表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/142

14.淀城攻防戦(二日目の朝)



 1582年5月12日 山城国 淀城-


 俺を含めて籠城している兵は一睡もせず城の防衛にあたっていた。疲れは顔色を変え、体の動きを鈍らせていた。それでも士気は衰えることなく、攻めてくる羽柴軍に立ち向かっていた。


 俺は本丸の入り口に敷いた陣幕で握り飯を食べていた。孫十郎がやってきて俺の側まで近づき周りの者に聞こえぬように囁いた。


「…水が尽きかけています。」


 籠城戦において水不足は深刻。この城は川から水路を引いて城内に水を引き込んでいたが、籠城に際して土で埋めている。そして城内にため込んでいた水は、火矢対策として城壁や城門に掛けまくっていた。


「わかった。」


 俺は短く答えると飯を口の中に放り込み、立ち上がった。外に出ると急ごしらえの曲輪があるがそれを背中に本丸の裏手へと回った。そこには昨日決死で淀城に駆けつけた蒲生忠三郎と池田庄九郎がいたが、その二人を手招きで呼び出した。


「飯は食うたか?」


「いいや、さすがに今は喉を通らん。」


「寝ることはできたか?」


「それもできぬわ。」


「…裏門の兵数は?」


「千ほどの兵が入れ替わりで衝いてきおる。真に休む暇がない…まあそれが敵の作戦なのだろうが。」


 俺は再び裏門死守を二人にお願いすると笑って俺の肩を叩いた。


「言いたいことはわかっているつもりだ。明日には大殿がお越しになられる。飢えもそれまでは我慢できる。」


 そう言うと裏門へと戻っていった。俺は孫十郎と顔を見合わせ、二人で忠三郎と庄九郎の背中に一礼した。たった一晩で籠城側は限界を迎えていた。それだけ敵の攻撃は苛烈で間を開けていなかった。


 俺は死をも覚悟していた。




 一方、羽柴陣営のほうも必死であった。早期に淀を落として後背の憂いをなくし、明智軍なのか織田軍なのかわからぬが京から来る敵を迎え撃たねばならなかった。だが、各地に放った伊賀衆は音沙汰なく、目の前の戦況以外の情報が途切れている状態では全軍を城攻めに回すこともできず、総大将たる秀吉はイラつきを隠せずにいた。


「堺から何も連絡は来ぬのか!茶屋の使者はまだか!長曾我部からの返事はまだか!北條からの返事は!」


 次々と絶叫に近い確認を石田三成に浴びせるが何れの問いにも三成は首を振った。


「兄上…我らは意図的に情報を閉ざされた状態にあると考えてよいでしょう。ならば大将自らが情報を得るために動くべきかと。ここは最小の兵を残して桂川を北上いたしましょうぞ。」


 弟の羽柴秀長の提案は秀吉を怒らせた。


「できぬわ!誰を残すのだ!…誰も残せぬわ!」


 秀吉は地団太を踏みどっかと地面に腰を下ろす。そして頭を掻きむしった。


「…しくじったわ。苦労してかき集めた兵が逆に足枷になっとる…。状況次第で儂を見限るやもしれぬ輩を抱えて身動きが取れなくなるとは思わなんだ。」


「全ては織田の大将を討ち取った明智を倒すことで、兄上の地位は確立できるのです。それまでのご辛抱を。」


「いまや内大臣様を討ち取れたかどうかも怪しい。これだけ何も状況がわからぬのは、明智一人の力ではあるまい。」


「御大将。」


 秀吉と小一郎のやり取りに蜂須賀小六が割って入ってきた。


「本城を叩く家臣からの知らせだ。…中に生駒吉十郎がいるらしい。」


 小六の言葉は二人を驚愕させた。


「ばかな!奴は“鬼面九郎”として東国に行っているのでは?」


「わからぬ。だが奴の顔を見知る家臣の言葉だ。…確実だろう。」


「お主の息子から連絡は?」


「……ない。」


 小六の言葉に激情した秀吉は刀を抜き陣幕を切り破った。


「謀られたわ!!!!」

 

 苦しみを一気に吐き出すかのような声で秀吉が声を上げ、周囲が騒然となる。


「儂らは誘い込まれたのだ!この中洲で足止めするように仕向けられたのだ!……おのれ吉十郎!すべては貴様の謀か!」


 秀吉の言葉で小一郎も三成も状況を把握した。


 この戦は確かに自分たちの意思で策略を立て、入念な準備を行い、実行した。だが、その全てを生駒吉十郎に見破られており、自分たちの逃げ道がない状態に誘い込まれていたことを悟ったのだった。


「…かくなる上は道は一つ!……後先考えずに淀を落として、備中まで撤退する!摂津衆、淡路衆を前に立たせろ!」


 慌ただしく陣中が動き出した。全軍の配置換えを命令する。そして淀城攻防戦に最終幕が明けた。






 …一瞬敵の攻撃が止んだ。直ぐに再開されるが、攻めてくる兵とその数が変わった。表門は摂津衆。裏門は淡路衆。いずれも羽柴軍の中では外様に分類される部隊だ。更にその後ろには羽柴軍本隊が鉄砲と弓矢で援護…これは犠牲を顧みない攻撃態勢に変更されたと感じた。


「……敵にバレたかもしれぬ。」


 俺の呟きに孫十郎が同調した。


「最早これまで…ですか。」


 俺は静かに首を振った。


「羽柴様は状況を理解して悪あがきを始めたのだ。我等も悪あがきをしよう。油を入れた布袋を城外に投げよ。投げ切ったなら火を放て。」


 俺の指示で孫十郎が走り出した。続いて日下部兵右衛門が歩み寄った。


「東の隠れ櫓を発見されました!」


「与三郎と慶次郎を向かわせろ!」


 発見された隠れ櫓は、もしもの場合の脱出路であった。それを見つけられたということは、脱出は不可能になったということと、この城への突入経路になったということ。生き残るには死守が必要だった。

 出城の防御力を上げるために人員を割いたせいもあり、城内の兵は二千を切っている。対して表門と裏門には一万を超える羽柴軍が群がっている。これに加え攻め手がもう一つ増えたとなれば絶対数が不足する。


「殿!足りませぬ!多賀殿も!」


 兵右衛門が叫ぶ。俺は頷く。…判断が鈍っているようだ。両頬を叩いて気合を入れる。


「手の空きたる者は弓矢を持ちて応戦せよ!槍持ちたる者は隠れ櫓へ急げ!我と供に敵を押し返さん!」


 俺の掛け声と共に数十の甲冑を着た武士が表門裏門櫓へと散らばった。俺も大太刀を背中に背負い、長槍を抱えて隠れ櫓へと向かう。既に羽柴軍との斬り合いが始まっていたが、俺はそこに躍り込んで敵兵を突き刺した。力任せに薙ぎ払い一気に数人を倒れさせる。倒れた兵には見方が駆け寄り止めを刺していく。すると次の敵兵が櫓側の横穴から出でて切りかかってくる。また突き刺す。次が出てくる。また刺す。


 ただ繰り返す。


 だが、敵は次々と湧き出でてくるがこちらは戦い続けており、次第に体力の限界を迎えた味方が膝を落としていく。


「皆!踏ん張るのじゃ!」


 俺も檄を飛ばすが、既に限界を超えており両手の感覚はなかった。


「殿!お下がりくだされ!」


 与三郎が駆けつけ俺の側で槍を構える。既に甲冑はこびり付いた血でどす黒く染まっており苛烈に戦ってきたことが伺える。


「大丈夫だ。だがのんびりと会話などしている間などないぞ、ほれ!」


 また敵が入り込んで来る。今度は大人数だった。


「ここはお任せあれ!」


 与三郎はそう言って一歩前に進み出ると朱槍を突き出した。


「我こそは鬼面九郎の片翼、津田与三郎重久なるぞ!腕に覚えある者は名乗り出でて我と勝負されたし!」


 啖呵を切って槍を構えると、黒い甲冑に身を包んだ男が前に出てきた。


「羽柴筑前守が家臣、蜂須賀彦六郎長在に御座る。我と勝負せよ!」


 男は名乗り出ると両手に刀を抜いた。与三郎も朱槍をかまえる。


 互いに睨み合った。


「与三郎!露払いは任せよ!」


 そう言うと前田慶次郎が二人の近くにいた雑兵を蹴散らした。


「前田のあぶれ者か!よき相手!…貴様はこの前野但馬守長康が相手しようぞ!」


 そう言って穴から出てきたのは羽柴家重臣の一人であった。


「おう!鬼面九郎のもう片翼、前田慶次郎を甘く見るなよ!」


 大物の登場に慶次郎にも火が付いたようだった。こうなると俺には止めることはできない。それにゆっくりと見物もできぬ状況。ここは任せるしかなかった。


「二人とも…任せたぞ!」


 俺は次々と湧き出る敵兵に向かって走り出した。







「まだ落ちぬのか!」


 秀吉は叫ぶ。怒りに任せたその声は使者を震え上がらせた。


「兄上、この者に怒鳴っても仕方なし。」


 小一郎がなだめるが秀吉の怒りは収まらなかった。


「大将、我が養子、彦六郎を川並衆の精鋭と共に先の横穴へと向かわせた。今暫く此処に留まり吉報を待たれませ。」


 黒い甲冑に身を包んだ男が冷静に話しかけた。秀吉がじろりと睨み返すが、男は臆することなく話を続けた。


「大将、今こそ生きるか死するかの分かれ道。我らの大将らしく、大きく構えておられよ。」


 蜂須賀小六の言葉に秀吉は自制心を取り戻し始めた。何度も大きく呼吸を繰り返し、心も体も落ち着けていく。


「小一郎…督戦を執り行う。人選は任せた。」


「と、督戦…て、」


「うるさい!最終は儂が指揮する。被害の大きい先陣を督戦する者を選べ!」


「で、では誰かを…」


「浅野長政、堀尾吉晴に三千を与え、淡路衆、摂津衆と共に突撃させる。…玉砕覚悟となろう。その時逃げようとする淡路衆摂津衆あらば鉄砲を撃ちて攻めさせよ!」


 弟に命じた後秀吉は小六を見やった。


「儂が派手に動いて敵の目を引き付ける。…必ず城内へと入らせよ。」


「はは!」


 秀吉の言葉に小六は平伏し、これに陣幕内にいる諸将が倣った。


 ~~~~~~~~~~~~~~


 1582年5月12日、日が昇ってからの羽柴軍の攻撃は苛烈を極めた。城門に張り付く兵をうまく交代を入れることで絶え間ない攻撃を加え、城を守る兵を疲弊させていった。

 私は城内で指揮を取りながら入り込んでくる敵を打倒していたが、いつ終わるともわからない戦いに頭がおかしくなりそうになっていた。



 そんなときである。



 南より“新たな集団”が現れたのだ。


 その報を聞いたとき私は覚悟をした。



 私が待っていたのは北東から来る信長様、勘九郎様の率いる集団。


 南からやってくることなど想定外であった。




 そして、羽柴様も想定外であったに違いない。



 ~~~~~~~~~~~~~~



「殿!南より新たな敵です!」


 孫十郎の声に皆が反応した。



 それは俺や俺と共に戦っていた者だけでなく、俺たちと戦っていた羽柴軍の兵もその声に反応し驚きの表情を見せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ