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1.年賀の儀(前編)

新章です。

話の中心が「年賀の儀」のため、登場人物がちょっと多いです。




 1573年12月末。




 俺は林様の呼び出しを受け、那古野城に登城した。この城は今川の一族が建て、桃厳様によって織田領となり信長様の居城となってのち、信光様が拝領された。


 現在の城主は林佐渡守様。


 一応道意様の説得によって勘九郎様に忠義を持ってお仕えしているはずではあるが…これまで直接会話をしてこなかったので呼び出された理由にも心当たりなく、些か緊張した面持ちで、案内された部屋で林様を待っていた。


 やがて佐渡守様は子の勝吉様を伴って来られ、二人で上座に座られた。既に取次役家としての家督は勝吉様に譲られてはいるが、なおも林一族の頂点として尾張国内だけでなく、隣国にも影響力のある佐渡守様。にこやかな表情が俺に向けられた。


「よう参られた。楽になさるがよい」


 丁寧な言葉遣いに不安を募らせつつ俺は面を上げた。穏やかな表情で俺を見やる佐渡守様。俺が緊張していることが見て取れたのか、林様はくすくすと笑った。


「緊張せんでもよい。儂にはもう二心はない。今日呼んだのは岐阜で行われる“年賀の儀”についてじゃ。…なんだ何も聞いておらぬのか?若は本当にこ奴に何も知らせておらぬようじゃの。…まあよい。儂がそれも含めて全部説明してやろう。」


 そう言って、佐渡守様は丁寧に年賀の儀について説明をされた。




 毎年元日に行われる年賀の儀。俺はここ数年参加できる身分ではなかったが、年々その規模が大きくなっているそうで、今年は明智様がその全てを取り仕切られるそうだ。当然、俺の御主君である勘九郎信重様も出席されるのだが、俺はその護衛としてお供をすることになった。(全く聞いていないのだが)

 だが、俺は御主君に「子ができるまで有給休暇」を頂いている身で、ここひと月の周辺事情の変化を全く知らない。そこで、佐渡守様が周辺諸国の近況も含めて俺に御指導御鞭撻を…ということだった。


 林家の担当は三河。報告は勝吉様よりお聞きしたが、内部分裂が促進されているそうだ。三河は祖父清康の代から、激しい主導権争いが国人同士で行われ、清康の死によって今川家にかっさらわれて色々と搾取されるようになり、今川治部の討ち死後は松平宗家争いやら吉良家との争いやら寺社衆との争いやらで疲弊しきっており、信長様からかなりの援助を貰って何とか立て直したという感じだった。

 それが、ここ数年の大きな状況の変化によって徳川家臣内で派閥ができ、それが分裂の様相を見せつつあるということである。



 何故俺に見聞きしたことを伝えるのかというと…別名裏年賀の儀(今付けた)のためであろう。俺も幼い頃は参加させられていたっけ。そこで話をするためだな。オーケーオーケーちゃんと活用させていただきます。



 佐渡守様は、その他に大和周辺の状況と木曽方面の状況についても詳しく説明された。俺はその全てを聞いて幾つか質問を行い、しっかりと情報収集させてもらった。


「ありがとうございます。お蔭様で周囲の状況は把握できました。」


 素直に頭を下げるとふふんと鼻を鳴らして笑われた。


「昔はお主の動向を色々と怪しんだものだが、こうやって素直に話ができるようになったのも一興よの。」


 面と向かって言われると返す言葉がすぐに出てこない。


「わはは!よいよい。今は息子の勝吉とうまくやってくれ。」


 道意様、貴方は林様をどう説得して来られたのでしょうか。180度態度が変わってるんですけど。







 各奉行からの情報を必要な分だけ取り揃え、俺は勘九郎様の岐阜行きの一行に加わった。随伴する武者は俺の他に丹羽源六郎、森勝三、そして奉行衆の代表として塩川様もおられる。総勢五百名ほど。信長様への献上品として、京から上等な酒を大量に積んだ荷駄を中心にして、美濃路を北へと進んだ。一宮で休息を取りその後は一気に加納まで進み、そこで宿を取った。

 加納は岐阜城の目と鼻の先にある宿場町で信長様の“楽市令”により多くの商人が集まる街になったのだが、京の華やかさを知っている俺から見ると賑やかさも物足りない。清州一行はここで食事を取り一泊するのだが、街の雰囲気に違和感を感じていた。


 翌日、早朝に加納を出立して岐阜城に入る。織田家の御嫡男が到着となれば、多くの出迎え人が集まってきた。若殿若殿と挨拶をする奉行たちに頷きながら勘九郎様は俺と勝三を伴って御殿へと向かった。すぐに奥へと案内され、ほとんど待たずして荒い足音が聞こえてきた。


「早いの!さては加納で泊まったか!?」


 部屋に入るなり大きな声がこだまする。慌てて平伏すると急に静かになったので恐る恐る顔を上げると信長様が俺を見てニンマリと笑っていた。


「無吉がいるということは、()ができたか!」





 ……勘九郎様は皆に俺のことをどのように言われているのか?「無吉は子ができるまで出仕能わず!」とか言いふらされてるんだろうな…。




 信長様の俺いじりが終わると話はまじめなものになった。今回の年賀の儀は織田家の強さを内外に知らしめる盛大なもので、かなりの要人を呼びつけているそうだ。そして信長様と勘九郎様はその要人たちと直接盃を交わす手順になっていた。そこで巻いた紙を持って信長様と勘九郎様の間に座って紙を広げる小姓。年齢は俺と同じくらい。信長様の小姓のようだが切れ長の目に筋の通った鼻を持ち、要は二枚目の顔つきだ。悔しいが男の俺が見ても男前と思ってしまうほど。誰だろうかと考えていると勘九郎様から声をかけられた。


「無吉、木曾(きそ)からも来るぞ!……義…豊?」


「木曾家当主、義昌様の弟君に当たられます。」


「ほう…武田を見限った…訳でもなさそうだな。」


「はい、恐らく両方にいい顔をしようと考えておいででしょう。」


「では、此奴は誰だ?」


香宗我部親泰(こうそかべちかやす)様…土佐七雄の一家、香宗我部家の御当主で、長曾我部元親様の御実弟にあらせられます。」


「四国の田舎侍…とは言えぬか。阿波の三好本拠を叩けば次に迎える敵となるのか…見定める必要があるか。」


「勘九郎様、毛利からは元清という者が来られます。」


「右馬頭の実子…だったか?毛利家も我らとどう向き合うか本気で見定めてくるか。」


 次々と飛び交う俺と勘九郎様の会話の様子を見て、小姓が驚きの表情で固まってしまった。反対に信長様は俺たちを見てにこにこしている。


「まあ、貴様らが直接会話することはなかろうが、こやつらの会話は漏らさず聞いておけ。…忠三郎、お前もじゃ。」


 忠三郎と呼ばれて、小姓が慌てて平伏する。俺は心当たりのある人物を前世の記憶から探し出す。いや、名前だけではわからんわ。






 翌朝。十二月末日である。


 前世では、年越しそばとかを食べる習慣があるが、戦国時代にはない。だが、年賀の挨拶というのはこの時代にもあり、各国の諸将が本人、または代理人なりが岐阜城に集まってきていた。本挨拶は明日の朝だが、諸将は少しでも早く長く信長様にご挨拶ができるよう、数日前から岐阜入りし信長様の直臣への御挨拶、要はロビー活動を行っており、今日はその最終日であるため、城門は大忙しであった。

 俺は勘九郎様の家臣なので本来は勘九郎様の護衛なのだが、人手不足を理由に呼び出され、記録係をさせられた。そしてそこで再び忠三郎様にお会いした。俺が会釈をすると忠三郎様は敵意剥き出しの表情で俺を睨みつけた。敵意を向けられることに慣れてる俺は気にした様子を見せず作業に戻るが、忠三郎様はずっと俺を睨んでいた。

 夕暮れになってようやく人の波が途絶え、俺は解放されて勘九郎様のもとに戻った。部屋では勘九郎様と勝三で飲み始めており、護衛衆にも別部屋で酒席が設けられていた。


「ただいま戻りました。…人が寒い中働いていたというのにもう酒ですか?」


「無吉、すまんな。明日は護衛で忙しいのだ。連れてきた奴らに今日だけでも酒を出しておかんと。」


 俺は勝三を睨みつけた。瞬間に勝三は視線を外した。なるほど。配下に酒を配っていて自分も飲みたくなったか。勝三は父親に似ず大酒飲みになったからな。分かるが理解はしてやらん。


「勝三、お前まで飲んでどうする!?」


「無吉、そう言うな。ちゃんとお前の分も用意してある。それに……どんな奴に会うたのか話が聞きたい。酒の肴には丁度良いであろう?」


 俺は無邪気な御主君に怒りは向けられず、無言で座り勝三のお詫びのような酌で酒を一口つけると話を始めた。





 ~~~~~~~~~~~~~~


 1574年元日。


 年賀の挨拶の後、織田家の主催で年賀の儀が執り行われた。当時、御殿に集められた諸将の多さに驚きを禁じ得なかったが、私が尾張を離れていた三年間で織田家はそれだけ大きくなっていたことを改めて実感した。

 また、各国の諸将だけでなく、朝廷の代理人として公家や寺社衆も参加しており、織田家の影響力の大きさに私は益々不安を募らせた。


 “本能寺の変”は起きるべくして起こった。


 当時はそう感じて、私は一人ずつつぶさに諸将の動向を観察していた。そして参加する諸将の信長様に対する態度を見て状況を把握し、次の目的を考えた。


 あの時、信長様は上座から色んな方に声を掛けられ盃を交わされた。…だが、最後まで信長様に呼ばれることのなかった方が三名…。


 佐久間信盛様、筒井順慶様。




 そして、荒木摂津守村重である。


 ~~~~~~~~~~~~~~




 信長様に続き、勘九郎様が広間に入り皆が一斉に頭を下げる。静まり返った部屋にスタスタと板の上を歩く音だけが響き、やがて上座に置かれた座布団に腰を落ち着け扇子をぱちりと鳴らした。


 御殿の大広間に集められた諸将は百名ほど。一番奥の座は豆粒のように小さく見える程度。大広間の上座には信長様と勘九郎様。中座右側が連枝衆で筆頭に山科淡休斎様(古渡様)で、北畠具豊様、神戸信孝様、古渡帯刀様、織田長益様と続く。左側は織田家重臣で筆頭に丹羽様、その隣には柴田様の代理人として前田利家様、次いで蒲生賢秀様、そして塙様、村井様、土田生駒様、佐久間様と続く。…佐久間様がかなりランクダウンされている。明智様は接待役なので別席に設けられ、羽柴様は信長様の命で播磨に出張中とのこと。


 そして中央中座に招待客(大名クラスの家臣)が。


 上席には、荒木摂津守様、三好左京大夫様、筒井順慶様、徳川三河守様、毛利元清様(毛利家名代)、香宗我部親泰様(長曾我部家名代)、上松義豊様(木曾家名代)、姉小路頼綱様(姉小路家名代)らが並んでいる。

 これに続いて、公家衆、寺社衆、バテレン衆が並んでいる。彼らの服装は武家衆とは異なるのでわかりやすいがこの場では浮いてるな。

 末席には信長様に忠誠を誓う地方豪族衆が並んでおりこれがまた大人数であった。


 何故こんなにもはっきりと招待客の説明ができるのか。


 それは俺が上座の勘九郎様の真後ろに酒瓶を手渡す役として待機しているからなのだ。はっきりいってちびりそうなくらい緊張してるぞ。




「新年、明けまして…おめでとうござりまする!」



「「「おめでとうござりまする!!」」」




 年賀の儀が始まった。




林勝吉:別名一吉(かつよし)。史実では父秀貞とともに織田家を追放され、後に山内一豊に仕えたそうです。本物語では、林家の家督を継いでおりますが、取次役を担うにはまだ若く、父秀貞の補佐をしている、といったところでしょうか。


道意様:松永久秀のことです。



丹羽源六郎:岩崎丹羽氏勝の長子。史実では織田信雄の勘気を受け徳川家に下ったのちに小牧・長久手の戦いにて武功を上げております。本物語では織田信忠の小姓衆の最年長として取り纏めを行っています。


森勝三:「鬼武蔵」の異名を持つ森可成の三男。史実では父、長男、次男と相次いで失い家督を継いでいますが、本物語は長男の可隆が健在のため、別家を立てる予定です。


楽市令:当時の商業は“座”を持つ一部の商家が販売独占を行っていたが、戦国時代に入り、武家衆の力が強まるとその既得権益の崩壊が始まっていました。力をもつ大名が座の廃止を目的に寺などで自由取引市場を作ったことが始まりだそうです。当時は商いに主軸を置く武家も多く、尾張国内でも、熱田加藤、津島大橋、小折生駒、清州伊藤などの商家が活躍し、これを支配下においた織田弾正忠家が勢力拡大できたといわれています。


香宗我部親泰(こうそかべちかやす):長曾我部元親の実弟。土佐の名族「香宗我部」の名を継いで兄の補佐を務めたそうです。


上松(あげまつ)義豊:木曾義昌の実弟。木曾家が織田家に服属した際に人質として安土に送られています。


姉小路頼綱:飛騨姉小路家の当主、姉小路良綱の子。道三の娘を娶っており、信長とは相婿の関係にあたります。


毛利元清:毛利元就の四男で、安芸の名門穂井田家の養子となります。元就の子は正室の子三人と側室の子とでは扱いが大きく異なっていたらしいのですが、その中で元清は一定の活躍を見せていたようなので、家内からは実力を認められていたのではないかと思われます。


荒木村重:摂津池田家の家臣でしたが、主家を追い出して織田家に臣従しました。刀に差したまんじゅうを食うお話が有名だと思いますが、実際にもかなり剛毅なお人だったようです。


三好義継:阿波の十河一存の子で、三好長慶の養子となりました。史実では、三好三人衆に担がれて三好家当主として畿内におりましたが、織田家との抗争で最後は家臣に裏切られて自害しています。


蒲生賢秀:六角家の重臣でしたが、六角滅亡後は終始織田家に臣従しています。近江でも名門の一族のようで、事あるごとに織田家からの寝返りを誘われますが、一貫して拒否っており、織田家への忠誠を示しておりました。信長が安土に移った後も近江に所領を有しており、信長からの信頼も厚かったようです。


忠三郎:歴史に詳しい方は誰かは御存知と思います。主人公と相対させるために、出生を1559年にさせていただきました。


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