第一五二話 ブルーの才能
「え? フレム先輩と僕が戦うの?」
ブルーが目をまん丸くさせてそう言った。先ほどと違い、ホーンラビットとの一戦で自らの未熟さを思い知ったブルーとしては、それはあまりに酷と言えそうな話である。
「勿論戦うといっても、今回はブルーの実力を測る意味合いが強いので、フレムは手を出さないという条件で行ってもらうつもりですけどね。構いませんかフレム?」
「先生からの命とあれば喜んで!」
ナガレに頼られたと感じたのか、フレムがやたらと張り切りだした。
その姿に、大丈夫? とピーチが眉を落とし。
「フレムってば加減とか出来るの?」
「いや! 俺からは手は出さないって話だし!」
「それでもちょっと不安かな……ついつい手が出ちゃうとか――」
「ローザまで!? 俺を何だと思ってんだよ!」
フレムが文句を言うがどうにも信用がない。
「大丈夫ですよ。腕の一本や二本折れたとしても今なら聖魔法で治療出来ますからね」
「え~~~~!?」
ブルーが驚きの声を上げた。額からは冷や汗が滲んでいるし顔も引き攣っている。
「……勿論冗談ですよ。フレムもそこはしっかり理解してますし怪我がないようにちゃんとみてますから」
「ナガレっちでも冗談を言うんだね……」
カイルが意外そうに口にした。しかしナガレとて冗談も言うし必要であれば一発ギャグ一億連発ぐらい涼しい顔でこなしてしまう。合気があればそれぐらい造作も無いことなのだ。
とにもかくにも、多少の不安は残っていそうなブルーであったが、冒険者になるために必要ならば、とナガレ達の見守る中、開けた森の一画でブルーとフレムが対峙した。
「よっしゃ! 一丁揉んでやるぜ。おら、手は出さないからいつでも掛かって来な!」
長剣を手にし正面で構えを取るブルーに、フレムが挑発し仕掛けてくるよう促した。フレムはフレムで攻撃はしないという条件ではあるが、双剣はしっかり手にしている。
これは少しでもブルーに実践を意識してもらう為だ。攻撃はしてこないと判っていても相手が武器を構えていれば自然と緊張感も生まれる。
その状況でどの程度動けるか――と、いったところなのだが。
「やあああぁああ!」
声を張り上げ意を決しブルーがフレムへと向かっていく。そして長剣は振り下ろされるが――それは危なげなくフレムが回避する。
そして彼の眉がピクリと跳ねた。するとブルーは更に気合を込めて、長剣をぶんぶんと振り回していく。
フレムはその攻撃を避けながら、表情を歪ませていた。
「これって……」
「え、え~と」
「あははは~……」
そのやり取りを見ている三人も、なんと評していいかわからない様子。いや判っていても口には出せないが正解か。
「フレム、攻撃はしないという条件ですが、防御はいいのですよ」
「え? あ、はい、判りました」
ナガレと会話しつつもブルーの剣戟をひょいひょいと躱し続けるフレム。
ブルーはめげずに剣を振り回し続けるが、フレムはその一撃を片方の剣で受け止め――そして角度をつけて受け流した。
するとブルーは勢いを殺しきれず、そのまま地面に突っ込みゴロンっと転がってしまった。
「……え、え~と」
頬を掻きなんとも言えない微妙な表情を見せるフレムだが、くそ! とブルーが立ち上がり、再び叩きつけるように剣を振っていく。
ここで諦めない辺り、その根性は悪くないのだが――やはりフレムの手で攻撃は受け流され地面を転がり、そんなことが数セット続いた。
その結果――ブルーは中々ボロボロな状態に、顔も泥だらけだ。それに息も上がり始めている。
「そこまで! フレムお疲れ様です。ブルーもよく音をあげずに頑張りましたね」
ナガレにより終了の合図を聞き、どこかホッとしたような表情を見せるフレムである。
何せフレムは途中から、どこか申し訳無さそうな様子を見せていたからだ。
はあ、はあ、と肩で息をしつつもブルーは顔を上げナガレに向けて問うような目を向けてきた。
自分への評価が気になるのだろう。
「ふむ、そうですね。ではフレム、貴方はどう思われましたか?」
「え? 俺ですか?」
目を丸くさせて問い返すフレム。ここで自分に振られるとは思っていなかったようだ。
「ええ、ブルーと手を合わせた貴方が一番判ると思いますし、先輩としてぜひ伝えて上げてください」
「せ、先生がそういうなら……でも――」
後頭部を擦りながらチラリとブルーをみやるフレム。その視線の先では結果を心待ちにするブルーの姿。
「……フレム、遠慮することはありませんよ。思ったままを述べてください」
「……そうですか、それじゃあ、まあ――」
ナガレに先を促され、戸惑いつつもフレムはブルーに体を向け口を開いた。
「といっても俺に言えるのはブルーの剣の腕のことだけどな」
「は、はい! お願いします!」
期待に満ちた瞳でフレムを見据えるブルー。するとコホンっと咳払いした後、
「まあ、あれだ、はっきりと言えば全然駄目だ。最初は構えも動きも悪くないなとは思ったが、剣の振り方が全くなっちゃいない。あんなブンブン振り回したところでゴブリンにだってあたりゃしないぜ。あれじゃあ冒険者になってもすぐに魔物に食われちまうぞ。全く正直驚いたぜ、日々練習してるというからもう少し出来ると思ったが、何を教えれば良くなるとかじゃなくな、どこを教えていいかも判らないほどに壊滅的なセンスのな――」
「ちょ! フレム!」
思わずローザが叫び、へ? とフレムが口を止めブルーを見やる。すると――涙を溜め俯きながら肩を震わせるブルーの姿があった。
「あちゃ~フレムっちてばちょっと言い過ぎな気がするよ~」
「全くよ! あんたにはデリカシーってものがないわけ!」
「いや! でもはっきり言えって話だったからよ……」
「それにしたって言い方ってもんがあるでしょ!」
ピーチにぐいぐい責められるフレムは、どこか納得がいかないといった顔を見せる。
「ぶ、ブルーくん大丈夫? ごめんね、フレムはちょっと遠慮がないというか、でもね、悪気があったわけじゃないのよ」
ローザも泣き出しそうなブルーに駆け寄り慰めの言葉を掛けた。
だが、いえローザ、とナガレが口を開き、それにローザを含めた皆が反応し彼を振り返る。
「今のでいいのですよ。手厳しそうに思えるかもしれませんが、現実を教えるのも大事です」
「そ、そうですよね先生!」
喜色満面で声を上げるフレムである。そしてすぐに全員に向けてドヤ顔も見せた。
その姿をうざそうに見やるピーチ。カイルも苦笑いし、ローザはブルーを気遣いながら戸惑っている。
「……それって僕には剣の才能が全くないってこと?」
「そのとおりですね」
ナガレがはっきりと言う。それに唖然となる一同である。
「で、でもナガレ~、ほら、これからってこともあるじゃない? 例えばいい先生についてもらうとか……」
「いえピーチ、これはそういったレベルの話ではありません。身体的能力の問題でもあります。彼は恐らくかなりの期間自己流とはいえ剣の特訓に明け暮れていたはずです。毎日欠かさず剣を振り、力が少しでも付くよう鍛錬を続けた筈です。ですが、にも関わらず彼には剣を振るだけの力が全く備わっていない。正直これはもう体質的な問題とも言えるでしょう」
「は、はっきり言うねナガレっちも……」
「こういうことは早めに知っておいたほうが良いですからね」
その直後なんとも神妙な空気が漂う。そしてローザとピーチはブルーを覗き見ながら気にかけている様子も感じられるが――
「……それって僕には冒険者になるのは難しいって事?」
「今のやりかたでは厳しいでしょうね」
「……そっか、はは、やっぱりそうなんだね」
やっぱり? とカイルが問うように口にすると、ブルーが静かに頷き。
「お姉ちゃんにも言われていたんだ。実は剣の腕はお姉ちゃんにも何度か見てもらっていたんだけど――全然センスが感じられないって、だからお姉ちゃんは冒険者の道は諦めたほうがいいとも言ってたんだけど、それでも僕、なんとか自分なりに頑張ってきたつもりだったんだけどな……」
「ブルーくん……」
ぐすんっと鼻をすするブルーの頭を思わず撫でてしまうローザである。母性本能をくすぐられたのだろう。
「で、でもほら、良かったじゃね~か。早めに向いてないって知ることが出来てよ。今からならまだ別の道だって、ぐふぉ!」
ピーチの杖がフレムの鳩尾にめり込んだ。思わず腰を落とし悶絶するフレムに、
「あんたいい加減デリカシーなさすぎ!」
と叱咤するピーチである。
「……でも、そのとおりかもしれないね。お姉ちゃんの言うとおり、やっぱり僕には冒険者なんて――」
「何を言っているのですか?」
すると一通り話を聞いていたナガレが首を傾げそんな事を言った。
全員の視線がナガレに集まる。
「え、ナガレ、何って?」
「ええ、ですから。なぜそこで冒険者になるのを諦めるという話になるのかと疑問に思いましてね」
その言葉に全員がブルーさえも目をパチクリさせる。
「でも、僕には剣を扱う才能がないんだよね? だったら……それに冒険者は難しいって先生が――」
「確かに厳しいとはいいましたが――それはあくまで今のやり方ではという意味ですよ」
細い声で改めて問いかけるブルーであったが、それにナガレがニコリと微笑み答えるのであった――
引っ越し後もバタバタしてましたがようやく落ち着いてきました。
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