第一〇六話 インキ・クズレス③
残酷表現あります。
苦手な方はご注意ください。
……苦手な方はご注意下さい。
その日、村では例年通り魔闘祭がとり行われていた。
「ゴータのフォックスザンギエフが勝ったぞ!」
「流石ゴータだ!」
「レベル20台の魔物をティム出来ていたのはゴータだけだしなあ。やっぱり格が違う」
結局インキの事はあったが、彼を追い出した事で、とりあえず問題も収束したと判断しての事だったようだ。
そして今年はかなりの盛り上がりもみせていた。
そこには件の事件の当事者である、少女の姿もあった。
一時はかなりショックを受けていたが、今は少しずつ立ち直り、祭りを楽しめるぐらいまでには元気をとりもどしている。
インキの両親にも何度も謝罪されたが、結局未遂で終わったのと、自分にも彼を勘違いさせた言動があったのかもしれない、と、それでいて、村を追放されたインキを気にかける素振りさえ見せた。
それにインキの両親は心苦しい思いであったようであり、更に、
「あの馬鹿は追い出されて当然の事をした、だから君が気に病むことではないし、本当に何度謝っても誤り足りないぐらいだ」
とまで言われ涙された。
その事もあって、少女もそれ以上インキについて触れることもなくなった。
勿論心配はしていたが、自分がそれを言うことで彼の両親をより悲しませることになると悟ったのである。
「くっ、参りました」
「よっしゃ! 俺の勝利だな!」
魔闘祭の最後の戦いが終わった。
舞台の上ではゴータが腕を上げて勝利を喜んでいる。
大人たちが数日掛けて土を盛り、押し固め作り上げた舞台だ。
そこまで立派なものではないが、そのおかげで大会ぽい雰囲気が出ている。
今年の優勝はゴータで決まりのようであり、少女も拍手をして彼を讃えた。
ゴータはあの事件の日、インキと一悶着起こした男子でもある。
ただ、あれはやはりインキの方に非があったし、物置小屋での件を知ったゴータは少女を心配し、そしてインキに対しても憤慨していた。
尤も村を追い出された以上その怒りをぶつけることは叶わなかったわけだが。
「――回、魔闘祭、優勝はゴータ! よくやったな……」
「ちょっと待ってくれよ」
そして村長が舞台に上がり、ゴータの優勝を宣言しようとしたその時だった、どこか聞き覚えのある声が周囲の耳朶を打つ。
一斉に視線がそこに集まった。舞台から少し離れた位置に、禍々しい染色の施された外套を身に纏った男がいた。
フードを目深に被り、顔こそ隠れてはいるが、しかし村人は彼の正体には気がついたようだった。
「お前……その声インキか? 何故ここにいる! お前は村から放逐した筈であろう!」
「知ってるさ。だけど別に立ち寄るぐらいいいだろ?。それにしても不用心だな。祭だからか知らないが、門番すら立ててないなんて」
クッ! と歯噛みする村長。忌々しい物を見るような目でインキを見ている。
勿論村長だけではなく、村人全員が似たような目を向けてきているわけだが。
「おいインキ! お前今更何のようなんだ!」
すると、舞台の上からゴータが叫びあげた。
インキが首をもたげ、フードの奥から彼を覗き見る。
そして、ふっ、と不敵な笑みを浮かべ。
「お前が優勝というのが納得できなくてな。本来なら僕もこの祭りに参加する予定だったんだ。だからちょっと混ぜてくれよ。そして、一体この村で誰が一番魔物使いとして優れているが証明してやるよ」
「ふざけるなインキ! お前、あんなことをしておいてまだ醜態を晒す気か!」
叫びあげたのはインキの父親であり。
「インキ――お願いもうやめて……もしかして村に戻りたいの? それなら私が皆に言って――」
「はぁ? こんな村に戻る気が僕にあるはずがないだろう? 大体選ばれた魔物使いたる僕を追い出しておいて、逆にいまさら何を言われてもお前らを許す気は僕にはない」
その発言に、愚か者が、と村長がこぼし。
「もういい。とにかく出て行け。さもなければ実力行使にでて――」
「ちょっと待ってくれ村長! 俺はいいぜ。その挑戦うけてやるよ」
「な、何を言っておるのだゴータ! この愚か者は村との話し合いで――」
「愚か者だからだよ。こいつは言っても判らねぇ。だったら力で示すしかないだろ? それにこいつは彼女を傷つけた! それをどうしても許しておけないんだよ!」
叫びあげるゴータ。そして目を見張る少女。
すると、周囲の同年代の男子から、
「そうだよく言った!」
「やってやれゴータ!」
「あんなやつギタギタにしてやれ!」
と言った声が上がる。
そしてそれを聞いていた大人たちからも、試合をさせろと声が上がり始めた。
勿論、インキにとっては完全にアウェーな状況であるのだが――しかし彼がこぼした笑みには何かを確信したような感情も読み取れた。
「……判った、この試合を認めよう。だがインキ、試合が終わったら……いやわしもこの村の生まれ、後々の事はお前の戦い方を見てから決めるとしよう」
「だ、そうだ。良かったなインキ。さあ、とっとと上がってこい!」
ゴータに促され、インキは相棒のゴブリンと共に舞台に上がった。
「ゴータ! 負けるんじゃないよ! そんな屑、ギタンギタンにしてやりな!」
すると、ゴータに声を掛けるは紅髪を後ろで束ねた女。ゴータの母親である。
気性の荒そうな女であり、言動は男っぽくもあるが、見た目には美人の部類に入るか。
そしてどこか心配そうにインキの母親も様子を見ていた。
両親とは言え自分を追い出した女だ。艶やかな黒髪を有し、普段はおっとりとした性格の元母親でもある。
そしてついでにぐるりと村人達の顔を見回すインキでもあるが。
「おいインキ。村長がどう思っているかは判らないけどな。俺はお前を絶対許さない。だからもしお前が負けたら村人全員に地面に頭を擦り付けて詫びを入れて、それから村を出て二度とここに足を踏み入れないと誓え」
「……随分と自分勝手な条件だな。だったらお前が負けたらどうする気なんだ?」
「そんときは俺がお前に詫び入れてやるよ」
「ははっ、そんなので足りるかよ。僕はこの村の連中全員にこけにされたんだ。お前だけの詫びなんかで済むものか。そうだな、村に責任をとってもらう。俺が勝利した時にはな」
インキの言葉にゴータが眉を顰める。
「そんな事、俺の一存で決められるかよ」
「別にお前が決める決めないはどうでもいいさ。だが、まぁいいさ。お前の条件としてはそれでな。じゃあ、始めるか」
そしてインキが命じるとゴブリンが前に出る。
「……まさか本当にゴブリンとはな。お前舐めてるのか? こっちはフォックスザンギエフだぞ。まぁどうせ、未だにそれ以外下僕に出来なかったんだろうけどな」
インキを馬鹿にし、自分の下僕たる魔物を自慢するように話すゴータ。
フォックスザンギエフは二本足で歩くキツネの顔をした魔物だ。
がたいが熊のようにでかく、ふさふさした毛が特徴だが、膂力は相当に強い。
一般的にはCランク冒険者であれば数人で掛からないと勝てないとされる程だ。
勿論、ゴブリン程度であれば本来は一撃で仕留める程であり――
ゴブリン自らに岩を砕かせ作らせた棍棒を片手に、下僕のゴブリンが駆ける。
そしてフォックスザンギエフに近づくと、岩の棍棒をその脚目掛けて振るった。
身長差がある為、ゴブリンでは普通に攻撃しようとしても相手の太腿あたりに当てるのが精一杯でもある。
「ふん、なんだそんな攻撃。おい、やれフォックス」
すると、キツネ顔の下僕が拳を振り下ろし、そしてゴブリンは地べたに潰されるような形でダウンした。
「……なんだこれ? 弱すぎだろ。おいインキ! これで勝負は決まりだ! 俺の勝ちだな!」
そしてゴブリンの姿を認めながら、ゴータが勝ち名乗りを上げた。
周囲の観客もよくやったや、ザマァ見ろ! などとまるで勝敗が決まったかのような喜びよう。
だが――
「おい、何を言っている? まだ僕のゴブリンはやられていないぞ」
インキがそう告げると、ゴブリンがむくりと起き上がり、そして棍棒を持ち直し身構えた。
「……お前本気か?」
「貴様こそ勝手に勝負を決めるな」
フードの中の視線を鋭く光らせ、インキが言う。
それに、ムッとした様子でゴータが再度フォックスザンギエフに命じる。
すると今度はキツネの足が出て、ゴブリンが吹き飛ばされゴロゴロと転がり、インキの下へと戻ってきた。
それでもフラフラになりながら、ゴブリンが立ち上がってみせる。
「……もういい。インキ、お前の負けだ。そのゴブリンはもう戦えまい。この祭りは別に魔物同士を殺しあわせたいわけじゃない。魔物使いは確かに下僕として魔物を扱うが、だからといって魔物の命をないがしろにしていいというものではない。インキよ、せめてお前がそれぐらい理解出来ていてくれたなら、もう少し考えようが――」
「あっはっはっはっはっはっはーーーー! 何だそれ? 俺の負け? 戦えない? ははっ、笑えるな! お前たちこのゴブリンを見て何も気がつかなかったのかよ? 全くこんだけ魔物使いが雁首揃えて情けないな。お前らの目は節穴か? そんなんだからお前らは雑魚なんだよ! その程度でこの最強の魔物使いに勝とうなんて、片腹痛い!」
声を張り上げ、インキが捲し立てるように口にするが、周囲の村人の視線は冷たかった。
「……インキ、もういいやお前。そこまでいったら逆に哀れだな。本当に――」
「二回だ」
「は?」
「このゴブリンはお前の下僕の魔物に二回攻撃を食らったにも関わらず、こうやって立っている。それに何も思わなかったのかお前は?」
は? とゴータが不可解と言った表情を見せる。
それにインキは呆れたような、蔑むような、そんな笑いを残し。
「普通のゴブリンなら、フォックスザンギエフの攻撃を一撃でも受ければ即死だ。ある程度加減されていたとしても立ち上がることなんてとても不可能さ。でもこいつは立ち上がった。それが何故か?」
「……ま、まさかアビリティ? 魔物強化のアビリティを? いや、だがお前は――」
「ふん、腐っても長か。そこまでは気がついたようだな。そしてご察しの通り、ちょっと前までの僕はそんな力を持っていなかった。だが、今の僕は別だ! そして、まだまだ僕には力がある。さあ、本気を出すぞ、ゴブリンを馬鹿にしたこいつらに、その真の力を見せつけてやれ!」
インキが命じるように叫びあげた直後だった。ゴブリンの身に、異変が生じる。
それに、その場に集まる全員が息を呑んだ。
「な、なんだよそれ――」
ゴブリンの身体が、膨張する。筋肉が膨れ上がり、その身が伸長し、そして、様相が一変した。
その瞬間、誰かの、耳を劈くような叫びがこだまする。
「グレイトゴブリンだーーーー!」
「ば、馬鹿な! なんで変異種が!?」
「え? ど、どういうことなの? だってあれ、さっきまでゴブリンだったんじゃ……」
先程までゴブリンが乗っていた舞台は、グレイトゴブリンの重みで崩れさり、土煙があたりに広がった。
そして村人たちのパニックの声。
その様子に、インキは愉悦の声を上げた。
「さて、ゴータ、試合の続きと行こうか。僕のゴブリン改め、グレイトゴブリンがその魔物の相手をしよう」
「そ、そんな、馬鹿な、こんな、だって、変異種だぞ? それを、それを――」
「こないならこっちから行くぞ? やれグレイトゴブリン」
「グウォウ――」
そしてグレイトゴブリンは、大股で数歩歩いただけでフォックスザンギエフの目の前まで達し、そして軽く右腕を振るった。
その後には、キツネの頭から下、腰回り辺りまでが吹き飛び、傾倒した魔物を掴み口に放り込んでボリボリと咀嚼した。
「ひっ、ひっ、ひっ――」
しゃくりあげるような声に気づき、ゴータをみやると、地面に腰を落とし、その股の間がビチョビチョに濡れていた。
「なんだ、さっきまで偉そうに言っていたわりに情けないな。あ、ところでさ、これ僕の勝ちだよな? 負けたらどうするんだっけ?」
「ひっ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 俺が、馬鹿にして悪かった! だから、だから――」
ギロリとグレイトゴブリンに睨まれた事で、ゴータの震えは更に激しくなり、頭を地面に擦り付けて詫びを始めた。
それに、後ろで見ていた母親も、ゴータ! と悲鳴に近い声を上げるが。
「うん、でもさ。お前なんかが頭下げてるの見たって仕方ないし。だからさ――食べちゃえ」
え? とゴータが頭を上げたその時、グレイトゴブリンの腕が伸び、彼の首を掴んで口の中に放り込む。
――ボリ、ボリ、ボリ、グチャ、クチャ……。
「ゴータ? い、いやああぁああぁああぁああぁああぁ!」
今度は母親の絶叫が広がった。
インキにはそれがとても心地よかった。
「おい、可哀想だから頭だけ残してやれ」
グレイトゴブリンが、プッ、と果実の種でも飛ばすかのように、ゴータだったソレの頭を口から飛ばした。
唾液と血で真っ赤に染まった生首は、ゴロゴロと転がり母親の目の前で動きを止めた。
すると、母親がボロボロと泣きじゃくりながら、ゴータの名を呼び慟哭する。
「まさかここまでするとはな」
「流石にもういいわけは聞かないぞインキ!」
「……父としてこの不始末は私がつける!」
すると即座に魔物を引き連れた大人たちが、インキとグレイトゴブリンを取り囲んだ。
それぞれ、デュアルウルフにガンバルコング、キングトードに、そしてインキの父親に関してはオーガを下僕として本気でインキの命を狙うつもりらしい。
「……あのさ? 本気でそんなので変異種のグレイトゴブリンに勝てると思ってるの?」
「……馬鹿にしおって。お前はやりすぎた。いくら息子でも捨ててはおけぬ。どうやら少しは魔物の扱いに長けるようになったようだが、いくら変異種でもここにいる魔物を全て相手にしては、無事では済まい。それに、お前を先に殺してしまえば問題のない話だ」
父親の容赦のない死刑宣告に、自虐的な笑みをこぼすインキ。
だが、その表情に焦りはない。
「ふ~ん、で? その魔物を使って僕とグレイトゴブリンを倒してやろうと、なんなら僕を先に殺してしまおうとそういう事なんだ」
「……今お前の親父がそういっただろ。聞いてなかったのか?」
怪訝そうに尋ねる村人に、ふふっ、と不敵な笑みで返し。
「そんな上手く行けばいいな」
人を喰ったようなそんないいぶりに、その場の魔物使い全員が怒りを滲ませ、そして――
「やれ! あの馬鹿息子を――殺せ!」
下僕であるオーガに元父親が始末を命じた。
それを皮切りに、他の魔物使いも次々に下僕へ命じ始めるが――
「……馬鹿な? どうした! なぜ、動かない!」
インキの父親だった男がオーガにキツく告げる。
いや、彼だけではない、その場の魔物使いが全て自分の下僕たる魔物に声を荒げていた。
だが、魔物は一切動こうとせず――
「おいお前たち。古い主を、殺せ」
インキがそう命じた瞬間――魔物達は元の主に向かって爪を立て、牙を剥いた。
完全に油断していた魔物使い達は、為す術もなく、その凶行の餌食となった。
「ば、馬鹿な――まさか、おま、え、俺達の魔物を? だが、ティムも無しに、そんな――」
そこまで言い残し、インキの父親はオーガに心臓を抉られ絶命した。
「ふん、僕ぐらいになればティムなんてわざわざ使わなくても、周囲の魔物を使役するぐらい容易いんだよ。それが例え既にティムしてる相手でもね。て、もう聞いてないか」
事切れた父親と、男たちの姿を眺めながら、愉快そうにインキが口にし。
「……お前、この村をどうする気なのだ?」
すると、村長が一人前に出て、インキを睨みつけながら問いかけてくるが。
「うん? あぁそうだね。とりあえず、僕を馬鹿にしたお前たちには、しっかり後悔してもらわないとね」
そこまで語ると、村の入口から、グギェ! グギャ! と醜悪な声が聞こえ始め。
「おっとちゃんと紹介しないとね。彼らは森で見つけて下僕化しておいたゴブリンさ。うん、大体三〇体ぐらいいるかな。ん、だからね、これから、楽しい楽しい宴の――始まりだ!」
「いやぁああぁあああぁあ、やめて、やめてぇえぇええぇえ!」
女の悲鳴がインキの耳朶を打った。
彼の視線の先では、息子のゴータに見守られながら母親がゴブリンの相手をさせられていた。
あれだけ強気だった男勝りな母親が涙と鼻水で顔をグシャグシャにし今はもう見る影もない。
「おいおい、もっと嬉しそうにしろよ。わざわざ息子をよく見えるうちに置いてやってるんだからさ」
インキはそう言うと、改めて村を見回す。
男は残らず皆殺しにした。だがゴブリンの繁殖に使える女は残してある。
別にこんな事をしなくても魔素のあるところでもゴブリンは生まれやすいが、それでも人間の女を使ったほうが早く済む。
村長だったソレの残滓を踏みつけながら、今度は自らを産んだ母親に目を向けた。
「イ、インキ、自分で何しているのか判っているの? それに私は、私は貴方の母親なのよ――」
「うん、判ってるよ。でもさ、このゴブリンは僕の下僕、言い方を変えれば僕の分身みたいなものだろ? だったら――その体で分身を愛してやってくれよ」
「ひ、こ、こないで、お願い! 許して! 私は貴方の親なのに! それなのに、こんな!」
インキは、関係ないね、と踵を返し、悲鳴を耳にしながら足を進めた。
自分を見捨てた者を許すはずがなかった。
そして――幼馴染の前で脚を止めた。
「ヒック、ヒック、どうして、どうしてこんな――インキ、もうこんな事やめてよぉ」
目の前で父を惨殺され、母親をゴブリンに連れて行かれたかつての初恋の相手は、泣きじゃくりながらインキにそう懇願した。
「嫌だなぁ、そう泣くなよ。第一まだこいつらお前には手を出してないだろ? 一応は僕のヒロイン候補だったわけだしな。だからさ、主役の僕は優しい男だから」
そこまでインキが言うと、え? と彼女が目を見張り。
「だから、ゴブリンの苗床になる前に、せめてこの間の続きに、僕が君の初めての男になってやるよ」
「い、いやぁああぁあぁああぁああぁあ!」
予想以上に長く!
次でナガレも絡んでいくと思いますが……




