第一二二話 ナガレの答えと暫しの別れ
「嫌だ、ちょっと何言ってるのよビッチェ」
ナガレに対し異世界人であるか? と核心をつくような質問をしてくるビッチェ。
だがそこに口を挟んできたのはピーチであった。
「確かにナガレは見た目と格好がちょっと変わってるけど、私も以前同じ質問した時、ナガレは違うって言っていたの。だから異世界人って事は――」
以前の話を思い出すようにしながらピーチが語る。だがしかし――
「いえピーチ。今のビッチェの質問であれば私の答えはイエスです」
あっさりとナガレは自分の正体を明かした。
特に逡巡もせず、何気ない質問に回答するぐらいの気軽さである。
だが、ピーチはそんなナガレをみやり、その大きな薄紅色の瞳をパチクリさせ。
「え、ええええぇええぇええええええぇええ!」
大口を開け仰天した。
更に、なんで! なんで? と両手を上下にブンブンと振り回す。
「だって、だってナガレ前に私が召喚されたの? って聞いたら違うって答えたじゃない……あれ、もしかして嘘だったの?」
こてんっと首を傾け、少々物哀し気に尋ねるピーチ。仲間だと言ってくれていたのに嘘をつかれていたのが悲しいと思ったのかもしれないが。
「それは嘘ではありませんよ。少なくとも私は召喚はされてませんので」
へ? と疑問符を頭に浮かべるピーチ。
「ということは……そうか! 先生は転生者なのですね!」
すると、今度はフレムが会話に参加し思いついたことを述べた。しかしナガレはそれにも首を振り。
「残念ながら転生者でもありません」
そう答える。それをフレムの横で聞いていたカイルとローザも不可解といった様相を示し。
「な、なんか謎々みたいだねナガレっち」
「あ、頭が沸騰しちゃうよ~」
カイルも思案顔でそう返し、ローザは頭から湯気が出てきそうなそんな様子。
「……ナガレ、その回答は想定内。でもその後の意味は私にも理解不能。説明が欲しい」
すると、ビッチェも悩ましげな顔でナガレに問う。
召喚でもなく転生でもないというナガレの言い分が理解できないようだ。
「そうですね、それでは――」
そして、ナガレはその場の皆に自分が異世界にやってきた経緯を話して聞かせた。
すると、ある程度予想がついたことだが、やはりナガレの説明を聞いても一様に呆け顔をみせ。
「え~とつまり、ナガレは自分で魔法を使ってここまでやってきたってこと?」
「あ! なるほどそういう事か! 流石先生魔法も万能なのですね!」
「いえ、違いますよ。そもそも私は魔法が使えません」
「ち、違うんだねナガレっち」
「あ、頭が沸騰しちゃうよ~」
ピーチはどうやらナガレが自分で魔法の時空門を行使しやってきたという考えに行き着いたようだが、残念ながらナガレ自身がいうように、地球生まれの日本人である彼が魔法を使う事はあり得ない。
「……皆が戸惑うのも無理ない。私も正直信じられない話。でも、ナガレの言うとおりなら、ナガレ自力で魔法にも頼らず別の世界からここまで来た?」
「端的に言えばそうですね」
えぇええぇえええぇええぇえ! と二度目の驚嘆。
ナガレの回答は彼らにとってあまりに規格外なのである。
「ただ、もう少し正確にいえば、皆さんの魔法とは違いますが、私も【合気】という術を使用します。この世界までこれたのはその合気のおかげとも言えますね」
「あ、あいき? なにそれ美味しいの?」
「美味しくはないですね。そもそも食べ物じゃないです」
ピーチの血迷った発言にも冷静に対処するナガレである。
「先生、いささかスケールが大きすぎて俺にはついていけない部分もありますが、でも流石です! ますます尊敬です!」
「召喚もされずそもそも魔法も頼らず全く別な世界にきちゃうんだもんね……ナガレっちってば凄すぎるよ」
「あ、頭が沸騰しちゃうよ~」
フレムは目をキラキラさせて感嘆し、カイルはちょっとついていけないかも、といった雰囲気。
ローザは先程からずっと混乱している。
「……話を纏めると、ナガレの強さの秘密は合気にあるという事?」
「そうですね。合気は素手で戦う技術の一つだと思っていただければそれで間違いないですし」
「え? ナガレの戦い方って舞踏じゃなかったの?」
「それはピーチの勘違いですね」
「え~」
ピーチにとっては中々に衝撃の事実である。ナガレからすれば今更だが。
「……ちょ、ちょっと待って下さい先生! ということは、もしかして先生はいずれ元の世界に帰ってしまうのですか?」
「え!? 嘘! ナガレ帰っちゃうの?」
フレムが、ハッ! とした表情で問うと、ピーチも狼狽え始めフレムに倣い真剣な目で問いかけた。
「いえいえ、それはありません。私は既にこの世界に骨を埋めるぐらいの覚悟ではありますし、そもそも帰り方までは判りませんので」
「え? 来れたのに帰り方は判らないのナガレっち?」
「はい。そうですね、私がここにこれたのはそもそもこの世界と私の世界を繋げる道が開いたのを感じ取れたからです。恐らくですがそれは――」
「どこかで誰かが異世界からの召喚を試みた?」
ビッチェが察したように口にする。
それに、ええ、とナガレが答え。
「ですので、私はあくまでその開いた道を辿ったに過ぎません。ですからそこまで大した話ではないのですよ」
「……いや、十分大した事」
「寧ろそれを大したことじゃないといえるナガレっちが凄いよ」
そうですか? とナガレが首を傾げた。意外とナガレには自分が凄いことをしているという自覚が無い。
「で、でも凄いですね先生。その合気……俺も頑張れば使えるようになりますか?」
「馬鹿ね。あんたがそんな簡単に使えるようになるわけないじゃない」
フレムが思い切ってナガレに問うと、ピーチが少々意地悪な物言いを見せる。
それに、むっ、と眉を顰めるフレムであるが。
「はははっ、いやいやおふたりとも既に合気の基礎は出来てますよ」
あっさりとナガレに告げられ、ええええぇええ! と口をそろえてふたりが驚いた。
「せ、先生どういうことなのですが?」
「言ったとおりですね。フレムは相手の目を見切る力が身についてます。それも合気では大切な事なのですよ。まだまだ修練は必要でしょうが、ほんの少し手ほどきしただけにもかかわらずあれだけ出来るのは大したものですよ」
「え? そ、それじゃあ私は?」
「ピーチの魔力の操作には合気に通ずる物がありますからね。それに杖術にも合気の基本は入っています」
「そ、そうだったんだ……」
よもや自分たちがナガレの技を基本とはいえ活用できるとは思いもよらなかったのだろう。
フレムにしろピーチにしろその喜びに浸っている。
ただ、ナガレは基本といっているが――ふたりの成長ぶりに感心していたりもする。
何せ元いた世界の門下生でも、この短期間でここまでの実力を身につけられるような者は皆無に近いのだ。
「……とりあえずナガレの強さの秘密は少し垣間見えた。異世界人であればある程度納得が出来る」
「それは良かった。ではこれでビッチェの役目も達成できましたか?」
ナガレがそう告げるとビクッと、ビッチェの肩が揺れた。
「……ナガレ気がついていた?」
「ええ、まあなんとなくですがね。それにだいぶ前から私達の事を見ていらっしゃいましたし」
「え? 見ていたって……スイートビーの討伐に向かった時からって事?」
「いえ、覚えてますかピーチ。以前ベアールにお弁当を届けにいった日の事を?」
「あ、うん、あれがきっかけでスチールにナガレ式の事が伝わったのよね」
ピーチが視線を上げ、思い起こすように言う。
尤もその時はまだナガレ式という名前ではなかったわけだが。
「そうですね。ビッチェはその時から私達の事を見てました。ベアグリーと戦っていた時から、そうですよね?」
「……気配を完全に絶っていたのに、衝撃的。でも、流石」
瞑目しナガレを褒めるビッチェである。
ただ、この発言にナガレ以外の皆は怪訝そうな顔を見せた。
「でも、そもそもどうしてビッチェがそんな事を?」
「あ! さてはお前先生に、お、おかしな事をしようと狙ってたんじゃないだろうな!」
「おかしなことって……フレム嫌らしいのね」
「て、なんでこういう時だけ正気に戻ってるんだよローザ!」
「まあまあ、でも実際ビッチェって何者なの?」
怒涛のごとく押し寄せる言葉の波に身を任せた後、ビッチェは、ふぅ……、と一つ息を吐き。
「……ナガレにそこまで見破られたなら仕方ない。私はSランクの特級冒険者。ナガレの事は、任務を請けて色々調査をしていた」
「えーーーー! 嘘ビッチェも特級!? しかもSランクって……」
ピーチが目を見張り叫ぶ。
すると、うん? とフレムが考える素振りを見せ。
「先輩ビッチェもって、特級の事を知ってんのか? 俺初めて聞いたんだが……」
「確かにおいらも特級なんて初耳だね~」
「わ、私もです」
三人の質問に、あ……と目を細めるピーチ。
しまったといった感情が表情に滲み出ていた。
何せ特級については以前ギルド長やマリーンに他言しないよう口止めされている。
「ど、どうしようナガレ~」
「う~ん、言ってしまったものは仕方ないですね。それにそもそもビッチェの口から語られてますから」
「……ナガレの言うとおり。特級については私から言った事。だからゲイも特級であったことも別に隠しておくこともない」
「……マジかよあのおっさんも特級とやらなのかよ――」
「え? でもあの人確かタグはBランクだったよね?」
「ゲイはBランクの特級ですからね」
カイルに問いにはナガレが答えた。
「び、Bランクの特級というのもあるのですね……ピーチもそれを知っていたという事ですか?」
「うん。ナガレが見破ったんだけどね」
そしてローザの疑問にはピーチが答える。
するとそれを聞いていたフレムが首を傾げビッチェに問いかけた。
「そもそもその特級ってなんなんだ? あのおっさんがBランクの特級ってAランクより偉いもんなのか?」
「……そういうわけでもない。そもそも特級はSランク、Aランク、Bランクにそれぞれ設けられている特殊な級。Bランクの特級の場合は勿論Bランク冒険者から専任されることもあるけど、表向きはAランクで特級としてはBランクというのもいる」
「あ、頭が沸騰しちゃうよ~」
「あ~! ローザがまた混乱しちゃった!」
またもや頭から湯気が出てきそうなローザだが、とりあえずそっちは気にせずフレムが更に疑問点を上げる。
「それで、だからその特級は結局なんなんだ? 俺達と何が違うんだよ?」
「……簡単に言えば所属。普通冒険者は登録した国のギルドが直轄し管理する。最高責任者も各国のギルドマスターとなる」
「確かにそうだね」
「え? 直轄、管理? よくわかんねぇな……」
「あんた自分から聞いといて本当残念ね……」
首を傾げるフレムをピーチは心底残念そうに見やった。
「い、今のは私にも、な、なんとなく判ります!」
「あ、判るんだ……」
「ローザは少し混乱していただけだと思いますよ」
ナガレの規格外さに暫く混乱を来していたローザもやっと正気に戻り始めていた。
「……本題はここから。特級というのはこの管轄と責任者が異なる。通常の冒険者は国のギルドであり上はその国のギルドマスター。でも特級はギルド連合の管轄下に置かれる。最高責任者も冒険者ギルドのグランドマスター」
「へ? ギルド連合? グランドマスター? な、なんだそれ? さっぱりわからないぞ……」
「本当馬鹿ね。だからあれよ、ギルド連合って、あ、あれなのよ!」
どうやらピーチにも判らないようだ。何故かナガレをうるうるした瞳で見つめ助け舟を求めている。
「今ビッチェが言われたように、冒険者ギルドは各国に存在します。ですが、そのままでは各国の冒険者ギルドが自分たちの好きなようにルールを決めてしまいまとまりのない組織になってしまう可能性があります。ですので足並みを揃えるために結成されたのが冒険者ギルド連合なのでしょう。そしてそのおかげでどの国の冒険者ギルドも厳格に定められた規則の下で運営が行われているわけです。私達の冒険者ランクや級が国をまたいでも有効なのはこういった連合があってこそですね」
「な、なるほど! 流石先生です! 博識ですね!」
「フレム本当に判ってるのかしらね……」
そんなフレムを見ながら、ははっ、と苦笑するカイル。
だが、すぐにビッチェに顔を向け。
「でも、特級は連合の管轄下になるという事は、国をまたいで自由に動き回ることも可能ということ?」
そう彼女に質問した。
それにビッチェがコクリと一つ頷く。
「……簡単にいえばそう。だけどランクによって活動範囲は変わる」
「ですが、Sランクともなるとその行動範囲は相当に広がるのでしょうね。勿論その分責任の大きな仕事を任されることも多いのでしょうが」
ギルド連合の後ろ盾のおかげで国境も比較的容易に越えることのできる特級のSランクはやはりかなり特別な存在である。
確かに冒険者は国を超えたからといって今あるランクが変わったり無効になる事はないが、通常は他国の冒険者が好き勝手動きまわることを好ましく思うものはいない。
なので、国を超えるとなると手続きも煩雑になりがちなのである。
「へ~、そう考えるとビッチェってやっぱり凄いのね」
「……えっへん」
ビッチェは胸を張って得意がった。強調された双丘にカイルの目が思わず釘付けになる。
「でも、その特級冒険者がなんで先生をつけまわったりしてたんだ?」
「……それも任務。ナガレの情報はグレイトゴブリンを倒した時点から既にギルド連合に回っていた」
「え!? そんな時から!」
「……ギルド連合の情報網を甘く見ては駄目。わずか一五歳にして、しかもギルドに登録前から変異種を倒すなんて異例。だからその時から既に異世界人である可能性が高いとされていた。その場合その強すぎる力が後々の脅威になり得るか否かを調査する必要が出てくる。そこで……」
「ビッチェが私の調査する役に選ばれたというわけですね」
ビッチェがコクコクと頷く。
「なるほど。それで、もし私が危険だと判断された場合はどうなっていたのですか?」
「……その場合は、速やかに処理する」
「え!? 処理するってもしかして……」
「ふむ、場合によっては私の首が持って行かれていたかもしれないという事ですね」
自分の首に手を置き、なんてことはないように述べクスリと笑った。
「え? く、首って……」
「チッ! ざけるな! そんな事この俺がさせないぜ!」
ピーチが不安そうな顔を見せ、フレムが双剣を抜く。
やってやるぜ! といった感情が瞳に溢れているが、これは少々気が早過ぎるであろう。
「……ナガレ意地が悪い。私がナガレに勝てるわけがない。それに、その気ならわざわざこんなこと話さない」
「そういう事ですね。フレムも私のことを思ってくれたのは嬉しいですが心配はいりません。後、残念ですが今の貴方ではまだビッチェには勝てませんよ」
「う、うぅ……」
剣を鞘に収めがっくりと肩を落とすフレムである。
「でも、それを私たちに話してくれたって事は、ナガレの調査は結局どうなったという事なの?」
「……とりあえず皆に話したのは、これまで一緒に行動した結果、信用できると思ったから。ナガレもそう思ったから一緒に話を聞いてもらうことにしたのでしょ?」
「ええ、そのとおりです。尤もビッチェがここまで素直に正体を明かすとまでは思ってはいませんでしたが」
「……それもナガレの影響。でも、ナガレの行動を観察し続けて理解した。ナガレは連合の予想通り異世界人だったけど、危険はない。むしろ一つの国を救った英雄」
「それはちょっと大げさかなとは思うのですけどね」
「……ナガレ謙遜、でもそこがまたいい。だけど嫉妬、きっと女性が放っておかない」
むぅ、とナガレを心配そうにみやるピーチだが、それにはナガレから回答することはなかった。
「……とにかくこれで調査は終了。正直言うと……あのインキの件も調査が開始されてた。でもナガレが全て解決してしまった。でもそれも含めて助かった。本当にありがとう」
「ビッチェのような美しい女性にそう言われれば本望ですね」
「……そういうことをあっさり言うのズルい――でも、これで一旦お別れ。私は報告に戻る。ただ一点、ハイルが昇格について言っていたと思う。あれは連合側も関係してくる可能性がある。ナガレの活躍はそれぐらい大きい。だからその事も念頭には入れておいて欲しい」
「そうですか……はい判りました」
ナガレがそう返すと、ビッチェが視線を逸し、少しもじもじしながらも――
「……少しだけお別れ、でもまたすぐ会いに来る」
「な!?」
ギュッとナガレを抱きしめてから別れの挨拶を述べた。
それにピーチが絶句。フレムも、どさくさに紛れて何してんだ! と怒鳴り、ローザは顔を両手で覆い赤くなり、カイルは羨ましそうにふたりをみていた。
そして――
「行ってしまいましたね」
ビッチェがいなくなった後、ナガレが遠くを眺めながらそう述べる。
そんなナガレを横目でチラリチラリと気にしながらピーチが口を開き。
「も、もしかしてビッチェと別れて寂しい、とか?」
「ははっ、確かに少しは思いますが、ですがきっとまた会えますよ」
そう答える。ナガレはそのことを信じて疑わなかった。
そして――ナガレはくるりと振り返り笑顔で言う。
「さて、宿にでも戻りますか。そしてまた明日から、冒険者として頑張りましょう」
これにて本編第四章激闘編が終了となります。
そしてこの後は閑話にてサトルの話を挟み次の章へと移る予定です。
さて皆様に質問なのですがキャラクター紹介的なものはあったほうが宜しいでしょうか?サトル編も含めて大分キャラクターが増えてきたので……
またつけるとして本編の中でどこかに記載した方がいいか、それとも設定集てきなもので別作品として公開したほうがいいかで迷っていたりもします。
もしよろしければ感想欄などで教えて頂けると嬉しく思います!




