レオナルド
マルチエンディング、レオナルド編です
王道の王子様エンディング。彼らしい愛の告白をしてもらいました
「リディ」
白い空間の裂け目の向こうから、凛とした声が名を呼ぶ。
リディアはそっと振り向き、声の方に向かって手を伸ばした。そこにいたのは、この国で最も高貴で気品ある青年。
「レオナルド殿下……」
瞳を細めて微笑み、その手はリディアへと真っ直ぐに差し出されていた。
2人の手が触れ合う。彼の温かな掌が、リディアの指と重なる。形式的なエスコートの時と同じような動き。しかしそれが力強く握られたかと思った次の瞬間。ふわり、とリディアはレオナルドの隣に引き寄せられた。
その手を握ったまま、レオナルドがそっと口を開いた。
「『選定と均衡』、覚えているかな、リディ?」
彼のの問いで、リディアの脳裏にあの冬の日が蘇る。
(もちろん覚えてる。冬の対話で、2人で読んだ本だわ。まるでこの世界の理を語っていたかのような内容が印象的だった……)
胸の鼓動が高鳴らせながら頷くリディアに、穏やかな声が語りかける。
「君と読んで以来、妙に心から離れなくてね。私は様々な伝承や王家の禁書庫を漁ったんだ。そこで、確信したことがある。この世界は“選ぶ”ことで成り立つ物語のようなものなのだと。そして……その“選択”をするのがリディ、君、なのだろう?」
核心をつかれ、リディアの喉が詰まった。
何も言えず、目だけで問い返すリディアの姿を、紺碧の瞳が受け止める。
「君の姿を見れば、わかるよ。君の瞳は僕がこれまで出会ったどんな人よりも、覚悟と決意を宿していた」
レオナルドが、少し悪戯っぽく笑った。
「そして……私がここにいて、君の手を取っているということは、君は“私”を選んでくれた、そう解釈しても……いいのかな? リディ?」
問いかけと共に、その視線はリディアへ向けられる。その強い眼差しを受けて、自身の顔が熱くなるのを感じながら、リディアの奥から何かが解き放たれた。
(もう“ルート”も“選択肢”もない。でも、ここにレオナルドがいる。それはきっと、私の心が彼を求めていたから。だって、彼の側にいるとこんなにも幸せで胸が暖かい)
リディアはレオナルドの手を握り直した。指先から伝わる温もりが心臓の奥まで伝わり、その熱を確かなものへと固めていく。
「殿下……聞いてくれますか? 私の“選択”した、この世界のことを」
レオナルドは何も言わずに微笑み、頷いた。リディアは一つ息を吸い、言葉を紡ぎ出した。
「卒業式の星縁幕の光の中で……私は世界の崩壊を見ました。それはこの物語の終幕を意味していました。そして、選択を迫られたのです。“物語から脱却し、これまでの絆や思い出と共に生きる”のか、それとも“やり直して、物語の役割として改めて生きる”のか」
その瞳はわずかに潤みながらも、強い決意を宿して輝いていた。
「私は……皆との“思い出”を、ただの“役割”で終わらせたくありませんでした。皆が、自分の意志で生きる世界であってほしい。この世界を現実として共に生きたい。そう願って、選択をしたんです」
(決められた役じゃなく、自分で自分の道を選び取って欲しいから。皆にも、レオナルドにも)
リディアの告白に、レオナルドは一瞬瞳を閉じる。そしてゆっくりと開いた。
「そうか……私も同じ考えだよ、リディ」
その声は低く、穏やか。だが強い響きをまとっていた。
「私も“役”ではない、ただの“レオナルド”となりたかった。君が私を、私自身として選んでくれたからこそ、ここへ辿り着けた。だから私も……、私の意志で、選ぼうと思う」
レオナルドはリディアの瞳を見つめ、はっきりとした声で告げた。
「リディ、私は君を愛している。君と、未来を歩みたい」
それを聞いたリディアの瞳から一筋の涙がこぼれた。心臓が鼓動を打つ。彼への想いがみるみる膨らみ、苦しいくらいだった。
(彼が……私を想ってくれていた。あなたとの未来を、私は望んでいいのね)
「私も……あなたをお慕いしています、レオナルド殿下」
あふれ出てきたのは敬意や尊敬を超えた、レオナルドという1人の青年への愛おしさ。
「あなたと共にある未来が、選択の先にあるのだと……信じたかった。……いえ、今はそう信じています。私もあなたを……愛しています」
リディアの言葉にレオナルドの呼吸が一瞬、止まった。紺碧の瞳が微笑みに染まり、潤んで、そしてゆっくりと伏せられる。
「ありがとう、リディ」
彼の低い声が、心を撫でた。
レオナルドは優しく彼女の頬に手を添える。そして、ゆっくりと顔を近づけた。リディアも瞳を閉じる。
唇が触れ合った瞬間、時間が止まったようだった。
優しいぬくもり、そしてその奥にある決意と愛情が彼から伝わり、じわじわとリディアの心を満たしていく。
この人となら、どんな未来でも。
名残惜しそうに唇が離れると、レオナルドはそっとささやいた。
「これからは、“レオ”と、呼んでくれないか? リディには、そう呼んでもらいたい」
少し照れたようなその笑みに、リディアの心臓の奥がぎゅうと締めつけられた。おずおずと口を開く。
「はい……レオ」
リディアがそっと彼の愛称を呼ぶ。それはどんな愛の言葉よりもレオナルドの胸に響いた。
抑え切れない想いが再び込み上げ、再び彼女と唇を重ねた。先程より深く、愛しさを流し込むように。
深い口付けの後、頬が上気している彼女を腕の中に抱きしめて、レオナルドが涼やかに言った。
「さて、そうなれば次は、国王陛下へ報告をしないとね」
「えっ……? 何を、ですか?」
小首を傾げるリディアを、愛おしそうに眺めながら、彼は笑う。
「もちろん、リディア・アルステッド嬢が私の婚約者“候補”から“正式な婚約者”となることだよ」
瞳を細めてさらりと告げる。
それを聞いたリディアは、かあっと耳まで赤くなった。
可愛いらしいその姿にさらに愛しさが募る。
「あ……、えっと……そうか。そう、なりますよね。あの、でも……私で、大丈夫でしょうか?」
(もともと王太子妃候補も外れる予定だったし、教育とかマナーとか自信が……)
不安気に呟く彼女の髪を、そっと撫でながら、レオナルドは楽しそうに笑い声を立てた。
「君なら、大丈夫だよ。収穫祭や対話式選定でも資質は十分に示していたしね」
そして次の瞬間、紺碧の瞳にふっと影が落ちる。
「それに……もし障害があるなら——叩き潰すから」
(今、なんか一瞬、暗い笑みが混じった……?)
「え……? たたき……?」
目を丸くして聞き返すリディアに、レオナルドは爽やかに答えた。
「あぁ、言い間違えたよ。私“自ら”話をして、皆が“理解”できるようにしてあげるから」
その言葉の裏側には、どんな相手も退ける覚悟がちらりと滲む。
「もちろん、優しく、紳士的に……ね」
(君と共にあるためなら、どんな手でも使う)
それは言葉となることはない彼だけの小さな決意。
リディアを抱きしめる力を強めて、レオナルドは笑みを深めた。
「私たちの未来を、誰にも譲るつもりはないよ」
リディアも彼に身を預けながら、確かな温もりを感じた。ずっと張りつめていた心が、さらさらと解け、穏やかで、心地よい。
どこからか吹き抜けたやわらかな風が、二人の髪をさらりと撫でた。
それは、物語の“終わり”であり、同時に“始まり”の合図となるものだった。
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