第八十二話 最深部と仕掛け
ナガレ一行は洞窟に脚を踏み入れ、暫く先へと進んだ。
内部は随分と暗かったが、ピーチの魔力変化によって杖の先端に明かりを灯すことで、視界が良いとまでは言えないが、それでもなんとか横道を認識しながら進むぐらいの光は確保することが出来た。
何よりフレムの勘がだいぶ鋭くなっており、彼の後を付いていくことで後衛はそれほど不安なく先に進むことが出来る。
それにその後ろをついて歩くカイルは罠察知のアビリティも取得している為、罠があったとしてもある程度は大丈夫だ。
「あ! 先生! ここ左右にも道が分かれてますね!」
「そうですね。ですが両方共ダミーです。真っ直ぐ進んだ方がいいですね」
ナガレの助言に、流石先生! とフレムは感心しつつ更に奥へ奥へと進んでいく。
この後も、何箇所か道が分かれているところがあったのだが、それらは全てフェイクでとにかく真っ直ぐ進むのが正解だとナガレは伝えた。
「人為的に作ったとしたなら随分と思い切った事するわね。分かれ道が全部ダミーで真っ直ぐ進めばいいだなんて」
「でも、それならそれで間違っても引き返して別な道にいけばいいだけじゃない?」
「いえ、この洞窟は一度間違った方に進むと、行き止まりではなく、ぐるぐるとした形状で登り降りを繰り返しながら方向感覚を狂わせる構造になってるようです。その途中に分かれ道はありますから、一度でも迷うとそう簡単には出られないでしょう。それに――」
ナガレがそこまで言うと、再び現れた分かれ道の両サイドから、ブヒッ! ブヒッ! と鼻息を荒くさせて何かが飛び出してきた。
「え? オーク?」
「は? オークってエルフと一緒に上手いことやってるんじゃないのかよ?」
ピーチが怪訝そうに口にすると、横からフレムが疑問の声を上げた。
フレム達もエルフの里で食事を摂った時に大体の事は聞いているのである。
「ちょっと待って、あれって、マモオークじゃないかしら?」
ブヒッブヒッと鬱陶しい鼻息を奏でながら近づいてくる存在。
マリーンは目を凝らしながら記憶の棚を開け、その名称を口にした。
「マモオーク――一見オークに似てますが、濃い体毛を備え、顎から牙、それと長い鼻が特徴の魔物でしたね。この洞窟にはこういった魔物も多いようです」
ナガレの言うように、近づいてきた魔物は、そのシルエットだけ見ればオークに似ているが、仔細に観察すればその違いは明らかだ。
鼻が長く茶色い毛で全身が覆われており、豚というよりは人型の猪といった方がしっくりくる。
「先生の言うように穏やかな感じじゃないのは確かだな」
フレムが呟き、その魔物に目を向ける。手には石を砕いた棍棒を持ち、瞳はやたらとギラギラしていた。
明らかにやる気である。
「丁度いいわ。先輩の私が、修行の成果を見せてあげる」
「はっ!? それはないぜ先輩! 寧ろ先輩ならここは後輩に譲ってくれるもんじゃないかよ! それにここは魔素が薄いんだろ? 魔法の無駄撃ちしたら後が大変だぜ」
ピーチが杖を構え前に出ようとすると、言下にフレムが異論を唱え、我先にと飛び出そうとする。
「何言ってるのよ! 私の戦い方は基本魔力の消費を抑えるやり方だから問題ないのよ! 第一後輩なら先輩を立てなさい!」
そう。ピーチはこの魔素の薄い森でナガレのアドバイスもあって特訓したことにより、更に魔力を操る精度に磨きを掛けたのである。
そしてこれはナガレの狙い通りでもあった。
「あ~はいはい、じゃあ先輩は次に立てるって事で!」
「だったら今譲りなさいよ!」
「……いや、何してんのよあのふたり」
お互い一歩も引かないふたりに、額を押さえ溜め息をつくマリーンであった。
「フレムにピーチさん! そんな事してる場合じゃないですよ! もう近づいて――」
『ブヒブヒーーーー!』
「うるせぇんだよ!」
「邪魔よ!」
あ――とナガレ以外の全員の声が揃った。
その視線の先ではフレムの目切りによって一刀両断にされたマモオークと、ピーチの強化された杖によって、吹き飛び壁に突き刺さったマモオークの姿。
「……ま、これで引き分けやな」
エルシャスが呆れたように述べると、むぅ、とふたりとも納得がいかない様子で唸っていた。
「それにしてもなぁ……なんでこんなところに魔物がおるねん。魔素が薄いんやし、出るわけないんやけど」
「そうですね。その辺りも含めて奥にいけば何か判るかもしれません」
疑問の声を上げるエルシャスに、ナガレが返す。
エルシャスも、そやな、と、取り敢えずそれしか手はないかなといった思いのようだ。
「……それにしても、そもそもマモオークってそんな簡単に倒せる魔物じゃないんだけど」
「そうですね。しかもあのマモオークは限界までレベルが上がっていたようですし」
「え? 限界って、マモオークの限界レベルは35と言われているんだけど……」
そう返しつつ、マリーンがピーチとフレムをみやった。
ちなみにフレムは素材と討伐部位、魔核の回収に入っていたが。
「フレム、私の分も宜しくね」
「は!? いや、自分で倒した分ぐらい先輩なら自分でやってくださいよ!」
「だって私ナイフ持ってないもの。それに私、か弱い女の子だし」
「……か弱い女の子が、杖で殴るかよ――」
何かいった! と睨みつけるピーチを無視し、しかしフレムはしっかりピーチの分も素材を回収するのだった。
「……それにしても凄いわね、これもナガレのおかげかしら?」
マリーンの問い掛けに、ふふっ、と笑みを返し、そして一行は更に奥へ奥へと進んでいく。
途中には魔物も多く現れたが、その殆どはピーチとフレムが片付けてしまった。
そして――
「ここが最深部のようですね」
ひたすら真っ直ぐ突き進んだ先に、小さな家屋ならニ、三軒収まりそうな空洞が広がっていた。
そこはこれまでの横道と違い、かなり明るい。 空洞の奥には台座の上に水晶球が乗っており、ここから淡い光が溢れ出て空洞全体を包み込んでいるようであった。
「なんか、広いだけで何もないですね先生」
「そうですね。ざっと見る限りは確かになにもなさそうです」
「気になるのはあの水晶ぐらいやな」
「でもあれって魔道具みたいなものじゃないの?」
「う~ん、でも確かに気になるねん」
エルシャスとピーチが言葉を交わしていると、フレムが、だったら、と肩を回し。
「さっさと調べてしまったほうがいいですよね。先生」
「……」
ナガレはそれには何も応えなかったが、フレムは軽快な動きで水晶の前まで近づき、それをベタベタと触り始めた。
「ちょ! フレム! いくらなんでも不用心すぎでしょ!」
「そうよフレム。それが何かのトラップだったら――」
マリーンが叱咤するように声を上げ、ローザも不安そうに言葉を乗せるが――そこでごゴゴゴッ、と地響きが鳴り響き、細かい揺れが空洞内を支配する。
「どうやらちょっと遅かったみたいだね~」
たらりと額に汗を滲ませながら、左右を確認したカイルが不安な事を口にした。
そして彼の不安は見事に的中。左右の岩の壁が左右に開け広がり、その奥からゾロゾロと、途中で出会ったマモオークに他にもゴブリン、リザートマン、コボルト、といった魔物がゾロゾロと姿を見せたのである。
「もう! だからいったじゃない!」
マリーンが両腕をぶんぶん振って文句を言う。
「ふむ、作動してしまったものは仕方ないですね。後は皆さんにお任せしましょう。マリーンとローザは怪我がないよう出来るだけ私の傍を離れないで下さい」
「え? あ、うん」
「ひゃ、ひゃい! ナガレ様!」
ナガレの両脇に寄り添うようにして何故か頬を赤らめるふたりである。
「……仕方ないとはいえ――なんか腹立つわね!」
「それは同感だぜ! 先輩!」
すると、ピーチとフレムが左右に分かれ、それぞれの穴からワラワラと湧き出る魔物に特攻していった。
「……実は最初のマモオークの倒し方見てから思ってたんだけど――ピーチ魔術師だった筈よね?」
「そうですね」
マリーンが怪訝そうに問いかけるが、ナガレは特に気にすることもなくあっさりと返事した。
「……魔術師ってあんな自ら魔物に向かって杖で殴るみたいなタイプじゃないわよね……そもそも全く魔法使ってないし」
「えぇ、ですが魔力はしっかり使ってますから大丈夫ですよ」
「……ピーチさん逞しい――」
「先輩には負けないぜ! 目斬り! 目斬り! 目斬り! 目斬りぃいいぃいぃい! どうだ! これぞナガレ式双剣術!」
「フレム、勝手に名前つけないで下さい……」
若干眉を潜め口にするナガレだが、フレムに悪気はなく、尊敬の念から出た名称なので強くも言えない。
そしてその合間にもカイルは落石弓やワイドショットなどで援護するが――結局ピーチとフレムだけでほぼ倒し魔物たちは殲滅されたのだった。
ピーチもすっかり逞しくなりました。




