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5.戦場で茶の湯

※申し訳ございませぬ、作者は全く茶道の心得などありませんので、表現に誤りがあるかもしれません。ご了承ください。




 1574年2月18日-


 俺は屋敷の警護を芝山翁鉄斎と帰る場所が無いので仕方なく屋敷に住まわせた津田与次郎に任せ、前田慶次を連れて越前へと向かった。


 俺たちの出で立ちは昔懐かしのぼろぼろの僧衣。孫十郎が用意してくれた。家長様の形見の大太刀を背負い、淀城の戦で塙様に頂いた朱槍を慶次郎に渡して馬で東近江路へと向かったのだ。


 慶次郎は俺の背にある大太刀を食い入るように見つめ呟く。


「某はこれと同じような得物を振るう者を見たことが御座る。淀での戦に推参した時に敵を馬ごと切り伏せておりました。」


 げ…あの戦にいたのか。まあいいか、俺の家臣になるなら知っておいた方がいいだろう。


「ほほう…慶次、その者はこんな面をしていなかったか?」


 俺は懐から鬼面を取り出して顔に張り付けて馬上で振り向いた。慶次の表情は驚きから徐々に頬の肉が緩んでいき、大声で笑いだした。


「主殿!愉快に御座る!心躍る思いで御座る!ではこの槍はあの時の!?いやあ身に余る光栄ですな。これから叔父貴に会わねばならぬのかと消沈しておりましたが、吹き飛んでしまいましたわ!…何でも申し付け下され!」


 慶次郎ってこんな性格なのか…。分かりやすくて良いが何か不安…。





 出発から五日後に俺たちは金ヶ崎城に到着した。馬は勿体ないとは思ったが街の手前で乗り捨てた。金ヶ崎城は後詰と物資の集積地として、帯刀様の軍が駐留されていた。本隊は既に一乗谷に向かって出発しておりここに残る兵数は二千ほどかと思われる。

 俺たちは目立たないように街に入り、帯刀様への接触方法を考えていたが…早速捕まった。


 正直、孫十郎を恨む。巨躯の男二人がボロ僧の恰好でうろうろしてれば、誰だって怪しむわ。…或いはワザとか?とにかく得物を奪われ縄で縛られ城内へとしょっ引かれる。この間慶次は大人しく従っていた。頼むから大人しくしていてくれ。

 庭へと連れていかれた俺たちの前に思いがけない人物が待っていた。


「伝三郎様!」


 そこには塙様の御実弟、伝三郎様がおられた。名を呼ばれた伝三郎様は俺を訝しむように睨みつける。…伝三郎様は鬼面姿の俺しか知らない。加えて鬼面はさっきボッシュートされてしまった。…これは絶体絶命ではないか?


「怪しげな二人組の僧を見つけ、捕えましてございます。あ奴らこのようなモノを持っておりました。」


 俺をひっ捕らえた武士が伝三郎様に近付き報告した。手には大太刀と朱槍と鬼面を持っている。伝三郎様はそれを見ると首を傾げ、俺と鬼面とで視線を行ったり来たりした。気付け!気付いてくれ!


「こ奴らを陣幕へ連れていけ。それから御城代をお呼びするのだ。」


「…は?」


「早く!」


 怒鳴られた武士が慌てて城内へと消えてゆく。どうやら気付いて頂けたようだ。俺たちは奥庭に敷かれた陣幕へと案内され、そこで縄を解かれた。


「“九郎”よ。装いが怪しすぎる。この面が無ければ儂など気付かぬところであったわ。」


 そう言って面頬を俺に渡した。本当に申し訳ございませぬ。全て孫十郎が悪いんです。


「伝の字!何かあったのか?お前の家臣が血相を変えてやってきたのだが?」


 俺はその声を聴いてすぐに平伏した。慶次が俺の様子で察して俺の真似をする。声の主は「ん?」と言いながら陣幕に入り様子を伺いながら上座の位置まで進んで「お!」と声を上げた。






 陣幕には俺と慶次。正面には帯刀様と伝三郎様、そして安井市右衛門という平野郷の商人が座っている。護衛の兵は全て外に追い出したようで、一応密室ではある。


「さて、吉十郎がわざわざこんな格好でここまで来たということは密命と見た。要件を聞こう。」


 帯刀様は興味津々の表情で身を乗り出して「早う言え」という仕草をする。俺はゆっくりと首を左右に振った。


「此度は私の独断…に御座ります。御主君からは「子ができるまで出仕あたわず」の命は解かれておりませぬ。…清州からは何の書状も受け取ってはおりませぬ。」


 俺の返答に帯刀様はため息をつかれた。


「お主…義父上(淡休斎のこと)からあれほど殴られたではないか…勝手な真似などするなと。事前に申し上げておけば勘九郎殿も手を回して……。」


 帯刀様は言いかけて口をつぐんだ。まじめな表情をして俺を睨みつけた。左右に控える伝三郎様と平野の商人様はきょとんとしている。


「…そういうことか。…よし、お前の勝手でここに来たと言うことで話を聞いてやろう。申せ。」


「は、ありがとうございます。では…」






 此度の戦…柴田様、明智様、羽柴様との間で仲違いをさせられる可能性があります。





「…離間か。そう思うた理由は?」


「先日、本願寺の坊官が若狭経由で越前に入っております。おそらく加賀の門徒と越前国内の門徒をまとめ上げるためだと思われます。」


「…で?」


「門徒をまとめるためであれば、わざわざ大坂から出張る必要はございません。加賀には七里など将として名のある坊官が居りまする。大坂から派遣したというところに別の意図を感じます。」


「だが、越前には一向宗の門徒が協力しているのは事実だ。そ奴らの目的は?」


「おそらく…兵糧かと。加賀の一向門徒は大坂以上に膨れ上がっており万年兵糧不足となっております。打開のために加賀では隣国への略奪が行われて居ります。先日も能登が襲われたという報告を受けております。」


 伝三郎様が唸った。戦国の世において周辺諸国の動向は非常に重要。しかし、諜報手段が非常に未発達なこの時代では、広範囲に活動している商人衆は優秀な諜報担当官である。俺も孫十郎と八右衛門のおかげでそれを手に入れた。


「帯刀様、能登の話は某も聞きました。…まさかそのような目的であったとは知らず…ひっ!!」


 安井様の言葉に帯刀様が鬼の形相で睨みつけ、安井様が震え上がった。


「これだから平野の商人は使えんのだ。銭基準でしか判断できぬ輩は……無吉、すまぬ。話がそれた。」


「は、敵は朝倉旧臣に寺社衆、一向門徒に、在地の百姓ども…身分も蜂起理由も異なる者がこれだけあるとまとまった行動はとれませぬ。」


「であろうな。」


「これに対し我が軍が取るべき行動は“各個撃破”に御座いますが…」


「どこからどう攻めるかで三者が揉めると申すか?…だがそれでは離間としてはちと弱いのではないか?」


「はい。ですが、本願寺の坊官が越前に来た理由は我らの仲違いを目的とするため、と考えるのが一番理に適っております。……とすると、我らが仲違いをしてしまう何かがこの先あるやもしれませぬ。」


 俺はそこまで言って口をつぐんだ。前世の記憶を頼りに発生する可能性のある出来事は…


・雑賀衆の合力

・荒木村重の謀反

・武田勝頼の侵攻


 だが俺の知識では発生年と順番が分からない。具体的な証拠となる情報が無い状態での発言は帯刀様を混乱させる可能性がある。


「ふうむ…。お主の危惧することは大体わかった。確かに今聞いた内容では、勘九郎の名であれやこれやと書状を出すとかえって混乱させるかもしれぬな。…かといって確かな情報も無く権六殿への注進は私でも出来ぬぞ。私も今や人前では勘九郎を呼び捨てになどできぬ身だからな。」


 確かに帯刀様は親族から一家臣に身分は格下げられてはいる。だが信長様から信頼された“敦盛の儀”の参加者には違いない。


「権六殿は、越前について大殿から厳命を受けておるからな。私如きの注進では言うことなど聞かぬであろうよ。」


「はい、そこが柴田様と他のお二方との置かれた立場の違いに御座います。」


「と言うことはお主が交渉すべき相手は十兵衛殿と藤吉郎殿か。五郎左殿がうまく軍議を捌いてくれればよいのだが…権六殿は五郎左殿にも敵愾心を持って居るしな…。」


 なんとなく分かった。信長様が明智様、柴田様、羽柴様を重臣としても、側近としては見ていない理由が。三者とも自尊心が強すぎるのだ。羽柴様、柴田様は言わずもがな、明智様も事ある毎に古渡様と張り合っておられたのだ。そんな三人の前に丹羽様がしゃしゃり出ればあっという間に軍議が崩壊する。それこそ本願寺の思う壷だ。…どうすればいい?




「主殿…煮詰まっておいでのようですな。」




 不意に後ろから声を掛けられた。振り返ると慶次がにっこりと笑みを浮かべていた。


「慶次、お前は何か策があると申すか?」


「いえ、何にも。」


 おい!こけそうになったぞ。無いなら黙っておけよ!


「しかし…このままでは前にも進むことができず、煮詰まってしまいそうでしたので。」


「だから必死に考えておるのだ。」


「主殿…人の心というのは、周りがどうしようとも何かしらの“(あと)”を残すもの……。ならぬように働き掛けるよりも、なった後でどう落ち着かせるか考える方が前に進むかと思いまして。」


 慶次郎の言葉で陣幕内の空気がすっと変わった。俺の中でも何かがストンと降りた気がした。


「それよりも心を落ち着けるために、茶でもいかがですか?」


 そう言いながら返してもらった荷物をごそごそと探り、何やらガチャガチャしたものを取り出した。


「…か、釜?」


 商人様が慶次の取り出した物を見て唖然とした。俺も吃驚した。


「はい、堺で全財産をはたいて手に入れました茶道具に御座います。」


 慶次郎の思いがけない行動に帯刀様が笑い出した。


「無吉!中々面白い家臣を手に入れたようだの!確かに一服しとうなった。市右衛門!湯の用意をいたせ!前田慶次郎…特別に許してやる。お主が茶を点てろ。」


 ……このお方、段々と信長様に似てきた。今の言い方は魔王度を上げた信長様に似ているわ。




 この日、俺は生まれて初めて茶の湯というものを嗜んだ。初めての茶が戦場で呑んだとはどうかと思うたが……それはそれで味わい深い。慶次の用意した茶は二種類。かなり苦めの濃い茶と甘い香りを引き立てた茶。皆がその二杯を呑んで、すっと心が落ち着いた。



 俺は最初波風を立たぬようにどうすればいいかと考えていたが……立った波をどう最小限に抑えるかを考えた方が良いかもしれぬ。多少のしこりは残るだろうが許容できれば問題ないと思う。




 うん、いい案が浮かんできたぞ。




塙伝三郎:原田直政の実弟と言われています。史実では本能寺の変で信忠と共に二条城に籠城して討ち死にしたそうです。


安井成安:平野七家の一家、成安(なりやす)家の商人。後に剃髪して道頓(どうとん)と名乗ります。


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