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13.飯盛山城の戦い



 山科の津田邸。

 応接の間で俺は庄九郎と酒を酌み交わしていた。


 多賀勝兵衛の姉、(ちか)の酌を受けて、ぎこちなく挨拶を交わす庄九郎の姿は眼福である。


 俺達の後ろで山岡八右衛門と碁を打つ霜台様をチラチラと意識しながら言葉を選んで俺と会話する庄九郎の姿も眼福である。


「此度の武田の撤退…お前はどう見ておるのだ?」


 庄九郎も武田の撤退理由が気になるようで、俺に質問してきた。いいのか?後ろには霜台様が聞いてない振りしてしっかり聞いてるぞ?


「思い当たる節はある。…がその前に霜台様のご意見もお伺いしたい。」


 話を振られた松永様がゆっくりと振り返った。庄九郎が緊張した表情に変わる。


「……そうだな。色々考えられるであろうが、一番の理由は、御身の体調であろうな。」


 俺は笑った。やはり松永様もその結論に達していたか。となると、林様もそう結論付けて御台様にご報告なされているであろう。そこからご主君に情報が伝わるはず。いちいち俺が声をあげる必要はないな。


「どういうことに御座りますか?」


 これだけでは分からないといった風で庄九郎が聞き返した。


「おや、そこの若造は判っているような顔をしておるな。」


 そう言って松永様は俺を見やった。釣られて庄九郎も俺を見る。廊下で控える勝兵衛まで俺の方を見た。俺は杯をぐいっと煽ってから笑みを浮かべた。


「昨年から、武田の御館様は何度も湯冶をされておる。何か持病を抱えておられるようだ。」


「どこからそんな情報を!?」


 ないよ。前世の知識だ。でも外れちゃいない。


「既に戦場に耐えられぬ御身体やも知れぬな。もしかするとそのまま命まで失ったのかも知れぬ。そう考えれば、中山道の諏訪四郎が再戦を仕掛けて来なかったのも、駿河の武田軍が動かなかったのも説明が付く。…全ては西野衆の報告次第だが、戦況は大きく動くであろうな。」


 俺の言葉に庄九郎が唾を飲み込んだ。あ~あ…近が酌をしようと待っているのに、それにも気付かないのは男として良くないぞ、庄九郎。





 5月に入り、織田軍は畿内に兵を集めていた。

 武田とも朝倉とも停戦した織田家は4月末で足利様と和睦した。二条城の一部に火を放っただけで恐れ慄いて和睦を受け入れたらしく、村井様は「あれでは誰もついて来ぬ」と笑っておられた。

 そして、織田領の北、東の脅威が薄らいだ今、本格的に西に目を向けて活動を開始したのだ。羽柴様は播磨の豪族を纏めるべく活動されている。そして俺も池田様の与力として、枚方へ向かうよう命令を受けた。霜台様は6月には再び多聞山の城主になられる予定で、それまでは山岡八右衛門が相手をする。大和の久通は先日明智様、塙様の包囲によって降伏し、畿内から追放されたのだ。霜台様の監視の必要が無くなった俺は次の仕事場が枚方なのだ。庄九郎と行動を共にするかと思いきや、庄九郎はそのまま山科で父の代理だそうだ。代わりに清洲からは服部小平太様が二千の兵を率いて池田様に合力されるという。…くそう、最近庄九郎のやつ、近と仲が良いからな。だが、姉さん女房になるぞ。いいのか?



 5月11日。

 枚方城内に一同が集められた。

 上座に池田勝三郎様。中座には池田家の家老衆が座り、対峙する位置に、塙伝三郎様、服部小平太様、河内交野の豪族、安見宗房様、そして堺会合衆として宗易様が座られた。

 俺は山科からの与力として、下座の上位には座れてはいるが、まだまだ身分は低い。


「では始めよう。我が池田隊三千と塙殿、服部殿、安見殿の兵を合わせ、六千。これで飯盛山城を攻める。皆の意見を聞こう。」


 三好攻めをどうするかの打合せが始まった。ターゲットは飯盛山城。最近まで畠山昭高様の城であったが、三好三人衆の畿内侵攻のドサクサに紛れて遊佐信教に奪われ、三好家に同調して信長様に抵抗していた。兵力は二千ほどだが出城を幾つも抱えており、攻めにくい城と思われる。


「池田殿。あの城は我が一族が、先の修理大夫様(三好長慶)より賜った城。何としても我が手で取り戻したい。願わくば先陣をお任せ下され。」


 安見様は中座から頭を下げられた。池田様は渋い顔だ。


「気持ちは分かるが、今は我慢なされよ。あの城は貴殿が居たときから幾つも改修されておる。力攻めでは落とせぬ。しっかりと物見を放ち、攻め手を見つけるべきと考える。」


 さすが池田様。冷静に対処されているし、一軍の将として振舞われている。


「…と思っているが九郎、貴様の意見を聞こう。」


 前言撤回。全員が俺に注目してるじゃないの。


「畏れながら……兵力を頼みに戦うのであれば、奴らを城から出して決着をつけるべきかと。」


 池田様は無言で話を続けるよう促した。


「飯盛山の以北、以東は我が織田家の領地。西と南の川を封鎖することで、奴らは糧食を織田領経由で運び込まざるを得ません。それらを悉く襲い奪いましょう…飯盛山から見える位置で。」


「米を奪われる様を見せられれば、奴らも城を出て戦わざるを得ないと言う訳か?」


 小平太様が聞き返し、それに俺は肯いた。


「畿内各城の補給路は土田生駒様が把握されております。甚助様より情報を頂戴し、効率よく襲えば我らは苦なく敵に打撃を与えることができます。」


「出て来なければどうする?」


 消極的な方針に安見様はご立腹の様子で俺に睨みを効かせてきた。


「対三好において、飯盛山はそれほど重要では御座いませぬ。城内に閉じ込めて動きを封じるだけで効果が御座います。」


「まあ、落とせるのならその方が良いが、無理して徒らに兵を失ってもつまらない。その手で行くか。」


 池田様が俺の意見を採用するようだ。だが、安見様は納得できない様子。


「そのような消極的な戦でよいのでござるか!?」


 安見様はお怒りだが、池田様はいたって冷静。さすが池田様。


「その方が効率が良いと“山科の鬼面”も言っておろう?」


 前言撤回。これでは安見様の怒りが俺に向く。…ほら向いた。下賤の者が!って顔してる。


 ともかく、池田様は俺の案を採用し、飯盛山包囲が始まった。俺は、服部様の率いる一千の隊に組み込まれた。ここには服部様だけでなく、団平八郎と坂井久蔵も派遣されており、山科の鬼面が吉十郎だとばれるのは拙いかと考え、大太刀も池田様にお預けしていた。


「“山科の鬼面”こと九郎にござ「吉十郎、ほんとにでかくなったな」…あい?」


 服部様の前に向かい、挨拶しようとして逆に話しかけられ俺はまた動転した。なんで俺が吉十郎って知ってんの?


「はは、清洲の者は皆知っておるよ。若が嬉しそうに話されるからな。」


 服部様はバンバンと俺の肩を叩き、久蔵と平八郎が腹を抱えて笑った。正体がばれていることを知らなかった俺としては非常に恥ずかしい。


「しかし、あの安見って野郎は気を付けた方が良いな。あいつは自領を取り戻すことしか考えておらん。大局を見る力量もない。」


 小平太様はそう言って、隣に布陣する安見様の陣を見やって目を細めた。…確かに安見様は小物臭がプンプンする。問題が起きなければよいなと俺も小平太様を真似して安見様の陣を見やった。




 城を巻いて5日目。俺が昔を懐かしみながら炊き出しの手伝いをしていると、にわかに周囲が慌ただしくなった。どうやら出城の1つから遊佐軍が打って出たようで、これを巻いていた安見様の陣が騒いだらしい。俺は直ぐに小平太様の下に駆け寄った。


「九郎!安見の野郎に申し伝えよ!陣を下げて我らで三方から包み込むとな!」


「は!」


 小平太様の指示にすぐさま返事し、俺は安見様の陣へと向かう。…だがそこは俺にとっては敵陣にも等しい状況であった。敵は尾根伝いに飛び掛かり、その勢いに押し負けた安見軍は混乱して雑兵どもが右往左往していた。俺は素早く安見様を見つけ出し駆け寄る。


「織田奇妙丸陣代、服部小平太より伝令!服部、塙、安見様で三方から敵を挟み込む!安見様は下がられたし!」


 俺の声を聞いた安見様は憤怒の表情に変えた。


「小僧如きが儂に指図するか!小賢しいわ!」


 俺の指図じゃないんだけど。と思いながらも安見様に頭を下げる。だがこのまま引き下がるのは良くない。


「されど敵の勢いに押し負けております!ここは一旦下がられませ!」


 次の瞬間、俺は目を疑った。


 安見様は刀を抜いて声をあげて俺に斬りかかってきた。膝をついてしゃがんでいた俺は咄嗟に横に転がって一刀をなんとか躱したが、安見様は尚も俺に斬りかかった。俺は何とか甲冑の袖で刀を弾き返し、体勢を整えて立ち上がった。


「何をなさいますか、安見様!」


「やかましい!貴様が余計な事を申すからじゃ!ここは儂の城ぞ!この程度の攻撃なんぞ蹴散らしてくれるわ!…貴様の弱気な作戦など聞く必要などないわ!」

 安見様は大声で吠えると再び俺に斬りかかった。周囲の家臣は安見様から距離を取って、自分が被害を受けないように動く。家臣なら主君の御乱心を止めるべきではないか、と突っ込む余裕のない俺は陣幕の外に出ようと走った。

 だが、逃げ回る中で家臣の一人が俺にぶつかってしまい、俺は思わずよろめいた。


 見上げると正気を失ったような顔の男が刀を振り上げていた。




 俺の意識は暗転した。




 次に意識を取り戻したら、屋敷の中だった。布団に寝かされており、天井が俺の視界に入る。

 俺は、起き上がろうと身体を動かした。


「…痛っ!」


 胸に激痛が走り思わず声をあげる。


「だ、大丈夫に御座いますか!」


 女子(おなご)の声が聞こえ、俺の視界に若い女子が入ってきた。心配そうな表情で俺の胸に触れる。わずかな痛みが女子の手の動きに合わせて伝わってきた。


 …斬られたのか。


 俺は自分の胸に手を当てた。白い布が巻かれているが胸の部分が赤く染まっている。…俺の体は小刻みに震えだした。俺自身何も覚えていないのに体が恐怖を覚えているようでガタガタと震える。寒気も吐き気もする。


 若い女子が俺の手を握り締めた。


 俺の手をしっかと握り締める女子の手。手から腕、肩と視線を動かし、女子の顔を見た。


「…大丈夫に御座いますか?」


 不安そうにしながらもにこりと微笑んで女子が話しかけてきた。


 すると震えが止まり、寒気も吐き気もおさまる。


「…大丈夫だ。斬られたことを知らなかった故驚いただけだ。……ここは?…君は?」


 俺の返事にほっと息を吐きもう一度俺に微笑む女子(おなご)。視線を外すと、床に置かれた桶に手を伸ばして、手ぬぐいを取って俺の顔に浮かんだ汗を拭きとってくれた。


「ここは四條縄手(しじょうなわて)の寺にございます。アタイは池田勝三郎の娘、(さき)と申します。」


 俺は寝たままで周囲に首を動かした。静かだ。戦場からは離れているのか。


「咲どの、俺はどのくらい此処にこうしておる?」


「アタイが(とと)様より、貴方様の御看病を仰せつかってから丸一日経っております。」


 ふむ、となると、安見様に斬られてから二日ほどは経っていると思っていいか。戦はどうなったであろうか。気にはなるが、咲どのに聞いてもわからないであろうな。…と考えていると、すっと目の前に椀が差し出された。見ると咲どのが水を入れた椀を持って微笑んでいた。


「水…飲まれますか?」


 俺は差し出された椀を手に持ち一気に飲み干した。首を動かすと胸が痛むが、我慢できないほどではない。


「…もう一杯貰えるか。それと、何か食べる物はあるだろうか?」


 そう言って椀を返すと、咲どのは嬉しそうに笑って「直ぐに持って参ります!」と弾むような声で返事して部屋を出っていった。

 暫くすると咲どのと一緒に若武者が部屋に入ってきた。咲どのは盆を持っている。若武者は布団の上で胡坐をかく俺の前に座り一礼した。その隣で咲どのも頭を下げる。


「…吉十郎、知らせを聞いて跳んできた。お前の顔を見て一安心したわ。」


「…庄九郎。」


 顔を上げた池田庄九郎の目には涙が溜まっていた。正直に嬉しかった。俺を心配してくれる“友”ができた気がした。


「…心配を掛けた。」


 俺は頭を下げる。


「後は任せよ。既に安見は小平太殿に捕えられ、安見家の兵は我が池田家が更迭した。」


「そうか。で、飯盛山は?」


「…安見のせいで糧食を少し奪われたが、問題ない。…姉上、こ奴の世話を頼む。」


 庄九郎は咲どのに頭を下げた。


「まかせといて。九郎様、お食事をお持ちしました。」


 咲どのから差し出された盆を受け取り、俺は湯漬けをかきこんだ。



 ~~~~~~~~~~~~~~


 1573年5月21日-


 飯盛山城の戦いで、織田方にあった安見美作守宗房が突如三好方に寝返り、飯盛山城に籠っていた遊佐信教の軍に加わった。だが、服部様、塙様の反撃によりあえなく敗退し、安見美作守は捕えられ、その場で処刑された。

 実際には裏切ったわけではなかったのだが、勝三郎様は城を奪った後で寝返られる方が危険だと判断し、大殿の承認を得てその場で処分された。当時の私でも「止む無し」と思い、思うことで「私も戦国の世の常識」に慣れてしまったと病んだものだ。


 だが、畿内の戦は更に混戦となり、明智様、細川様、勝三郎様、塙様、帯刀様があちこちを駆け回る。江北の浅井家が再び織田家に牙を剥く。松永家と興福寺を中心とした仏教勢力の対立が激化する。



 …そんな中で、我が主君の元服の日取りが決定し、これを合図に畿内に再び戦火の兆しが見え始めた。



 ~~~~~~~~~~~~~~




塙伝三郎:原田直政の弟のようで、織田信忠に仕えていたとあります。信忠の死を見届けた後、玉砕覚悟で明智軍に突撃したそうです


遊佐信教:河内守護、畠山昭高の家臣だが三好と通じたそうです。史実では主君昭高を殺害し、三好方として戦うも、翌年には織田方に寝返っているそうです。


服部小平太:元は信長の小姓衆の一人でしたが、奇妙丸様の家臣になり、奇妙丸様の小姓衆を鍛えておりました。清州の兵が増えてからは、陣代として畿内の戦に参加致します。史実では黄母衣衆として豊臣秀吉に仕え松坂城主になります。


安見宗房:河内守護、畠山昭高の家臣で別名“安見直政”とも書かれています。史実では足利義昭の奉行衆に取り立てられた後、特に記載が見つかりませんでした。


千宗易:史実では豊臣秀吉が天下を統一後にその名が知られます。この頃はまだ会合衆の一人にすぎませんでした。


(さき):池田恒興の長女で庄九郎よりも1歳年長…という設定の架空の人物です。


四條縄手:大阪府四条畷市の付近です。昔はこういう字だったそうです。


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[一言] 反撃なしで切られる。毎回毎回情けなし、また気絶あー情け無い 回避するきあるの?口だけ番長!鬱陶しいから、早く主人公死ねや!
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