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14.攻略の糸口




 清州。



 御台様のお部屋。


 信長様と古渡様、御台様と俺、そして奇妙丸様が坐している。



 美濃攻略の方針見直しのために集められたのだが、奇妙丸様は初参加で緊張した面持ちで信長様を見上げている。


「無吉、案を出せ。」


 信長様の無茶ぶりで話し合いが始まる。小牧山での軍議の時も突然俺に話を振って来て、大変だったのに…わかっておられるのであろうかと愚痴が出そうになった。


「やはり井口(稲葉山城のこと)を孤立させるまで、大きな戦は仕掛けぬ方が良いかと思いまする。」


「俺は案を出せと言った。」


 ない。…見ろよ、奇妙丸様がビビッてるじゃん。ここで“魔王モード”は出さないでほしい。


「西美濃を調略する組と、犬山を攻略する組に分け、この二つが達成してから井口に手を出す方針は如何ですか?」


 俺の案はよろしくなかったのか、信長様は大きくため息をついて「却下」と言い捨てられた。


「何故でございますか?」


「儂と同じ考えじゃからだ。儂に具申するならば儂と違う考えで出せ。」


 俺は黙り込んだ。言わんとしてることはわかるが無茶苦茶だ。俺は助けを求めて御台様に視線を移した。


「知っての通り、西美濃の動向は妾が堀田道空を介して把握しておる。連中も思惑があり、妾を旗頭に斎藤に対抗しようとしておったみたいじゃが、徐々にではあるが介様に臣従する動きも見せてきた。…じゃが、その竹中なる者が織田家を撃破したことで、流れが変わるやもしれぬ。そうなる前に織田の名でもって西美濃を抑えたい。」


「…だがそれには、東美濃を纏めつつある犬山が邪魔だ。」


 黙り込んでいた古渡様が吐くように言われた。確かに斎藤家と東美濃の結束を弱めなければ、西美濃は表立った行動は控えようとするだろう。どうすれば結束を弱められるか。周囲の情勢を変化させて動揺、疑心にさせればよいはず。どうすれば…?


「流言を流し、疑心暗鬼にさせるのは如何でしょうか?」


「誰ができる?」


 …しらねーよ。そこはお殿様が考えてよ。


「生駒様でよろしいのでは?」


「ダメだ。あの辺は土田(どた)一族が居る。縁戚でもある生駒を使うのは気付かれる恐れがある。」


 へぇ…生駒と土田って親戚なんだ。


「伊勢の攻略が遅れることになるが…滝川殿にさせてはどうだろうか。」


「ダメだ。滝川は伊勢だから力を発揮できているところもある。土地勘のない場所に行かせても無理じゃろ?」


「丹羽様は?」


「却下。」


 俺の案に信長様は即答された。


「さっきも言ったろう?儂と同じ意見は要らぬと。」


 だったら、アナタの意見を先に言っといてくださいよ!…と心の中で叫んでおく。


 とその時意味もなくひらめいた。危険ではあるが意外と妙案かもしれない。


「殿様、私を岩手に行かせてください。」


 信長様の“魔王モード”のレベルが上がった。目の座った笑みが向けられている。


「何をする気じゃ?」


「竹中半兵衛とやらに会うて見まする。」


「会うてどうする気だ?」


「…あれだけの勝ち戦のできる将が織田方に付いたとなれば、西も東も動揺が走ることでしょう。」


 古渡様が手を叩かれた。


「妙手じゃな。だが勝算があるのか?」


 二人して俺を睨み付けるように覗き込む。


「ああいう御方は、仕えるべき主を選びます。織田家に仕えた方が面白いぞと思わせられれば…引き込めます。」


「…面白い。やって見よ。」


「む、無吉~!」


 思わず奇妙丸様が俺の手を握った。その手を御台様が扇子で叩かれた。


「何ですか、女々しいですよ、奇妙。…ですが介様、流石に一人で向かわせるのは危のうございます。誰か護衛はおられませぬか?」


「では新助をつけよう。あ奴の顔は農民顔じゃからな。はっはっはっはっは!」






 こうして俺は、美濃に行くことになった。


 護衛に付けられたのは毛利新助(もうりしんすけ)様。あの今川治部の首を取られた方だ。小姓衆の中では剛の者として知られ、且つ俺に対する忌避感を持たれておらず、武将っぽくない御方。二人の衣服は適度なボロさを保った農民が来ている服。ぱっと見は親子にも見える。……はず。


 俺と新助様は清州を出発した。

 一旦津島に入り、そこから長良川沿いに北上して、森部(もりべ)の辺りで西進し、大垣を経由して岩手に向かった。急がず、ゆっくり過ぎず、怪しまれぬように進み、出発してから3日経った頃には菩提山城の見える村に到着した。

 山の麓に寺が見える。近付くと「禅幢寺(ぜんとうじ)」と書かれていた。


「新助様、ここで話を聞いてみますか?」


「相わかった。」


 人と話をするときは予め決めておいた役柄を演じて会話することになっている。


「もし、すまねぇですが、水を一杯分けて下され。」


 新助様が情けなさそうな顔をして庭を掃除している小坊主に話しかけた。小坊主はお辞儀をして寺の奥へと進む。俺達は小坊主についていった。庭に案内されると別の小坊主が椀を二つ持ってきた。俺達は差し出された椀の水を一飲みした。


「うまい。」


 二人揃って口走る。これは演技ではない。


「ほほほ。ここに水は澄んでおりますからの。…旅の御方、如何なされた?」


 住職と思われる老人が奥から現れ俺達の前に座られた。俺達は打合せ通りに三文芝居をする。


「儂らは森部(もりべ)の方から来たんじゃが…何せ尾張から兵がひっきりなしに来るで、作物を育てられんよって…。ここいらまでくれば、食うものには困らんと聞いて、やって来たんです。」


 ちょっと棒読みな感じもするが大丈夫だろう。


「それはそれは…しかしこの岩手の方でも良いとは言えますぬぞ。宜しければ、村に口利きを致しますが?」


 優しいご住職だ。ちょっとこっちの心が痛む。


 とその時……。


「和尚!暇に御座る!碁を打ちに来た!」


 若々しい声が聞こえ、床を軽やかに歩く足音とともに、淡い色の肩衣(かたぎぬ)に身を包んだ男が入ってきた。そして俺達と目が合う。


 この男、武家の男だ。着物からして身分もそこそこ。年齢的に大当たりの人ではないだろうか。ここは目を合せず農民らしく跪いて挨拶すべきであろう。


 俺はすぐさま庭に膝を付き平伏した。新助様がぎこちなく後に続く。


「失礼、客人が御座ったか。和尚、向こうで待っておるゆえ……なんだお主?」


 若い男の視線は俺の頭上を越え後ろに居たはずの新助様へと向かっていた。俺が振り向くとこれでもかと言わんばかりに驚いた顔をしていた。





 信長様、新助様は農民面ですが、大根役者です。







 俺達は、和尚と呼ばれた住職の私室に通された。新助様の表情があまりにも怪しすぎたため、若い武家の男に詰問され、正体を明かすから一先ず奥に通してと頼み込んでここに座っている。

 上座には若者。間に住職が座られている。


「無吉と申します。尾張の去る御方の命により岩手に参りました。後ろに控えるは私の護衛、新助と申します。」


 俺と新助様は頭を下げ挨拶をした。俺が正使であったことにご住職は驚かれているが、正面の若者は無表情でじっと俺を見つめていた。


「…無吉とやら。歳はいくつに御座る?」


「十二に御座います。」


 早速嘘をついた。しょーがないじゃん。六歳だと言えば余計に怪しい目で見られる。幸い今年に入って成長したから、小さい十二歳でなんとか通じるだろう。

「餓鬼が使者とはねぇ…。」


 若者は怪しむように俺を見ている。


「正確には、間者で御座います。」


「言い切っちゃうのかい?」


「ごまかしても仕方ありませんので。」


「間者であるのなら、ここで斬ってしまってもいいんだよ。」


「…その時は、私を犠牲にして後ろの者だけ逃げる手筈となっております。」


「ほお……。」


 男はゆっくりと刀に手を掛けた。同時に新助様が腰を浮かせ臨戦の体制を取った。


「お止めなされませ。かの者は桶狭間にて今川の大将を討ち取りし剛の者。返り討ちに会いますぞ。」


「なんと!」


 男は手に掛けた刀の動きを止めた。何故か目を輝かせて座り直す。


「…あの戦については、幾つか見聞きしたが、戦に加わられた者がいるのであれば、是非とも話を伺いたい。」


「企業秘密です。」


「キ…ギャウ?どういう秘密か?」


 通じない。と言うことは転生者ではないのか。


「その前に、私めと話を致しませぬか?」


 若者は再び俺を見た。舐め回す様に見ている。


「元服もまだの餓鬼とか?……待てよ?尾張の生駒の中に、珍妙な餓鬼がいると聞いたことがあるな?」


 そう言うと、視線は再び俺の後ろの新助様に向けられた。そしてニンマリと笑っている。恐らく、新助様がわかりやすい表情をされているのであろう。俺は別の意味で嘘がつけない状況に置かれていることを理解した。


「…恐らくそれは私でございましょう。多少なりとも興味は頂けましたか?」


「…いいや。所詮餓鬼だろ?ウチの者に見つからないうちに帰りな。」


 掴みどころがなく、手強い。どうすれば話を先に進められる?


「竹中様。」


「そのような者は知らぬ。」


「……では(なにがし)様。」


「なんだ?」


 くぅ~!手強い、手強いぞおお!尾張にはいないタイプの人間だ。…どう扱えば良いのかわからん。


「我らは先日、新加納で起こった戦を研究しておりまして。」


「私は興味ないな。」


「ぐっ…いえ、実はあまりにも鮮やかな差配で御座いまして。」


「ふむ。」


 ん?続きを聞く気になった?


「どのようにして、我らはあの仕掛けに嵌まり、敗北へと陥ったのか研究すべきとなりました。」


「で?」


「あれは差配した本人でなければわからぬと結論に達し、私が派遣されました。率直な意見ですが……あれは芸術です!」


 パシィ!


 若い男は扇子で膝を叩いた。だが慌てて扇子を懐に戻した。明らかに表情も変わった。


「あれを“芸術”と申すか…お主、軍略というものを理解していそうだな。で、何が聞きたい?」


 スイッチが切り替わった。隣でご住職が額に手を当てている。





 …見つけたぞ攻略の糸口を!



禅幢寺:岐阜県不破郡にあるお寺で竹中家の菩提寺になっているそうです。残念ながら当時の住職の名前はわかりませんでした。


毛利良勝:今川義元の首を取った武将です。討ち取る時に義元に指を食い千切られたという逸話もあります。信忠様の与力として天王寺砦、伊賀征伐、武田討伐に参加しております。


某:竹中半兵衛です。

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