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14.生駒の兜

※前話の内容により、本作品のブックマーク数が大きく下降致しました。

やはり受け入れられない方もおられるのだと実感しております。

ご意見を受け入れ、筆者なりに見直して書き換えたつもりではいます。(でもいろいろ言われるかも)


物語は第二部のクライマックスです。

吉十郎に更なる不幸が襲い掛かります。

・・・では本編をどうぞ。



 御台様との秘密の話をした翌日。


 俺は気持ちの中から焦りが消えた一方で、悶々とした気持ちを新たに抱えていた。


(敵は滅ぶべき時に滅ぶよう導く。市には悪いがここで浅井家には裏切ってもらう。)


 昨日の御台様のお言葉が頭をよぎる。


 確かに理解はできる。全員仲良く頂点を目指すことはできない。だが、本当にこれでいいのかと疑問に思う。浅井が裏切ったのは、先代当主とその近臣だと言われている。新九郎様には信長様を裏切る気持ちはなかったと言われている。うまくやれば、長政派と久政派を分断して対応できないかと考えてしまう。

 昨日の一件で俺は迷うことが多くなったと思ってしまっていた。



 史実を整理しよう。


 今起こっている越前金ヶ崎城への進軍は、浅井の裏切りによって木下様を殿としてなんとか京に撤退し助かった。この時、命を落とした武将はいなかった…はず。


 では、戦後どうなるのか。

 まず朽木様が信長様に服属し、江南の守備に柴田様、中川様、森様が着かれる。竹中様の調略で堀秀村、樋口直房を寝返らせることに成功し…小谷城包囲に繋がっていく。


 大丈夫。知ってる人は誰も死なない。


 俺は整理することで少し落ち着いた。



「吉十郎!大変だ!浅井殿が挙兵した!」


 与三衛門が血相を変えて俺の部屋に飛び込んできた。俺は慌てて布団から跳び起きる。こんなに早くに裏切るのか!?と驚いた。昨日夜なべして作った書状なんて始めっから無意味だったじゃん!と毒づく。慌てて着替えて、御殿へと向かった。


 御殿では既に河尻様、池田様、半兵衛様、島田様、小姓衆が揃っており、俺は一番最後だった。


「遅い無吉!」


 ご主君に怒鳴られ俺は慌てて平伏する。


「肥前守!(河尻秀隆のこと)この阿呆のためにもう一度報告を!」


 「はっ」と河尻様が返事をされて昨日からの推移を説明された。



 織田軍は4月26日に金ヶ崎城に到着し城攻めを敢行した。城主の朝倉景恒(かげつね)は織田軍の猛攻に耐え兼ね、早々に降伏勧告を受け入れ開城した。そして織田軍が金ヶ崎城に入り一息ついたところで、梁田衆から「美濃との補給路が浅井の旗によって遮られている」との報を受けた。

 信長様はそれが浅井が裏切ったことを示すと瞬時に判断した信長様は、全軍に撤退命令を出した。

 明智様の部隊を先頭に金ヶ崎城を出発し、信長様本隊は、生駒隊と丹羽隊が護衛する形で淡海北岸の塩津を目指したそうだ。金ヶ崎城に最後まで残る殿は池田勝正様と、徳川様、そして木下様だそうだ。俺は木下様が殿を務められるという報告を聞いて思わず「おお!」と声をあげてしまった。


 第一報はここまでで、この報を受け、池田勝三郎様は部隊を率いて近江との国境へ向かったそうだ。この部隊には岐阜に残っていた生駒衆が付いて行っている。これで何か情報収集ができればと半兵衛様の指示だそうだ。


 俺達はそれからは、ただひたすら梁田衆、生駒衆からの情報を待つのみだった。半兵衛様の提案で、尾張で待機している津島衆にも指示を出し江南方面の情報収集に向かわせた。それでも、その日は誰も伝令が到着しなかった。


 4月28日。早朝に梁田衆の伝令が到着した。


「ご報告!大殿様の本隊と浅井の旗印を持つ一隊とが塩津にて衝突!生駒隊壊滅に御座る!」




 生駒隊…壊滅…。



 俺はそこから何も聞こえなくなっていた。




 ~~~~~~~~~~~~~~


 1570年4月27日-


 金ヶ崎城から撤退を開始した織田軍に阿閉貞征(あつじさだゆき)の部隊から襲撃された。

 当時、一旦塩津に入った信長様はこのまま江北を通ることは困難と判断し、松永様の案内で朽木谷を治める朽木家を頼るため、塩津の街を出たところだった。本隊を護衛していた生駒隊は文字通り身体を張って阿閉隊の攻撃を止め、信長様を塩津から西へと逃がすことに成功した。


 …だが、生駒家長様と、弟生駒通久様はそこで討死なされた。


 5月6日-

 無事に京に戻られた信長様は、敗戦など気にも留めないかのような振る舞いで京見物を行い、江南経由で岐阜へと戻られた。


 ~~~~~~~~~~~~~~





 岐阜城下の御殿に、織田家の重臣が集められた。

 柴田様、佐久間様、森様、丹羽様、中川様、河尻様、坂井様、斎藤利治様、蜂屋様、佐々様、稲葉様、安藤様、氏家様、奇妙丸様に、半兵衛様。


 信長様は上座に陣羽織を着たままの姿で座り込んだ。明らかに不機嫌。皆を見返す視線が恐ろしい程である。


「勝三郎は!?」


 怒鳴るような問いに、奇妙丸様が真っ先に答えられた。


「松尾山城を巻いております!」


 松尾山城とは関ヶ原の南の丘にある山城で、浅井挙兵の報を受けて池田隊が向かったのだが既に浅井軍により占領されていたため、半兵衛様の指示で池田様が見張っていた。


 奇妙丸様の回答に信長様は唸り声をあげた。浅井家に対する恨みを言っているようだが、もはや言葉にすらなっていない。それほどの怒りが信長様の全身を駆け巡っていた。

 それでも何とか諸将に指示を出し、直ぐに向かわせた。柴田様、森様、中川様には江南の安全確保のために兵を追加で与えて守備に向かわせた。殿を務めた木下様と徳川様を京から呼び戻すよう指示をし、全員を下がらせた。


 広間の入り口で片膝を付いて控えていた俺を見つけた丹羽様が軽く肩に手を乗せて、出て行った。


 そして広間に奇妙丸様と半兵衛様と俺が残った。



 信長様の荒い息遣いだけが周囲を支配する。その眼は俺に向いていた。じっと俺を見つめ、何か言いたげな表情であった。そして静寂が破られる。


「儂は…八右衛門だけは、死なせとうなかった…。」


 震える声。悔しさがこれでもかと言わんばかりに滲み出ている。しかしそれ以上は何も言わず、すくっと立ち上がると半兵衛様を呼んだ。


「貴様の所領が近くにあるな!今すぐ出奔せよ!」


「は!」


 突然の解雇に理由も聞かず半兵衛様は返事をした。そして、話を続けた。


「ひと月で落として見せまする!」


 それだけ言うとすぐに出て行った。後で聞いた事だが、松尾山城に入った堀秀村、樋口直房を調略しに奇妙丸様の下を離れたそうだった。信長様は半兵衛様の後を追うように無言で部屋を出て行った。


「…済まぬ。」


 すれ違いざまに微かにそれだけが聞こえた。








 俺は家長様のことを思い出した。



 家長様は、俺に具足を一式揃えてくれた。生駒の家紋の入った格好いいやつだった。姫様が「大人の仲間入りです!」と言って喜んでくれた。


 家長様は、京で美味い酒を馳走してくれた。俺からすれば濁りのきつい不味い酒だが、それでも他の安酒に比べれば遥かに良い酒で、俺のいい飲みっぷりに家長様はとても喜んでいた。


 家長様は、情報整理の仕方を俺に教えてくれた。商人特有のかなり特殊なやり方で直ぐには覚えられず、何度も「阿呆」呼ばわりされた。


 家長様は、俺用の刀を注文したと言われていた。体格のいい俺に合うよう、太く大きな大太刀だそうだ。…まだ届いていないのだが。


 家長様は、俺と共に奇妙丸様にお仕えしてくださる約束をした。義父と子でご主君に仕える…俺は楽しみにしていた。


 家長様は、身体を張って信長様の窮地を救われた。阿閉の兵を信長様に近付けることなく、その身を持って盾となり…その命を散らした。堀久太郎様が乱戦の中、何とか家長様の兜だけを手に入れ、持ち帰って下さった。その兜は俺の手の中にある。…血にまみれ、生々しい匂いの残る兜。



 俺は兜を抱きしめた。








 奇妙丸様の許可を頂き、俺は兜を持って岐阜を出発し、生駒の居城、小折に向かった。道中の事はあまり覚えていない。ただ、家長様との会話を思い出しては、涙を流していたように思う。


 小折城が見えるところに差し掛かり、俺は馬に跨った武者の一団に囲まれた。


「生駒吉十郎長宗でござるな!」


 明らかに敵意を向けた声。俺は「はい」と返事をすると、一人が刀を抜いて俺に向けた。俺は兜をぎゅっと抱きしめて身構えた。


「大殿より貴様の捕縛命令が出されておる!…大人しく我らと岐阜まで同行するが良い!」


 俺は後ろから別の男に羽交い絞めにされた。家長様の兜が落ち、俺は腕を振り払って兜を拾おうとした。


「抵抗するな!」


 俺は殴られ地面を転がる。それでも兜に手を伸ばすが、その手を踏みつけ、兜に届くことはなかった。その後俺の意識は暗転した。






 信長様が俺の捕縛を命じられ、俺は数人の武者に取り押さえられ殴る蹴るを散々受けた。信長様がどういう理由で命じたのかなんてどうでもいい。こいつらが一体誰かなんてのもどうでもいい。


 ただ、ただ……あの兜だけは、小折に届けなければならなかったのに。



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