19.戦の後始末
残り三話になります。
投稿は翌日の朝に再開します。
最初に登場したのは明智家に仕える美濃国人衆であった。と言っても斎藤利三はいなかった。彼は捕縛の際に抵抗し、他の美濃衆に討たれ首実検も済ませていた。此処にいるのは利三の口車に乗ってしまった面々だった。
信長様も勘九郎様も許しを請う国人衆共へは興味なさげな視線を投げかけていた。
処分内容は、所領没収のうえ斎藤新五郎様預かりとなった。
次は明智様の親族衆である。これには坂本で拘束された明智様のご家族も含まれるが、此処にいるのは代表して秀満殿のみであった。罪状が読み上げられる中、秀満殿は落ち着いて聞いていた。恐らく覚悟しきっているのであろう…表情に硬さも見られなかった。
処分内容は…流罪。
寛大な処置だと思う。大それたことをしているにも関わらず、助けたのだ。…信長様は不満そうな顔をされているが。
そして明智様が連れてこられた。皆が驚いた表情を見せた。これまでの敗者はぼろを纏っていたのだが、明智様は真新しい白装束であった。
「…十兵衛。」
信長様が思わず口を開かれた。明智様は無言で頭を下げた。主君に歯向かったとはいえ全く主従の関係は成立しているままであった。勘九郎様はそんなお二人に十分の間を取ったうえで声を発した。
「明智十兵衛。父より与えられし将兵を用いて京の街を襲い火を放った罪により…」
居並ぶ諸将が驚いた。罪状が変わっていたのだ。確かにさっきの親族衆の時は「当主光秀の罪に応じて」と説明してたからわからなかった。これには俺も驚く。だが一番驚いているのは明智様ご自身であった。
「官位剥奪。所領没収。流罪を言い渡す!」
罪状が謀反ではないとなれば妥当な罰…諸将も納得したかのようにうなずいていたが、生真面目な明智様は納得していない様子であった。
「お待ち下さりませ!某は主君に刃を…「無吉!」「はは!」」
明智様の発言を勘九郎様は遮った。
「お前は京の街で明智と会ったらしいな。」
「は!本能寺にて火を放つ明智様にお会いしました。」
「…謀反を起こしていたわけではなく?」
「寺を燃やすこと以外は何もされておりませぬ。所司代殿も確認されております。」
俺の言葉に村井吉兵衛様が大きく頷いた。
「…だそうだ、明智。」
勘九郎様は明智様を見やった。
「しかし…。」
「事実、誰も死んで居らぬのだ。お前をかどわかした家臣以外…。お前が羽柴秀吉の策略に加担していた証拠もない。」
これは偶然の結果なのだが、織田家転覆を画策する数々の書状を差し押さえているのだが、それらに明智様のサインの入ったものはない。故に別の罪状で処罰しても問題なかったのだ。明智様は信長様に視線を向けた。
「十兵衛。お主の家族も共に流罪となった。勘九郎の寛大な処置に感謝するのだな。」
明智様は深く、深く頭を下げた。「申し開くことはないか?」との勘九郎様の言葉に、明智様は信長様に身体を向けた。
「……折角の大殿のご好意を、無駄にしてしまいました。」
明智様は白装束に目をやりながらつぶやく。白装束のプレゼントは信長様からであったかと俺は理解した。見ると信長様は不貞腐れたようにそっぽを向いていた。
「…十兵衛。その装束は己を戒めるために大切に持っておけ。」
「はは!」
信長様は明智様に散り際の美を添えようと思われていたようだが、勘九郎様のご採決により不要となられて怒ってはいた。同時に明智様のお命が助かったことに喜ばれてもおり、その表情は複雑であった。
最後に明智様はちらりと俺を見たがふっと笑みを浮かべて目を伏せた。
「…寛大なご処置に感謝を…。」
そう言って深く頭を下げた。
この戦は後の資料で“羽柴秀吉の乱”と記述されることになる所以はこれであった。明智様はどちらかと言うと秀吉に利用された被害者として同情されることが多かった。事実、この時点で数家の公家衆から明智様を助命する嘆願が届けられている。
こうして明智様へのご沙汰は誰からも異論もなく終わった。
続いて連れてこられたのは羽柴秀吉の直臣衆であった。浅野長政、前野長康、木下勝俊、片桐且元、宮部継潤といった面々である。その中には蜂須賀彦右衛門の姿もあった。所司代様が罪状を読み上げる。
主君の謀反に対し諫めることなくこれに加担したる罪…勘九郎様のご採決は死罪であった。しかもその範囲は三族に類するとした。つまり子や孫だけでなく、親兄弟とその妻子まで処罰対象になる。言い渡された瞬間にひれ伏していた面々が一斉に顔を上げた。その瞬間に魔王度200%の信長様と目が合って恐怖に慄いてしまう。
実はこの結果は、勝者側にも厳しい内容である。国人同士の結びつきを強化する為に姉妹や娘を嫁がせている者も多いのだ。これにより直接かかわっていなくても連座対象に挙げられる可能性があった。特に勘九郎様の直臣として仕えている尾張衆美濃衆は繋がっている者も多い。
「おおお畏れながら!戦に関わっておらぬ者には罪を減じて頂けませぬか!」
浅野長政が恐怖を払いのけるように声を張り上げた。瞬間に信長様がギロリと睨みつける。そして勘九郎様が信長様の意を代弁した。
「織田家の方針に異を唱え刃を向けたるは、毛利や島津となんら変わらず。…織田家の天下統一に向けた基本方針に則り根絶やしにする。長政…お主のしでかした事に罪を減じる理由などない。」
淡々とした口調は信長様以上の恐怖を与えたようで、庭先に縛られて座る者らは何も言えずに呆然としていた。
「彦右衛門。」
「…は。」
「言いたいことはあるか。」
「親に従うことで、主君を裏切ることなりましたる段…謹んでお詫び申し上げまする。」
「…私への忠義よりも親の命が勝ったか。」
「蜂須賀家にとって一族の長に従うは、絶対に御座います。」
「…お前に蜂須賀城を与え城持ちにしたのも、親の影響を取り除くためだったのだがな。」
「…それでも常に監視されておりました故……。」
そこまで言ってぽろぽろと涙を流した。
何も言わず、まっすぐに勘九郎様を見つめて涙を流した。
俺は彦右衛門に一言言ってやろうと思っていたのだが…この涙で言葉をぐっと堪えた。勘九郎様も小さく頷いただけでそれ以上は何も言わなかった。勘九郎様の合図があり、一同は退出させられる。勘九郎様は暫く何も言わずに考え込み、やがて口を開いた。
「……変更だ。戦に加担したる者は磔、その家族も死罪。加担しておらぬ親族は追放とする。」
周囲に安堵の表情が広がった。勘九郎様は彦右衛門の涙を見て血縁に抗えぬものを感じたようであった。様子を見ていた信長様は鼻で笑った。
「甘いのう……だがそれも勘九郎の考えた事。儂は構わぬ。」
信長様も了承され、採決の内容は変更された。
他にも、小早川隆景や、宇喜多直家などの重要人物もいるのだが、まだ二条城に到着しておらず沙汰は後日となり、最後の人物が引きずられてきた。
羽柴秀吉と羽柴秀長の二人である。
この二人は信長様の直臣になるため、罪状を読み上げた後は信長様から声を掛けられた。
「藤吉郎…何故儂を裏切った?」
「…大殿の後を継ぎたかった。」
「…儂の命を奪って…か?」
「大殿のやり方は苛烈すぎる…そんな声をよく聞きました。聞いているうちに…儂が大殿に替わって天下を統一すればうまくいくのではないかと。」
「…儂の命を奪って…か?」
「……そうだ。それしか方法はなかったのだ。」
「毛利家や宇喜多家の力を借りて儂を殺そうとも、それで天下など取れぬぞ。主家を滅ぼす輩に誰が忠義を尽くす?」
「だから…明智殿に主家殺しを引き受けてもらったのだ。」
「金柑頭が誰に動かされていたかなんて…すぐわかるものぞ。」
「だからこそ周辺の小領主どもを従わせて誰にも文句の言えぬ体制を整えたかった。」
史実でも明智光秀を倒した秀吉は破竹の勢いで勢力を拡大し、全国を統一した。それは戦だけでなく戦以外の交渉によって組織を拡大し強大な権力を手に入れた。この世界でもその交渉力は発揮され、戦をせずに領土の拡大を行っている。
だが、それは秀吉があってのこと。
秀吉がいなくなればその組織は瓦解する。信長様が目指した天下統一はそうではなく、長く権力を維持できる統治制度。信長様が統一までのプロセスを担当し、勘九郎様が統一後のシステムを担当する。それがうまくはまって長期政権を生むことができる。…そしてそのやり方は羽柴様にはできない。
「お前だけが偉くなってもお前の天下は長く続かぬ。」
信長様は吐き捨てるように言う。羽柴様は唇を噛み締めていた。
会話が途切れたところで、村井様が二人の罪状を読み上げた。
「毛利家の代理と騙る恵瓊なる僧と共謀し、織田内大臣及び織田左近衛大将のお命を奪わんと企て、安芸に隠棲しむる先将軍若しくは帝の血を引く親王様を不当に担ぎ上げ、収まりつつある乱れたる世を自己都合でかき乱したる段…」
羽柴様は無言だが笑っていた。
「加えて!公家共を不当に扇動し内裏を混乱せしめたる段、堺の会合衆との結びつきを強め、主家に許可なく自己都合で商いを繰り返して不当に益を得たる段!…」
罪状は続く。数え上げればきりがないのであろう。もしくはこれを機に扱いに困っていた件を羽柴様に押し付けてさっさと終わらせようと画策されてものもあるであろう。とにかく罪状は全部で11にも及んだ。
「…全て羽柴筑前及びその弟、秀長の名で行われたことがはっきりしておる。言いたいことはあるか?」
読み上げた村井様は少し疲れた顔をしながらも、羽柴様をキリっと睨みつけて質問した。羽柴様は即答だった。
「特に御座らぬ。」
投げやりになったわけでもない、気がふれたわけでもない。明確な意思を持って罪状に異議を唱えなかった。信長様は意外そうな顔をした。
「…と言いたいところだが一つだけ訂正してほしい。誑かしたのは恵瓊のほうだ。我らは恵瓊に踊らされた。」
「それはできぬ。」
勘九郎様が面と向かって答えた。余りにも凛とした態度に羽柴様は身構えた。
「理由をお伺いしたい。」
「…恵瓊は既に死んだ。自ら命を絶った。これでは罰を受けさせることもできぬ。そこで筑前に全てを請け負ってもらう。」
俺は恵瓊が死んだことについては聞かされていなかった。恵瓊の死により、全ての罪状は羽柴様が請け負わねばならなくなった。羽柴様は理由について納得して頷いた。
「どうせ一族家臣諸共殺される身だ。与り知らぬ罪も持って行ってやろう…なあ小一郎?」
話しかけられた小一郎はため息をついて答えた。
「私は兄者に付いていくのみです。お好きなように。」
小一郎の言葉に笑みを浮かべると羽柴様は俺と視線を合わせた。
「…淀の城だけは、落としたかったな。」
俺は視線を勘九郎様に向けた。頷かれるのを確認して羽柴様に一礼した。
「……あの戦、某は多くの家臣を失いました。…それでもあの城だけは落とされたくなかった。」
「随分と前から増築をしておったな……。全てはあの戦の為か。」
「はい。」
「そうか。……お主の深謀遠慮は鷹のように大空から全体を見渡しているように感じた。この中の誰よりも、何十手も先の、未来を見据えておった。」
羽柴様は言葉を区切り空を仰いだ。暫く見上げたのち再び俺に視線を向けにやりと笑った。
「お主なら、織田家に替わって天下を治められるやも知れぬのぉ。」
……最後の最後でぶっこんできやがった。




