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9.亀裂

なんとか連休中に投稿したかったのですが、ちょっと間に合いませんでした。

でも、ようやく「~という男」の話にこぎつけることができました。


今話を読んで頂ければ次話が誰の話かわかると思います。

物語は折り返し地点を過ぎました。これから少しずつ作者の考えた「本能寺の変」の確信に触れていきますのでご期待頂けると大変うれしいです。


それでは本編をどうぞ。





 時は少し遡る。



 1577年8月-


 にわかに信長様の昇進の話が持ち上がる。


 昨年従三位権大納言、右近衛大将に就任された信長様であったが、それからも朝廷からの使者が何度も安土を訪れており、何かしらの動きがあるものと思われていたが…。


 今俺は馬上の人である。大和仕置きの暗躍を進めていた俺に文が届き、“津田九郎”として安土に向かっている最中だ。


 …文の差出人は今同行している、淡休斎様だ。何でも信長様からの招集命令を受けて、自分だけ行くのが嫌だから、別用で京に来ていた帯刀様を拉致って、淀にいる俺に文を寄こして呼び出して来たのだ。おかげで仕事を全部孫十郎に任せることになり愚痴られる始末。


 とはいっても完成間近の安土城を見られるのは俺としては嬉しい。前世では跡形もなく解体されてしまったものだからその煌びやかな姿を間近で見られるのは間違いなく至福となる。俺は沈痛な表情で馬を進める帯刀様とは裏腹に浮かれた表情を浮かべて街道を進んだ。

 安土に到着したのは陽が落ちてからだったため、一行は城下町に新たに築かれた寺に宿泊する。既に淡休斎様ご到着の触れを城に送っていたので、夜半に安土からの使者がやってきた。一人は忠三郎様である。今は飛騨守賦秀(ますひで)と名乗り、信長様の側近衆の次席として活躍している。もう一人は元服を済ませていない小姓であった。

 淡休斎様を上座に二人の使者が挨拶をする。


「長旅ご苦労様に御座います。こちらに控えるは森満瓶斎(森可成の法名)の子、蘭丸に御座います。以後お見知りおきを。」


 忠三郎様が挨拶をすると、少年が深く頭をさげた。幼さの残る顔立ちではあるが美少年かと聞かれればそうでもないような…まあ整った顔立ちはしているが。と言うのが俺の第一印象だ。

 忠三郎が明日の段取りを説明し、他愛のない会話をいくつかして退出する。三人の中で一番身分の低い俺が外まで見送っていく。そこで忠三郎様に声をかけられた。表情は暗い。


「…最近大殿様のご気分が優れぬご様子。来月にも天守が完成すると云うのに頻繁に感情を露にしてご家臣を叱責されており…。」


 どうやら信長様は情緒不安定のようだ。そうならないように御台様がご支援されていたと思っていたが…何やらありそうだ。


「わかりました。明日お会いする際に注意深く大殿を見ておきます。何かあれば忠三郎様にもお知らせいたしましょう。」


「かたじけない。…それと「様」は余計だ。某はお前とは対等でいたい。」


 ん?いや出自的にも立場的にも忠三郎様のほうが上であろうに。思うところがあるのか?…仕方がない。


「承知した、忠三郎殿。……これで良いか?」

「礼を言う、吉十…いや九郎殿。」


 俺たちの様子をキラキラした目で蘭丸様が見ておられる。…いや蘭丸殿と言ったほうが良いのだろうか。正直俺の立場がよくわからなくなってきた。


「許せ。小姓衆の間では鬼面九郎の存在は憧れなのだ。」


 そう言うと留まろうとする蘭丸殿をつついて寺を後にした。翌日俺は安土の御殿で小姓たちの好奇の目にさらされることになる。




 安土城-




 あづち山の山頂付近に建築された御殿。


 これまでの御殿の中でも最も大きく、玄関から信長様の謁見の間までは6つの間で仕切られている。淡休斎様一行はもちろん最上位の間まで通される。開け放たれた衾から外を見上げると頂上にそびえ立つ天守が見える。石垣の上に漆黒と純白のコントラストが美しい壁がそびえ、その上には朱色の八角形の建物が、更にその上は黄金色に輝く社のような建物が見える。これまでの城とは一線を画す造りに俺は圧倒された。

 下座にて待っていると、蒲生様、丹羽様、堀様、忠三郎殿が入って来られ中座に座られた。…あまりい表情をしていない。昨日の忠三郎殿の話もあるから気になるな。俺が中座の方々を注意深く観察しているとドカドカと慌ただしい足音が響き、襖がけたたましく開け放たれ信長様が入って来られた。もう不機嫌度MAXなのがまるわかり。座する全員が平伏するが、信長様が俺たちに目もくれず上座の座布団の上に荒々しく座り肘をついて俺たちを睨みつけた。


「淡休、京に住まう阿呆共を懲らしめたい。意見を申せ。」


 信長様の唐突で言葉足らずな問いかけ。俺は頭をフル回転させる。と言っても最近は大和に注力していたのですぐには何のことかわからん。それは淡休斎様も帯刀様も同じようで押し黙っていると、信長様が懐から紙の束を取りだし、淡休斎様に投げつけた。


「金柑からの書状と京の阿呆共からの書状だ。読め!」


 床に散らばった書状を淡休斎様が拾い集めて中身を確認する。“京の阿呆共”…おそらく公家衆のことであろう。となると銭の無心か官位のことか…官位に絡む話となれば細川様若しくは村井様が登場するはず。惟任様が絡んでるとなると銭…だな。何に使う銭で幾ら要求しているのだろうか。

 淡休斎様の様子を伺いながら俺が考え込んでいると信長様に声をかけられた。


「無吉、これらの書状の中身が想像ついてるようだな。申してみよ。」


 見上げると魔王度を上げた信長様が不敵な笑みで笑ってる。これは俺の物言い次第でご機嫌が左右されてしまうなと思いつつ考えていることを口にした。


「はっ、恐らく銭の用立てを長々と連ねているものなのだと。これに日向守様が同調なさり費用の正当性をつらつらと書かれているのではないかと想像致しまする。」


 俺の回答に信長様は頷きながらも顔を赤く染めていく。恐らく怒りが再び込みあがってきているのだろうか。早く次の句を添えなければ。


「ですが銭は無限ではなく、公家にとって必要なことでも我らにとって有益なものでなければ用立てなどなりませぬ。これを日向守様のご意見だけで判断されては危ういかと。ここは兵庫頭(伊勢貞為のこと)、民部少輔(村井貞勝のこと)の意見をお聞きなさるべきかと。」


 信長様は頷いたが表情は変わらない。まだ足りないか。


「それから、日向守様が最近公家衆に肩入れなさっていることが気にかかります。」


 信長様の表情が変わった。


「私の家臣が今兵を率いて日向守様についております。彼らに何か調べさせましょうか。」

「…やれ。」


 即答。やはり何かを疑われている。というか以前にご自身でも言われていたが、一軍を任せ地方の統治を任せている方々を信長様は重用はしているが信用はされていない。側近の中で軍を編成できる領主は丹羽様だけ。多分これは御台様による影響が大きいと考えているが…。確かその御台様も今は遠ざけておられるとか。


「畏まりました。それと御台様はどちらにおわしますでしょうか。」


 俺の質問に中座にいた丹羽様が顔を強張らせた。信長様の目が吊り上がっている。NGワードだったか。


「貴様ごときが濃を語るか!黙れぇい!」


「私は幼き頃より御台様にも(・・)よくして頂いております!その御台様との間に良からぬ噂を聞いて心配して何が、ぐぺっ!!」


 久々に蹴りを食らった。俺の巨体が半回転する。第二波を避けるため慌てて姿勢を正し平伏する。


「安土に居らぬ貴様が知ったふうを聞くなぁ!」


 信長様は怒りで肩を震わせ拳を震わせ高く掲げた。暫くその状態で俺を睨みつけていたが踵を返し無言でその場から立ち去ってしまった。蘭丸殿が皆に一礼をして慌てて追いかけていく。俺は残った方々から痛い視線を暫く浴びることとなった。




 1577年11月-


 大和仕置きを終え、淀城で若人衆の稽古をつけている俺のもとに蜂須賀彦右衛門と池田庄九郎が訪ねて来た。風の冷たい季節であったが襖を全開にした応接部屋で来訪の理由を聞くと、交野の甚助様(生駒親正のこと)のところへ向かう途中で立ち寄ったとのこと。公家衆に貸す銭合計五千貫を調達するためと聞いて、俺は8月の出来事を二人に説明したところだった。


「なんと…大殿からの無茶苦茶な命の発端がここにあるとは…。」


 彦右衛門がため息混じるにぼやく。俺は否定するが庄九郎が言い返す。


「ふん…城持ちになって有頂天になってるから大殿にまで折檻されるのだ。」


 庄九郎はまだ俺のことを怒っているらしい。だが、今の俺は朱色の鬼面を被る“津田九郎”なのだ。


「池田殿お許しくだされ、これも久保田吉十郎殿からの命によるものでござる。」


 俺はわざとらしくもう一人の俺の名を出してから庭先に目を向ける。そこには十二人の若人が鉄槍を持った両手を前に掲げて腰を落として並んでいる。

 所謂空気椅子状態で若人らは顔を真っ赤にして耐えており今にも倒れそうだった。


「そこまで!……楽にせよ。」


 俺の合図で全員が槍を落としてその場にへたり込んだ。皆肩で息を繰り返す。急激に酸素を取り込んだことで汗がドバっと流れ出した。近くに控える侍女が一人ずつに手ぬぐいを渡す。


「汗はしっかりと拭け。それと腿と腕の肉をよおく揉んでおけ。でないと明日の朝悲鳴を上げることになるぞ。」


 若人らは俺の言っていることを十分に理解しており汗を拭きながら体中を揉んでいた。その様子をみていた庄九郎が俺に話しかけてきた。


「…九郎殿、吉十郎はなんと言っておった?」


 いいぞ庄九郎。


「ご主君に大殿と同じく“蛇の道”を歩ませるわけにはいかぬ。恨みや呪いの類は我ら久保田党が請け負う…と。」


 庄九郎はまた怒り出した。


「我らにもその役目を請け負わせろ!何故奴一人で背負う!」


「私に言われても…吉十郎殿に申してくだされ。」


 俺の受け流しに庄九郎は舌打ちした。…許せ庄九郎。俺のほうがしがらみがなくて動きやすいのだ。それに瀬田衆や西野衆、雑賀衆を従えているからな。


「なら吉十郎に伝えておけ!此度の公家衆への楔打ちについては我らに任せよとな!」


 俺は「承った」と頭を下げて返事した。彦右衛門が微妙な表情で俺を見る。わかっている。公家のほうはお前たちに任せるよ。俺は奴らを背後から操っている者を探す。


「それから…清州の竹中様はどうされた?」


「回復に向かっている。」


 彦右衛門の返事に俺は胸を撫でおろした。

 清州城はご主君が岐阜に移った後も城主変わらずで俺が城代を務めていた。ここでは市様を含めご主君に仕える諸将の妻子が集められている。俺は人質の番人という役目であったが、密命を帯びて不在にすることが多いためその任を半兵衛様に移すようご主君に進言し、半兵衛様は清州から対武田徳川の指揮を執っている。だが、大和仕置きの出陣を前に病に倒れた。

 御台様が直ぐに曲直瀬玄朔(げんさく)という医者を呼び寄せていたというが、信長様が半兵衛様のために八方に手を尽くす御台様に嫉妬されたのではないかと俺は睨んでいる。確かに御台様と半兵衛様は直接会ったことも文のやり取りもない。それなのに御台様が半兵衛様の病を心配して医者を寄こすとなれば、疑うのも無理はないだろう。


 けれども御台様が心配されているのは半兵衛様の御身ではなく、半兵衛様を失うことによる濃尾軍の戦力ダウンだ。だがそれをどう信長様に説明して納得してもらうか。


「では我々は交野へと向かう。」


 庄九郎がそう言うと一礼する俺を一瞥して部屋を出て行った。彦右衛門は俺の肩に手をかけ無言で頷いてから庄九郎の後を追って出て行った。俺は小さくため息をつくと会話の状況が飲み込めずポカンとしていた若人らに「槍持ちをもう一度」と言って稽古を再開した。




 庄九郎らが出て行った翌日、大和にて親しくなった男が淀城を訪ねて来た。その男は息子を連れてやって来た。奥の間に通して本多弥八郎を連れて面会した。侍女衆には誰も近づけぬよう言い渡し俺は男とその息子からの挨拶を受けた。


「よくお越し下さった。」


「羽柴様のご理解を得るのに手間取ってしまいました。面目御座らぬ。」


「構わぬ。確かに諸将に出された命は与力の妻子を速やかに(・・・・)岐阜へと送れ…でしたからな。羽柴様も某如きの依頼を聞き入れる必要など御座らぬ故、ありがたい。」


 俺は男に頭を下げた。



 男の名は小寺官兵衛孝隆という。



満瓶斎(まんへいさい):森可成の法名です。史実では1570年に討死しており、この名は創作です。物語では宇佐山城の戦いで重傷を負い家督を子の可隆に譲っています。


森蘭丸:「乱丸」とも書きます。森可成の三男で元服後は成利と名乗ります。史実では本能寺の変で弟の坊丸力丸とともに討死しています。


曲直瀬玄朔:戦国時代の医者で曲直瀬道三に養育されて後に二代目「曲直瀬道三」として活躍したそうです。


竹中重治:史実では羽柴秀吉の軍師として活躍し1579年に病によって陣中にて死去しています。


本多正信:史実では徳川家の家臣で二代目将軍秀忠の側近として活躍しています。本物語では失策によって徳川家中の居場所を失い、遠江から逃亡し主人公に仕えています。


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[一言] ドカドカと阿波あ正しい足音   ↓ ドカドカと慌ただしい足音
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