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14.第三次織田家包囲網(中編2)

二話連続投稿です。

二話目は18時投稿予定です。



 1578年7月- 山城国淀城


 池田庄九郎が糧食を積んだ荷車を城に運び入れてくれた。諸般を整えてから彼と対面する。相変わらずぶすっとした表情だ。


「…まだお前を許したわけではない。…が今はそのことは飲み込んでおいてやる。」


「なんだかんだでこ奴が心配なんじゃろ?」


 弟爺が茶化すと、庄九郎はギロっと睨みつけた。


「おお怖い!最近の若いもんはすぐに怒りよる…。」


 またそうやって相手を茶化す…。庄九郎が顔を真っ赤にしているぞ。


「庄九郎、礼を言う。…できればこのまま此処に留まってほしいのだが…。」


「断る。」


「…では文をご主君に届けて…「断る!俺たちは貴様と違って忙しいのだ。」…そうか。」


 取り付く島もなし。俺たち(・・・)と言っているが、ずっとここにいる与三衛門は忙しくないのか?それに今の言葉は、ここにいる他の人たちに対しても失礼なんだがな…わかっているのであろうか。

 と考えていると、俺の意を理解したのか、与三衛門がすっと俺に寄って耳打ちした。


「俺が庄九郎と共に岐阜へ戻る。彼奴はお前に対する怒りで周りが見えておらぬ。……それでは殿の御側に仕える者足りえぬ。」


 俺は頭を下げて礼をする。兄爺弟爺がそれを見てニヤニヤするが気にしたら負けだ。

 我らは完璧ではない。だからこそ互いにそれを補える様に行動すればご主君のお役に立てる。無理して一人で何もかもこなす必要はない。それが我ら小姓衆の信条だ。それだけに俺一人で大和仕置きのような活動を行ったことが彼奴には許せないのだろう。


 はあ…俺は何を悩んでんだろう。目の前の戦に集中すべきなのに、庄九郎のことを気にしているなんて…。


 淀を取り囲む兵は五千。城を守る兵は七百。兵糧は庄九郎のおかげで今月は持ちそうだ。





 1578年8月- 山城国淀城


 摂津衆が一時撤退した。理由がわからない俺たちは安井殿の平野衆を借りて摂津方面に放った。近くで待機していた孫十郎が兵糧を運び入れる。一緒に戻ってきた木村重茲の報告で、信長様が五千の軍勢を率いて若狭経由で丹波に向かわれたことを知った。


「となれば我らは敵の包囲が解けたことを喜んでいる場合じゃないな。俺たちを包囲していた兵は信長様の動きに対応するために摂津に戻ってしまったのだ。我らはできるだけ多くの兵をこちらに引き付けなければならん。」


 皆が頷く。俺はすかさず弥八郎を見た。


「策を出せ…ということですな。ならば、この城を空にするのは如何でしょうか。その上で殿が自ら囮となって摂津の兵をおびき出せば、かなりの数が釣れると思いまするが?」


 何という大胆で危険な作戦。すかさず孫十郎が口を挟んだ。


「危険すぎます!失敗すれば城を失うどころではありません!」


「だが効果は高い。」


 弥八郎は冷淡だ。一切の感情を無視して最も効率がいい案を出してくる。


「そのような問題ではな「俺もいい案だと思うが?」……は?」


 孫十郎が呆けた顔で俺を見た。俺は二っと笑う。


「だが、孫十郎が危惧することも理解している。だからこうしよう。弥八郎は作戦の立案者として俺と来い。あとさすがに城の中を空にするわけにはいかぬからいくらか残す。人選は孫十郎に任せる。」


 孫十郎はため息をついた。俺のことでこんなしぐさを見せるのは毎度のこと。一旦気持ちを落ち着かせ俺の真意を思考し達成のための自分の役割と活路を探し出す。


「……承知しました。では大和小姓衆と私が城に残ります。他の方々には兵を率いて指示した場所まで向かって下さい。各々の場所ですが……」


 ほら仕切りだした。弥八郎が驚いている。しかも指示内容がなかなか適切で頷いてやがる。弟爺も身を乗り出した。声もきれいで聞き取りやすく、整然としているからわかりやすい。


「祖父江様!何故我々は城で待機なのですか!」


 大和の若人達はまだ若いな。孫十郎の意図が理解できていないようだ。


待機(・・)ではない。そもそも小姓の役割は伝令だ。急な命令変更や報告などをいち早く部隊に届けるのだ。重要な役目だ。呆けてる暇などないぞ。」


 ほら怒られた。小姓共の顔が引きつっている。


「ほれ、各々がどの場所に配置されるかを覚えるのだ。お前たちが迷うようであれば洒落にもならぬ!」


 小姓たちは焚きつける孫十郎を睨みつつ、皆の位置を覚えようと地図の前に集まった。…この戦でこ奴らが成長することを俺は願う。そうでなければ俺が引き取った意味もない。


 その夜、俺たちは城を出た。仙石殿は交野方面へ、左近殿は伊賀へ、俺は兄爺弟爺と弥八郎を連れて川を渡って摂津に向かった。




 1578年9月- 山城国淀城

 

 摂津に侵入した俺たちは、高槻城主の高山右近と茨木城主の中川清秀を誘い出すことに成功し、三千の兵を引き連れて再び淀城に籠城したのだ。しかも今回は城内に六百、城外に左近殿と権兵衛殿の百ずつを残した状態である。兵糧は淡休斎様のところから戻ってきた慶次郎のおかげで十分に確保できている。細川様とも連絡が取れ、勝竜寺城も引き付け役に回られた。…あとは信長様か明智様が有岡城を包囲すれば、反織田家包囲網の中心が崩れる。


「殿、城を囲む摂津衆の使者が謁見を求めております。…見たところひとりで門前に立っておるようですが。」


 弥八郎が伝令の報告を聞いて、淡々と要点のみを伝えて来た。


「…会おう。念のために慶次郎も連れてきてくれ。周囲に小姓の配置は不要だ。」


 俺も要点だけで返すと待機している伝令兵に合図を送る。暫くすると甲冑の擦れる音が聞こえ、白髪交じりの男が姿を現した。男は俺に一礼すると部屋の中央まで進み座り込んだ。両手を床に付け頭を垂れると口上を述べる。


「摂津高槻城主、高山右近大夫重友の使者として参上仕りました高山友照と申す。…当主重友からの言葉をお伝え致す。」


 友照…て確か高山右近の父親じゃなかったっけ?それが使者?…何かあるな。


「その前に…その方は高山右近殿の縁者…であるか?」


「当主重友の父に御座るが……既に隠居はしております。此度は戦のしきたりに則り城攻めの前に降伏を勧めに参りました。」


 …そんなしきたり知らないがな。それに降伏の使者として当主の縁者、しかも父親が来るなんて……こりゃなんかあるな。孫十郎も考え込んでいる。…まてよ、高山右近と中川清秀って村重から織田方に寝返ったはず……もしかして?


「高山殿、我が城の包囲は村重の指示によるものか?」


 高山殿の表情が少し変わった。


「摂津守様からは街道を封鎖し、人、物の流れを止めよと言われております。故に街道上のこの城は落とすべきと考えていたところ…貴殿らが我らが領地に侵入するのを見つけまして。」


 弥八郎が目を閉じている。寝ているわけではないが興味なさそうだな。確かに高山殿の言っていることは別にどうでもいい話。攻め込んだ理由を説明しているだけのこと。


「だが、居城を離れてこの城を包囲していては他の者が摂津に攻め込むやもしれませぬな。…例えば勝竜寺城の細川様…とか。」


「左様。故に余り長期にここに居るわけにはいきませぬ。そこで鬼面殿には降伏願いたいと参上している次第に御座います。」


 高山殿が再び頭を下げる。…普通降伏を呼びかける使者であれば多少威圧的になってもよいと思うのだが、高山殿は一貫して下手。しかも居城を狙われると危ういと弱点までさらけ出している。細川様であれば、高槻城に兵がいないことに気づけば進軍するはず。


「…でこれは去るお方からの書状に御座る。」


 そう言って高山殿は懐から文を取りだした。孫十郎が受け取りチラッと見てニヤリと笑うと俺に書状を手渡した。俺は書状に書かれた名前を見て合点がいった。


「成程…では我々は貴方の勧告を拒否する。好きなだけこの城を巻くがよろしかろう。」


 俺は広げた書状を折りたたんで孫十郎に返すと孫十郎から高山殿に手紙が渡された。高山殿はそれを懐に仕舞い丁寧にお辞儀をした。


「いずれまたお会いすることになりましょう。その時は良しなに。」




 高山友照殿は慶次郎の先導で部屋を後にした。すぐに弥八郎が問いかけて来た。


「あの文は?」


「高山・中川家と細川家の不戦の約定…。」


「…成程。摂津衆の内部で綻びが生じているわけですか。」


「そのようだ。この戦、摂津を中心として周囲の国から圧力を掛ける算段だと言ったが、恐らくその後の一手が不確実なのと敵方にも想定外が起こっていることで想定以上に長引いているのであろう。これには従う国人衆が耐えきれなくなっている考えられる。」


 俺の言葉に孫十郎が続ける。


「紀伊に雑賀殿を送ってみますか?」


 孫一殿に雑賀衆への揺さぶりをかける…か。いい手ではあるな。


「連絡は取れるか?」


「此度の巻きであれば難なくこの城から出られると考えます。」


「よし、ついでに勝兵衛と八右衛門にも京で見聞きするように言ってくれ。」


「…私が直接岐阜に行ってもよろしいですか?」


「…?それは構わぬが…どうした?」








 ……全くの想定外。


 孫十郎が(こう)を孕ませただと…?


 俺がご主君の為に嫁子供にも会わずに一所懸命働いているというのに貴様はいったい何を乳繰り合っていたというのだ!…孫十郎にはもっと良家の娘を探してやろうと思っていたのに…まあいい。考が幸せになれるのなら良しとしよう。



 ~~~~~~~~~~~~~~


 1578年10月、高山右近と中川清秀は明智様の軍に居城を囲まれ降伏した。実際は細川様を通じて織田家帰参の段取りをつけており、信長様のお許しを得ての動きであったが、摂津衆には大きな打撃であり、両将を通じて織田家に寝返る国人も出た。そうして荒木村重は兵力と領地を徐々に奪われ自城に籠城することになった。京は伊勢家の奮闘で公家衆を抑え込み、紀伊は雑賀衆内部で再び分裂が起こり根来衆が自領に引きこもる。宇喜多軍も播磨を突破できず、徳川家も主だった動きを見せなかった。

 私もようやく淀城から解放され、信長様へのご報告に安土へ向かったのだが、そこで私の知っている歴史と異なる出来事を知る。



 柴田様暗殺。



 北陸の要、織田家の筆頭家老としての大きな存在が何者かによって命を奪われたのだ。…だが、当時の状況では更迭、強制隠居として処理され北陸戦線は継続維持される。織田家にとってはまだまだ周囲に敵を抱えた状態で内部の動揺を広げることは避けたかったのだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~


 1578年10月 近江国安土城


 謁見の間にて信長様を待つ。


 蒲生様、丹羽様、堀様は出払っており、中座には忠三郎殿と帯刀殿が座られていた。やがて奥の襖が開き信長様が入って来られた。二人の小姓と共に一段高い上座に荒々しく座る。…ご機嫌は普通か。


「無吉!大儀であった。半年もよくぞ持ちこたえてくれた!」


 開口一番、お褒めの言葉。機嫌がいいぞ。


「は!ありがたき幸せ!」


「禿ネズミやら三好の若造やらが手助けしたそうじゃな!あとで詳しく聞かせろ。忠三郎も儂に内緒でやってくれたらしいな。」


 忠三郎殿が恐縮するように頭を下げる。


「はは!私めの淀城籠城物語は後程お聞かせ致しまする!…して、此度の御呼び出しは…」


「うむ、…越前のことは聞いたか?」


 声色が低くなる。要注意だ。


「柴田様の事に御座りますね。」


「そうだ。…帯刀の機転で病と扱うて様子を見ている。」


 信長様はちらりと帯刀様に視線を向けた。帯刀様は黙って頭をさげる。


「誰の差し金かわからぬ以上、それが最善かと思いまする。今は周辺に柴田様に関する噂を聞き出し誰の仕業なのかを突き止めるべきかと。」


「であるか。……濃も同じことを言っておったわ。」


 久しぶりに「であるか」を聞いた。……ん?濃も(・・)


「それで越前は誰に引き継がせるおつもりで?」


「無吉なら誰にする?」


 …でた。自分と同じ考えで殴られるやつや。でも久しぶりに信長様との和みのある会話…柴田様には申し訳ないがもう少し味わっていたい。




 結局俺は次の司令官当てクイズで見事信長様の答えと一致して扇子を投げつけられた。



 越前軍の次の大将には前田又左衛門利家様に決まった。これに金森五郎八長近様が与力として加わり、総勢四万の軍勢に再編成して越中攻略の任にあたらせた。

 羽柴様は三木城攻略を最優先として筒井淡路守様、陣中で没してしまった和田様の後を継いだ一色藤長様、近江から派遣された堀秀政様の三万八千で固めた。

 明智様は丹羽様、細川様、蒲生様の三万で摂津と丹波を分断し有岡城を囲んでいる。

 原田様は本願寺を兵糧攻め、三好様、滝川様は紀伊の調略を命じられる。


 そして我が主君は……信長様より正式に徳川家討伐が命じられた。


 濃尾衆二万、岡崎衆五千、伊勢北畠軍一万、佐治水軍二千、神戸軍千五百の大軍を編成しての遠江侵攻である。秋の収穫を待っての出陣となった。



 因みに俺は岐阜城に留守居である。


 俺は徳川家とはとことん縁がないようだ。



池田庄九郎元助:主人公とは絶賛絶交中。池田恒興の長男で主人公の同僚。実家は次男の輝政が次ぐ予定で戦功をたて拝領できるよう奮闘している。


大橋与左衛門重賢:津島大橋家の次男で主人公の同僚。父親の重長は既に他界しており、長男の重国が大橋家を継いでいる。


祖父江孫十郎秀綱:津島の神官、祖父江重秀の息子。実家は同じ神官職の氷室何某を養子として存続。何故か久保田家の侍女である芝山考を孕ませている。


前田慶次郎利益:荒子前田家当主、前田利久の継室の子。実の父親は滝川益氏でまだ未婚。


高山友照:摂津高槻城主、高山右近重友の父親。親子そろってキリスト教信者になっています。


金森長近:信秀の代から織田家に仕え、信長の小姓衆となります。長らく下積み状態でしたがこの頃から武将として兵を率いるようになりました。


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