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4.辛辣な吉十郎

なかなか投稿できずに申し訳ありませんでした。

三話連続投稿(時間をずらしての予約投稿です)になります。

主人公のダークサイドな物語になります。



 1576年6月- 岐阜城。


 ようやく戦後の後遺症(夜な夜なうなされるやつ)から立ち直った俺は岐阜城に登城した。途中で稲葉彦六郎に会い「おう吉十郎、此度は長かったな。子でも作っておったのか?」などと言われながらも、ご主君へのご挨拶の為に奥の間へと進む。勘九郎様は写経の途中であったが、筆を置き俺と対峙した。


「勘九郎様、遅くなりまして申し訳ござりませぬ。」


 深々と頭を下げてから主君の前に静かに座る。ご主君は俺の一連の動作をじっと眺めてから笑った。


「相変わらずだな。…まあいいさ。お前が籠っている間に城内は粗方片付いた。皆既に次の作業に移っておる。」


「次…とは?」


大殿(ちちうえ)からの沙汰だ。…我ら濃尾衆の次の目的は“中山道”だ。」



 中山道…つまり武田家か。



「上杉との盟約はまとまりそうだ。畿内は和田紀伊、佐久間で本願寺を抑え、山陽、山陰には羽柴筑前と惟任日向で攻略中。後は東海道と中山道だが…。」


 確か東海道は勢力を弱めた徳川が影響力を回復しようと躍起になっていと思うが…。


「徳川へは引き続き取次役(林家・平手家)が動いておる。そのうち、家臣共が岡崎三郎殿に鞍替えしてくるであろう。…となると我らが注力すべきは…。」


「なるほど。で、私は何をすればよろしいですか?」


 状況は理解した。後は俺の役目。そう思って聞いたが、勘九郎様は困った表情をされていた。


「……ない。」


「は?」


「お前が休んどる間にやるべきことは割り振ってしもうたから、任せることはないのだ。」


 う…そうか、これは俺が悪い。悪いのだが精神力とはなかなか鍛えられるものではなく、しかも此度は百姓の命を奪うという光景にかなり寝込んでしまったから…。戦のたびにこれではご主君の役には立てない…。


「なので暫く暇をやる。……表向きはな。」


 勘九郎様は身を乗り出し、俺に意味深な笑みを向けた。その後手招きされた俺は勘九郎様に近寄り、ひそひそ話で密命を受けた。







「はあぁぁぁ…。」


 城を出た俺は大きなため息をついた。俺にしか命じられないことだとは思う。だが、達成するためには俺が預かってる片腕爺'Sを頼るしかなく…だがどう切り出せばいいのか…。茜に相談したほうがよいか。


 そんなことを考えながら俺は池田様のお屋敷に到着した。一応“池田”家の婿殿でもある俺は顔パスで中に入れる。中では、勝三郎様と庄九郎と古新(こしん)(後の輝政)が談笑していた。


「おお、吉十郎!ようやく治ったか!」


 俺を見つけた勝三郎様が気さくに手を振った。俺は部屋の前で一礼する。


「ご迷惑をお掛け致しました。若殿にご挨拶に向かったところ、親父殿への文を預かりました故…。」


 そう言って俺は庄九郎に文を渡した。それを素早く勝三郎様に手渡し、俺に座るよう促した。


「なになに…。……なんじゃ、吉十郎の家来衆の嫁の世話を宜しく…とあるぞ?」


「はい、孫十郎も含め嫁探しの許可を頂いたところ、「勝三郎を頼れ」と申されまして。」


 池田様は文を置いて腕を組んで考え込んだ。


「若殿のご命令とあればいくらか当たってみるが…どうしてそのような話に?」


「…実は…」


 俺は先の戦での家臣とのやり取りを説明した。それを聞いた池田様は納得したように大きく頷かれた。


「お前んとこは、他家からやってきた者ばかりだからなぁ。縁者を頼ってよい女子も見つけられぬからなあ。」


 …そんな風にしみじみと言われると俺が情けない男のように思える。けど縁者が少ないのは事実だ。誰かに斡旋してもらうしかない。


「まあ儂に任せろと家来衆に伝えておけ。…それよりもこの先どうするのじゃ?若殿より所領が与えられると倅から聞いたぞ。」


 “所領”という言葉に古新が目を輝かせた。


義兄(あに)様!誠にござりまするか!」


 俺は嬉しそうにする古新の頭をやさしく撫でた。



 天王寺砦の戦は、織田軍の勝利ではあるが、新たに所領が増えたわけでもなく、逆に“織田家”に対する恐怖心が植えつけられる結果となったのだ。あたりまえか。あれだけ百姓共をなで斬りにしたのだから諸豪族に与えた影響は大きい。加えて本願寺が更に煽っていたらしいからこの戦は織田家…と言うより信長様が悪者扱いされているそうだ。当のご本人は気にしていないようでむしろ怨嗟の目が自分に向けられていることに満足しているらしい。

 で、そう仕向けた功績として、俺にご主君経由で褒美をくれるそうなんだが…。



 …俺、領地経営できるほどの家臣いないからなぁ。またご主君に相談しないと。






 翌々日、俺はご主君のお供として安土へ向かった。信長様は安土山の麓に突貫で建てられた仮御殿におられる。俺たちが到着すると蒲生様と忠三郎様を伴って現れた。こちらは勘九郎様と斎藤新五郎様と俺。3対3での話し合いである。だが、俺にはこのメンツでの会議内容がわかっていない。


 どっかと座り込んだ信長様はまず新五郎様に声をかけた。


「新五、美濃の様子はどうだ?」


 この質問の意図は俺もわかる。ご主君が信長様に変わって美濃の主となったため、美濃衆の動向を確認してるんだ。信長様は美濃衆を力で従わせていたが、ご主君の場合は、美濃出身の新五郎様がおられるうえにご主君自身が先の武田戦で美濃衆と寝食を共にされているため大きな問題はないと思われるが。


「様子見…と言ったところですな。武田攻略までは妻子を預かり、東の脅威を取り除いたところでいくらか包んで返してやれば安定するでしょう。」


 新五郎様の言葉に信長様は頷いた。


「特に東美濃の奴らは注視しておけ。」


 新五郎様は頭を突いて平伏する。次に信長様はご主君を見た。


「…相変わらず淀みのない目だ。」


 父の言葉に息子が言葉を返す。


「父上と相対する姿を見せねば壊した天下を治める者に相応しくないと心がけております故。」


 勘九郎様の言葉に信長様が笑う。勘九郎様も微笑み返す。互いが信頼している証のように俺は思える。二人は暫く無言で見つめ合い。納得したかのように頷き合った。


「濃がお前に会いたがっている。会うてやれ。ついでだ、無吉と新五も付いて行け。無吉の褒美の件は儂が手配しておいてやる。」


 勘九郎様は信長様の言葉に一礼する。信長様は満足げに頷くと俺たちに退出を促した。部屋を出た後、俺は新五郎様と目を見合わせた。会議と聞いていたのに2、3言でさっと終わってしまわれた。だのに信長様と勘九郎様は納得し合っている。


「叔父上、聞きたいことはわかっておる。無吉にも話してやる。今は黙ってついて来い。母上にお会いするぞ。」


 勘九郎様はそれだけ言うとさっさと歩いてしまわれた。




 ~~~~~~~~~~~~~~


 1576年6月12日-


 ご主君は、御台様と面会された。


 表向きはご機嫌伺いではあるが、実際は超トップシークレットの密談であったことを書き記す。


 既に毛利との書状のやり取りが希薄になり、安国寺恵瓊とも連絡が取れなくなっていたのだが、いよいよ毛利が織田家と敵対の意思を固めたことが分かった。原因は安芸の一向門徒と、これを庇護しようとする吉川元春ら強硬派の政策を当主輝元が指示したことによる。輝元は安芸に下向している足利義昭に言い寄られ穏健派の小早川隆景の主張を退き元春の意見を採用したのだ。


 何故これだけの詳しい情報を知っているか。


 それはこの情報をもたらしたのは、連絡の取れない毛利の外交僧、安国寺恵瓊だからである。恵瓊が表面上織田家との連絡を絶ってからも羽柴様とは書状を交わしており、その中で毛利家の内情をこちらにリークしたのだ。その内容は女中働きをしていた秀吉の与力、浅野長吉の娘を経由して御台様に届けられそこから信長様とご主君に伝えられた。この情報を知っているのは秀吉とその正室寧々(後の高台院様)、長吉の娘と御台様、信長様だけだったのである。


 そこまで秘密にしていたこの情報、当時は何の確証もないものである。だが、俺と御台様だけは分かっていた。この先、毛利が敵対し、上杉との関係も悪化して、織田家は二度目の大きな包囲網にさらされるという歴史を。


 歴史は、多少の違いやズレを生じさせながらも着実に「本能寺の変」に向かっていると痛感させられたことを記録しておく。



 ~~~~~~~~~~~~~~



「…というわけじゃ。この話は決して他言無用。山科殿にもまだ話しておらぬ。…京の街でこの話が公家、旧幕臣に漏れれば、混乱が生じる。じゃが黙って見ているわけにもいかぬ。介様は楔とならずとも何らかの手を打ちたいと考えておられる。」


 御台様は、俺たちへの説明を一旦区切ると茶を口に含んでほぅと息を吐いた。そしてゆっくりとした動作で俺に視線を合わせた。


「…無吉、お主の情報網はなかなかと聞いておる。何か得ておらぬか?」


 俺の情報網など大したことない。御台様が言われているのは俺の前世の知識に対してだ。俺はそう理解し考え込んだ。



 もうすぐ村上水軍との木津砦の戦いが始まるはず。それは毛利の指示によるものだが、この戦いに波多野、宇喜多の抑えで惟任様羽柴様は動けない。それに鉄工船はまだ開発すらされていない。

 となると…大和の十河様三好様、土佐の長曾我部様の兵を動かすしかないが…。だが、今大坂を預かっているのは佐久間様。あのお方が三好様や長曾我部様を使えるとは思えぬ。


“敵は滅ぶべき時滅ぶよう導く。市には悪いがここで浅井家には裏切ってもらう。”


 不意にこの言葉が頭をよぎった。我らの目的は天下の統一。その為には皆仲良く手を取り合って進むことはあり得ない。故に滅ぶべき家はそのように導いてきた。此度もそうすべきなのか。…では“滅ぶべき者”とは…?





 御台様との会談を終え、俺たちは安土を後にする。岐阜までの道中、新五郎様はずっと俺の出した案に唸っておられた。我がご主君も何も言っては来られぬが厳しい表情から察することができる。俺はそれほどの辛辣な案を提案し御台様ですら眉をひそめたほどだ。だが、信長様は了承された。された以上実行しなければならぬ。そしてこれによって多くの織田家臣が粛清されることになろう。


 俺たちが岐阜城に戻り、毛利家との不和が表面化し始めたころ、織田家中にある噂が流れ始めた。




“松永道意に謀反の兆し、これあり”



 後に畿内を大混乱に陥れた「松永久秀の乱」が始まろうとしていた。


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