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13.二人の想い

裏ボス様の想いを書き綴ったお話です。


閑話を少しだけ・・・

この物語を書くにあたり、転生者を一人だけにするかどうか随分と悩みました。

しかし、未来を知る者としての苦悩を共有できるキャラクターがいるのといないのとでは、ストーリーの明るさが全然違うと考え、もう一人の転生者を作ることとし、それを誰にするかで何の迷いもなく御台様に決定しました。

この方が史実でもかなり不透明な部分がある御方なので、その方がキャラつくりしやすいと思った次第です。

主人公以外の転生者については、他の作品でも賛否が分かれておりましたが私はどうしても登場させたかったので、このように致しました。読者の皆様には受け入れて頂けると幸いです。


それでは、本編をどうぞ。



 1536年。


 …妾は生まれた。


 母親は明智某の妹で、土岐の流れを組む血が欲しくて長井規秀の正室として迎え入れられた女。

 妾を含む三男二女を生んだが、決して父親になびくことは無く1551年に亡くなっている。


 妾には母親の記憶はない。母親の顔すら知らない。物心ついたときから、侍女たちに傅かれていた。


 妾にあるのは…前世の記憶。


 生まれて暫くは、ここが何処だか全く分からなかったが、次第にここが戦国時代の稲葉山城で、目の前にいる男が後の斎藤道三であることを理解した。道三は生まれてすぐ妾を母親の手から離し、大切に育てた。それには理由がある。



 妾には、1つ年上の姉がいた…そうだ。


 生まれてすぐに息を引き取ったらしい。理由は誰も教えてくれない。そして妾は生まれ、母親からすぐに離され“帰蝶”と名付けられ大切に大切に育てられた。



 1549年。


 妾は織田家に嫁いだ。


 相手はあの“織田信長”。


 帰蝶と名付けられた時点で予想が付いていたが、本当に妾が夫婦になるとは思わなかった。これまでずっと箱入り娘の生活を強いられていた妾にとって、初めて見る年頃の男。

 理由なんてどうでもよかった。ただ、この方のお側に居れば窮屈な生活から解放される。この方についていけば栄華を味わえる。


 だが現実は違う。


 元々敵国だった家の娘。


 部屋から出られるはずもなく、自由など何一つない牢獄にいるような日々。



 1552年。


 妾は介様と一夜を過ごした。


 それまでは、あまり寄りつくことも無かった介様だが、桃巌様の死をきっかけに妾の部屋に頻繁に来るようになった。

 悲しみを紛らわせるためだと思う。寂しさを隠すためだと思う。されど理由なんて妾にはどうでもよく、ただ一緒にいてくれるだけで、心が和んだ。

 そして男女の仲になれたのじゃ。正直嬉しかった。史実を知っている妾には斎藤帰蝶の運命はわかっていたが、この今の一瞬、介様と一緒にいられる一瞬をただただ味わっていたかった。



 1556年。


 転機が訪れた。


 懐妊したのだ。


 …史実ではそんなことは知らない。しかも年代が長男の信忠と重なっている。

 介様は生駒家にも出入りしており、既に類殿ともそういう仲であることも知っていた。ショックではあったがそんなことはこの世界では当たり前。気にしていなかった。

 …気にしていなかったのに自分がまさかの懐妊。もちろん介様は喜んだ。そしてそれを家臣に報告しようとした。


「お待ちください、介様。家臣に言うのは尚早かと思います。妾は介様とごく一部の女中にしか会わぬ身。このまま黙っておけば誰にも気づかれず、安全に子を産むことができます。妾はこの尾張では未だ敵の娘…に御座います。どうか妾とこの子の身を案じて、ご内密にして頂けませぬか。」


 介様は妾の願いを聞き入れ、ごく一部の女中だけで妊婦生活を送り…そして男児を出産した。

 この時点でこの子が誰となるかは妾にはわかっていた。


「…奇妙な顔のおのこじゃ。……妾は育てる気になれぬ。」


 妾は表面上は育児放棄をして、養育を類殿に委ねた。実際は介様の御立場を守るため。美濃の前当主の娘が織田家の長男を生んだとなれば、美濃の道三派が何をし出すかわからない。尾張国内の反信長派がどう出るかわからない。子は類殿が産んだこととして妾は歴史から姿を消す決意をした。

 この事を知っているのは、林佐渡守、生駒家長、類殿の三人だけ。



 1559年。


 奇妙が餓鬼を拾ったことは聞いていた。しばらくすれば手元に置いておけなくなるだろうと気にもしなかったが、その餓鬼を見て確信した。


 この子は妾と同じ未来を知る転生者(チーター)だと。


 そして、妾は気づく。妾のような人間は妾一人ではないと。他にもいるやも知れぬ。そして史実の改ざんが大いに行われるかもしれん。

 そうなれば織田家はどうなる?奇妙はどうなる?


 史実では、1582年に本能寺で二人とも命を落としてしまう。妾はそれは仕方がないと受け止めていた。だがそれまでに別の転生者によって歴史が大きく改ざんされて愛する介様や奇妙が死んでしまうのは納得できない。そう思った妾は、織田家に介入することにした。介様に知恵を貸し史実通りに事が進むように仕向けて行った。



 1560年。


 妾は過ちを犯した。


 介様が悩みを相談されていた千秋四郎殿に入れ知恵をした。史実ではこの方は今川家に殺される。だが、介様が頼りにされているこの神官の命が惜しくなってしまい…生き延びられるよう策を授け、そして生き残った。


 妾は泣いた。自分が一度決めた事を曲げてしまったのだ。これで歴史が変わるやも知れぬ。介様が死んでしまうかも知れぬ。だが、運よくなのか桶狭間は史実通りの結果になり、事なきを得た。だが奇妙と共に戦勝の報告を聞くこの餓鬼には最新の注意を払う必要があると考え、積極的に餓鬼に関わるようにした。



 1561年。


 岩室長門守を殺した。


 表現が誤っているかも知れぬぬ。妾ならば助けられたと思うが、心を鬼にして介様を信清討伐に送り出した。

 戻って来られた介様は魂の抜け殻のようになっていた。

 妾は泣いた。…何と言うことをしてしまったのだろう。妾は何の為にこの世界に転生し、介様のお側におり、介様の未来を案じているのであろうか。

 後で、餓鬼が岩室殿をお止めしようとしたことを知った。この餓鬼は妾と同じ知識を持ち、妾と同じように未来を案じ行動しているとわかった。そして、妾とは違う想いで介様と奇妙を助けようとしているとも理解した。

 妾は恥ずかしかった。妾は結局自分のことしか考えておらず、この餓鬼が眩しく感じた。




 妾は考えを改めた。


 この餓鬼は奇妙に忠誠を誓っている。この餓鬼ならば奇妙だけでなく介様も救うやも知れぬ。…妾はこの餓鬼を影ながら支えて行こう。これが岩室殿への罪滅ぼしになるとは思えぬが、少しでも介様の役に立つ男になってくれるのであれば、妾は全力を尽くしましょう。


 それから妾はより積極的に政に関与するようになった。奇妙が成人して織田家の後を継ぐまでは、妾が介様のお側で介様を御することに徹しよう。

 奇妙が信忠となり織田家を相続したならば、妾の全てをあの餓鬼に託して、身を引きましょう。





 全てを俺に話し終えた御台様が、すっきりした表情で俺を見つめていた。


「…秘密を抱えると言うものは、想像以上に心が荒んでゆくな。」


 俺は肯いた。身に覚えもある。だから、仲間を欲した。されど、この方は…。


「妾は誰にも相談ができなかった。貴方のことも気がかりだった。もう心労で倒れてしまうかとも思った。」


 御台様は言い終えてクスクス笑った。


「もっと早くにこうしておれば良かったとも思う。逆にまだ秘密にすべきだったとも思う。だが、今は気持ちが晴れやかじゃ。」


「何故……何故、今?」


お前(・・・)は何をしようとするつもりだったのじゃ?まさか、単身乗り込んで浅井長政殿を説得するつもりか?」


 いや、違うのだが、違うとも言い切れない。俺は曖昧に返事する。


「ここで浅井を残しては織田家の天下はありえぬ。織田家は介様に敵対する者共を次々と滅ぼすことで天下を取るのじゃ。介様の目指す天下は修羅ぞ。…それをみんな仲良く喧嘩しないで一緒に天下を目指しましょうなどと言うことができるか?」


 俺は首を振る。


「敵は滅ぶべき時滅ぶよう導く。市には悪いがここで浅井家には裏切ってもらう。」


 辛辣な意見。俺にはできない選択。だが正しいとも思う。織田家を快く思っていない大名家が俺達の暗躍でいつまでも生き残っていては天下統一などできない。別ルートで本能寺の変のようなものも起きてしまうだろう。


 しかし、このお方は正確には“帰蝶”ではなかった。本物の帰蝶様は、生まれてすぐに命を落とされ、このお方が新たな“帰蝶”として育ち、信長様に輿入れされた。帰蝶であることを徹底して史実通りに“桶狭間の合戦”を起こさせた。そして織田家の天下のために史実通りに進めている。それは並大抵の努力ではないのであろう。


「御台様。」


 俺は気持ちを改め、座り直して両手を床に付けた。


「貴方様の想う介様の御為。私の想う若きご主君の御為。力を貸して頂けませぬでしょうか。」


 俺はゆっくりと頭を床に付けた。俺の行為に御台様はクスクスと笑い俺の頭にチョップを食らわした。


「貴方の目的が単に「本能寺の変」を回避するだけであれば、妾は力など貸さなかったでしょう。しかし、貴方は織田家の天下統一のために、「本能寺の変」の回避を模索しておる。何をいまさら言って居るのか。…妾と貴方は同じ目的を持っているのじゃ。」


 そう言うと御台様は立ち上がられた。月夜に照らされるお姿が美しい。


「無吉、奇妙を…妾の息子を、宜しく頼む。」


 それだけ言うと、平伏する俺を残して自分の部屋へと戻られていった。







 びっくりした。


 御台様が転生者だったなんて。


 しかも密かに俺は監視されていたとか。


 俺も自分以外の転生者の存在に意識が向いていなかった。確かにいてもおかしくない。既に二人いるんだし。御台様は俺に気づくことで他の転生者の可能性を恐れ、余計な歴史の改ざんが行われることを避けるために、史実通りに進めようとされた。間違ってはいないがそれでは信長様は志半ばで果ててしまわれる。本当にそれでいいのかと言う葛藤もあったのだろう。だが誰にも相談されずにここまで来た。

 俺にはできない精神力の強さだ。今更ながらにその偉大さに俺は無意識に平伏した。





 ~~~~~~~~~~~~~~


 養華院様は…私と同じ未来の世界から来られた転生者であられた。


 しかし、これは私と養華院様だけの秘密。


 私が書く物語ではそのことに触れることは無い。


 だが、あの時以降、お互いに気持ちが楽になったことは事実である。私のいた世界では斎藤帰蝶の存在は希薄であったが、私が見た世界は逆である。


 これほど、夫に尽くし、夫の為に全てを捧げた御方は他にはおらぬ。

 これほど、子を慈しみ、子の為に己の感情を殺した御方はおらぬ。


 私は書き記そう。養華院様こそ、安土幕府最大の功労者であると。


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長井規秀:斎藤道三の前の前の名前です。長井規秀⇒斎藤利政⇒斎藤道三と名を変えています。


小見の方:帰蝶の母。明智光継の娘で、道三の正室になっております。孫四郎、喜平次、利治、帰蝶を産んでいます。本物語では帰蝶を産んだ一年後に今の御台様を生んだという設定にしております。


養華院:実際には誰の事を指しているのかはわかっていません。於鍋の方の墓の隣にその名があるそうです。本物語では御台様と致しました。


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