第一五三話 これがブルーの……
一通りブルーの冒険者としての資質を確認した一行は、その後ブルーも一緒にハンマの街へと戻ることにした。
その間もブルーはナガレの言っていることの意味を考え懊悩していたようである。ナガレが詳しい話は街に戻ってからとしたからだ。
ブルーは魔法の才能も無いし、一体何があるというんだろう? と道々頭を捻り続けていた。その姿に、魔法は確かにそんな簡単なものじゃないわね、とピーチが得意そうに語ったりもしていた。
私みたいにある程度才能も必要になってくるしね! とも付け加えたピーチに一斉に突っ込みが入ったのは言うまでもないが――
取り敢えず一行はハンマの街まで戻った後、ナガレと一緒にスチールの店へと赴いた。
「おぉ、勢揃いでどうしたんだ? あ、もしかして水車と小屋のことか? 流石にあれはまだ出来てないんだけどな」
「いえいえ、今日はそのことではありません。ちょっと武器を見せて貰おうと思いましてね」
ナガレの返答にスチールが首を傾げ、不思議そうに口を開いた。
「武器って、ナガレが使うのか? まあ、あんただったらどんな武器でも扱えそうだけどな。何せナガレ式の発案者なわけだしな」
「いえ、私は武器は使いませんので……今日見に来たのは彼の新しい武器ですよ」
そう言ってナガレがブルーへと右手を向けた。すると、え? 僕? と蒼髪の彼が驚く。
「なるほど! 先生はブルーの未熟さを武器で補おうとそう考えたわけですね!」
「え? そうなの? でもなんかそれってナガレらしくないような……」
フレムがなるほど! と手を打ち声を張り上げるが、ピーチは顔を顰め納得がいかないといった様子を見せている。
確かに単純に武器の性能に頼るというやり方は、これまでのナガレのやり方からは想像もつかない所為かもしれない。
「そ、そうか! つまり先生は僕でも使える伝説の剣を用意してもらうためにここに!」
「いやブルーっち、流石に伝説の剣は飛躍し過ぎだと思うなおいら」
「でもナガレ様なら伝説の武器ぐらい作れそうかも……」
「当然だぜ! 先生ならナガレ式伝説の剣をきっと作ってしまわれるさ!」
「作りませんよフレム」
ナガレが呆れたように返した。それにフレムとブルー以外の皆がそりゃそうだ、という顔を見せるが、ブルーは眉を落とし少し残念そうである。
「しかしよナガレ。あれは確かマリーンの弟だったか? あいつは既に長剣を持ってるじゃねぇか。あれじゃあ不服なのかい?」
スチールが眉を寄せ尋ねた。その表情には若干の不満も見て取れる。彼は優秀な鍛冶師ではあるが身の丈に合わないような装備品を提供することを快く思わない性格だ。
これまでも金に物を言わせてとにかく高性能な武器を作れと要求してくるような輩も多くいたが、そう言った連中は全て追い返してきている。
ナガレに対しては色々と世話になっていることも多いため強くは言えないのかもしれないが、気持ち的にはそういうことなのだろう。
「確かにブルーは既に武器を持ってます。ですが――」
だがナガレはそう前置きした後、スチールに向けて小声で事情を説明した。
するとスチールの目が大きく見開かれ、そしてナガレをまじまじと見やった後、
「おいおい、あんたそんなことまで判るのか?」
と、そう問い直した。
「はい。ですのであの武器は少々不釣り合いでして」
「なるほど、確かにそういうことならな――判った、ちょっと待っててくれ、丁度いいのが一本あったはずだ」
スチールはそう言って奥の工房へと引っ込んでいく。
するとブルーがナガレの傍により、その目をキラキラさせた。
「先生! 僕のために最高の武器を用意してくれるんだね!」
「ふむ、確かに武器を用意するのは確かですが、最高になるかどうかは貴方次第ですよ」
「も、勿論! 先生が用意してくれた剣なら絶対に使いこなしてみせるよ!」
「じゃあ、やっぱりナガレは新しい剣を用意するためにここに来たの?」
ブルーが妙に鼻息を荒くしている横で、近づいてきたピーチがナガレに尋ねる。
「そうですね。ただ、剣とは違いますよ」
「え? 剣じゃないの?」
「おう、あったあったこれだこれ。ほらどうだこれで?」
ピーチへのナガレの返事に不思議そうにしてブルーが首を傾げると、スチールが戻ってきてカウンターにソレを置いた。
「え? ナガレっちこれって?」
「先生これがブルーの新しい武器なんですか?」
「はい、そうです。ブルーにはこちらの方があってる筈ですからね」
「え? で、でもこれって……」
ブルーはカウンターに乗せられたそれを手に取り、鞘から抜いてまじまじと眺めるが。
「こ、これってただのナイフじゃないか!」
そして不満そうに叫んだ。どうやらあまりお気に召さないらしい。
「おい、ただのナイフとは随分な言い方だな。言っておくがそれはケラモスク鉱と鉄を組み合わせた一品でな、軽いが丈夫で切れ味が鋭い。そんじょそこらのナイフと比べられたらたまったもんじゃないぜ」
スチールは不機嫌そうにブルーに返しつつも、得々と用意したナイフについて説明した。
ケラモスク鉱はとても軽い鉱石でそれでいて武器に加工すると鋭い刃に形成される。
ただそれ単体では衝撃に弱く耐久性に難がある。その為鉄と組み合わせて軽く丈夫な武器へと精製される。
ただ配合や力加減を間違うと切れ味が鈍ったり強度を保てなかったりと中々に鍛冶師泣かせの材料でもあるようで、この材料を上手く扱える鍛冶師はそれほど多くはないようだ。
しかし少なくともスチールの手がけたこのナイフに関しては隙が見られない。この辺りは流石ドワーフと言うべきだろ。
「でも、ナイフは所詮ナイフじゃん」
「おい、本当にこいつ大丈夫なのか?」
スチールがブルーを指差しながら不機嫌そうに言う。
「ブルー、ナイフも立派な武器ですよ。それにここにある武器はスチールが丹精を込めて作り上げたものです。それなのにその言い方は失礼にあたります」
「う、ご、ごめんなさい……」
ナガレに咎められブルーは流石に失礼に気がついたのか謝罪の言葉を述べる。
「ブルーも素直になったものね」
「当然だ! 先生に教えを受ければどんな荒くれ者だって心を入れ替えるぜ!」
「フレムがナガレ様のおかげで変われたぐらいだもんね」
うぐっ! と喉を詰まらすフレムをにやけ顔で見ているカイルである。
「……でも、凄いナイフというのは判ったけど、でも剣と比べたらやっぱり弱くなってしまうんじゃないの?」
「そんなことはありませんよ。それに先程も話しましたが貴方は剣では強くなれない理由があります」
「流石先生だ! でも、その理由って一体なんなんですか?」
「あんた何も判ってないのに流石とか褒めてたの?」
フレムの心酔ぶりにピーチが呆れ顔を見せる。とは言えなぜ剣が駄目なのか? 皆が気にしているところだ。
「それはですね――」
「え? ひゃっ!」
するとナガレがブルーの身体を弄り始めた。その行為に全員の視線が集まる。
「ふむ、やっぱりだ……」
「や、やっぱりって、まさかナガレってばそういう趣味が!?」
「う~ん流石ナガレっちは許容範囲が広いね~」
「な、ナガレ様」
「お、俺は先生がどんな趣味を持っていても受け入れますよ!」
「お前たち頭大丈夫か?」
四人が妙な勘違いをしている中、スチールだけが冷静に突っ込んだ。
「やはりですね、彼が上手く剣を扱えない理由はこの筋肉にあります」
そしてナガレは見事に全員の勘違い発言を受け流し、自らの見解を述べる。
「え、え~とそれは僕には筋肉が無いってこと?」
するとブルーが力こぶを作ろうとしたり自分の身体を触ったりしながらナガレに問いかける。
ブルーは小柄で見た目的にも逞しいとは程遠い体つきをしている。それは本人も気にしているところなのだろう。
「それは少し違います。筋肉はありますよ間違いなくね。ただその種類が普通と異なってるのです」
ナガレの発言に、え? とブルーが目を丸くさせ、横で聞いていたフレムも首を傾げる。
「先生、筋肉に種類とかあるんですか?」
「ええ、ありますよ。そうですね大きく分けると二種類、遅筋と速筋というものがあります」
「それは私も初めて聞いたわね……」
「本当にナガレっちってなんでも知ってるよね~」
「ええ、流石ナガレ様です」
「俺もそれは知らなかったな」
全員が感心する中、ナガレはその違いについても簡単に説明する。
「なるほど瞬間的に大きな力を生む速筋と、持久力のつく遅筋ってわけなんだね~」
「でもそれと僕の剣の腕とどう関係するの?」
「そうですね、はっきりと言ってしまえばブルーの身体には速筋しかありません。これは非常に珍しいですね」
え!? と全員が驚き顔を見合わせたが、ピーチがすぐにナガレをみやり疑問の声を上げる。
「でもナガレ、さっきの話だと速筋という筋肉しかないのなら逆に筋肉がつきやすいんじゃないの?」
「確かに筋肉を大きくする上で速筋は大事ですが、しかし彼の場合遅筋がないということによる形態変化でそれが失われてしまっているのですよ」
ナガレの説明を耳にした瞬間、ブルーの表情に絶望の色が滲んだ。
「……それって僕はもうどんなに鍛えても無駄ってこと?」
「いえ、そういうわけではありません」
しかしナガレの返事で、へ? とブルーが顔を上げる。
「え? でも先生、ブルーは鍛えても筋肉がつかないんですよね?」
「それはあくまで表向きの話ですね。確かに彼は強い力を維持することは出来ません。ですがそうですね、彼の筋肉はカイルの持つ弓のようなものです」
「え? おいらの?」
「はい、ブルーの力は常時弓を引きっぱなしの状態と考えてください。この状態、つまり弓を引いたままでは当然威力を発揮することは出来ませんが、一度弓を放てばその威力は絶大です。彼の筋肉はとかく瞬発力に特化したものなのですよ」
「瞬発力か……」
「でもナガレ、よくそれが判ったな」
スチールが感心したように頷き言った。皆も流石ナガレと言った目で彼を見ている。
「それほどのことではありませんよ。彼の動きにも注目していれば他の皆にも判り得たことです」
「う、私は判らなかったな……」
「俺もだよ、一体何をみればそれが判るのか」
「そうですね、例えばホーンラビットをブルーが相手した時も、最初の一撃目はともかくその後はしっかり見てから避けてました。しかもかなりの速さでです。あれは初めて魔物を相手する者がそうそう出来る動きじゃありません。ブルーの瞬発力があってこそですね」
な、なるほど、とフレムが感心する。ブルーも褒められてるように感じたのか照れくさそうだ。
「ですがそれ故の欠点も目に見えてました。特にフレムと戦って貰った時はそれが如実に表れてましたね。フレム自身、構えと動きは悪く無いと言ってましたが、動きの良さは優れた瞬発力の賜物ですが、剣を振った時に見られる粗は強い力を維持できないことに関係してきます」
「……なるほどなそれで俺にもナガレの言っていた意味が理解できたぞ」
得心が言ったようにスチールが頷くと、皆の注目がスチールに向けられた。
すると彼は照れくさそうに頭を掻きながらもゴホンっと咳払いし。
「ナガレは俺にブルーでは今持ってる剣を扱える力がないから軽くて切れ味の良いナイフを見せて欲しいって言ってたのさ。今の話でいけば確かにブルーは常時剣を持ち続ける力がないことになる。だから剣を振っても上手く扱うことが出来なかったんだろ?」
「え? つまりブルーっちが剣を上手く扱えない理由って重さにあるってことなの?」
「そうですね、それも一つとしてあります。実際ブルーは重いものを持ち運ぶのは苦手ではないですか?」
「え? あ、うん、そう言われてみるとお姉ちゃんの方が力があって悔しかったりしたかも……」
「なるほどね、それもこれもブルーの筋肉の違いからきてるってわけなのね」
「でも先生。それなら軽くて切れ味の鋭い剣を作ってもらえばいいんじゃないか?」
その発言に全員がフレムに目を向けた。別に間違った事を言ったからではない、フレムにしてはまともな意見を述べたからだ。だが――
「いえ、それでもブルーにはナイフの方が向いております。ブルーはこのまま特徴を伸ばしていけば爆発的な瞬発力で一気に相手の懐に潜り込む戦闘スタイルになって行くでしょう。ブルーは小柄ですしリーチもそれほど長くはない。ですのでそう言ったスタイルを伸ばすにはナイフの方が具合がいいのです」
はっきりとは言わなかったが、その特徴的な筋肉故にブルーは今後肉体的にほぼ変化しない。つまり今の身体にあったスタイルを確立していく必要がある。
それでいけば長剣という選択は重さだけでなくその長さも逆に枷となるとナガレは考えた。フレムのような双剣という手もないこともないが、小柄なブルーがその瞬発力を活かした場合接近戦がメインになると考えると、ベストな武器はナイフということとなる。
「これが……僕の最良の武器なんだ――」
そしてナガレの説明を全て聞き、ブルーもようやく自分にとって一番の武器が何かが感じられるようになったようだ。
そして――
「うん、うん判った! じゃあ僕このナイフで頑張ってみるよ!」
キラキラした瞳でそう応えるブルーなのであった――




