第八十四話 異変
「おい見ろよこの遺体! 随分といい装備が揃ってるじゃねぇか」
「あぁ全くだ。しかしどこの冒険者様か知らねぇが、この程度の森でくたばるなんて油断でもしていたのかね?」
「まぁいいじゃねぇか。おかげで俺たちはいい稼ぎになるんだからよ。 て、ん? なんだこいつマントの中にやたらナイフや投擲武器が大量に――」
その時、男達のすぐ横を刃が駆け抜け、一筋の切れ目を地面に刻んだ。
思わず、ヒッ! と声を漏らす連中の耳に、敢えて判るように奏でているような足音が響き渡る。
「――その遺体にそれ以上触るな」
男達が振り返った先で目にしたのは褐色の美女であった。
その身姿に、男達は思わず生唾をゴクリと飲み込む。
そして、恐らくは間違いなく最初に感じていたであろう殺気をあろうことか無視し、一様に下卑た笑みを浮かべ始めた。
「へへっ、誰かと思えばこれはまた随分と……」
「おいおいこんなところにそんな薄着で、もしかして誘ってるのか?」
「…………」
「黙ってないで答えろって姉ちゃん。あれだろ? 男に飢えて、ついつい雄の匂いを嗅ぎつけちまったんだろ?」
「……あと一度しか言わない。汚らわしい手で遺体に触れるなハイエナ。さっさと消えろ」
冷徹な瞳で女はハッキリと宣告した。
だが、男達は顔を見合わせ、ぎゃははは! と声を上げ笑う。
逃げる様子は微塵も感じられない。
「全く、威勢だけはいい姉ちゃんだな。剣を持ってるから強気なのか? ほら、いいからそんなもんしまって俺達と楽しもうぜ」
そう言って男は右腕を伸ばす――が、その瞬間、太くゴツゴツとした固まりが宙を舞い、男の絶叫が鳴り響いた。
「……忠告はした」
「ぎいいいぃやぁああぁあ! 腕が! お、俺の腕がぁああぁあぁあ! 畜生! 畜生この糞アマ!」
「て、てめぇ!」
「ふざけやがって!」
腕を切られた男は怨嗟の篭った目で睨めつけ、残った腕でナイフを抜き、他の連中もそれぞれ武器を手にし殺意をその眼に宿した。
つまり、この時点でこの三人は殺されても文句は言えず。
「へ?」
目にも留まらぬ速さで手首を振り、小片に分かれた刃が一人の男の全身に巻き付いた。
「――【スネークバインドミキサー】」
呟きと同時に巻き付いた刃が一気に引きぬかれ、細かく分断された肉片と大量の血潮が周囲に撒き散らされる。
更に、惚ける片腕の男の首を刃が撫で刎ねると、一瞬にして残った男は一人になった。
ペタン、と地面に尻を付け、自然と汚れた水が土に染みこんでいく。
だが、そんな事を気にしている場合ではないだろう。
男からすれば、瞬きしてる間にあっさりと仲間がふたりやられたのだ。
腰が抜けても、戦意が喪失し小便を漏らしてしまっても、圧倒的な恐怖の前ではそれも仕方のない事であろう。
「た、頼む、許し――」
最後の言葉を耳にすることなく、その刃は男の脳天を貫いた。
男達にとって最大の失敗は、女の色香にだけ目を奪われ、彼女の発する血の匂いに気がつかなかった事だろう。
そしてもっといえば、特級冒険者の死体を荒らすなどといったハイエナ行為を行った事がそもそもの間違いでもある。
「……顔も潰され、タグも奪われてる、か。でも、この装備、恐らく任務に向かっていたふたり――」
改めて遺体に近づき、考察する。
そして更に黙考する、確か任務についていたのはもう一人いたはずだと――しかし遺体はふたつだけである。
「……どちらにしても、一度街に――」
そこまで言うと、女はその剣で器用に穴を掘り、そこにふたつの遺体を埋めた。勿論遺品は自身の持つ魔法の袋に回収させてもらったが。
そして、聖水を振りかけ十字を切った後埋め戻す。聖水を振りかけたのは念のためだ。
魔素がそれなりに濃いところでなければ死体がアンデットとして蘇る確立は稀である。
しかし全くないとも言い切れない。聖水には遺体のアンデッド化を防ぐ効果がある。
こうして簡単ではあるが供養も終わり、女はハンマの街へとその脚を向けた――
◇◆◇
「ほれ、これが約束の秘薬じゃ」
一行が帰る準備を終え、里門の近くまで見送りにきたエルマールが、瓶に入ったそれを手渡した。
この報酬に関してはナガレが一旦受け取り、それをピーチに手渡す。
ピーチはその液体を眺め、テンションを上げた。
「それにしてもやはり帰られるとなると少し寂しいですね」
「そうだな。ナガレ殿のおかげで我らも随分と逞しくなれた」
「ふっ、ナガレ式減量術素晴らしい。この私も新しい自分に気がつけたよ。まさかこのような美しい姿に生まれ変われるとは~~」
「でもやっぱり僕も寂しいな! ねぇ、また遊びに来てくれるよね?」
『…………』
改めてイベリッコ以外のオークの変化に言葉をなくす一行である。
見送りにきてくれたイベリッコ以外の三人はオークの中でも特にナガレを慕っていた三人だ。
そのうちランプは随分と引き締まった筋肉を身につけかなりワイルドな、それでいて何故か堅苦しい喋りが身についてしまっている。
ロースはもともと長かった金髪が更に長くなり、それを掻き上げる仕草が妙に様になるイケメンになっていた。ただ口調は少し鼻につく。
フィレは他のふたりと較べて逆に小柄になるという妙な変化を遂げていた。
見た目にはショタである。瞳もクリクリとして大きく、全体的に可愛らしい。口調もそれに準じたものだ。
「……これがオークというのが信じられないけど事実なのよね――」
「まぁ、ナガレだしね」
「先生流石です! やはり俺はどこまでもついていきますよ!」
「う~ん、でもこの減量法は女性に受けが良さそうだねぇ」
「……わ、私もナガレ様に、で、でも――」
オークのその減量効果にそれぞれ思うところはあるようだが、それを他所にエルマールが溜め息をつき。
「それにしてものう。エルシャスから聞きはしたがのう、そんな妙な事を企てているのがいたとは。やはりもっと引き締めんといかんのじゃ」
「う~ん、でもうちやっぱ納得いかんねん。その何者か知らんのが洞窟で魔物使ってなんやかんややってたとして、一人で出て行ったんか? だとしたら何の意味があるねん」
「いえ、それはないでしょう。恐らく選別した魔物を連れて出たはずです」
「いや、しかしナガレよ、流石にそれだと妾の里の者が気づかないとは思えないのじゃ」
「……もしかして魔物使い?」
ここでふと、マリーンが思い出したように口にする。
エルマールがそれに反応した。
「お主何か心当たりがあるのかのう?」
「はい、魔物使いの素質を持ってるもので特に優れた力を持った者は、捕獲して従えさせた魔物を瓶などに詰める事が可能だったはずなんです。その力を持ったものなら――」
「つまり、あの洞窟を作り上げ魔物同士戦わせたのは魔物使いって事かよ。ちっ、魔物使いとかいかにも姑息な事を考えそうな奴だぜ」
フレムが吐き捨てるように言う。魔物使いは主本人は戦う力を持たず魔物をけしかけて戦うことがメインの戦術を取る。
それがフレムには気に入らないのだろう。
「でも先生、魔物使いならそこまで恐れる事はないですよ! 何せ魔物使いは魔物を指揮してる本人を倒せば、魔物達もパニックになるし楽勝ですからね!」
フレムが鼻息荒くそんな事を言った。確かに魔物使いにはそういった一面もあるが――
「フレム、あまり油断するものではありませんよ。その油断が命取りになる事もあるのですから」
「う、す、すみません先生!」
思わず土下座のような姿勢で謝罪してくるフレム、いやそこまですることではないですよ、と若干の困り顔で告げるナガレであった。
「どちらにしてもギルドに戻ったら報告書纏めないと……はぁ」
「大変ね~マリーン」
そういいつつも小悪魔的な笑みを浮かべるピーチである。
そして、ある程度話も纏まったところで、改めて別れの挨拶を済ませ、帰路につく一行であったのだが――
「あ、マリーン戻ってきたか! おお! それにナガレや他の皆も!」
「……なんかナガレ以外がオマケみたいね」
ギルドに戻るなり、大声でそんな事を述べる職員に不機嫌になるピーチである。
ただ、どうもギルドの様子がおかしい。職員たちも慌ただしく、また多くの冒険者がギルドに集まってきているような、そんな状況だ。
「ちょっと、どうしたのそんなに慌てて? それに冒険者もこんなに――」
「そうなんだ! マリーンもすぐにカウンターに入ってくれ! そして皆さんにもお願いしたい緊急依頼が上がってきているんだ!」
「緊急依頼? なんだ先生もお疲れだっていうのに穏やかじゃねぇな」
「フレム、私はぜんぜん大丈夫ですよ。それで緊急依頼というのは?」
ナガレが随分と慌てている職員に改めて尋ねると、あ、あぁそうだね、と口にし更に言葉を続けた。
「実は北の鉱山で大量の魔物が溢れ出したんだ! おまけに変異種も紛れているらしくてかなりマズイ状況なんだよ――」




