第一五六話 憧れの人は……
「弟の件は本当にお世話になったわ。ありがとうねナガレ。お礼に今日は私が持つから好きなものを食べてね」
朝から夕方に掛けてブルーの指導を行った一行であったが、ギルドに戻るとマリーンに夕食へと誘われた。
彼女なりにお礼をしたいということで、ギルドの仕事が終わった後、彼女の行きつけの店に誘われた形だ。
ちなみにブルーはいない。お酒も出る店なのでブルーにはまだ早いと言うマリーンの判断だ。それにブルーは今日の訓練でかなり疲れている。夕食はマリーンがしっかり作って食べさせたようだが、きっと今頃はベッドの中でぐっすりだろう。
「マリーンも太っ腹よね。よ~し! がっつり食べて上げるわ!」
「おう! 俺も先輩にまけないぜ!」
「……いや、あなた達は少し遠慮して欲しいかも……特にピーチ……」
ジト目でピーチに訴えるマリーンだが、彼女の目の前に既に大量の料理が並んでいた。
「沢山食べないピーチはピーチではありませんからね」
「えーーーーーー!」
ガタンッと立ち上がり驚きの声を上げるピーチである。そして、うぅ、と若干悲しそうに呟き。
「私、ナガレからそんな風に思われていたんだ……」
ショボーンと左右の髪をしおらせて気落ちするピーチである。しかしナガレはにっこりと微笑み、でも、と口を開き言葉を続けた。
「私は美味しそうに食べるピーチも好きですよ」
ピーチの表情が花が開いたかのように明るくなる。頬を染め、えへへ、と照れ笑い。
「だったら今日も一杯食べるわね!」
「いや、何がだったらなのよ、全く……」
そして元気いっぱいに宣言したピーチに呆れ顔でマリーンが呟いた。
「でも何か私達まですみません」
「う~んでも美人受付嬢に誘われるのは願ってもないことだけどね~」
ローザが丁寧にお礼を述べ、カイルは相変わらずの軽さだ。
それにマリーンは笑って返す。
「ブルーのことは皆にも付き合ってもらったしね。だから当然よ。さ、さっきピーチとフレムに言ったのは冗談だから、さあどんどん食べて飲んで」
マリーンに促されちょっとした宴会が始まった。ピーチも出てくる食事をもりもり食べていく。
一体これだけの量がどこに収まっているのか不思議なぐらいだ。
そんな中、やはりマリーンは弟のことが気になるようでナガレと飲み交わしながらも本当に冒険者としてやっていけるか? など質問を繰り返す。
それに丁重に答えるナガレ。そして話はピーチやフレムの発言により、ブルーが冒険者になろうとしているワケにまで及んだ。
「そっか、やっぱりブルーはそのことを言っていたのね」
「あれ、マリーンは知っていたの?」
「まぁね。でもね……憧れてる冒険者がねぇ」
「なんだよ。いい話じゃねぇか。その冒険者がいなくちゃふたりとも助からなかったかもしれないんだろ?」
「うん、まあそうなんだけどね……実は弟は忘れてるみたいだけど、私は結構はっきり覚えていてね――」
フレムの問いかけに答えるマリーンの表情はなんとも複雑そうであった。
そして彼女は当時の事を思い出しながら話してくれたのだが――
『おい、このガキどもはどうする?』
『お、お願いです弟だけは……』
『ああ、そうだな。まだガキとはいえ女の方は色々使いみちがありそうじゃねぇか。ガキも売り飛ばせば少しは金になるかも知れねぇしな』
『ちっ、こっちの野郎はピーピーないてばっかだな』
『ふん、まあいいやとりあえず荷物とガキはアジトに連れ帰って――』
『う、うわぁああぁああぁあ! た、助けてくれ
ーーーー!』
『あん? な、なんだ!?』
『な、なんだこいつ、て、は? ば、バイオレンスボアだと!?』
『し、しかもこんない大量に、うわ、く、くるな! くるなーーーー!』
「……えっと、それってつまりその、ブルーの言っていた冒険者がたまたま魔物に追いかけられていて――」
「ふむ、そしてその冒険者が飛び出した先に、たまたまおふたりと、そして盗賊達がいたってわけですね」
マリーンから話を聞き、ピーチが呆れたような目で、ナガレは顎に指を添え話を整理した。
「そういうこと。それでどういうわけかバイオレンスボアの標的が盗賊達に変わってね。その冒険者は最初よくわかってなかったみたいだけど、私達を見つけて、事情を理解してとりあえず一緒にその場から逃げたってわけ」
「……なんか思ってたのと違うなそれ」
「ははっ……ブルーっちは思い出が美化されちゃってたんだね……」
「で、でも助かったことに変わりはありませんからね」
「運も実力のうちといいますしね」
「う~ん、でもナガレ、なんかこれに似たようなこと聞いたような記憶があるというか……」
ピーチが首をひねりながら何かを思い出している様子。
すると、マリーンがそれに答えるように口を開く。
「ちなみにその冒険者は貴方達もよく知ってると思うわよ。最近も領主様との宴の席に顔を出していたしね」
そして、はぁ、とため息を吐き出しつつマリーンが言った。それに、まさか、と特にカイルとローザが反応を見せ――
「みんなの思ってる通り――ワキヤークよ。私達を運良く助けてくれたのはね」
やれやれといった調子でマリーンがそれを告げ、そして肩を竦めた。
「ま、弟もどんな顔だったかまで覚えてないようだから、私は教えてないけどね。でも受付嬢になって彼を見た時は結構驚いたけどね私も。まあワキヤークの方も助けたことは覚えてないみたいだけど」
「そうなんだ……で、でも、確かに知らないほうがいいってこともあるものね」
「ふふっ、ですがブルーの目標になり彼が夢を持つきっかけを与えたわけですから、彼には人にはない何かが備わっているかもしれませんよ」
「せ、先生がそこまで言うってことは、実は凄い冒険者なのかもしれないな……」
そんなことを話しながらも食事は進み、そして夜は更けていった――
◇◆◇
(約束したのは昨日一日だったけど、護衛で街を出るのは明後日の筈だし、今日も色々教えてもらえるかな――)
ナガレ達よりナイフの扱いから狩りの仕方まで基本的なことを一通り覚えた翌朝、ブルーは街の広場で自主練に明け暮れながらもそんなことを考えていた。
そんな中、ふたりの冒険者風の男達が話しながら歩いているのを目にし、会話の内容が彼の耳に届く。
「昨日の依頼はしんどかったな」
「ああ、でもよ無事でよかったかもしれねぇな」
「え? 何だよそれ。あの山は別に大した魔物も出ないだろ」
「いや、それがよ、昨日ちょっと小耳に挟んだんだが、なんでも『赤蜘蛛』がまた現れるようになったらしくてな……」
「赤蜘蛛って、以前壊滅させられたってあの盗賊団か?」
「ああそうだ。その残党が仲間を集めて復活させたとかでな――」
「どこ!」
思わず冒険者の前にブルーが飛び出し、興奮した口調でふたりに詰め寄った。
それに、うわ! と驚く冒険者であったが。
「な、なんだよ坊主。どこって何がだ?」
「今の話だよ! 赤蜘蛛が出るって! 一体どこのことなのさ!」
「え? いや、だからここから南東に向かった先の――」
彼らに話を聞くなり、ブルーは弾けるように走り去ってしまった。
その様子をポカーンとした様子で眺めていた冒険者達であったが――
「……なあ、今のってもしかしてマリーンの弟のブルーじゃないか?」
そんなことを口にしながら、どこか呆然と立ち尽くす冒険者達であった――




