ジーク
マルチエンディング、ジーク編です
静かな彼が愛する人にだけ出す、少しの狂気が見えるエンディングです
白い空間に、ジークは立っていた。
魔術を繰り出そうと掌に魔力を込めてみても、形を成さない。何もない、何も通じない、ただ白だけの虚空。
卒業式で星縁幕から放たれた眩い光からは強烈な魔力を感じた。それに包まれ、気がついたらこの白い空間にいた。
ジークは直感的に理解していた。ここは現世でも夢でもない世界の狭間のようなものだ、と。
(おそらく、害はない。しかし……なぜ私がこんな空間に?)
そう眉をひそめたが、ふと心に感じたのは、柔らかな魔力の律動。
それはつい最近、自身の身へ流れこんできた——リディアの魔力。
「君も、この空間にいるのか? 君の魔力なら……誰よりもわかる」
ジークはその魔力の糸をたどって歩き出した。自分のものと波長は似ているが、優しい、春の息吹のような彼女の魔力。やがて白い空間が裂けたように歪み、一筋の光が漏れ出してきた。
向こう側に現れたは、ストロベリーブロンドの髪の少女。
その姿を目にした瞬間、彼の心臓が跳ね、思わず声を発していた。ゆっくりと手を差し出す。
「リディ」
その声を聞き、リディアが振り向く。ジークの姿を認め、微笑むと、手を伸ばしてきた。
***
リディアの手とジークの手。
互いの指先が触れた刹那、温かな魔力が2人を包む。そしてジークの中の彼女への想いが爆発した。
身を引き寄せ、何も言わずに抱き締めた。互いの魔力の共鳴が肌から心へと伝わり、ゆっくりと沁み込んでいく時間。それだけで心の底からの安堵と喜びが2人の身体中を駆け巡った。
「君が……“選んだ”んだね」
彼の低い声が漏れる。
その言葉の意味を受け止めたリディアが、ぎゅっと身を固くし、彼を見上げた。
「どうして、それを……」
驚いて問う彼女を抱きしめたまま、ジークはささやいた。
「以前、言っただろう? 私は“夢見”の力で、君が何か大きなものを背負っていることを視た、と」
彼はリディアから視線を逸らさずに言う。
「リディ、君は……何を背負っていたんだ? 君の使命のその片鱗だけでも、私にも背負わせてくれないか?」
ジークのその言葉に、リディアの瞳から涙が一筋、白い頬を伝った。
(どうして、彼の言葉はこんなに優しくて、心に響くのだろう……)
やがて、言葉が紡がれた。
「この世界は……“決められた物語”をたどるものだったんです」
その声が静寂の中で確かに響いた。
「レオナルド殿下も、カイルも、ルシアン様も、アイラも、そしてあなたも。皆、それぞれ“役”が定められ、決められた“ルート”を辿る。そして私は……“誰かとの未来を選ぶ役”でした」
ジークが息を呑むのを感じた。
それでもリディアは話を続けた。
「でも誰かとの未来の先で……必ず“悲劇”が起きることを知ってしまったんです」
話す声が震える。
「ある人を選べば、街は戦火に焼かれる。違う人を選べば、大地が震え、人々は絶望にうちひしがれる……」
元々はゲームのシナリオ。しかし実際に生きているこの世界にそんな悲劇が起こるかもしれない。それを想像するだけで苦しく、胸が締め付けられた。
「だから、私は……誰も“選ばない”未来を、選ぶことにしたんです。大切な人たちが悲しみ、苦しむ姿は見たくなかったから……」
喉元が熱くなる。
「でも……最後に“問い”がありました」
身体が震え、涙交じりの声になる。ジークはその震えを落ち着かせるように、そっと彼女の髪を撫でた。
「“これまでの絆と共に、皆と生きる未来”を取るのか、それとも“やり直して、これまでの物語へと還る”のか」
翠色の瞳が不安げに揺れている。
「私は、皆が“役”から解放され、自分自身の意志で生きる未来を共に生きたくて……。そう、選びました。でも……」
(皆と一緒に幸せになりたいと思った、でも……)
「それが正しかったのかどうかは……わかりません。皆を巻き込みたくないという願いは、私の身勝手なもの、だったのかも……」
(私はずっと……誰かにこの胸の内を、聞いてもらいたかったのかもしれない)
リディアのその思いに呼応するように再びあふれ、こぼれ落ちる涙。
ジークの長い指がそれをぬぐうように触れた。手の温もりが、その心を優しく包む。
「身勝手なんかじゃない」
優しく、確固とした低い声が響く。
「君が皆を解放したいと願ってくれたから、皆は“役”から解き放たれた。私たちは真の意味で“私たち”となれた」
そう言葉を続けながら、ジークの手がリディアの頬を包んだ。
「だから、もう疑わないでくれ。私たちは、君が示した未来で生きていける」
静寂の中、彼の低い声がリディアの心を解きほぐしていった。
「そして私も、自分自身の意志で君と共に生きたい」
ジークはそっとリディアの手を取った。
「リディ」
そう名を呼んだジークが、わずかに笑みをこぼした。白い空間で彼の淡青の瞳が輝きを放つ。
「私は、君を想っている。誰よりも、何よりも愛おしい」
その言葉はリディアの鼓動を高鳴らせた。
「君だけが、私の魔術を狂わせる。今なら何故なのかはっきりとわかる。君が、好きだからだ、と」
リディアの胸の奥から熱いものが込み上げる。
堪えきれず、また瞳から涙がこぼれた。でも、今度は温かい涙。
「ジーク様、私も……」
かすれた声が、空間へと溶けた。
「あなたの魔術はもちろん美しい。でも一番美しいと思うのは、そんな魔術を使う、あなたの心です」
(始めは冷たい人だと思った。でも、人にも自分にも厳しくて、魔術にひたむきに向き合うあなただから……)
「あなたの魔術だけじゃない、あなた自身の心が……私はどうしようもなく、好きなんです」
そう告げた瞬間、ジークの瞳がほんの一瞬潤んだ。
そして彼女の頬に触れたまま顔を寄せ、そのまま唇を重ねた。全ての想いが満たされたような口づけ。優しく、けれど確かな意味をもって、2人の想いを、交わしていった。
そっと唇が離れ、互いの視線が絡み合う。
「ありがとう、リディ」
その声は、甘やかな響きをまとっていた。
「君がいてくれるだけで、私はこの世界を『生きたい』と、そう思えるよ」
その言葉と共に、彼の瞳が、凍てつく湖面から春の陽射しへと姿を変えた。
***
「それにしても……」
2人、身を寄せ合っていると、ふとジークが切り出した。その口元がほんのわずか、悪戯っぽく吊り上がっている。
「狂おしいほど君のことを想っても、君から“選ばれない”、そんな未来があるというなら……」
リディアと自身の額を合わせ、見つめ合ったまま、彼は続ける。
「そんな世界は……不要だよね? 滅ぼしてしまっても?」
その呟きに、リディアの頬が一気に赤く染まる。
「えっ……!? それは……冗談、ですよ、ね?」
(この人は国一番の魔力の持ち主で、天才魔術師。やろうと思ったら国一つ滅ぼすことも……できてしまうかもしれない、けど……、え?)
真っ赤になって問いかけるリディアをジークは愛し気に見つめた。彼女の額にそっと唇を寄せる。その瞳は冷静でありながらも、どこか熱を孕んでいて。
「……さぁ、どうだろうね?」
彼の低い声の響きが、白い空間に甘やかな余韻となって落ちる。
まだ頬が赤いリディアの手を取ると、今までで一番柔らかい微笑みを見せて言った。
「さぁ、帰ろうか。君が私と、共にある世界へ」
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