じゃないじゃない。全部あのフレムが暴走してるのが悪いんだし」
「しかし弱りましたね。まさかこの私を先生とは……フレムにも申し上げましたが、今は弟子を取る気などはありませんので……」
ナガレがそこまで伝えると、ローザが、その件ですが、とどこか申し訳な下げに呟き。
「あ、あの、フレムが勝手に暴走しているのは本当に申し訳ないとは思うのですが……ですが本当に少しの間でもいいのでフレムの願いを聞いては頂けないでしょうか?」
そう言われるとナガレも無下に嫌だとは言えない。
とりあえずどういう事か話を聞いてみるナガレではあるが。
「その、フレムはあぁいう性格なのでこれまでも人に頭を下げて教授を願うなんて事したこともなくて、戦い方もずっと一人で腕を磨いてきたようなそんな感じなんです。仲間を作るというのも自分から頼むなんてこともしないし、私たちは成り行きでパーティーを組むようにはなりましたが、フレムは自分が中心みたいな性格で、それは悪いことではないんです。その分私達を守ろうと必死に動いてくれているのも判りますし、でもそんな性格だから不用意に敵を作ってしまったり……でも! でも今回ナガレ様との勝負で敗北を味わって初めて! 初めてフレムが自分の非を認めてそして自分より上の存在がいることを心から認めたんです! だからナガレ様と少しでも一緒にいられれば――」
「……少しは変わるかもしれない、と?」
「は、はい! ですから勿論フレムを弟子として迎え入れて欲しいとまでは言いません。ただ彼が先生と呼び慕うことは、少しの間でもいいので許してあげて欲しいのです」
そこまでいってローザは、お願いします! と再度頭を下げた。
その様子にピーチも、どうするの? と言った目を向けているが。
「……ローザにここまで言われたなら仕方がないですね。弟子というわけには行きませんが、少しであればお付き合い致しましょう」
ナガレがそう告げると、ローザは太陽のような笑みを浮かべ改めてお礼を述べた。
(フレムはいいお仲間に巡りあえていたようですね)
そう思いつつもナガレはピーチ、ローザと一緒にフレムの下へ戻るのだった。
「本当ですか先生!」
「えぇ、とりあえず弟子という話は置いておくとして一旦街に戻るまでで私で役立てる事があれば――」
「そんな先生! このフレム! 先生のお傍に仕えさせて頂くだけでもこんな幸せなことはありません!」
「いえ、ですのでとりあえず街に戻る間だけですが――」
「判っています先生! その間でこの俺に弟子としての資質があるか見極めると! そういう事ですね!」
さっぱり話を聞いてくれないフレムに中々頭が痛いナガレであった。
「……これ以上話しても恐らく無駄。とりあえず好きにさせるといいと思う」
そして一通り話を聞いていたビッチェからそんな事を囁かれ、ナガレも仕方がない、と一旦様子を見ることとなった、わけだが――
「先生! トイレですか! 俺もお付き合い致します!」
「…………」
「先生! 水浴びなら俺がお背中お流し致します!」
「…………」
「先生! 夕食の準備が整いました! さぁこちらへ! 勿論お食事のお世話はこの俺が! さぁ先生! あ~ん」
「…………勘弁して下さい」
「私、ナガレがあそこまで参ってる姿みるの初めてかも……」
ピーチがナガレの様子を見ながらボソリと呟いた。
そんな彼の眉間にはちょっとした皺が寄っている。
「……クスッ、やっぱり彼、面白い」
ビッチェに関しては悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、ナガレの様子を楽しんでいるようでもあった。
彼女にとっては色々興味深いといったところなのかもしれない。
「ははっ、ビッチェさん結構いい性格してるよねぇ~そういうところも素敵だけどね!」
カイルはそんな事を言いつつも良い笑顔でビッチェにアピール。だが程よく無視されていた。
「でも流石にここまでなんて……ナガレ様には少し申し訳ないことしましたね――」
「まぁ仕方ないわよ。それにナガレも引き受けた以上途中で投げ出すようなタイプじゃないしね。とりあえず今夜あたりフレムに指導みたいのするのかもだけど」
「……ナガレの夜の指導、楽しみ――」
「なんかビッチェが言うと別な意味に聞こえるわね――」
ビッチェの台詞に思わず目を細めるピーチ。流石にナガレとフレムの禁断の、というのは笑えない冗談だと思っているようだが。
「でも、既に一部の冒険者の間ではフレムっちがナガレっちを狙ってるみたいな噂も囁かれてるみたいだけどねぇ~」
ケラケラと何故か楽しそうに狐耳を揺らして語るカイルにジト目を向けつつ、困ったものね、と溜め息を吐くピーチなのであった――
次回、フレムに対しナガレが!?




