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アイラ

マルチエンディング、アイラ編です

ヒロイン役との友情エンド

攻略対象たちもちょびっと登場してもらいました

「リディア!」


 その声が、白い空間に響き渡った。


 それはまるで心の奥に射し込む朝日みたいだった。張り詰めていたものが音もなくほどけて、胸にじんわりと熱が広がっていく。


 ゆっくりと振り返った先に、ひとりの少女の姿があった。


「アイラ!」


 リディアを見つめ、手を伸ばしてくるその姿。亜麻色の髪に揺れるリボンも、少し潤んだ瞳も、すべてが懐かしく、そして何より嬉しかった。


 アイラはリディアの伸ばした手を強く握った。


「星縁幕に祈ってたら光に包まれて、気がついたらこの空間にいたの……。何がなんだか、わからなかった。真っ白で、誰の声も聞こえなくて……怖かった。でも、でもね——」


 アイラの瞳が真っ直ぐにこちらを見る。


「リディアの声が、聞こえた気がしたの。どこか遠くで、呼んでくれてるような。無我夢中で走って、探して……そしたら、本当にリディアがいた!」


 涙で潤んだ瞳を瞬かせて、アイラはリディアに抱きつかんばかりに興奮している。だがそれ以上に、確かな安堵があった。


「……ありがとう、アイラ。私を見つけてくれて」


 リディアも彼女の手をそっと包み込んだ。


「じゃあ、一緒に帰ろう。私たちの世界に」


「うん。でも……どうやって?」


 アイラが不安げに辺りを見回す。広がるのは果てしない白。空も地もない、ただの“間”のような空間。


 リディアは少し思案したが、白い空間を見つめて言った。


「きっと、この場所は星縁幕の光によって生まれた、“狭間の世界”。私たちの願いと魔力が触れ合った場所。だから、きっと私たちの“意志”で戻れるはず」


「私たちの意志……?」


 不思議そうな顔で聞き返すアイラに、リディアは強く頷いた。


「ええ。私たちが戻りたいって強く祈れば……きっと、この世界は応えてくれる」


 アイラがリディアの手をぎゅっと握る。


「なら、一緒に願おう」


 ふたりは静かに目を閉じた。手を繋いだまま、心の奥にある願いを重ねる。


 ——みんなの元へ帰りたい


 ——あの、愛しくて懐かしい世界へ


 ——未来を自分で選んで、生きていくために


 2人の心臓の鼓動が重なったように響く。白い空間に、ふたりの祈りが染み込むように広がった。星のように瞬く微かな光が舞い上がり、風が生まれた。

 次の瞬間、白い世界がぱん、と砕け散った。


 

 2人が目を開けたとき、そこはいつもの講堂だった。


 制服に身を包んだ生徒たちが、卒業を喜び、談笑し、祝辞の拍手が響く。何も変わっていない。あの白い空間が幻だったかのように。


 けれど、2人だけは知っている。確かに手を取り合って、あの狭間の世界から戻ってきたことを。


***


 ——それから数年後


 アイラは自らの裁縫の腕を活かし、トゥリズ伯爵家の産業として服飾アトリエを開いた。

 最初は商会の片隅、貴婦人たちの集まりの紹介程度だったが、その独自のセンスと丁寧な仕事はたちまち噂を呼び、瞬く間に貴族階級の女性たちに浸透していった。


 やがてリディアのアルステッド侯爵家が正式に後ろ盾となり、王都の中心にブティックを構えた。

 ブランド名は《Deux (ドゥ)Étoiles(エトワール)》——“ふたつの星”。


 リディアとアイラ、それぞれの人生が交わって、輝きを放つことを願ってつけられた名前だった。



 一方のリディアは、王太子妃候補を辞退しつつ、王家・魔術師団・騎士団・舞台などとの強い信頼関係を背景に、若くして女侯爵として多方面で頭角を現す。


 そして彼女が公の場で身にまとう衣装は、常に《Deux Étoiles》のものだった。


 とある夜会で。

 上級貴族と政界人が集う中、誰よりも視線を集めたのは、星を散らしたような白銀のドレスに身を包んだリディアだった。


「これも、《Deux Étoiles》のものですの?」


 ある貴婦人が訊ねると、リディアは微笑んで答えた。


「ええ。わたしの大切な親友が、わたしのために縫ってくれた特別な一着です」


 その言葉に、アイラは控室の隅でこっそり涙ぐんだ。どんな華やかな祝辞よりも、その一言が、アイラの心に何より深く沁みた。




 ある式典の日


「今日のドレスも君にぴったりだ」


 声をかけてきたのは、金髪碧眼の王太子・レオナルドだった。以前のような公式な距離ではなく、今は穏やかに微笑む『友人』としての眼差し。


「ありがとうございます、殿下。アイラの力作なんです」


 リディアがそう返すと、レオナルドはふっと笑った。


「彼女の創り出す服には、思いが宿っているね。だからこそ、リディによく似合うんだと思うよ」

 


 別の日、魔術師団では、ジークが魔術師団の新制服の監修に携わっていた。彼がローブの生地を撫でながら目を見張る。


「このローブの生地は……」


「アイラの工房が担当してくれました。付与魔術理論を応用したもので、軽量化と魔力伝導効率が劇的に改善されているんです」


 ジークの言葉が優しげに響く。


「彼女の布は、美しいだけじゃない。魔術に寄り添う服だ。……リディ、君と彼女だからこそ、生まれたものだな」


 微笑んでそう言うジークに、リディアは「ありがとうございます」と小さく囁いた。



 またある時は、騎士団の礼装を試着しながら、カイルが落ち着きなさげにぼやいていた。


「……おい、これ動きやすいけど、かっこよすぎねぇか? すげぇ目立ちそうなんだけど」


「そりゃあ式典服だもの。似合ってるわよ、動きやすさと荘厳さを取り入れたアイラのデザイン。私も監修したんだからね?」


「2人の共同か……!? じゃ、もう着るしかねぇな……」


 ぶっきらぼうに言いながら、カイルは背筋をぴんと伸ばす。その様子にリディアの口元は笑いを隠せなかった。

 


 そして舞台では、ルシアンが主演を務める新作劇の衣装協力に《Deux Étoiles》が参加していた。


「このマント、素晴らしい。動きやすさもあるし、舞台映えもする。リディ、君の親友はまさに“魔法の裁縫師”だね」


「そうですよね! 本当に彼女は素晴らしいんです」


 舞台裏で笑い合うふたりの間に、かつての気負いや仮面はなかった。ルシアンがふっと笑いながら呟く。


「君たちの絆が、舞台をさらに輝かしいものにしてくれる。感謝してるよ、本当に」

 


 夕暮れ時、今日もリディアとアイラはパティスリーでおしゃべりに花を咲かせる。


 立場が変わっても、2人の距離も、その間に流れる空気も変わらない。

 ケーキは相変わらずお揃い。今回は濃厚な味が楽しめるオペラ。

 しかし、リディアがいつものローズブレンドティーであるのに対し、アイラはベルガモットのブレンドティーを選んでいた。


「最近、こっちにハマっているの」


 笑顔でそう言うアイラに、無言で微笑みながら、リディアはカップを口に運ぶ。


(そうよね。アイラの中の“リディア”はもういない。少しずつ、アイラのアイラらしさが変わっていくのよね)


 アイラ自身は何も知らない。でも“深層心理のリディア”が消えてから確実に変わっている。少しだけ寂しくて、けれど嬉しい変化。リディアにとって彼女が大好きな親友であることは変わらない。今までも、これからも。


「……なんだか、不思議だね。卒業式のあの白い世界が、もう遠い昔みたい」


 アイラがそっとつぶやくと、リディアが笑った。


「でも、今も覚えてる。あなたが来てくれて、手を握ってくれたときの、あの温もりを」


「うん。私も……。リディアがいなかったら、今の私はなかった」


 ふたりは顔を見合わせて微笑んだ。


 世界は決して“物語”ではない。誰かの“選択”の結果であり、それでもなお繋がり続ける絆がある。


 ドレスが揺れる風に、魔術が煌めく空に、剣のきらめきに、舞台のスポットに、その絆——《Deux Étoiles》の存在が息づいている。


 ふたりの選んだ未来が、いま確かにこの世界を照らしていた。

 西の空には星がまたたき始めている。その下で2つの“星”が、肩を寄せて笑い合っていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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