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7.本圀寺の変



 ~~~~~~~~~~~~~~


 1568年10月-


 足利義昭は参内し、征夷大将軍に任命される。信長様は三好を抑えるため、京の治安回復と将軍宣下を優先させ、上洛してひと月で足利義昭は将軍になった。

 将軍は単純にこれを喜び、信長様のことを、


「御父、織田弾正忠 殿」


 と宛名した感状を添え、和泉守護に任じた。



 だが、この頃の畿内はまだまだ不安定であった。


 ~~~~~~~~~~~~~~




 信長様が2カ月ぶりに岐阜に戻られた。その後も忙しく、中々お会いする機会が無かったのだが12月に入ってようやく落ち着き、清洲を出立し岐阜へと向かった。供は、島田秀満様、竹中半兵衛様、丹羽源六郎殿、大橋与三衛門殿、佐久間甚九郎殿。島田様は正式に直臣化を願い出るために連れて来ており、本人は不承不承という表情を隠すことなく、奇妙丸様の一行に付いて来ていた。源六郎殿は島田様の不遜な態度に何度も怒りを爆発させていたが、その度に奇妙丸様に窘められてふて腐れていた。


 岐阜に到着した一行は、城内の慌ただしさに少し呆気に取られた。奉行の下で働く役人たちがせわしなく動き回り、いずれも大量の紙を抱えて走っている。どうしたものかと立ち止まっていると、見知った顔がやって来た。


「ああ奇妙丸様、お待ちしておりました。ご案内いたします。さあ!どうぞこちらへ!」


 サル顔で似合わない裃を身にまとった小男が俺達を案内した。御殿の一室に案内されて奇妙丸様は小男に質問した。


「何か別の城に来ているかのような忙しさだの?なにかあったのか、木下藤吉郎?」


 下がろうとしていた木下様は足を止め振り向いて笑顔を振りまいた。


「今は畿内への物資について全てここで決裁し、送っているのです。それと、畿内で大殿に降伏された者共が挨拶にも来られております。若君がおられることが知れると、中々城を出られなくなるやも知れませぬ。お気を付け下され。」


 そう言って部屋を出て行った。奇妙丸様は俺と目を合わせると困った顔をされた。…俺を見てもわかんないのでそういう時は島田様に聞いてください。




 信長様との対面は直ぐに始まり、直ぐに終わった。奇妙丸様が戦勝のお祝いの口上を述べ、信長様が肯かれ、島田様の直臣化のお願に「許可する」とだけ答えられる。その後、新しき家臣から挨拶を受けるように言われ、終了した。さっさと出て行かれる信長様。島田様のことなど一瞥もせず、島田様は顔を赤くしてプルプルと全身を震わせていた。“美濃では貴様なんぞ必要としていない”そんな態度と受け取ったようで怒りの感情が漏れ出していた。

 奇妙丸様はそんな島田様を一瞥しただけで気にした風もなく、「これからは清州の蔵はお前に任せる」と言ってしまわれた。



 その後河尻様の案内で別室へを行くと、そこには頭の禿げあがった小さ目の男が平伏して待っていた。奇妙丸様は上座へと上がり下男の前に座る。俺がその斜め後ろに腰を下ろし、河尻様は奇妙丸様と男の間に座った。


「面を上げられよ。」


 奇妙丸様の声で男がゆっくりと顔を上げた。


「…初めて御意を得ます。大和を守る松永久秀に御座います。」


 俺は身体を固くした。この禿げた小男が松永?…貧相に見える。「俺の人生オワタ」みたいな顔をしている…。だが確かに「松永」と名乗られた。


「ほう、お前が悪名高き“霜台(そうだい)”か。岐阜に来ていたのか。父上に服属したと聞いた。…これからはよろしく頼む。」


「もったいなきお言葉…」


 そう言うと再び頭を下げた。俺の感覚からして、頭を深く下げて顔を相手から見えなくさせる輩は信用できない。この人は三悪を平然とやってのけたとかなんとかで“梟雄”とも後世で言われている。将軍殺しと、大仏焼きと、あとなんだっけ?ま、まあそれほどの男だ。この挨拶には何か意味があるはずだ!俺は男を注視した。

 …だが、何事もなく会話は終了し奇妙丸様は席を立った。それに合わせて松永様も平伏する。



 …え?終わり?いや、別に何かを期待していたわけではないが、なんかこう…裏取引的な展開があるんじゃないの?



 と思ったが、何もなく俺は奇妙丸様について出て行った。その後も江南出身の降将と何人か謁見が行われ、奇妙丸様は表情一つ変えずにこなしていった。

 一通りの謁見が終わると休憩となり、俺達は茶を出されて一息ついた。そこに河尻様が入ってこられた。


「若殿、いかがでしたか、近江や大和の者たちは?」


「…近江の者たちは、強い者になびくだけのように見えたな。あ奴らは今は良いが、より強い者が出てくれば一斉にそちらに鞍替えするぞ…とみたが。」


「さすがは若殿です。大殿との見立てが同じにござります。」


 後で奇妙丸様にお伺いしたが、相手と直接会話する目的は、相手の腹を探り合うか、相手に良い顔を見せるかのどちらからしい。近江衆は後者の目的だったようで、信長様は、近江衆が結託するのを避けるため、幾つかの重臣に切り分けて、与力に付けるそうだ。


 問題は、あの松永弾正様。


 終始落ち着いて会話されていたが、時折物悲しげな表情を見せていた。…あれは、悲壮感というか、とにかく信長様に降り、所領を安堵された者の顔とは思えなかった。


「無吉も気になるか?…あの者、何かを話せずにいるようだ。調べてみても良いかもしれぬ。」


 俺は頭を下げた。


「与三衛門の伝手で津島衆を動かしても宜しいでしょうか。」


 津島衆は信長様配下の商人衆だ。いくら大橋家の嫡男が奇妙丸様の小姓をしているとはいえ、信長様に許可を取る必要がある。そこは河尻様が手を差し伸べてくれた。


「大殿に伺っておきましょう。ああ、年が明ければ、私の息子も元服し若殿の小姓として仕えさせて頂きます。…その時はどうぞ良しなに。」


 河尻様の言葉で、話はお開きとなった。




 1569年元日。


 今年の年賀の儀は、これまでと様相が異なった。


 これまでは尾張一国のみだったため、尾張の家臣が集まっての祝賀であったが、美濃、近江、山城、摂津、大和、北伊勢、摂津、河内と領土が一気に増え、岐阜に年賀の挨拶に訪れる者も一気に家格の高い方々となった。


同盟国からは、

 徳川三河守家康様の名代として石川数正(いしかわかずまさ)様。

 甲斐武田からは、浅利信種(あさりのぶたね)様。

 江北浅井家からは、磯野員昌(いそのかずまさ)様。

畿内からは

 和田惟政(わだこれまさ)

 一色藤長(いっしきふじながさま)様。

 三淵藤英(みつぶちふじひで)

 三好義継(みよしよしつぐ)様。

 松永久秀様。


属国となった江南、北伊勢からは

 進藤賢盛(しんどうかたもり)様。

 蒲生賢秀(がもうかたひで)様。

 神戸具盛(かんべとももり)様。

 長野信包(ながののぶかね)様。(信長様の御実弟)


 層々たる顔ぶれで、信長様の小姓衆だけでなく、奇妙丸様の小姓衆である俺達も宴席で粗相のないように、渡り廊下にズラリと並んで警護にあたる装いとなった。

 宴席自体も膳を用意した酒盛りだけではなく、催しものとして、舞や音楽、相撲などが執り行われた。その催しを一手に仕切っていたのが…


 堀久太郎秀政様。


 4年前から小姓を務め、昨年は足利義昭様の御住まいにあたる本圀寺の普請奉行を務められるなど、若手のホープである。見目も美しく、彼の動作そのものが様になり、諸将からも注目を集めていた。彼の指示で催しは滞りなく進み、信長様も満足げにされていた。


 年賀の儀は無事終わり、翌日、翌々日には出席者も本国へと引き上げていく。信長様は久太郎様を始めとする小姓衆を労い、ようやく岐阜城が通常に戻り始めた時だった。


 俺達は奇妙丸様と既に清洲に向けて出発した後だったため、事の詳細は帯刀様の文で知ることとなった。




 「本圀寺(ほんこくじ)の変」と呼ばれる襲撃事件である。


 畿内を追われた三好三人衆が、阿波衆と畿内の浪人衆を集め、足利義昭様のおられる本圀寺を、突如襲撃したのだ。襲撃の報告は直ぐに岐阜へと届けられたが、信長様が京に到着する前に、摂津、河内、山城に配備された兵でなんとか撃退に成功した。


 これは単に将軍暗殺が未遂に終わったという話ではない…。



 俺は帯刀様の文を握り、身を震わせる。



 これは、織田信長様が明智光秀様を知るきっかけとなった事変だったのだ。


 斎藤氏により本領を追われ、家族と僅かな家臣を引き連れ流浪の身となった男。


 和田惟政様の客将という身分から、義昭様の将軍就任と共に幕臣に取り立てられ、本圀寺の警備を任されていた男。


 突然の襲撃にも動揺する事無く、冷静に対処し、周辺諸国の兵を集めてこれを凌ぎ、撤退する敵兵を追いかけ、合戦にもつれ込ませて勝利までした男。



 そんな男が信長様の目に留まらないはずがない。



 これをきっかけに、信長様と明智様は急接近する。俺は……本能寺の変にまた一歩近づいたことを実感した。



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