第一〇三話 正直な筋肉
「……ナガレ、やっぱり、アレは――」
ゲイから振り下ろされた鉄槌を受け止め、ビッチェを守ったその背中。
それを見つめながら、安堵し、そして先ほどの予感が的中していた事を確信する。
「――ハッ!」
直後、気合一閃――するとゲイの身が強制的に後退った。
地面を滑るように、粉塵を上げながら、手も触れずに十数メートルは距離が空く。
尤も、これとてナガレからすれば大した事ではないのだろうが。
「……ナガレ、あのゲイという冒険者――」
「判ります。ゲイとは知らない仲ではないですからね。Bランク試験の時もお世話になりました」
その言葉で、ビッチェは彼が試験官を務めていたのだろうなと何となく察する。
そんな事を考えながら、残った力を振り絞って上半身を起こすビッチェであったが。
――バサリ、とその細く靭やかな身が、布地によって包まれた。
「流石にそのままでは私も落ち着きませんからね。目の保養には良いかもしれませんが」
ニコリと柔和な笑みを浮かべながら、上半身の顕になったナガレが、ビッチェを包んだ布の端を重ね、肢体を隠してくれた。
冗談交じりの口調だが、それは全くやらしさなど感じされない爽やかなものだ。
そしてビッチェは、自分を包んでいるそれがナガレの着ていたものだと知る。
彼は器用に上の部分だけを脱衣し、ビッチェに掛けてくれたのだ。
それに――思わずビッチェは隠れているはずの胸元を両腕で覆い、伏し目がちにそして顔を真赤にさせた。
おそらくビッチェ自身も不思議に思った事だろう。
今までの自分がしてきた格好を考えれば、別に見られるぐらいで恥ずかしがるような事でもない。
裸を見られても減るものじゃないというのが彼女の考えだ。
その辺りかなりドライな思考であったのだが――今はまるで、初な生娘の如き様相で体中の温度も上がっている。
「さて、ビッチェ」
「ひゃ、ひゃい!」
思わず上擦った声が飛び出す。それにまた顔を真っ赤にさせるビッチェだが。
「……私にはまだやる事があります。ですから、少々ここでお待ち下さい」
すくっと立ち上がり、真剣な表情でビッチェに告げた後、ナガレは流れるような所作で振り返り、殺気あふれる双眸を向け近づいてくるゲイを見やった。
「……ふ~ん、どうやらお前が僕の下僕に随分と酷いことをしてくれたみたいだね。全くあれだけ集めるのも育てるのも結構大変だったというのに、腹のたつ男だよ」
「……なるほど。その為にエルフの森を利用していたというわけですね」
「へぇ~あそこに気がついたんだ。一応隠しておいたんだけどな。まあもう戻る気もなかったし別にいいけど」
人を喰うような随分と舐めた態度で接してくるインキ。
しかしナガレはこの男からすぐ関心をなくし、ゲイへと目を向け直した。
「なんだその男が気になるのか? そういえばさっきの話しぶりだと、お前はそいつと知り合いなんだったな? ははっ、だけどなぁ、もしその男が自分に気がついてくれるかもと思ってるなら無駄だぞ! そいつは僕の魔物に寄生されてるからな。死ぬまで絶対に剥がれない!」
「ベラベラと煩わしいですね。今はゲイに集中しているのです。外野は黙っていて下さい」
「…………」
インキが口を閉ざし、明らかな不機嫌さを全身に滲ませる。
「主役の僕に向かって生意気なガキだ。おかしな格好までして、とんだ目立ちたがりやだな。だがな! そういう奴はすぐに死ぬって決まってるんだよ! やれゲイ! そいつをぶっ殺せ!」
インキの命令に従い、ゲイの巨躯がナガレの身に迫る。
そしてナガレ式バトルハンマーを振るい、強烈な一撃を叩き込む、が、クルリとナガレは反転し、その攻撃をあっさりと受け流した。
だが、ゲイの猛攻は続く。二撃目はハンマーに気を込めたスキル、破砕撃。
岩山をも破壊する強力な一撃。
しかしそれをもするりと受け流し全くダメージを受ける様子がない。
「くっ! 何やってんだこの馬鹿!」
「……」
そこから更に遠心力を活かし、回転しながらの打撃、旋風砕が放たれ、その頭がナガレの顔目掛け跳ねるが、今度はその勢いを利用し後方へと飛び退いた。
「ふん、避けるのは上手いようだね。だけど避けてばかりじゃ――」
「素晴らしいですね」
すると、インキなど無視するようにナガレはゲイに語りかける。
「以前戦った時よりも動きが格段に良くなっています。元の身体の柔らかさをしっかりと活かし、それでいて技のキレも段違いです。それだけ努力されたという事ですね。感服致しました」
その発言に、は? とインキが怪訝な声を発した。
「全く何も判っていないんだなお前は。さっきも言っただろ? その男は僕の使役してる魔物に寄生されてるんだ。その力で潜在能力が引き出され、遥かにパワーアップしてるんだよ。その男の努力じゃない。この僕の!」
「黙りなさい。私が話しているのはそんなまやかし物の話ではない。彼の真の力の事です」
ナガレを何も判っていない愚か者と嘲るように、得々と語り始めるインキであったが、それもナガレの重ねた言葉で一蹴された。
「……この! やられるしか脳のない雑魚の癖に! おいゲイ! いい加減にしろ、さっさと本気を出して殺ってしまえ!」
「うおおぉおぉおぉおおぉおお!」
天を貫く咆哮。ゲイの身が熱を帯び、シュウシュウと湯気を立てるその肌色はまるで赤熱のごとく。
怒髪天――怒りを解放し己の全能力を劇的に上昇させるスキル。
それにより、ステータスの数値も数倍にまで向上する。
「――その怒りは、自分に向けたものですね」
するとナガレは、悟ったようにゲイへ向け告げた。
ふぅ、ふぅ、と呼吸が荒くなっていくゲイに、自分の意志は感じられない。
そう、確かにインキの言うように、今の彼は魔物に寄生されたただの操り人形だ。
だが――
「貴方の悔しさ、しっかりと感じますよ。ですが、それでも私は、貴方を認めます。何故なら、ゲイ・マキシアム、貴方の努力は決して嘘をつかない。その溢れる闘気も、鍛えぬかれた肉体も、血の滲むような鍛錬の証。例え精神を支配されても、肉体を乗っ取られていても、偽物には決して体現できないものがある。貴方が愛したその肉体は、筋肉は、決して嘘をつかないのです」
「くっ! 何をしているゲイ! さっさとそいつを殺せ!」
「ぐ、あ、あ"」
ゲイの動きは止まっていた。まるでナガレの言葉が届いたかのように。
だが――
「ふざけるな! お前は僕の下僕だ! 逆らうなんて許されてないんだよ! この屑が何度も言わせるな! さっさとそいつを、ぶっ殺せ!」
「――ぐ、ぐううぅうぉおおぉおおおぉお!」
ゲイの逞しい脚が大地を蹴る。そして、猛スピートでナガレに迫った。
「――ですがやはり残念ですよゲイ。折角の再戦が、このような形になってしまうなど……出来れば……」
もっと違う形で語り合いたかった――そうナガレが口にしたのと、肉薄しかけたゲイの動きが再び止まったのは、ほぼ同時であった。
「……ゲイ、これは、一体?」
そして少し離れた位置から、一部始終を見ていたビッチェも疑問の声を発す。
すると――ゲイがゆっくりと口を開き。
「オ、ネ、ガ、イ……コ、ロシ、デ、アダ、シ、ヲ、ナガ、レノ、テデ、セメ、テ、センシ、ト、シテ――」
ゲイの双眸から、大量の涙が滝のように溢れ出る。
魔物に身体を乗っ取られながらも、ゲイはナガレの前では、自分に嘘はつけなかった。
それが、一時的に、辿々しくありながらも、彼に意識を取り戻させたのだろう。
すると、スッとナガレは瞑目し。
「……見事ですゲイ。貴方は見事、己の中に巣食った邪悪に打ち勝つことが出来た。ならば、私もそれに応えなければいけませんね」
ゲイの変化に、明らかな動揺を見せるインキ。そして目を見張り、ふたりを見据えるビッチェ。
するとナガレは、一歩前に踏み込み、そっとゲイの胸に両手を添えた。
「これで終わらせましょうゲイ。神薙流秘伝・逆転流罰!」
その瞬間、眩い光がナガレの両手から発せられ、合気によって、魔物に寄生されたゲイと正常なゲイの状態が逆転され、その結果――背中に侵食していたバックニートが見事に体外に弾き出され、粉々に砕け散った……。
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