第九十八話 信頼
「フレム、私は認めるべきところは認めますよ。確かに彼らはAランクというだけはあります」
「俺は別にテメェみたいな餓鬼に褒められても嬉しくないがな」
ナガレの発言にショックを受けているフレムを他所に、感嘆の言葉を続けるが、しかしバットウは眉を顰め言葉を返す。
それにフレムが明らかな不機嫌顔を見せるが。
「そうですか。ただ、この話には続きがあるのですよ」
「続きだぁ?」
「えぇ。此処から先の事ですが、もし鋼の狼牙団だけで挑んだとしたなら、この場は乗り切ることが出来てもその後は厳しい戦いになるのは間違いないでしょう」
ナガレの口から続けられたその言葉に、バットウは顳かみを脈打たせ返する。
「……やっぱりテメェは喧嘩を売ってるんだな」
「私は事実を言っているまでです。そもそもここの魔物とて、確かに皆さんだけでも一掃することは出来たでしょうが、全員が参加した今の戦いほどスムーズには行かなかったでしょう。そうなれば体力だって削られる。その状況でこの先に進んでも、更に強力な魔物を相手にするのは厳しいでしょうからね」
「まるでいかにもこの先に強力な魔物がいるような言い方だな。だが、お前の言っている事は戯れ言に過ぎねぇよ。俺達がこの程度の魔物相手にして疲れるわけが――」
「いいえ、ほぼ間違いなく体力は消費します。そもそも皆さんは確かに個々の能力は優れていますが、先程も言った通りヘルーパさん以外は戦いの時に周りが見えていない。自分の強さにお互いが自信を持ちすぎているのですよ」
「…………」
バットウはナガレを睨めつけながら、無言で威圧を込め始める。
すると、バットウの後方で話を聞いていたクリスティーナが口を挟んだ。
「さっきから聞いていれば、貴方本当に小さいくせに生意気ね! 第一この男ふたりはともかく、この未来の雷帝クリスティーナの魔法は完璧よ!」
己の胸元に片手を添え、ふふんっ、と細めた瞳で言い放つ。
話しぶりを見るに、バットウやゴーリキを擁護するつもりはないようだ。
「……確かに魔法の威力はかなりのものですが、貴方は貴方で自分に酔い過ぎなところがあります。故に、自分の魔法を誇示するような戦いかたになってしまっているのですよ」
「な!?」
ナガレの発言に、強気なお嬢様の顔が歪む。
「そして、ゴーリキさんに関しては本来盾役の筈なのに、前に出過ぎてます。一応声掛けはしていましたが、盾役が前に出過ぎるばかりに、先ほどの戦いにおいても、仲間への魔物の接近をあっさり許してしまった」
「む――」
ゴーリキに関しては思い当たる節があるのか、口を噤み、それ以上は何も言えなくなっている。
「そして貴方に関しては――自分以外を道具としか見ていない。ヘルーパさんに対する態度もその表れでしょう」
ナガレが彼をみやりながらそこまで話すと、ペッ、と地面に唾を吐き捨て、バットウが怒りを露わに睨みつけてきた。
「ベラベラと御託ばかり並べやがって。俺はテメェみたいのが一番嫌いなんだよ」
「そうですか。ですが私を嫌うのは別に構いませんが、自分たちが完璧ではないということをしっかり念頭に置いておいて欲しいものです。特にこれから先でヘルーパさんの魔法は重要でしょうし、全員の協力は不可欠ですからね」
「――本当に腹が立つぜテメェは。大体、偉そうに言ってやがるがテメェはどうなんだ?」
「あん? 先生が何だって言うんだ、何か文句あるのかよ?」
この発言には、フレムが噛みつくように言葉を返す。
するとバットウは、フレムとナガレを交互にみやり、更に続けた。
「大ありだ。大体テメェはさっきの戦いでも全く動いてねぇだろうが。この中で一番働いてねぇ野郎が偉そうにしやがって。他の連中も使えねぇようなのばかりだが、テメェはその中でも最悪だ」
そして、改めてナガレに視線を向け、その行為を非難した。
だが、そこへニューハが口を挟みナガレを擁護する。
「それはいいすぎですね。そもそもナガレ様が働いてないなどと誤解もいいところです。私達がどのように動けば被害が少なく魔物を相手できるか、そして仲間同士の組み合わせ、これらは陰ながら皆を尤も効果的な位置へ誘導してくれたナガレ様の手腕ゆえ」
「そうよ。ニューハの言うとおり、ローザと……一応ダンショクの回復がスムーズに進んだのもナガレのおかげよ」
ピーチもナガレを責めるバットウに反論するように、ニューハに追随する。
するとバットウは皆を眺め回し、そして顎を擦ると。
「ふ~ん、なるほどな読めたぜ。つまりテメェは今までもそうやって手八丁口八丁で自分の手を汚さず、本当は何もしていない、いや、そもそもロクに戦う力もないくせに言葉巧みに信用だけを手に入れていたってわけか。お前は俺が何も知らないとでも思っているのかもしれねぇが、レベル0の冒険者がいるって話は俺の耳にも入ってんだよ。それがナガレ、テメェだっていうのも判ってんだ。全く、しかしレベル0の癖にこんなところまでのこのこついてきてどんな裏があるかと思いきや、俺からすればテメェは冒険者じゃねぇ! ただの詐欺師だ! そんな奴に偉そうに言われる筋合いはねぇし、こんなところにいられても迷惑なんだよ! まともに仕事する気がないならこの場から消え失せろ!」
「テメェ言わせておけば!」
いよいよ怒りが頂点に達したのか、フレムが拳を握りしめ殴りかかろうとする。
だが、声を張り上げナガレがそれを静止した。
「やめなさいフレム! それに、確かに既に私はこの場には不必要かもしれません」
そして――一緒に言い添えられたナガレの発言に、拳を振り上げたままフレムの身が固まる。
その直後、首を回し、狼狽した声でナガレに問いかける。
「……え? な、何言ってるんですか先生?」
「そうよナガレ! そんな、必要がないだなんて――」
「ですので、私はこの場から離れます」
ナガレはふたりの疑問を耳にしつつも、はっきりとバットウに言い放つ。
これにはバットウも、ゴーリキも、クリスティーナやヘルーパさえも目を丸くさせる。
周囲の冒険者の中で、密かに話に耳を傾けていたものもかなり驚いているようだ。
勿論、フレムやピーチ、カイルとローザに関しては、それが如実に表れていた。
一様に呆け、もしかしたら聞き間違いなのかもしれないと耳を疑っている様子も感じられる。
しかし、ナガレが後を任せましたよ、と述べ、踵を返したところでそれが本気だと察し、声を上げ駆け寄っていった。
「ちょ、ちょっと待ってよナガレ! 何それ? なんで突然――」
「そうですよ先生! あ、あいつらの言った事を気にしてるのですか? だったら冗談じゃない! 俺が腕ずくでも黙らせてやる!」
「いや、フレムっち、それは逆にややこしくなるんじゃ……」
「で、でも私も納得出来ません! ナガレ様どうして?」
捲し立てるように言葉をぶつけてくる四人に、ナガレは、落ち着いて下さい、と冷静な口調で告げ。
「別に私は、今の事を気にしているわけではありません。ですが少々事情が変わりました。私は今すぐハンマの街に戻る必要があります」
え? と全員が怪訝な表情を見せる。
するとニューハが一歩前に出て。
「……ナガレ様、もしかしてハンマで何か良くないことが起きているのですか?」
どこか察したような顔で、そう問いかけてきた。
「――ニューハは鋭いですね。そうです、確かにハンマの街で良くないことが起きているのは事実です。私としては、このまま放っておくわけにはいきません」
「そ、そうなんですか先生! それだったら、そう言ってくだされば! ならば勿論この俺もご一緒しますよ!」
「ナガレ! 勿論私も同じ気持ちよ! そんな事になっているなら私だって――」
「それは駄目です。ここは私ひとりで行きます。皆さんはここに残って下さい」
え? とフレムとピーチが怪訝な表情を見せる。
それから一拍おいて、ピーチが眉を落とし俯き、沈んだ表情で口にした。
「……もしかしてナガレ、私達が邪魔? 足手まといだから――それでひとりで?」
「え? そ、そうなんですか先生?」
不安そうな表情を見せるピーチとフレム。
もしかしてこれで捨てられるのでは? とでも思っていそうな悲しい顔を見せているが。
「――エイッ!」
「痛っ! え?」
「せ、先生?」
ナガレがふたりの頭にそれぞれ手刀を振り下ろす。
すると、ピーチとフレムが頭を押さえながら、呆けた表情でナガレをみた。
「……全く。ここまで一緒にいたというのに、そういう風にしか思われていないとは、少し悲しいですよ」
「え? え?」
「せ、先生! 俺達何か失言を?」
そして続けられたナガレの発言、そしてどことなく残念そうな顔に、再びふたりが狼狽えだすが。
「――ふふっ、我ながら今のは少し意地悪でしたかね。ですが、私がふたりを邪魔だなんて思うわけがないじゃないですか?」
「え、でも――」
「それなら……」
一体どうしてついていっては駄目なのか? そんな疑問を含んだ視線をふたりはナガレに送る。
するとナガレは安心感のある笑みを覗かせ。
「逆ですよ。私はふたりも、それにカイルやローザ、聖なる男姫の皆さんだって、信頼しているからこそ、ハンマの街へ向かうことが出来るのです」
「し、信頼、私達を?」
「そうですピーチ。それにフレムも、特にふたりはかなりの実力を身につけました。あの森の洞窟から、そしてこの鉱山での戦い。ピーチは魔力操作が更に精錬され、フレムも少ないヒントを頼りに目を見切る力を身につけました。素晴らしいです。だからこそ、ここに残って欲しいのです。何故なら皆さんはこの場に必要だから。この奥に潜む強敵を相手するには、ピーチとフレムは勿論、カイル、ローザ、そして聖なる男姫の皆さんや他の冒険者達も、全員で協力して乗り切る必要があるでしょう」
ナガレがそこまで言うと、ピーチとフレムの表情が変わり。
「……ナガレ――」
「せ、先生そこまで……」
ピーチは決意を決めたような顔で、フレムに関してはよほど嬉しかったのか瞳を潤わせ、ナガレを見つめた。
「ふたりとも自信を持って下さい。ふたりのやってきたことは決して無駄ではない、ここの魔物と戦える力は既に身についてます。だから、私はここを任せてハンマの事態に集中できるのですから」
「――うん、判ったナガレ! そこまで言ってくれるなら、その期待には応えないとね!」
「おおぉおおお! 俺は今猛烈に感動している! 先生が、先生が俺を認めてくれるなんて! 任せて下さい先生! ここは必ず俺の手でなんとかしてみせます!」
そして興奮した様子でピーチとフレムがそう言った。
ナガレが街に戻る事も自分たちが残る必要が有ることも、しっかり納得した様子。
「……何か期待を持たれすぎると強縮しちゃいそうだけど、でも、フレムっちがそう言うならおいらも頑張らないとね」
「私は回復と守りでしか力にはなれませんが、でも、自分の出来ることで、ナガレ様の期待に応えられるよう頑張ります!」
そしてカイルとローザも決心を露わにしナガレに誓い。
「ふふっ、ナガレ安心してね。フレムの事はこのカマオがしっかりサポートしてあげるから」
「え? いや別にそれは――」
「ナガレが行ってしまうのは寂しいけど、そういう事情なら仕方ないか」
「回復ならローザちゃんと私に任せてねん。特に男の怪我は私が絶対見逃さないから」
聖なる男姫の面々がとても心強いセリフを述べてくれ、それを心強く感じるナガレである。
「ナガレ様。私達聖なる男姫が皆さんを全力でサポート致します。そこで……このようなことをお願いするのは図々しかと思われるかもしれないのですが――」
すると、ニューハもやはり皆に協力する旨を表明してくれたが、同時にどこか不安そうな表情も見せる。
その顔は、本当は男性であるにも関わらず妙に悩ましげであったりもするが。
「いえ、私に出来る事なら」
ナガレはニューハの気持ちを察し、彼女に応じた。
するとニューハは丁重に頭を下げ。
「ありがとうございます。実は、ハンマの街に私の親友がおりまして、結構無茶をしてしまう方なので街が大変な事になっているなら心配で。名前はエルガと言うのですが、それで――」
そこまで言って、目で何かを訴える。
どうやらもし危険な目にあっているようなら、助けて上げて欲しいと、そういう事なようだが。
「なるほど、判りました。私も絶対とは言えませんが、心に止めて置きます」
それに勿論ナガレは快諾した。
すると、ニューハは改めて、ありがとうございます、と深々と頭を下げた。
本当に彼は見た目には女性そのものである。
そしてナガレはエルガの特徴を聞き、そして――
「それでは皆さん。この場はお任せ致します――」
そう言い残し、かと思えばゆったりな動きを見せ、直後、皆の視界から消え失せたのだった――




