第八十六話 聖なる男姫
ニューハが男であった事に随分と驚いていた四人。
特に綺麗だと一瞬でも思ってしまった事がフレムにとってかなりショックだったようだ。
「し、仕方ないよフレムっち。おいらだって間違えたぐらいだし」
「……放っといてくれ」
そんな事もありながらも改めて、お互い自己紹介しあう。
聖なる男姫のメンバーの内、見た目が美女といった様相のニューハは、ピーチと同じ(?)魔術師で、ドレス系の黒ローブを身に纏い、大きな水晶が先端に乗った杖を手にしていた。
風と水の術式が得意でありこの複合術式である氷の魔法も多少は使いこなすという。
最初にフレムに声を掛けたカマオは、剣士であり、刃が鎌のように湾曲した剣を使いこなすようだ。
尤もそういった剣なので普通に鞘に収まるような代物ではなく、刃の部分にのみガードを付ける形で腰に吊るしている。そのガードがある限りは抜剣と見なされないようだ。
彼は素早さを活かした戦い方が得意なようで、その為防具は胸当て程度で留めている。
そして、終始フレムに向けて胸下からおヘソまでのラインを強調するようにして魅せていた。
カイルとローザに声を掛けていたダンショクはこのパーティーでの回復要員で、ローザと同じく教会には属さない聖魔術師として活躍してるようだ。
ただ属さないというよりは、いろいろあって追い出されたが正解らしいが。
ローザに興味を示していたのも同じ聖魔法の使い手という点からだろう。尤も別な興味はカイルの方に向いているようだが。
最後に今でもナガレに熱い視線を送ってきているモーホだが、このパーティーでは最も偵察能力に優れているようで、罠の感知や解除、更に敵の気配(特に雄であれば殊更)を察する能力に秀でているようだ。主に扱う武器は円状の投擲武器であるチャクラム。そして額に嵌め込まれた宝石はオーパーツとの事で、迷宮内でしか手に入らない貴重なアイテムらしい。魔力を込めると強力な熱光線を発す事が可能との事である。
以上が聖なる男姫のパーティー構成なのだが、見た目や性格を脇に置いておけば、中々バランスの取れたパーティーである。
ゲイがリーダーを務めるというだけあって、全員中々にレベルが高いのも特徴か。
「それにしても貴方様が噂のナガレ様でしたとは。リーダーからも良く話をお伺いしてました。とても魅力的な殿方で、ひと目見た瞬間から心臓を射抜かれる程の衝撃であったとお聞きしておりましたが、なるほど確かにこれであれば納得です」
妖艶な笑みを浮かべながらナガレへの印象を告げてくるニューハ。一つ一つの所作が艶やかで男心を擽るものを持っているが、性別が男であることを忘れてはいけない。
「――どうかしましたかピーチ?」
するとナガレの横に立ったピーチがその腕を取り、む~む~、とニューハを威嚇するように見上げていた。
ナガレがおかしな世界に誘われないよう彼女も必死なのである。
「ナ、ナガレは女好きなんだからね!」
「……あの、ピーチ、妙な誤解を招く言い方はやめてください」
思わず眉を顰めるナガレである。
「そ、そうですよピーチ。女誑しはどちらかというとカイルの方ですし」
「酷いよローザ!」
カイルはとんだとばっちりである。
「うふっ、最初はみんなそうなのよ。でも安心してね。私が色々と新しい世界の扉を――」
「開かなくていいです! 開かなくていいです! 開かなくていいです!」
カイルは首と手を千切れそうなほど左右に振り否定する。
その表情はいつになく真剣なものだ。
「あら、そういえばゲイの姿が見えないわね。貴方達ゲイを除けば全員参加なのに、名簿にも記入がないし」
そんな中、ふとマリーンがそんな事を口にする。
今回は内容が内容だけにギルドに用意された参加名簿に名前を記入するだけで受注扱いとなる。
ナガレ達は既に記入済みだが、聖なる男姫に関してはゲイだけが未記入なようで、それに気がついたマリーンが声を掛けてきたわけだが。
「えぇ、実はリーダーが暫く戻ってきていなくて。何か個人的な用事があると言って出てから十日以上経っているのですが……」
顎に手を添えたニューハの瞳にはゲイを案じる様子が感じられた。
十日以上経っているということは、恐らく最後にナガレと話をしたあの日から戻っていないという事なのかもしれない。
「逆にマリーンは何も知らないのですか?」
ナガレは彼女にそっと近づき、囁くような声で尋ねる。
すると一瞬目を丸くさせたが、すぐに何の意味かを察したようだ。
「特級でということね……でも私達もそっちの詳しい任務までは知らされてないのよ。試験官をやってる関係である程度は教えてもらえるけど、だからって全ての特級冒険者の情報を知らされてるわけでもないし」
なるほど、とナガレは頷いた。マリーンが嘘を言っているわけでもなさそうだ。尤もここで嘘をつくぐらいなら最初からゲイの事を尋ねたりしないだろうが。
「まっ、リーダーならまたどこかでひょっこり戻ってくるわよきっと。ちょいちょい個人でも行動してるみたいだしね。今回だって途中参加してくるかも。あら、でもそうなるとフレムに手を出されないよう気をつけないとね」
「は!? ふ、ふざけるな! だ、大体俺の心はナガレ先生一筋! い、一生ついていくと決めたんだ!」
フレム、どうやら男に言い寄られるというこれまでにない窮地に立たされ、おかしな方向に思考が飛んでいってしまったようだ。
「フレムっち落ち着いて! 早く元の世界に戻ってきて!」
「あいつ……怪しいと思ってたけど本当に――」
「フレムが、ナガレ様と、禁断の――キャッ!」
「まさか俺のライバルがこんなところにいたなんてね!」
妙に混沌した様相を見せるこの場に、他の冒険者が誰も近づこうとせず、ナガレもただただ苦笑いである。
「おおナガレ! ここにいるってことはやっぱあのアロン鉱山の件、請けたのか?」
「……鉱山魔物、大変」
「み、皆様ご苦労さまです。あの、よろしければこちらの薬お使いください!」
すると、ギルドの扉を開け見覚えのある面々が入ってきた。
鍛冶師のスチール、薬師のエルミール、魔道具師のメルルである。
「あ! メルルにエルミール! なんか珍しい組み合わせね……スチールもなんか一緒だし」
「俺も一緒じゃ駄目なのかよ」
「でもメルルとエルミールって知り合いだっけ?」
「……無視かよ」
ジト目で突っ込むスチールだが、ピーチは構わずふたりと話を続けた。
「いえ、最初はスチールさんから話を聞いて大変だなと思って少しでも協力できればと思ってこちらに脚を進めたのですが……メルルさんとはその途中でお会いしたんです。スチールさんとも仕事の関係で知り合いだったみたいで、それにお聞きしたらピーチさんとナガレさんの事もよく知っているという事でしたので」
「そうだったんだ。でもメルルはなんでギルドに?」
「……ここにくればピーチと出会えると思った。鉱山の影響大きい。鉱山封鎖、材料の入手困難――」
「なるほど。そういえばピーチの新しい杖の材料には鉱山で採掘される魔鉱石も必要になるのでしたね」
ナガレの横からの発言でピーチも思い出したようだ。
「確かに杖の事お願いしていたわね。それにしてもメルル、スチールの事も知っていたんだ」
「……ピーチから依頼を請けてから相談に行った。頑強さと魔力融合、純度、色々繊細な作業が必要。ドワーフの知識も役立つ」
「あぁ。だから俺も色々知恵を出させて貰ったぜ。結論としてはマナカイトだけじゃなく他の金属も組み合わせた方がいいって話にはなってるんだが、しかしそれも含めてこの鉱山の騒ぎが解決してくれねぇとどうしようもねぇからな」
どうやらスチールも鉱山の事件の事を聞きつけ、気が気じゃなくなりギルドまで赴いたようだ。
「ふ~ん……でも話を聞いてるとギルドに来る前にエルミールの店に寄ってるようにも思えるんだけどどういう事かしらね」
「な!? ば、馬鹿! それはお前! そういうことなら薬を求める客が殺到するかもしれねぇし! 教えて上げたほうが、い、いいだろうが!」
ふ~ん、薬ねぇ、と疑惑の目を向けるピーチ。理由などほぼ間違いなく察してるだろうに中々意地悪な事を言う。
「ふむ、しかしあまり長い事鉱山が封鎖されていては、スチールの店も勿論街中の鍛冶店も大打撃を受ける事になるでしょう」
「あぁ全くもってそのとおりだ。ナガレ式の予約もまだまだ捌ききれてねぇ状況でこんな事が長引いたらな。だが、ナガレがこの件に臨んでくれるなら安心だ。頼んだぜ!」
そう言ってナガレの背中をバンバンと叩くスチールである。
「そ、そうね。メルルに折角頼んだ杖の件もあるし、出来るだけ早く解決しないと」
そして、むっ! と決意を新たにするピーチでもあった。
「あ、あの、さっき薬をくれるって聞いたけど本当にいいの?」
すると、冒険者の何人かがエルミールの下にやってきて薬を所望し始めた。
「あ! はい勿論です! 一本お受取り下さい。ただ、出来るだけ怪我にはお気をつけ下さいね」
エルミールは心がほっとするような笑顔を浮かべながらどんな冒険者にも分け隔てなく薬を渡していく。
その姿に心を奪われる冒険者も出てきていた。
「……ふん! これだけの薬をただで貰えるなんて羨ましい連中だぜ」
ただ、横でその様子を見ていたスチールが妙に不機嫌である。
そしてある程度薬も配り終わり、その後今後の事など少々話した後、三人と一旦の別れの挨拶を済ませ、彼らはギルドを去っていった。
「そういえばナガレ、最後三人と何を話していたの?」
するとピーチがナガレに疑問を投げかけてきた。
確かにナガレは去り際に個人的に彼らに話しておいた事があったわけだが。
「えぇ、新しい武器のアイディアとかそういったものですね」
「へぇ、流石ねナガレ。でもそれも鉱山の問題を解決してからじゃないとね」
「――えぇ確かにそうですね」
そんなやり取りをピーチと終えた後、カウンターから職員が声を上げ。
「さて、皆様馬車の準備は整いました。鉱山の町アロンに向かわれる方は急いでお乗りくださ~い」
職員の声がギルドに広がり、皆の顔が真剣なものへと切り替わった。
勿論ナガレ一行もそれは同じであり。この日、結局ハンマに滞在する冒険者の殆どがアロンの街に向けて出発したのだった――




