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2.天王寺砦の戦い(前編)

申し訳ございません。年末年始が忙しくあれこれとやっていたら…投稿ができない状況に陥っておりました。

何度か書き直していたのでいつも以上に書き上げるまでに時間がかかっております。



 ~~~~~~~~~~~~~~


 1576年4月-。


 大坂本願寺がにわかに慌ただしくなる。


 理由は食糧不足による門徒の暴動である。


 本願寺とて一枚岩ではない。長年本願寺の坊官として歴代の法主を支えてきた武家が数多くいる。下間家七里家などがそうだが、家同士の権力争いも当然あるわけだ。そしてこの時期、この時期食糧を抱え込んでいる者が権力を増している。逆に食料を確保できていない者は寺社内でハブられていく。そしてハブられた者同士が鬱憤を募らせ迎合し、やがて爆発する。


 後世で「天王寺砦の戦い」と言われた戦の始まりはそんな本願寺内部の抗争からであった。


 ~~~~~~~~~~~~~~



 岐阜への引っ越し作業の真っ最中に、原田様からの書状が届き、俺たちはご主君の招集され広間へと集まっていた。小姓衆と馬廻衆は集められた理由を聞かされていないため、ぼそぼそと隣の者と小声で話している。そこへご主君の足跡が聞こえ、塩川様咳払いで静まり返り一斉に平伏した。

 襖が開き、勘九郎様が書状を持って上座に座るとすぐさま塩川様に書状を投げ渡した。


「それを回し読め。詳細はそこに書いてあるが、本願寺内で暴動が起きている。どうやら飯の奪い合いが起きているようだ。」


 勘九郎様の報告に半兵衛様が笑みを浮かべた。


「ようやく、原田殿土田殿の労苦が実りましたな。」

 原田様は対本願寺の司令官として十年近く畿内で活動されている。その活動のほとんどが本願寺を撃退するためではなく、弱体化させるための活動。そのため、原田様には派手な活躍の報告はない。身分も高くはない故諸将の統率もままならないことさえあった。だが信長様からの評価は高く、だからこそ、「原田」姓を与え、畿内での指揮力を高めようとされていた。その原田様の苦労がようやく花を咲かせつつある。


「そう喜んでもおられん。一向門徒共は食うものを求めて本願寺の外に出てきているそうだ。周囲にはいくつもの砦を配しておるが得物を持たぬ百姓どもが押し寄せて来られては堪らぬ。増援を寄こせというのが趣旨だ。」


 ご主君の言葉に丹羽源六郎が大きくため息をついた。


「よく分かりませぬ。百姓どもを相手に引けを取るような原田殿では御座いますまい。」


 源六郎の言葉に周囲が頷いた。ご主君も同調の意を示すように頷く。


「そうだ。九郎左衛門の奴めは、我らを当てにする相応の理由があるようだが…文には何も書かれていない。…無吉、どう考える?」


 ご主君が俺に質問することで一同が無言で俺を見る。会議を行うと必ずこのような場面になる。最初はドキドキしたが今ではもう慣れてしまった。そして原田様が何を我らに求めているかも俺は大体把握していたので、一歩前に進んで一礼した。


「恐れながら…原田様これを機に門徒共を打尽にされるおつもりかと。しかし手持ちの兵では些か心もとない故、援軍を求めているものと思われます。」


 俺の言葉で勘九郎様が乗り出した。ついでに前田様も乗り出した。


「根拠は?」


 前田様の質問に俺は声を落として答えた。


 畿内で原田様が率いる兵力はおよそ三万。しかし、原田様の差配で自由に動く隊は実質一万五千ほど。残りは河内、和泉、淡路に在地の国人共で素直に従うと思えぬ者ばかり。これらを当てに戦術を組むのは難しく、周辺の羽柴様、惟任様、そして軍監としてご主君に援軍の依頼をかけたと推測する。


「…で、効率が良いのは、門徒共を何処かの砦に引き付けて打尽にする策と思いまする。」


「だが相手は恐れを知らぬ門徒共。いったいどうやって打尽に?」


 前田様がうなるように聞き返してくる。俺は少し考えてから答えた。


「我らが門徒共を引き付けて原田様の籠る砦におびき寄せます。門徒共が集まってきたところを羽柴様なり惟任様なりに挟撃して頂きます。戦を知らぬ門徒共はこの挟撃に対処することは難しいかと…。」


 勘九郎様がポンと膝を叩いた。


「作戦はわかった。我らは最小の出費で最大の効果を発揮できるよう敵を引きずり回すだけでよいということか。…だが、筑前(羽柴秀吉の官位)や日向(明智光秀の官位)が上手く乗るであろうか。」


 既に羽柴様も惟任様も単なる一軍の将ではなく、国を治める立場、しかも河内に近い地域を任されている身である。なで斬りという百姓や寺社衆に恐れられるような行為は遠慮したいところであろう。だからといって消極的な行動は信長様の逆鱗に触れる。ここはうまくお二人の軍勢をコントロールする必要が…


「申し上げます!惟任日向守より火急の書状が!」


 俺が考え込んでいると小姓が慌ただしくやってきて書状を差し出した。慌てていたのか書状は薄汚れている。勘九郎様が受け取ってバサッと開いて目を通す。…視線が鋭くなった。舌打ちまでされている。何かあったようだ。


「丹波の波多野家が日向に反旗を翻したようだ。…これで日向の援軍は見込めなくなったな。」


 書状を塩川様に渡して明らかに不機嫌な表情で俺に何か言えという視線を投げかけられる。俺はすぐに前世の記憶をたどった。

 …忘れてた。確か母親を質に出してうんたらかんたらってエピソードがあったな…。まずいな、鎮圧まで長引くやつだわ。ということは、明智様は戦力として除外しておくべきだな。あと畿内で残っている軍は………荒木様の軍か。いや、かの軍は危険だ。仕方ない、大和の軍をお借りできるよう進めていくしかない。


「惟任様の軍は念頭から外しましょう。代わりに大和の軍をお借りできるよう三好様に書状をお書きいただけませんでしょうか。」


 俺からのお願いにご主君から返事を頂く。大和の国人は寺社との結びつきが強く扱いずらいと聞くが、三好様が上手く御して頂けるなら何とかなるだろう。これで羽柴様、三好様、和田様から最大二万は援軍の見込みを立てられる。これを元に本願寺からあふれ出た一向門徒の掃除ができそうだ。しかも我ら清州衆は少数での引き付け役だけで済むはず。…いや待てよ。念のため山科様にもご足労頂いたほうがよいか。


 あれこれ考えながら詳細を詰めていき会議は終了した。終了後、俺は池田庄九郎に「考え事をしている吉十郎の顔は怖い」と言われてしまった。…俺、そんな悪い顔していたのだろうか。




 数日後、前田様を主将として一千の兵を率いて河内へと進発した。副将には河尻与兵衛尉様、俺は河尻与四郎、佐久間甚九郎を引き連れ、軍監という位置づけで隊に加わった。騎兵六十に槍兵四百、弓兵三百に荷駄二百、そして鉄砲四十丁である。今回は雑賀根来衆とも交える可能性もあるため、鉄砲衆は清州自前の者を選び孫一は留守番に回した。俺のサポート役に慶次郎と与三郎、勝兵衛、八右衛門もつれてきた。慶次郎は義父である前田様と行動を共にすることに居心地の悪さを感じているようだが我慢してもらおう。

 目的地は天王寺砦。これから起こる戦は「天王寺砦の戦い」だ。俺の知っている史実ではこの戦で原田様が討死される。…だがそんなことをさせるつもりは俺にはない。原田様がいなくなれば本願寺の攻略が遠のいてしまう。ひいては「本能寺の変」発生確率アップにつながる。俺としては何としてでも「原田直政生存ルート」を切り開かねばならない。


 そういう思いで兵を進めていた。



「吉十郎殿。」


「今は鬼面九郎にございます。」


「む、そうであったな。九郎殿、今は何処に向かっておるのだ?」


 一千程度の塊であれば河内へは伊勢から抜けるほうが早い。だが、一行は大和に入ると北へと進路を変えた。不審に思った前田様が俺に声をかけてきたのだ。


交野(かたの)城にござります。そこで羽柴様、原田様、三好様と軍議を開く手筈になっております。」


「交野で?……彼の地は生駒殿が支配されている地…安全に打ち合わせることができる…というわけか。」


「はい。一向門徒は畿内ではどこにでも潜んでおります故、安全な地で話し合うほうが良いかと思いまして。それに用事もあるのですよ。」


「用事?」


 前田様は更に聞き返してきたが俺はそれには答えずに馬を進めた。前田様はふふんと笑った。


「用心深くなったのぉ。まあいい、儂はお主を信用しておるからな。」


 そう言うと前田様も馬を進め、一行は更に北へと進んだ。







 交野城。


 城主は土田生駒甚助様で、畿内の兵糧収集拠点兼情報収集拠点として機能している。対本願寺における後方支援の要として三千の兵が常駐している。

 そこに羽柴筑前守様、原田備中守様、三好左京大夫様が揃われ、前田様、生駒様とで軍議を開いていた。

 議題は、膨れ上がった一向門徒の対応についてである。


「大坂本願寺内には五万を超える門徒が集まっておる。烏合の衆とは言うが無視もできぬ。先日兵糧を運んでいた隊が襲われた。…米を奪うだけでなく逃げる兵をも皆殺しにした。近くの村まで襲われた。奴らは兵糧不足の極限に達しており、暴徒と化しておる。」


 原田様が畿内の現状を説明する。


「放っておけば餓死するのでは?」


 羽柴様が問いかけると原田様が首を振った。


「奴らは奪うことを覚えた。どんどん奪っていくであろう。そしてそのために次々と門徒を呼び込んでいる。」


「浅はかな…。」


 原田様の答えに羽柴様が愚痴るように言う。俺もそう思う。本願寺は飢えを凌ぐ為に悪循環な対応を始めてしまった。そもそも五万以上もの人員の食料を“奪う”程度で賄えるはずがない。わからないことではないはずだ。なのにそれを行っているということは…


「つまり、本願寺内では統制が取れていないと?」


 俺の言葉に原田様が頷いた。


「おそらく。だが問題は奴らはそれを逆手にとって対応し始めていることだ。」


「逆手?…どういう事でござる?」


 三好様が身を乗り出した。俺も気になって身を乗り出した。


「奴らは抑えられんのであればもっと煽ってしまえと…。」


 羽柴様がため息をついた。


「百姓どもが苦しむだけではないか。」


「そうだ。だが、余計に無視できぬ。だから、大殿に助けを求めたのだ。」


 そこまで言うと原田様は姿勢を正し頭を下げた。一同は顔を見合わせた。由々しき問題であることは認識されたようだが、どうしたものか…といった表情だ。暫く沈黙が続き、甚助様は俺に発言を促した。俺は半歩前に出て一礼した。


「私に案が御座います。その為に皆さまに此処にお集まりいただきました。」


 俺は作戦を説明した。まず糧食を荷車に積んだ隊を用意し、本願寺勢が気づくところを通る。奴らは門徒共を扇動し襲いに来るはずなので逃げる。これを複数個所で行い、大量の飢えた門徒共をおびき出して一か所に集める。そこを大軍で囲んで打尽にする。


「薩摩の島津家はこれを“釣り”と呼んでおります。餌で釣っておびき寄せたところを…」


「一気に叩きつぶすというわけか。…なるほど。」


 羽柴様が床に置いた地図を見ながら頷かれた。


「…で釣り役は誰がするのだ?」


 三好様が目を細めて聞いてきた。


「はい、我ら清州衆一千で行いまする。」


 一同は一斉に驚きの声を上げた。前田様まで一緒に驚いている。


「はい、その為に生駒様に先ほどお願いした儀を…。」


「…釣りの為の餌か。」


 甚助様の表情が険しくなった。


「無吉「今は九郎にござい」どっちでもええわい!わかっておるのか!危険じゃぞ!」


 羽柴様が唾を飛ばしながら声を張り上げた。


「はい、承知の上です。それに、この為に前田様に兵を鍛えて頂きました。」


 一同が前田様を見た。前田様は何かを思い出したようでにやりと笑った。


「そうか、それであんな何度も何度も走り込むような訓練を…。良いぞ。我ら清州衆が承った!」


 納得したのか前田様は膝を叩いて意気込んだ。それから委細を更に詰める為に数刻話し込んだ。



 決行は十日後。


 場所は天王寺砦の前に広がる泥地。


 そこに飢えて暴徒と化した門徒を誘い込む。


 待ち構えるは一万八千の織田軍。


 大和衆が心もとないのが不安だが、淡路を抑えている十河様に出張って頂くことになった。



 後はうまく釣れるように動くだけだ。



 ~~~~~~~~~~~~~~


 1576年5月-


 私の知っている歴史とは異なる“天王寺の戦い”が行われた。


 この戦で多くの百姓が織田軍に討たれた。


 罪のない者共というわけではなかったが、弱き民を守るべき我ら武士がなで斬りをせねばならぬという事態は諸将に心の揺れを持たせることにつながった。

 “織田信長”の名は悪名と共に各地へ飛び、織田になびきかけた国人達を震え上がらせ、大国の領主に“敵対”の感情を生ませる結果となる。


 だが私は記しておく。


 信長様は敢えて悪名を一心に受けておられたのだと。


 そうすることで、次代の治世をまっとうに進める為に。


 ~~~~~~~~~~~~~~






天王寺砦の戦い:史実では、大坂本願寺の補給路を断つべく「木津砦」を攻撃した織田軍に百姓衆を中心とした本願寺勢の大軍に襲われ大将の原田直政を含む多くの将を失っています。この戦いの後、対本願寺の大将に佐久間信盛が抜擢され、結局大した進捗もなく、信長の叱責を受けて追放されます。


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