15.追放
小折に戻る途中で俺は捕えられた。
理由は聞かされなかったがそのうちわかるだろう。せめて兜だけでも小折に届けさせて貰えれば…。
姫様に一目合わせて貰えれば…。
俺は両手を後ろで縛られ、岐阜城外の牢獄に入れられた。だがすぐに別の男が来て、牢から出された。祖父江孫丸様であった。
祖父江様は代々津島の神職を司っており、当代も神職として信長様に仕えている。孫丸様は当代の御子で信長様の小姓を務めていた。
「…大丈夫にござりますか、吉十郎殿?」
孫丸様は俺の衣服についた砂を叩いてくれた。俺を捕えた男達とは違い、丁寧に接してくれている。
「大殿様のお怒りが凄まじく、丹羽様も御台様も御止めすることができませんで…。」
「…いったい何が……?」
俺の質問に孫丸様は周りを気にしながら小声で答えた。
「吉十郎殿に…物資横流しの嫌疑がかけられております。」
俺が?…何時?……何処で?……誰に!?
全く身に覚えがない。そもそも俺は物資を管理する奉行すらやっていない。
「これから大殿様が直接取り調べを行われます。申し訳ござらぬが暫くこのままで某に付いて来て下さい。…大丈夫に御座る。誰も貴方がそんなことをする輩だと思うておりませぬ。五月蝿いのは佐脇様一派と生駒衆です。…彼らを黙らせるための児戯とお思い下さい。」
喋りながら孫丸様は歩き出し、俺はそれに付いていった。…なるほど、誰かが俺を陥れようとしたと言うことか。そんなことで大事な兜を野に置き晒しにさせられるなんて…。
俺は唇を噛みしめて孫丸様についていった。やがて開けた庭に到着する。奥には椅子に座った信長様と、丹羽様、そして千秋様と祖父江様が居られる。その後ろには清洲の商人衆の伊藤様と津島衆生駒衆それに熱田衆の商人様まで居られた。
俺は庭の真ん中まで連れて来られそこで男二人の持つ棍で無理矢理座らされた。…これ、テレビで見たことあるな。罪人が奉行様の裁きを受ける場面だ。
気がつくと信長様が目を真っ赤に、顔も真っ赤にして俺を睨みつけていた。何かを言おうとして立ち上がりかけた信長様を横から制し、千秋様が前に進み出た。懐から紙切れを出すと、それを俺に見えるように広げた。
俺は紙に書かれた文字を読んで愕然とした。
紙には熱田、津島から買い入れた米の一部を伊賀の藤林某に送るよう記されており、最後に家長様と俺の連名になっていた。
俺が家長様と連名で書状を書いたのはたった一回。京で明智様より頂いた書状を元に公家衆に振舞う兵糧を津島熱田に頼んだ時だけだ。…あの時は書状を伊藤様に渡されていた……。実際に荷の運搬を行ったのは津島衆熱田衆の神人たちのはず…。生駒衆は絡んでいない。では何故生駒衆の商人がここに居る?
俺は生駒衆の商人を見た。男は俺から視線を逸らせた。…なんか知っているようだ。
「…吉十郎は古渡五郎三郎殿に送る兵糧を銭欲しさに伊賀で織田家に歯向かう野武士どもに売り払っていたと聞く。…まことか?」
審問が始まった。俺は即答する。
「身に覚えがありませぬ。」
「では、この書状は?」
「知りませぬ。」
「お主の名が書かれておるが?」
「書いた覚えはありませぬ。」
「…では、津島の者も熱田の者も生駒衆が積荷の一部を伊賀に運んだと言うておる。」
千秋様は後ろに控える生駒の男を呼んだ。男がすっと前に出る。…名は確か、伊藤兵庫頭盛清。通久様の右腕だった男だ。だが、俺は直接この男と会話したことはない。
「はい、当主様に言われ一部を伊賀の藤林様に届けるよう指示を受けました。その時にその書状を見ております。」
「おかしいと思わなかったのか?」
「はい、思いましたが古渡様が伊賀の調略の為に指示されたと言われたので納得しておりました。」
なるほど、荷を伊賀に運んだのは生駒衆か。それにしても……。俺はぎらりと男を睨み付けた。確認しようのない亡くなった家長様を持ちだすとは、小賢しいにもほどがある。俺は怒りを感じた。
「儂は三郎五郎にも八右衛門にも伊賀の調略など命じておらん。」
信長様が不機嫌な声で吐き捨てられた。
「で、では、当主家長とそ奴が手柄欲しさに勝手に…。」
俺は全身の力が抜けていくのがわかった。伊藤衆津島衆熱田衆がどこまで絡んでいるのかわからぬ。知る気もない。だが、盛清は自らの当主まで貶めるような発言を信長様の御前で吐くとは思いもよらず、また他の生駒衆が誰もこれを否定せぬとは…。
「八右衛門がそんなことをするか!」
信長様が吠えられるが盛清は引き下がらなかった。
「ですが、家督を弟通久様に譲るために手柄が欲しいと我らに申されておりましたので…」
家長様が家督を譲るのに、貴様らの手を借りねばならぬほどの男ではないわ。それはこの場にいる誰もが知っている。この男の虚言を信じるほど愚かではない。
「でも、我らもさすがにおかしいと思いましたので、密かに祖父江様と伊藤様に申し上げたら…。」
そこで控えていた祖父江秀重様が前に進まれた。…そうか、此奴は自らの発言を正当化する目的で神職の方々を巻き込んでいるのか。
「昔の伝手で伊賀に住む者を頼りに話を聞き、藤林と称する男からこの書状を手に入れた。書状は吉十郎と申す餓鬼から受け取ったと言っておる。」
祖父江様の話を聞く限り、よほど周到に用意されていたと思われるが…何時から準備していたのだ?家長様と通久様が亡くなられて半月も立っておらぬのに…。
もしや、浅井の挙兵に何か絡んでいるのか!
そうではないと思いたい。だが、そう考えれば辻褄が合う。生駒宗家の座を手に入れるには、当主とその弟は邪魔だ。だが戦場で命を落とせば当主は幼い通久様の御子が継がれ、後見に盛清が収まることができる。それには姫様と夫婦になった俺が邪魔。だがそんなことで織田家を危うくする行為を行うのか?
俺は再び盛清を見た。
盛清は薄ら笑いを浮かべていた。
こんな男の為に俺はここに座らされているのか。
こんな男の為に信長様を危険な目に会わせてしまったのか。
こんな男の為に我がご主君を……!!
俺は目を閉じた。
一筋の涙が頬を伝う。
それから俺は何を聞かれても、無言を貫いた。
俺がいれば皆が巻き込まれる。
できればご主君の側に居たかったが、もはや俺がお仕えする意義を失った。
ご主君を「本能寺の変」から守る気持ちはゆるぎない。だが、それは織田家の外からでもできる。
でも、沙汰次第では首ちょんぱかもしれんが…あとは御台様にお願いするしかあるまい。
やがて何も言わなくなった俺にしびれを切らした千秋様は最後通告を行った。
「これ以上何も言わぬのなら、罪を認めたこととする。よいのか?」
それでも俺は目を閉じたまま黙っていた。しばらく沈黙が続き、やがて千秋様のため息が聞こえた。
「…よろしい。生駒吉十郎長宗よ。貴様は、織田家の物資を私欲のために横流しした罪で、尾張美濃からの追放を言い渡す。生駒の娘との離縁を命ずる。更に生駒姓も召し上げる。諱も召し上げる。財産は全て没収とする。この沙汰は熱田大明神の御名を持って言い渡すものとす。」
いくら信長様でも熱田神宮の神様の名で言い渡された沙汰に口出すことはできないようで、無言だった。目を閉じているのでどういう御顔で俺を見ているかはわからなかったが、きっとお怒りであったろう。
俺は大人四人に抱えられ、街中を引き回された。
…そんなの沙汰の中にはなかったであろう、と俺は思う。街の入り口には祖父江様が立っていた。
そして祖父江様の前で俺は街の外に放り出された。
「これより、この街に入ること許さじ。速やかに美濃からも離れるべし。」
俺はゆっくりと立ち上がり、砂埃を祓って祖父江様に一礼した。
「…本当によいのか?」
祖父江様は心配そうな目で見られた。もう決まったこと。俺は肯く。そして一言だけ。
「私を知らぬ者が私を見て、“餓鬼”と思うであろうか。」
それだけ言うと、踵を返し長良川へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~
1570年5月11日-
私は国外追放を言い渡された。
だが、これは私にとって、織田家を外から見るに良い機会となった。それに、皆が私の事をどれだけ心配されているのかよく分かったし、新たな出会いもあった。
師を失い、母を失い、父も失った私に皆は親切であった。このまま余生を過ごすのも良いと考えたほどだ。
だが…。
あ奴だけは、許さぬ。
伊藤盛清。
今でもその名を口にするだけで怒りが込み上げてくる。必ずこの手でその命を奪って見せる…その想いだけは失わなかった。
岐阜を追い出された私は、小折にも清洲にも戻ることなど許されず、とぼとぼと歩いていたところを木下様に保護された。そして小一郎様の案内で京へ向かうよう提案され、すべてを失った私はそれを受け入れ…そして新たな人生を歩むことになった。
~~~~~~~~~~~~~~
伊藤盛清:完全に架空の人物です。清洲商人の伊藤某の次男で生駒家に仕官して成り上がった男という設定です。
祖父江秀重:津島神宮の神官職を務めていました。後に氷室姓を継ぐそうですが、あまり資料が残っていない人物です。
祖父江孫丸:秀重の子で、信長の小姓を務めますが、本能寺の変で討死します。諱は伝わっておりません。




