閑話其の二二 決別
獣人の女を思い出し、若干の間ではあるが呆けてしまっていたサトル。
すると、悪魔の書がサトルに念を送ってくる。
『どうしたのだサトル。まさか後悔しているわけではあるまいな?』
(……そんなことはない。後悔なんて、しちゃいないさ)
『ふむ、まあ当然であるな。何せあの時我は確かに確認した筈だ。あのままでいいのか? と』
その言葉に、サトルはどういう意味だ? と疑問符を浮かべる。
『それが判らぬお主ではあるまい。あんな場所にまだ幼い獣人の女を一人で放置すれば、ただで済むわけがなかろう。寧ろ魔物に食い殺されなかっただけマシであるぞ』
悪魔の書の答えに否定する余地はなかった。
ただでさえ獣人に対する差別が顕著な国である。
そんな国で、あのような幼女がひとりで生きていけるわけがない。
そう考えれば、もしかしたらまだ奴隷なだけマシかも知れないが。
「……その奴隷として売り飛ばされたという女はどうなるんだ?」
「うん? 獣人の女の事か? 妙な事を気にするんですね先生。まあ、そうだな。何せ禁止されているものをわざわざ購入しようって連中だ。当然趣味もまともじゃない。そもそもおおっぴらに表に出せるような代物でもないですからね。当然購入された奴隷は地下室に閉じ込められ――そして己の嗜虐心を満たすためにあの手この手で色々な事をされるってわけですよ。まあ、五日持てば上等。でも大体三日程度で壊れますぜ。尤もだからこそ商売として美味しいんですがね」
その意味を理解し、一瞬当時の自分と獣人の娘が重なって見えた。
そんな目にあうぐらいならば、まだ魔物に食われた方がマシなのではないかとさえ思えた。
だが、それでもサトルは立ち止まるわけにはいかない。
いや、むしろだからこそもう立ち止まれない。
それにサトルはあの時、あの幼女を助けたのではない、見捨てたのだ。
それなのに今更後悔など――
「ところで先生、物は一つ相談なんですが」
サトルが一人考えに浸っていると、頭からまた何か申し出てきた。
それにサトルは顔を上げ。
「何だ? さっきも言ったが、俺はこれ以上お前らに協力する気なんてないぞ?」
「いえいえ、先生の手をわずらわせるような話ではないんですがね。実はあの三人の女の事なんですが……」
三人の女と聞けば当然サトルにも察しがつく。
だが、とりあえず沈黙を保ち相手の出方を待った。
「あれの扱いなんですが、俺達に任せてくれやしませんか?」
「任せるだと?」
下手に出つつもそんな事を尋ねてくる頭に、思わず眉を顰め言葉を返す。
「へい。今も言いましたが、バール王国の買い手にはなかなかいい趣味を持った者も多い。先生はあの女どもに復讐したいと願っている。俺の相手している買い手は奴隷にした女をとことんまで拷問し甚振るような相手ですぜ。それに任せれば先生のお気持ちも晴れるかと――」
「お前が勝手に俺の気持ちを語るな――」
殺気を込め、槍のように研ぎ澄まされた声で威圧する。
すると瞬時に頭がその口を閉ざした。
「……俺の復讐は俺自身の手で片を付けなければ意味がない。だからこそトドメは俺が刺すと言っておいたんだ。それなのに今更そんな事を言い出すとはな。俺との約束を反故にする気なら――」
「ま、待ってくれ! 判ってる判ってるさ! 今のはただちょっと提案してみただけですぜ。どうか剣を収めて、冷静に冷静に……」
頭にそう言われ、サトルも抜きかけていた剣を収め体勢を戻した。
だが、気を張るのは忘れない。
「ふう、とにかく少し落ち着きましょうぜ。先生も立ちっぱなしは疲れるでしょう? ほら、部下が茶を入れてきましたぜ」
見ると確かに部下の一人がカップに入れた紅茶を持ってきた。
この洞窟にそぐわない、高級そうなカップである。
「へへっ、これはあの女達が運んでいたものでね。葉も随分と高そうなのを使用してましたぜ。かなりの上物だと思います。なので先生もどうぞ一杯。疲れも吹き飛びますぜ」
頭がカップの一つを手に取り、そして部下が残りのカップを勧めてきた。
サトルは一考するも、そのカップを手に取る。
そして頭が一口啜り、どうぞ、と促した。高級と言っているだけあって良い色をしている。
仮面の口元だけを開くといい香りが鼻孔を突いた。
「本当は洒落たテーブルに椅子なんてあるといいんですがね」
「別にこのままで構わない」
そう言ってサトルは立ったままカップに口をつけ紅茶を啜る。が――
「う! あ、うがぁ……」
ガシャン――とサトルの手を離れたカップを地面で砕け、そして喉を掻き毟りながら傾倒する。
鎧の重みからか、耳に残る重苦しい音を奏で、地面に横倒しの状態でサトルが動かなくなった。
「かっ! がはは! 上手くいった! 上手くいったぞ!」
「やりましたね頭」
「しかしやはりいくら強くても毒を盛られれば一発だな」
頭が喜び側近ふたりも声を上げる。
「全くだ、それにしてもこうも上手くいくとはな。まあでも悪く思わないでくれよ」
そう言って頭はサトルの傍に近寄り彼を見下ろす。
「あんたがもっと協力的だったらもう少し生かしておいてやっても良かったんだがな。そうじゃないならこれまでってことよ。まあでも安心しな。あんたの恨みは俺達が代わりに晴らしておいてやるからよ」
「お前ら如きに俺の恨みが晴らせるかよ」
頭が唇を歪め倒れたサトルにそんな事を言うが、その直後発せられた言葉に一様にぎょっとした顔を見せた。
「な! 馬鹿な!」
むくりと起き上がったサトルをみて頭が後ずさる。まるで幽霊でもみたような青ざめた顔をしていた。
「どうした? まさか本当にこの程度の事で俺が殺せるとでも思っていたのか?」
「あ、あ……そんな、舌に触れただけでも死に至る猛毒だぞ! なのに――」
「……ふん、所詮山賊だな。こんなこったろうとは思ったが、さて、当然お前ら――死ぬ覚悟は出来てるんだろうな?」
殺気みなぎるサトルの声に、ヒッ! と頭が情けない声を漏らした。
「ま、待ってくれよ! これは、その、冗談だ! 冗談! あんたならこの程度大丈夫だと想定しての――」
言い訳がましい頭ではあるが、その言葉の途中で頭は本当の意味での頭となった。
首から下は力なく倒れ、頭がゴロゴロと側近の足元に転がっていく。
その直後、ふたりの悲鳴がこだまするがその瞬間には身体の上下が離れ離れになっていた。
『ふむ、これで協力者とも決別か』
「……構わないさ。お膳立てには役に立った。はなからこんな連中信用してないしな」
悪魔の書にそう返し、サトルは口の中に含んでおいたドッペルジェリーを吐き出した。
『しかしこのような使い方もあるとはな。しかし警戒心が強いことだ』
「あんな連中、警戒しない方がおかしいだろう」
ドッペルジェリーは本来一度みたものに変身することが可能な悪魔であるが、サトルの実力も上がり、サトルの頭でイメージしたものにも変化できるようになっていた。
それを利用し眼の色を変えたカラーコンタクトもどきもそうだが、今回は口の中に丁度収まる形に変化させ含んでおいたのである。
そして中身が毒であることはドッペルジェリーの感情から推し量ることが出来た。
ドッペルジェリーにはそもそも毒など全く効かない為、サトルは毒を飲んだ振りで相手に本音を吐露させたのである。
「さて、俺にとってはここから本番だ――」
サトルは頭を掴むと、その場を離れ連中の下へと歩み出す。
「ひぎぃ! やめて! やめて!」
「うるせえ! いい加減諦めろ!」
「……あ、やべえ、思い余って殺しちまったぜ」
「いや、お前それユニコーンの御者じゃねえか? いいのかよ?」
「え? ああしまったつい――頭に何言われっかな」
「たく、しょうがないやつだな。一応は商品なんだぞ?」
「そんなこといいながらテメェも興奮して何人か殺っちまってるじゃねえかよ」
そんな会話を耳にし、サトルは呆れたように溜め息を吐き出した。
あれからずっと賊達は、女相手に狂った猿のように発情し続けている。
しかも何人かは奴らの言うように完全に事切れていた。
ただ、あの三人が無事なのは確認できた。勿論無事というのは命という部分だけを見た場合だが。
「お前ら、もう狂った宴は終わりだ」
サトルが降りてきても、全く気づかないぐらいに夢中だった男たちだが、流石に声を掛ければ気づくものもいる。
「あ、先生じゃないですか」
「終わりってどういうことですかい? まだまだこれからじゃないですか?」
「そうですね。あ、なんなら先生も参加されては?」
こいつらの頭にはそれしかないのか? などと思いつつも、サトルは説明するのも面倒になり手に持った頭を連中に判るように放り投げた。
地面をごろごろと転がるいびつな球体。まさに頭となった自分たちの頭の姿に、流石の山賊達も目を見開き驚きの声を上げた。
「な!? こりゃ一体……どういうことですかい先生!」
「見ての通りだ。この男は俺に毒を盛った。だから殺した。勿論その責任はお前たちにもしっかりとって貰うぞ」
剣を抜き、はっきりと告げる。これは明確な処刑宣告であった。
もうサトルに容赦する気持ちは残っていない。いや正確に言えば憂さ晴らしにも近い感情だ。
後悔する気はなくてもどうしてもしこりは残ってしまっている。
復讐とはまた別の感情だ。それを払拭するため連中をその手に掛ける。
「く、くそふざけやがって!」
「こっちは数で圧倒してるんだ! 全員で殺れ!」
山賊たちが立ち上がり一斉に武器を取った。こんな状況に於いても、連中は必要最低限の装備は身につけたままであった。
やはり山賊稼業に染まりきってるだけに、自分たちとていつどこで襲われるか判らないという感情が働いているのだろう。
だが、そんなことはサトルには関係がない。一斉に襲いかかってきた賊共であったが、事前に装着しておいたデビルフライヤーの飛膜を鎌のように変化さえ、半数の首を一振りで刈り取った。
更に後ろで控えていたレオナードが雷の魔法を行使し、雷槌が残りの山賊の身を蹂躙していく。
結局、サトルが一度瞬きをするぐらいの間に、山賊どもは全滅した。
切り裂かれ、臓物をぶちまけ、雷により黒焦げになった骸から嫌な匂いが立ち込めた。
しかしそのおかげで充満した性的な匂いはすっかり感じられなくなったが。
『ふむ、この程度の相手ではサトルの足元にも及ばぬか』
悪魔の書がそう評すが、それには特に応えることなく、サトルはカチュアという姫騎士の前に立つ。
「わ、私も殺すつもり?」
「……俺はあそこにいる三人にだけ用がある。お前らのことなんてどうでもいい。逃げたきゃ勝手に逃げろ。その辺に山賊の持ってた武器が残ってるだろ、それでも使えばあんたなら逃げることも出来るだろうさ」
サトルはそれだけ告げ、その脚を憎き三人へと向けた。
だが――
『どういうつもりだサトル?』
どこか険の篭った念がサトルの頭に響いた。
「別に、俺の目的はあくまで復讐だ。取引に利用こそしたが、賊を殺した以上後は俺にとってはどうでもいいことだ」
『……』
悪魔の書はそれ以上何も言わなかった。
しかしサトルは特に気にもせず、三人の正面に立つ。
三人はお互い身を寄せるようにして震えていた。 ただナノカだけはこの状況においてもいまだ瞳には気丈の色が残っている。
「貴方、あの時の――一体、一体私達をどうするつもりですの!」
強気な声に思わずサトルの口角が吊り上がった。そう、この程度で壊れてもらっても困る。
復讐はまだまだこれからなのだから。
「どうする? そんな事決まってるだろ?」
そこまで言って一旦瞑目する。この三人にやられた所業が、地獄の日々が脳裏に蘇る。
こみ上げる、憎悪が、こみ上げる、内に潜んだ残虐な感情が――
「俺の目的は、復讐だよ」
そして言い放つ。自分でも意外なほど落ちついていて、だが恐ろしいほど冷たい声だったであろう。
その声を聞いただけでもナノカ以外のふたりは半泣きになり、肩を震わせた。
「ふ、復讐? い、意味が判りませんわ!」
だが、ナノカだけは気丈にも叫びあげる。他のふたりがサトルに恐怖しているのを認め、自分だけでもしっかりしなければと思っているのかもしれないが。
「意味が判らない? おいおい本気で言ってるのかよ? この声に聞き覚えがないとでも?」
しかしサトルは、元の声に戻し改めて三人へ問いかけた。
「ま、まさか――」
最初に反応したのはナノカであった。そしてその反応を目にし、他のふたりも口をだらしなく開け、サトルに目を向けてくる。
「どうやらやっと気がついたようだな――」
サトルの仮面が開く。その顔を見た時、三人は驚きに目を見開き――お決まりのセリフを吐き出した。
「そ、そんな、どうして? だってサトルは死刑になった筈ですわ――」
次の話で今回のサトル編は終わりです。
次の更新は0時の予定です。




