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13.淀城攻防戦(序盤)




 1582年5月11日 山城国 淀城-


 敵襲を知らす鐘の音で目覚めた俺は、周囲が慌ただしく動き回る中、のんびりとした態度で湯漬けを食してから櫓へと向かった。


 櫓の上では孫十郎が川を渡って城壁に張り付く大軍をじっと見つめていた。


「孫十郎、敵兵はどれくらいだ?」


「…ざっと四万は超えていると思います。淡路の筒井家の家紋が見えまする。」


 予想以上だな。流石は羽柴様。周辺の豪族を取り込んで自軍を強化してきたか。


「毛利の旗印はあるか?」


「小早川の旗は見えます。後は…宇喜多、庄、池田、黒田など、周辺諸豪族を引き連れ中々の大軍に御座ります。」


「やはり毛利勢も連れてきたか。羽柴様のこの一戦に掛ける意気込みを感じるな。」


「どうされますか?」


「どうもしない。ひたすら守るだけだ。」


 俺は城外に広がる大軍を目を凝らして見続けた。


「……いた。羽柴様の本陣だ。川向うに広げている。」


「では、初戦は羽柴様に組する諸将による力攻めですね。」


「ああ、力攻めでは犠牲者を増やすだけだということをわからせてやろう。」


 かくして羽柴軍対淀城の攻防戦が始まった。




 最初の合図は筒井隊二千による出城への攻撃から始まった。だが、筒井隊が城壁に辿り着く前に平井孫市率いる鉄砲隊の一斉射撃を浴びて百騎ばかりが倒れていく予想以上の鉄砲の数に驚いたのか筒井隊は撤退した。

 続いてもう一方の出城に池田知正率いる二千が押し寄せた。だがこちらには雑賀孫一の鉄砲隊が控えており、同様に一斉射撃で兵の数を減らして後方に下がった。


「さあ、出城は城壁に張り付くまでに難儀する上に上から鉄砲の雨だ。…攻めにくいぞ。たとえ張り付いたとしても石の雨が待っているがな。」


 俺はひとり呟く。やがて出城は先行して中州に上陸した諸将に囲まれた。


「出城を封じたか。だが、それでは本城を攻める兵がおらぬぞ。」


 敵は淀城を落とすのに時間をかけていられぬ。次の手は包囲して降伏の使者だろう。


「御城主!敵の使者が表門で喚いております!」


「使者の名は!」


継潤(けいじゅん)と名乗っております!」


「通せ!」


 使者の到来を聞いて俺は直ぐに天守に急ぎ戻った。広間に孫次郎と弥八郎を連れて入ると袈裟の上から甲冑を着た坊主が不遜な態度で座っていた。俺はゆっくりとした足取りで上座に座る。


「淀城城主、生駒兵部少輔忠輝に御座る。」


「宮部継潤と申す。此度は主君羽柴筑前守の名代としてまかり越した。」


 型通りの挨拶をすますと舌戦の開始である。


「筑前守の此度の所業…如何なる理由か。」


「これは異なことを…我らは逆賊明智光秀を討たんと軍を進めたまで。同じ志あらば城門を開き、我等に与せよ。」


 何を言ってやがる…何の勧告もなく出城を攻めてきたではないか。それに明智様が逆賊とする理由がわからぬ。問い返すと明智が本能寺に押し入り信長様を討ったとほざいた。


 誰も驚かなった。その様子に継潤は驚く。


「お、大殿が殺されたのですぞ!」


「…某は筑前守が我が城を攻める理由を聞いている。その話に大殿の死が関係あるのか?」


 継潤は黙り込んだ。羽柴様は初手を誤った。この淀は力攻めで落とせると思っていたようだ。ついでに俺の命を奪おうという魂胆だったやもしれん。…だがこの日の為に淀城を強化していたのだ。


「我らに京からの連絡は今のところない。羽柴筑前守は我が城を理由もなく攻めてきた敵。貴様らの為に城門を開く理由はない。」


 俺は継潤を追い返した。次は誰が来るであろうか。その間にも出城は詰められていた。


「弥八郎…出城はどれくらい耐えられそうか?」


「2日で石と弾が尽きます。」


「陽が落ちる時を狙って本城の櫓から一斉射撃だ。準備せよ。」


「はは!」


 俺の指示を受けて弥八郎が出ていく。入れ替わりに日下部兵右衛門が入ってきた。


「筑前守本隊が渡河を始めました。」


「上流の堰を切れ。」


 兵右衛門が返事と共に出ていく。俺と孫十郎も様子を見に櫓に向かった。幅の広い淀川を蛇行しながら渡河する軍勢を見る。五千ほどか…本隊の先鋒であろう。誰が率いているかまではわからない。


「来ますぞ。」


 孫十郎が川上を指した。上流からは濁った水と共に大量の丸太が流れ込んできた。予め支流に仕掛けておいたものだ。この辺りでは流れも緩やかなので、これで敵を流せるわけではないが、大量の丸太は敵の行動を妨害できる。


「丸太が到着するまでに先頭の部隊は渡りきるな。」


「後続は渡河を遅らせられるでしょう。」


「では敵を迎え撃つ!出城を囲う敵に注意しつつ新たに渡ってきた敵に突撃だ!付いてまいれ!」


 俺は櫓を下りて表門に向かった。既に二百騎ほどが槍を持って待機している。多賀勝兵衛が率いる俺の直轄部隊である。


「ご主君!馬はどうされますか。」


「泥濘に馬は不要だ。徒歩で進む。槍で敵を突き殺せ!予備の槍は旗印の場所に置いてある。存分に敵を屠れ!」


 俺の合図とともに城門が開き、全速力で川岸へと向かった。渡河を終え甲冑を着なおしているところに突っ込み槍で突き刺していく。後ろをついてきた従者から槍を渡されると、直ぐに敵を刺した。二百騎の武者は渡河直後の羽柴軍を一方的に突き殺して退却した。敵は三百ほどが餌食となった。


帰城するとすぐに門が閉められる。重い城門の開け閉めは山岡八右衛門率いる瀬田衆の役目であった。


「八右衛門!水を撒いて火矢に警戒しろ!万が一火が付いたら知らせろ!」


 通り過ぎ様に指示を出し再び櫓へと戻る。孫十郎が水を差しだしたのでこれを一気に飲み干した。


「敵は出城に籠る者を捕らえて吉十郎様と交渉するつもりでしょうか…向こうの攻撃が苛烈になっております。」


 孫十郎の忠告で俺は二つの出城を見やる。矢の応酬が激しくなっており、怒号まで飛び交っている。


「敵の後背を突く。兵を募れ。」


 俺は再び出陣しようと櫓を下りた。


「その役目、某にお任せを。」


 前田慶次郎であった。


「お主、何時戻ってきた?」


「今朝がた。こんなにも心の踊る戦…某だけのけ者なぞひどいで御座る。」


 そう言うと持っていた大弓をしごいた。東国を漫遊しより逞しくなった慶次郎に俺は笑みを返した。


「ならば、二人で敵を引き付けるか。」


「おう!」


 こうして俺は慶次郎と城外に出て敵の背後から弓矢を仕掛けた。百騎余りでの攻撃は孫市側の出城を覆う筒井の兵を刺激した。筒井兵二千のうち半数が方向転換し俺たちに襲い掛かってきた。その途端に轟音が鳴り響き筒井兵がバタバタを倒れる。本城からの鉄砲兵による一斉射撃だった。そこへ追い討つように俺たちの弓矢。筒井兵の隊列は大いに乱れた。


「退却だ!」


 俺の号令で城外で暴れていた者らは一斉に表門へと逃げ帰った。瀬田衆の剛力で門が明けられ俺たちはなだれ込む。同時に二十騎ほどの騎馬兵が一緒に中に入り込んだ。


「吉十郎!」


 俺を呼ぶ声がして見ると、忠三郎と庄九郎であった。


「二日後だ!そこまで我慢すれば援軍が来るぞ!」


 忠三郎は大声を放った。歓声が沸き上がる。俺はほっとした。後二晩耐えればいい。



 この時はそう思っていた。



 夜になり状況が変わる。


 羽柴様は全軍を渡河させ、中州に本陣を築いた。それも弓矢の届く距離にである。本城の櫓から本陣を見れば羽柴様が見えるのである。そして攻撃対象は出城から本城へと変更されたのだ。

 四万を超える大軍勢が三方から一斉に攻撃を仕掛けてきたのだ。元々出城に張り付かせる想定であったため、鉄砲兵はそちらに回していた。残っているのは五十丁ほど。これでは一斉射撃の威力も威嚇程度にしかならず、あっという間に表門と裏門に張り付かれた。

 巨大な杭で門を打ち付ける音が聞こえる。俺たちは必死に食い止めようと櫓から矢を放ち応戦した。


「皆!此処が堪え時だ!救援は必ず来る!」


 俺は必死に味方を鼓舞する。だが四万対三千…今晩も持たないかも知れないと考え始めていた。





 羽柴秀吉はずっと扇子で膝を叩いていた。備中を出発してからここまでは順調であった。播磨までは同道を申し出る輩もおり、摂津に入っても各城は無条件で降伏してきた。想定以上の日程で戻ってこれたのだ。


 …だが、途中から状況は変わる。


 道中の城はもぬけの空であった。気味が悪い。そして淀城からは煙が上がっており、門が閉ざされていたのだ。明らかに周辺の城主を淀に引き入れたとしか思われぬ…。秀吉は弟の小一郎に相談した。


「…あの城は昨年から改修が行われておりました。城主は“鬼面九郎”こと“生駒吉十郎”殿です。…恵瓊の言う通り我々の動きを想定して行動しているとしか思えませぬ。」


 小一郎の考えは秀吉と一致していた。此処を素通りしては、後背を突かれ大事に至る…と。


 秀吉は自分たちに与力する小早川、宇喜多、筒井に命じて中州に上陸させて本城を守るように配置された出城に向かわせた。出城は想定以上の防衛能力を有しており、六千の兵で囲ってもびくともしなかったのだ。逆に本城から飛び出した兵との挟撃に会いじりじりと数を減らされた。


 秀吉は本隊を渡河させた。兵力は温存しておきたかったが、ここを潰さねば京に入ることもできぬと全軍に渡河命令を下した。丸太流しなどで邪魔は入ったが夕方には全軍を渡河させることに成功した。本陣を敵の本城からも見える位置に敷き吉十郎を挑発したが彼らは閉じこもったままだった。


「…奴らは援軍を待っているのかも知れませぬ。」


 小六の言葉で秀吉にはある疑問がよぎった。





 援軍?誰を待っている?





 そう言えば此処に到着してからは京からの伝令も堺からの伝令も来ていない。思えば明智の家臣からの密書を受け取ってからの連絡が何もない…。



 明智光秀は……大殿様の討取った後どうなったのだ?



「小六!川浪衆を京へ走らせろ!」


「今川浪衆を使えば、誰があの城の門を打ち入るのです?…日が暮れた後で我らが表裏の門に張り付き大杭を打ち付ける手はずです。」


 秀吉は扇子を投げ捨てた。


「ええい!継潤を京に走らせろ!」


 秀吉の声に小姓の加藤虎松が反応して部屋を出ていく。その間に秀吉のイライラは最高潮に達していた。だがそこに石田三成がそっと近寄り耳打ちした。


「…四万の大軍で一晩休みなく攻め続ければ淀城の奴らは力尽きるでしょう。此処は一刻も早く京に入り、明智光秀の首級を手に入れることが最重要に御座ります。」


 秀吉は三成の言に膝を叩いた。


「よし!小一郎!指揮はお前に任せる!…絶え間なく攻め続けよ!小六!門の打ち壊しが終われば小一郎に任せて京へ向かえ!」


 二人が頭を下げる。秀吉は笑った。高らかに笑った。


 だが、秀吉は頭のどこかで考えていた。



 織田信長が生きているかも知れないと。



 その時、自分はどう振舞えばよいのかと。






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