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6.無吉の仮説



 俺は金ヶ崎城で一泊し、翌早朝に織田軍の後を追って北上した。夕刻には茶臼山に到着し、帯刀様からの使者として、織田軍の陣屋に入った。茶臼山城は日野川と奥野々川が合流する地点にあり、この日野川沿いに北上すると、越前で挙兵し守護代の桂田長俊を謀殺した富田長繁(とだながしげ)が籠る龍門寺城がある。

 富田長繁は一乗谷で桂田長俊を殺害した後、同じ朝倉旧臣の魚住景固(うおずみかげたか)と仲違いして龍門寺へと兵を移動させた。この時周辺の国人衆を味方に引き込み龍門寺を囲む山沿いの城が富田派となった。このため盆地の中央に位置する龍門寺城に兵を差し向けても周辺の諸城からの挟撃を受けることになり、非常に攻めにくい要害となっていた。

 織田軍は最初の標的をこの龍門寺城とすることで意見は一致したが、どう攻めるかによって意見が分かれていた。柴田様、羽柴様は強硬に攻めるべしと主張し、丹羽様、明智様が慎重に対応すべきと反論して意見がまとまっていなかった。


 俺は柴田様に面会を求めたが「火急の用でないのであれば明日にしろ」と断られ、止むを得ず丹羽様の陣へと足を運んだ。

 陣幕に案内されると、丹羽様は若狭の国人達を従えて飯の途中であったが。面頬姿の俺を見て家臣を下がらせた。俺はここに到着してからのいきさつを説明するとため息をついた。


「…権六の奴、儂らが突撃策を反対していることに相当頭にきているようだな。これでは益々奴に大将を任せられぬ。又左に何とか冷静になるように言ってはいるのだがな。」


「…私の知る柴田様はあのようなお方ではなかったのですが…いったい何が?」


「朝倉を滅ぼしてから、あ奴は苦労しておるのだ。焦っておるのやもしれぬ。…だがな、あ奴がお主に会わなかったのはその面頬のせいだ。」


「え?…と言いますと?」


「鬼面九郎は誰の家臣じゃ?」


「あ…」


 俺は思わず舌打ちした。丹羽様も苦笑するくらいに。鬼面をつけていたのは俺のミスかもしれんが、古渡様の縁者というだけで会おうともしないとはなんという狭量……いや、そうしてしまうほど柴田様の心に余裕が無いということか。


「柴田様を追い詰めているものとは一体何で御座いましょうか。」


「…恐らく、“守勢”であろうな。…この方針はあ奴の性格に合わぬのであろうな。」


 またもや俺か…。こりゃ九郎で行っても吉十郎で行っても会ってくれそうにない気がする。無理してお会いすれば話を拗らせるかもしれん…。作戦変更だ。


「羽柴様、明智様はどちらに?」


「十兵衛殿は白崎の方まで物見に、藤吉郎はそこの山の上におる…お主何をしようとしている?」


 丹羽様の目がギラリと光った。


「…何とか被害を最小限に抑える手立てはないものかとお二人にお伺いしようと思うております。」


「被害を……ということはお主もこの戦は一旦引いた方が良いと考えておるのだな。」


「はい、此度の戦、“敦盛の儀”で確認していた時とはかなり様相が違います。まず目的の異なる敵が点在し過ぎて各個撃破が難しゅうございます。しかも初戦の敵が堅牢な場所で籠もっていては迂闊に手を出すと被害が大きくなるでしょう。」


 丹羽様は大きく頷いた。


「ここは、様子を見て、敵同士で弱めあってくれるよう動いたほうが得策です。」


 丹羽様と俺の意見は完全に一致した。だが、この戦の大将は柴田様。柴田様の命がない限り丹羽様といえど動くことはできないのだ。俺は丹羽様と別れて羽柴様の元へと向かった。


「おお~吉十郎(・・・)!よく来た!久しぶりだ!本当に久しぶりだ。相変わらずデカい図体しおって…しかし、こんな所まで一体どうした?」


 羽柴様は俺が陣幕に入ると立ち上がって喜び、不用意に近付いて俺の肩をバンバンと叩いて俺を労った。


「羽柴様お久しゅうございます。…恐れ入ります、お人払いを願えませぬか?」


 真面目な表情で俺が畏まって言うと羽柴様も表情を変えて周囲を見回した。羽柴様の仕草に気付いた周囲の兵が陣幕の外へと足を運んでいく。残ったのは小一郎様と小六様となった。そこで俺は羽柴様の本音を聞き出した。思った通りというか、やはり羽柴様は明智様を意識しておられた。あえて明智様とは反対の立場に立って主張することで主導権を握りたいようだ。だが、羽柴様にはこれといった策がある訳ではないので「困ったの~小一郎なんとかならぬか?」と愚痴を言っている状態であった。


「徒に兵を差し向けても挟撃に遭います。ここは周囲の国人衆をこちらに引き込み、龍門寺を孤立させるように仕向けては?」


「…やってる。」


 やっぱり。こういうのは羽柴様の得意とするところだからな。


「だがな、色好い返事が得られぬのだ。奴らにもな“面目”というものがある。一戦して長繁への義理を果たしてからでないと動きそうにない。」


 羽柴様は困った表情をされているが、小六様が苦笑されている。実際はそれほど困っていないのであろう。恐らくやるべきことをやって後は柴田様が自滅するのを待っているんだ。既に撤退のタイミングを図っていると言っていいだろう。俺は羽柴様の陣を辞し、明智様の陣へと向かった。ちょうど物見から帰ってきた明智様にお会いし「吉十郎殿!(・・・・)」と声を掛けられそのまま陣幕に案内された。俺が人払いを願うと全員を外に追い出した。「では」と言って話そうとすると


「待たれよ。まだ人払いが済んではおらぬ。」


 と言って、慶次郎を見やった。慶次郎は無言で会釈して陣幕を出た。本当に二人きりとなった。これはこれで怖い。


「柴田殿は何も分かっておらぬ。ここで越前衆を皆殺しにすれば、誰も織田家に従おうとせぬ。特に寺社衆は自らの御領の安堵を主張しているにすぎぬ。寺社衆とは和睦すべきなのだ。延暦寺の時とは違うのだ。」


「しかし、越前国内には一向門徒もおります。彼らはどうされるのですか?」


「奪った兵糧を返すのであれば加賀への移動を認める。」


 甘過ぎる。そもそもこの時代で人口の流出を見逃す領主などありえない。


「それでは大殿のお怒りを買ってしまいます。一向門徒は根絶やしにするよう厳命されておられるでしょう。」


「吉十郎殿。根絶やしにすべきは門徒ではない。彼らを扇動する腐った坊官どもだ。私は百姓共に刃を向けたくはない。」


 明智様らしい言い方と思う。公家と百姓に甘いのは京でお会いした時からそうだった。…だがこれで三者の想いは大体わかった。



 柴田様は、一刻も早く越前を平定するために多少の犠牲も厭わず攻撃したい。

 羽柴様は、国人衆を懐柔して、首謀者を孤立させたい。

 明智様は、寺社衆、百姓衆と和睦して朝倉旧臣を追い出したい。

 ついでに言うと丹羽様は、大軍で囲って圧力をかけ、敵同士で自滅を謀りたいそうで、俺もこの策が一番全うだと考えている。織田軍にはそれをやる財力も軍事力もあるのだ。



 だが、越前に長期間大軍を置いておくことはできない。何故ならば、それが本願寺の策略の可能性が大きいからだ。越前に入った坊官の動向が掴めていない。越前に散らばる西野衆と接触して情報を仕入れたいのだが、手段も分からない。なにしろ足利義昭の作り上げた“反織田包囲網”は未だに有効だということを意識しなければならないのだ。越前に手間取っている間に別の場所に仕掛けられる可能性があるのだ。

 三人に本願寺の坊官のことを話せばどうなるであろうか。恐らく明智様羽柴様は我先にと撤退されるであろう。そうなれば織田家家臣団としての調和は完全に瓦解する。多少のしこりは止むを得ず越前の大軍を撤退させる方法を考えねば。この際、越前平定は先延ばしにしても構わない。




 翌日、陣内をウロウロしていた俺に、一人の足軽が声を掛けてきた。すかさず慶次がその足軽を捉えたが、男の編傘を取ると見知った顔が現れた。


「き、貴様…与三郎!」


「へへへ…翁鉄斎殿の命でここまで来ました。某に出来ることは御座いますか?」


 冬場の戦場に一人で来るとは中々の根性だ。こ奴なら家臣に迎えても良いだろうとこの時思った。…それにしてもナイスだ翁鉄斎。


「ある。暫し待て。」


 そう言うと、俺は紙と筆を借りに陣屋へと向かった。



 2日後、西野衆が到着し、越前の平野部、沿岸部、一乗谷周辺の状況が報告された。柴田様によって軍議が開かれ、一刻ほどして丹羽様が渋い顔で戻ってこられた。俺と慶次郎は非公式の帯刀様の使者のため、軍議には参加できず、丹羽様の陣で結果を待っていた。


「…吉十郎、結局は強引に攻めることになった。」


 どうやら柴田様が自分の意見を押し切ったらしい。


「丹羽様、西野衆の報告と軍議の経緯を詳しく御説明ください。」


「無論だ。場合によっては儂に随行してもらうつもりだ」


 そう言って丹羽様は軍議の内容を俺に説明した。



 まず越前国内の勢力図だが、最も兵数が多いのは寺社衆になる。

 寺社衆は、足羽山(あしばやま)を中心に山中に砦を作って籠城しているが、まとめる人物がおらず足羽山まで進軍できれば砦ごとに各個撃破が可能と思われる。

 続いて国人衆だが、魚住景固を盟主とした国人衆、赤座直保を盟主とした豪族衆、そして富田長繁に従った国人衆、このいずれにも属さない国人が山岳部に点在とこれもまとまっていない。だが中央の盆地にある龍門寺城を固く守る富田長繁が織田軍の行く手を阻んでおり、ここを撃破しないと次の攻略ができない状況だ。

 最後に一向門徒だが、彼らは九頭竜川の中腹にある小黒丸城を占拠して立て篭もっている。どうやら日本海沿いに加賀へ逃亡したいのだろうが、越前北部の国人衆に加賀への道を塞がれて身動きができない状態。門徒を直接率いているのは下間頼照。…本願寺の坊官の中でも名族の出身だ。彼らは奪った兵糧を他の勢力に奪われまいと守りを固めているらしい。



 時期は真冬。雪に覆われた山を越えて進軍するのは非常に危険で、織田軍の進む道は日野川沿いの龍門寺城以外にはない。ここを越えないと越前北部に侵入する手段はない。だが、三万もの大軍を展開するだけの広さはなく、周辺の山沿いに国人衆の砦があるため、迂闊に侵入すれば挟撃に遭い多くの兵が失われることが予想される。


 これが西野衆が越前国内を調査した内容だった。


 これに対して織田軍は、全軍で龍門寺城の攻撃と決まった。これに先んじて羽柴軍、丹羽軍は山越えで進軍することとなった。羽柴軍は東の日野山、丹羽軍は西の妙法寺山。明智軍は後詰として白崎に布陣することとなった。

 この作戦について、羽柴様と明智様は不満顔ながらも了承した。丹羽様は雪の量が減るまで待つべきだと主張されたが、柴田様の決意は固く、結局最後は折れて了承された。羽柴軍丹羽軍は25日の午後に進発し、明智軍柴田軍は25日の夜と決まった。同日に金ヶ崎からは帯刀様も二千の兵を率いて北上するらしい。



 真冬の行軍で足軽の士気も低く、挟撃覚悟での攻城戦…。城を落とせるとは到底思えないこの作戦は俺は止めるべきだと考える。だが…


 俺はここにおられる方の家臣ではないので行軍への同行は認められず、茶臼山城に軟禁となった。柴田様の家臣、浅見某という男が俺の監視役として城内に残った。……柴田様は一体何を考えておられるのであろうか。俺は無断で越前に来ているとはいえ、織田勘九郎様の小姓。それを監視付きで城内に閉じ込めるってどんだけ疑心暗鬼になってんだって話………。






 俺は本願寺のそもそもの目的を見誤っていたのかもしれない。




 当初本願寺は織田家臣を仲違いさせようとして越前入りしたと思っていた。……いや、思い込んでいたが正解か。だが、あくまで俺の想像。だのにそれを前提にあれやこれやと話を進めてしまっていた。


 下間頼照という坊官は、越前に入る前から織田家の一部の者に偽の情報を流していると仮定するとどうだろうか。その偽の情報を柴田様が手に入れ、信用し、その内容を元に越前への出陣を前に古渡様と揉め、出陣しても同行する他の家臣に疑心の目を向ける……。筋は通る。柴田様は俺に監視をつけるような方ではない。俺はそう思っている。であれば俺を疑う何らかの情報を手に入れている。



 となると、柴田様が掴まされた情報は他にも羽柴様、明智様に関することがあるかもしれない。柴田様ならば古渡様に関する良くない噂は、証拠の有無に関わらず“信じたい”と思うものだ。…となると古渡様直属の西野衆の報告も信用しておらず、誰のことも信用できずに皆の反対を押し切って出陣……。


 これは越前を使っての織田家内部崩壊を誘う大計略…。


 ありうる、有りうるぞ!



 ああ!この俺の仮説は当たらないでくれ!





富田長繁:前波吉継と共に朝倉家から織田家に寝返った武将です。その後吉継と共に越前を任せられますが、前波吉継の圧政に不満を持ち百姓衆を扇動して一乗谷を占拠します。その後は、国人衆、一向門徒などと共闘、反目を繰り返して、最後は家臣に裏切られるそうです。


魚住景固:旧朝倉家臣で富田長繁によって一族郎党皆殺しにされたそうです。


柴田勝家:織田家重臣の筆頭でありながら、清須会議にて羽柴秀吉に負け、賤ヶ岳の敗戦を経て北ノ庄で市姫と最期を迎えます。生涯を戦の中で過ごした人という印象があり、戦にまつわるエピソードも多いです。しかし、家臣想い、百姓想いの愚直な人柄で今話のような疑心に固まった勝家は作者も描きながら違和感を感じております。


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