3.同盟と婚約と
以前、信長様を「御屋形様」と称して、さまざまな意見を頂きました。
そこで資料を読み漁り織田信長が屋形号で呼ばれる守護職を得ていたかどうか調べました。
…結論は、「否」でした。
美濃国、井口。金華山の麓にある御殿にて、とある会見が行われていた。
上座に座るは、尾張美濃の国主、織田上総介信長様。…と我がご主君、奇妙丸様。
下座に座るは、薄汚れた裃でぼさぼさ頭の竹中半兵衛重治様。…と義父にあたる安藤伊賀守守就様。
俺は広間の外で、他の小姓たちと待機している。
お市様の祝言が近江小谷城で行われた後、信長様は有力家臣を集め、奇妙丸様の小姓となる子息を差し出すよう命じた。
既に奇妙丸様は信長様の後継者と宣言されており、その小姓となるのは、自身の引いては家の将来が約束される。家臣たちはこぞって自分の族子や実子を差出してきた。その中から古渡様が厳選をされ、まずは8名が選ばれた。他は岐阜に留め置かれた。要するに人質である。
信長様は小姓選出と称して、人質を効率的に集めたそうだった。なんて阿漕な!て俺は思ったのだが、戦国の世では普通らしい。
俺の他に小姓が8人。
丹羽 源六郎様。尾張岩崎城主、丹羽氏勝様の子で18歳。…知らない。
大橋 与三衛門様。津島十五党の党首、大橋重長様の次男で16歳。超大物の御子息です。
団 平八郎様。尾張羽黒城主、梶原景久様の族子で14歳。この方は知ってる。団忠正様だ。へぇこの頃から「団」の姓を名乗ってるんだ。
稲葉 彦六郎様。西美濃の豪族、稲葉良道様の四子で13歳。小姓になるために先日元服されたらしい。
坂井 久蔵様。坂井政尚様の子で、13歳。…あーこの方は知ってる。姉川で討死しちゃう人だ。
佐久間 甚九郎様。佐久間信盛様の子で12歳。あーこの人も追放されちゃう人だ。
荒尾 平左衛門様。知多郡木田城主、荒尾善次様の子で12歳。尾張南部の佐治家と同格の豪族の方だそうだ。…どうなったのかは知らんけど。
蜂須賀 彦右衛門様。小六様の子で後の家政様だ。御年10歳。織田家内で地位を確立するために、無理矢理元服させ小姓衆にねじ込んだそうだ。
ん?8人?1人多い。…あの子供は?
後で知ったのだが、会見の間の側に控える奇妙丸様の小姓に混じっていた子供は、池田 庄九郎様で池田勝三郎様のお子。まだ9歳。…勝手に奇妙丸様の下に送り込んだそうだ。
とにかく、小姓衆としての最初の仕事が、岐阜城での信長様と半兵衛様の会見警護だった。
「…無吉から聞いていた印象とは随分と違うようだな、竹中半兵衛。」
信長様が“魔王モード”で話かけるが、半兵衛様はびくともせずに、涼しい顔をされていた。
「山奥に隠棲しておりまして…色々と億劫になったもので…。」
「儂に会うのにそのようなみすぼらしい恰好で来るとは度胸があるな。…それとも儂に仕える気はないと申すか?」
隣に控える安藤様が慌てて平伏するが半兵衛様は平然と澄ました顔で言い返した。
「無吉が…あ、いえ吉十郎殿が「殿は家柄や見た目で判断はされず、能力のみを見て登用なさる」と聞いたもので、恰好つけるのは愚手と思い、いつものまままかり越した次第に御座います。」
信長様は鼻で笑った。
「よう言うた。ではその能力見せて貰おう。…この城がまだ斎藤の物だった時、我らは三方から兵を進めて城下を焼き払い、城を奪った。…貴様が城主なら我らをどう対処した?」
…意地悪な質問だ。あの戦は、西美濃の国人達を真っ青にさせるくらいの強烈な手で、美濃侵攻を確認してから、誰一人として対処ができずに城下焼き討ちをされた戦だ。案の定、安藤様が汗でぐっしょり濡れてしまわれている。
半兵衛様は顎に手を当て考え込んだ。それを見て信長様はニヤニヤと笑っておられる。
「畏れながら……」
半兵衛様はゆっくりと自身の考えを述べられた。
「私が城主なら、尾張軍侵攻の報を聞いたところで、城明け渡しの使者を遣わせます。…そして刻を稼ぎ、その間に稲葉山を下山して、金山へと向かいます。」
信長様の表情が変わった。だがすぐにがははと笑う。
「儂がその使者を切り捨て井口を包囲しておったらどうするのだ?」
「それはありません。戦の目的は、井口を焼くことではなく、あくまでも稲葉山から斎藤の兵を引かせること。井口の城下を焼き、戦意を挫いたのはその為に御座いましょう。焼かずとも斎藤が兵を引くと言うならわざわざ住民を恐怖に陥れる必要はないでしょう。織田様はそのような無用なことは致しませぬ。」
信長様は大きく笑ってまた表情を改めた。
「では、何故金山なのだ?」
半兵衛様は信長様の次の質問にも落ち着いて答えた。
「金山は東美濃の中に残る斎藤家の城です。そしてその近くには信濃へと続く街道が御座います。」
金山城は今は森様の居城となっているが、半年前までは、斎藤の支配下であった。そして、美濃から信濃へと続く街道の要所でもある。
「……武田か。」
「はい。私が美濃の国主なら、自力での領土回復を諦め、領地拡大を狙う大名の手を借ります。武田家からすれば西進する大義名分を得るようなモノ…。喜んで兵を差し向けるでしょう。」
「既に犬山信清が信濃に逃亡している。伝手はあると言っても良い。斎藤が信濃に逃げられていれば…儂はもっと慌てておるなぁ。」
信長様は半兵衛様を睨み付けたまま、ニヤリと笑った。
「戦で対峙する限り、貴様は軍配に長けた者かと思うていたが、どうしてどうして…軍略にも長じているではないか。…よかろう!貴様のその才、儂が買おう。岩手の所領も安堵しよう。」
「ありがたき幸せ。」
半兵衛様との会見は終了した。最後の平伏は半兵衛様よりも、安藤様のほうが信長様への感謝を目一杯表しているようだった。信長様と奇妙丸様が立ち上がり、広間を出て行く。俺達はこれに付いて…寝ていた幼い子(池田 庄九郎様)を小突いて起こし、奇妙丸様に付いていった。
俺達は清洲へ帰ることとなった。…小姓たちを連れて。更に護衛に、毛利新左衛門(新助から名を改められた)様、服部小平太様が正式な家臣として奇妙丸様に付けられた。半兵衛様も正式に与力となるよう命じられたが、清洲に在住するための準備に一度菩提山城に戻られた。
そして清洲では、林様が何人かを登用されたそうで、奇妙丸様に面通しを求められた。…早速勝手なことをやり出したようだな。奇妙丸様の許可も得ずに…自分の家臣として登用するならまだしも、奇妙丸様の家臣として登用するとは。
「島田弥右衛門尉秀満と申す。岐阜で村井殿と奉行職を務めていましたが、仕事もなく、林殿のお誘いを受け、罷り越しました。宜しゅうお頼みいたします。」
斜め45度での挨拶をする。座りもしない。完全に奇妙丸様を舐めている。聞けば末森城出身とか…。こりゃ完全に林様の手駒として連れて来たな。
「…秀満と申したな。」
奇妙丸様は、諱で呼ばれた。売られた喧嘩を買われたようだ。俺は密かに新左衛門様に目で合図を送った。新左衛門様はすっと一歩だけ足を進めていつでも島田という男を取り押さえられるようにされた。
「お前は父上から俸禄を貰っているのだな。…ではここでは俸禄は出せぬぞ。」
「は?い、今なんと?」
「当然であろう、二度も言わせるな。美濃から俸禄を貰っているのであれば、ここでは俸禄は出せぬ。…道理ではないか?美濃よりも働くというのであれば、父上に頭を下げてお前を家臣にしてやる。嫌なら美濃へ戻れ。」
島田様は反論することもできず、唇を震わせた。
「ぶ、奉行職を軽んじられると困ります!」
「軽んじているのは、お前が私を、であろう?」
「私は林殿の懇願を受け、清州に参った次第。そのような私に対し無礼にもほどがありましょう。」
どの口が言う?無礼なのは貴様ではないか。
「そうか、じいの推挙か。じい、このような男の推挙、感謝する。この男の処遇は私が父上にお伺いして決める故、預からせてもらう。じいは引き続き私の役に立つ者を推挙せよ。」
奇妙丸様は言い終えると、新左衛門様に目配せをされ、新左衛門様は嫌がる島田秀満様を片手で持ち上げすたすたと出て行った。林様はあっけに取られその様子を茫然と眺めていたが暫くすると苦々しい顔をされて奇妙丸様に一礼して部屋を出て行った。
林様が出ていくのを見送ってから奇妙丸様は大きく息を吐かれた。
「…やはり大人たちから見れば、私は未熟者で御しやすい相手と見ているのであろう。特に林のじいは、先々代からの重臣という自負もあるのだろう。気を引き締めねば傀儡にされかねん。」
御尤もです。暫くは新左衛門様、小平太様をお側に侍らせ、好き勝手に言わせないようにしておこう。半兵衛様にも相談するか。…こういう場合に半兵衛様が役に立つかわからないけれど。
12月になり、岐阜から使者が到着した。信長様からの書状のようで、俺は使者から書状を受け取り、奇妙丸様に手渡した。奇妙丸様は書状を広げ中身を読んで無言になった。因みにこの場に林様はおられない。あの件以来、できる限り距離を置かれている。
「どうなされましたか?」
小姓を代表して丹羽源六郎様が聞くと、困った表情をしながら奇妙丸様が答えた。
「武田家との同盟が叶ったらしい。」
「おめでとうござります。」
大橋与三衛門様が真っ先に声を出す。他の小姓がこれに続いたが、俺は黙っていた。めでたい事なら奇妙丸様はこんな表情をされない。
「続きがおありですね。」
俺の問いに奇妙丸様が肯いた。
「私は…武田の娘を娶る…そうだ。」
皆が一斉に表情を変えた。
「なんと、ご正室にございますか!おめでとうござります!」
大橋与三衛門様同じことを繰り返したが、やっぱりこいつら奇妙丸様が何に困った表情をしているかわかってないようだ。
「奇妙丸様、ご正室を娶ると言うことは…あの甲斐源氏のご嫡流と縁続きになるということで御座いますね。」
甲斐源氏と縁続き、と言うことにようやく気付いたのか、小姓衆は「あ!」と言って口をあんぐりと開けたままになった。…やっとわかったか。我らから見れば出自のはっきりしている、しかもかなりの血統である武田家からの嫁。奇妙丸様がそんな嫁をどうしたら良いのか困った表情をするのも無理はない。
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1567年12月-
甲斐武田と尾張織田との同盟が結ばれた。
同盟の証として、奇妙丸様と武田の松姫様との婚約と相成った。
松姫様はご生母も油川氏出身で血筋も良く、決まった当時は奇妙丸様も不安がられていた。
されど、松姫様と文をやり取りするようになると、一転して早く会いたいと仰せになるようになった。
戦国の世とは、なんと惨いものであろう。
この時、私以外は武田家滅亡を奇妙丸様の手で行われるとは誰も思ってはおらぬのだから。
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奇妙丸様の小姓衆:史実では織田信忠は元服前から自身の家臣団を形成しておりました。今話で上げた名は1572年以降は信忠様の側近として活躍される者ばかりです(蜂須賀家政除く)
金山城:史実では1565年頃に攻め落とされ、森家の居城になっております。本物語では稲葉山落城まで斎藤家の城という設定にさせて頂きました。
島田秀満:村井貞勝とともに、信長様配下で奉行を行っており、後に信忠様の配下になります。土田御前によって見出された人物だったので、このようなキャラ設定にしましたが、史実は良くわかりません。
松姫:信忠様と婚約されましたが、一度も会うことなく御出家された女性です。




