第九十三話 ハンマの街防衛戦~メルルとエルミール~
「……サンダーストリーム」
複合術式である雷。その第五門にあたる高位魔法をメルルが行使した。
瞬間幾筋もの稲妻がメルルの杖に結集し、極太の紫電が荒々しい激流の如く様相で放たれ、建物に攻撃を加え続けていた黒装束達を飲み込んでいった。
紫電が消え去った後には電撃を迸らせる黒装束のみが残った。
「おおぉおぉお! 凄い!」
「うむ、まさかここまで強力な魔法が使えるとはな」
「凄いっす! 俺もう俄然ファンになりそうです!」
「スカートの中が見たかった!」
すると、周囲に集まってきていた衛兵達から賞賛の声が上がる。
彼らは突然の黒装束の破壊活動に対処が間に合わず、四苦八苦していたのだが、そこにメルルが現れ難を逃れる事ができた。
連中の放った爆発するボルトは、そこら中にばら撒くかのごとく、辺りの建物目掛け乱射されていたが、メルルの駆けつけるタイミングが良かったおかげか、壁などに破損は見られるが人的被害は出ていない。
被害にあった建物なども十分修復可能な程度で済んでいる。
「よし! とりあえずこの周辺の怪しい連中はメルルの手で片がついた! だがまだまだ黒装束の連中は破壊活動を続けている! とにかく手分けして制圧するんだ!」
恐らく衛兵の中では立場が上にあたる男が、決意の言葉を述べると、周囲の衛兵から意気込んだ声が広がった。
突然の黒装束達の蛮行に、一時は混迷を来すところであったが、瞬時にして相手を一掃したメルルの魔法は、彼らの士気を高揚させるに十分な効果があったようだ。
その様子にとりあえずはこの周辺は大丈夫だろうと判断し、メルルは風術式のフライトを使用し風に乗り空を舞った。
その様子に気がついた衛兵の一人が見上げると、メルルのスカートの裾が飄揺し、彼の目が点になる。
「……黒だ」
「はっ? え? お前何いってんのこんな時に?」
「うるせぇ! 黒だったんだよ畜生! はいてたんだよ畜生!」
そんな彼の様子に仲間が眉を顰めたが、何故か彼は酷く悔しがって涙まで流し出した。
「……わかるぞその気持ち。でもあれから一度彼女は家に戻ったみたいだしな。流石に今度はしっかりはいてきたんだろう」
「いや、だから! なんの話だよ!」
そんな会話が衛兵たちの間でなされてるなどつゆ知らず、メルルはある程度の高度を維持した状態で概観し、そして黒装束が集まっている場所を見つけるとそこへ降り立ち、今度は炎の魔法で連中を消し炭にしてしまった。
そんな彼女はすっかり住人からも英雄扱いで、感謝の声も周囲から上がるが、メルルの戦いぶりを見ている者の中には、どこか近寄りがたい空気を感じ取ったものもいたようだ。
そして、黒装束の集団はメルルの八面六臂の働きで次々と駆逐されていくわけだが――実はこれはメルルからすればちょっとした八つ当たりに近い状態でもある。
何せ西門に於いて、魔法による援護を行ったメルルであったが、その際、多くの冒険者に恥部を晒す事になってしまった。
勿論これはメルルのうっかりな性格が呼んだ悲劇でもあるのだが――それによるやり場のない怒り、その矛先が黒装束に向いているというわけである。
「……黒装束、倒す」
こうしてメルルの活躍によって更に黒装束達は駆逐されていくのであった。
◇◆◇
「傷薬やポーションを必要な方はいらっしゃいますか~?」
エルミールが腕に籠を下げながら誰にともなく呼びかけながら脚を進めていた。
黒装束達が街なかに現れ、最初こそパニックに陥りかけたハンマの住人達であったが、バーダンやビル、メルルなどの活躍に触発され、腕に覚えのある男達は武器を手に取り抵抗を試みている。
その結果少なくとも街なかでの事態は次第に沈静化してきているのだが、やはり中には無茶をして怪我を負うものもいる。
そういった人々の助けになればと、エルミールは薬を手に声を掛けて回っている形だ。
勿論、彼女はこの薬の代金に関しては請求するつもりなどない。
「おお! エルミールちゃんじゃないか」
すると、腰にショートソードを携えた男性が姿を見せ、彼女に声を掛けた。
彼は普段は肉屋を営んでいて、切り傷に備える為の薬を定期的にエルミールの店で購入してくれる常連客でもあった。
「あ! ミートさん。ご無事で――て、お怪我が!?」
エルミールが慌てた声を発しながらミートと呼んだ彼の腕を見やる。
黒装束の者達との小競り合いで傷を受けたのだろう。
服の肩口あたりが破れそこを中心に血が滲んでしまっていた。
衛兵とは違い、冒険者でもない街の住人は護身用程度の武器はともかく、防具まできちんと揃えている事は少ない。
ミートも生成りの服に簡素なベストといった出で立ちで、クロスボウのボルトや刃物からしっかり身を守れるような代物ではないことは確かだ。
「あぁ、いやいや心配いらないよ。この程度、唾でもつけときゃ治る」
ただ、エルミールに余計な心配を掛けさせまいとでも思ったのか、ミートは笑顔でなんてことないように言った。
見たところボルトによる怪我というわけでもなく、服の破れ具合をみてもナイフなどによる金瘡の可能性が高そうだ。
重傷といえるような傷では確かになさそうだが、かといって放っておいてよいものとも思えなかったのだろう。
エルミールは彼に駆け寄ると、籠から綺麗な水の入った水筒を取り出し、先ず傷を水で洗い、それから化膿防止の効能があるジェル状の塗り薬を傷口に塗布し包帯を巻いた。
傷を治すという事は、この世界に於いてはHPを回復する事にも繋がる。
その為、回復方法としてはポーションを使用するという手もある。
だが、ポーションは全体的なダメージを回復させるものであり、癒やしたい箇所を指定できるわけではない。
また、ポーションは連続使用しても効果は重複されない。
一度使用した後は暫く間を置かなければ意味が無いのだ。
これを無視するとポーション酔いという副作用が生じてしまう場合もある。
その為、エルミールはあまりポーションに頼ることはしない。
傷薬などで治るものならそれで対応するのである。
「これでとりあえずは大丈夫だと思います。でも、あまり無茶はしないでくださいね」
エルミールからの手当を受け、ミートもどこか照れくさそうに頭を掻きながらお礼を述べた。
「でも、命に関わる怪我じゃなくて良かったです」
「あぁ、実は鍛冶屋のスチールも協力してくれていてな。流石ドワーフだけに腕っ節が強いし、それに黒装束が現れ始めた頃にタイミングよくスチールが助けに入ってくれたりしたんだ。そのおかげであまり被害も出ていないんだよ」
ミートの話を聞き、エルミールは、スチールさんが――と呟く。
「でもエルミールちゃんこそあまり外を出歩いていたら危険だよ。まだ黒装束の連中が動きまわってるだろうし、危険だからね」
ミートに注意を促され、
「心配してくれてありがとうございます」
とお礼を述べ、そこで彼と別れた。
その後も、エルミールはやはり怪我をしてるものがいないか確認しながら声を掛けて回ることをやめなかった。
黒装束の集団について警告はされたが、やはり彼女も何かの役に立ちたかったのだろう。
だが、その結果ミートの心配が現実のものとなる。
エルミールが歩いていると、件の黒装束に見つかってしまったのだ。
彼女は戦う術をもっていない。精霊に関しても植物の精霊とならある提訴意思疎通が可能だが、近くに精霊の気配は感じられなかった。
その為、エルミールは弾けたように駆け出し、路地裏へ飛び込み必死に走った。
だが、路地に入ったのは良い選択とは言えなかった。
この状況で路地をウロウロしているような住人はいない。
寧ろ走ってる途中横から黒装束が飛び出し、エルミールの口と身体を押さえつけにきてしまった。
そこへ後から来た黒装束にも追いつかれ、両腕と脚を抱え上げられ完全に身動きが取れなくなってしまう。
「ん~! ん~! ん~~!」
必死に叫ぼうとするが、大きな手で口を塞がれ声が出ない。
力も強く腕も逞しい事から、確実に相手が男であるとエルミールは理解する。
しかも彼らはどこか息も荒く、酷く興奮してるようでもある。
エルミールは目に涙を溜めながらこれから自分がどうなるのか、と不安で胸が押しつぶされそうになった。
このままどこかに拐うつもりなのか――それとも乱暴でも働くつもりなのか、もしくは両方か、どちらにしてもこのまま無事で済むはずがない。
(誰か、誰か助けて――)
もごもご、と声にならない声を上げながら、心のなかで必死に助けを求める。
だが、今このような目立たない路地で、助けに来てくれるものなど――と、その時、脚を抱え上げていた黒装束の一人が派手に地面へその身を埋めた。
何事かと反対側の男が異常のあった方向に顔を向けるが、その瞬間には大槌のヘッドが救い上げるように放たれ、グシャッ! と骨の砕ける音を残し派手に宙に打ち上げられ、地面に落下した。
「……テメェら、俺の目の前でエルミールを怖い目にあわせるとはいい度胸してやがるな」
肩に大槌の柄を乗せ、睥睨するは鍛冶師のスチールであった。
そして、助けに入った彼の行為により、黒装束がふたり動けなくなり、エルミールの脚は自由になった。
それによって腰も落ち、エルミールの視線が彼の姿を捉えた。
恐らく彼女は今ほどスチールを頼もしいと思ったことはないだろう。
ただ、それでもまだふたりの黒装束によって腕の自由は奪われ口も塞がれている。
しかも黒装束の一人が懐からナイフを取り出し、エルミールの喉元に突き立てようとする。
だが、そのナイフを取り出そうとした瞬間の隙をスチールは見逃さなかった。
エルミールの首元にナイフが向けられる前に、スチールが飛び込み、空いてる方の逞しい腕でナイフを取り出した黒装束を殴り飛ばした。
更に片手で、フンッ! と槌を振り、残った一人もふっ飛ばした。
こうしてスチールの手によって、エルミールは危機を逃れる事ができたのだった――




